新奇=王都にて
ビョルンがエヴァのいる治癒院に駆け付けたのは彼女が治療を終えて間もなくの頃だった。
廊下にはエヴァを運んだアランやパウロ、そして、フィリップがビョルンが来るのを待っていた。
「エヴァは?」
「出血が酷かったが容態は安定した。ただ、意識はいつ戻るのかは本人次第だそうだ」
パウロが最初にビョルンに声をかける。
「ビョルン様、申し訳ありまさせん、エヴァ殿を守れず・・・私の失態です」
アランが続けて話しかける。
彼の顔には疲れよりもエヴァを守れなかったことに対する忸怩たる思いがあるようだった。
「何を言うんです、君がいなければエヴァは救えなかった。今回は特異な事案です。誰であろうと予想できようもありません」
ビョルンが首を横に振るとアランの自責を取り去ろうとする。
その気持ちにアランは只々、頭を下げるのみだった。
「今、現場はレナートに任せているがエヴァ嬢を襲った者たちは全員が騎士出身の者たちだった」
「騎士出身?」
「おそらく兄上の配下の者だろう」
奥にいるフィリップがビョルンたちに寄る。
「兄上がシルヴァーナ嬢を監視したのだろう。だが・・・」
フィリップの話が止まる。
それは家族である実兄がまさか法務局の馬車を襲い、そればかりか法務官を攫おうとしたのだ。
それは王家としてはあってはならぬことだった。
「おそらくシルヴァーナ嬢、つまり・・・ブレディット家が法務局に婚約解消の手続きを開始したことに対する焦りでしょう。予め屋敷を監視しており法務局が動いた際に婚約解消の書類を奪い、そのまま法務官を拉致してブレディット家に圧力を加えるために襲撃したのでしょう」
「浅はかだな」
パウロは不快な顔をする。
「私もそう思う」
フィリップも懊悩の色が表れている。
「ですが、これでシルヴァーナ嬢は守られます。後ろで動いた者は襲撃に失敗した限り、今後の動きは制限されるでしょう」
フィリップの事を考えてか襲撃の黒幕であるアルフレッドの名前を出さずビョルンは話す。
「それはレナトゥスのことか?」
フィリップの問い掛けにビョルンは頷く。
「アラン、騎士たちを襲ったのはトリスタン君を襲ったあの刺客なのは確かですか?」
「はい」
「刺客は騎士たちを逆に監視していた。それは襲撃の首謀者が暴走する可能性があったからです。レナトゥスとしても勝手なことをされては困ります。結果として首謀者は襲撃を決行した。周りには騎士団が警戒しているにも関わらずに」
「レナトゥスは最初から刺客に指示を出していた訳か」
「ええ。しかも火薬を使った。これはエヴァを含め我々の動きを少しでも出血を敷いてでも制限しようとしたのが目的でしょう。おかげでエヴァからシルヴァーナ嬢から聞き話したことが聞けなくなりました」
ビョルンは襲撃の首謀者であるアルフレッドの愚かしさに怒りを禁じえない。
いや、自分に対しての読みの甘さに自責の想いに駆られていた。
「すでにブレディット家とこの治癒院に警備の指示を出した。アルフレッド皇子にも報告した」
パウロはアルフレッドに報告することで彼の動きを制することにした。
「兄上もこれでは勝手に動けないだろう」
「助かります」
ビョルンは頭を下げる。
話を終えたビョルンはエヴァの眠る病室へ入る。
そこには頭に包帯を巻き、皮下出血した頬に湿布を貼られている。
ビョルンは看護師に席を外してもらうとエヴァの右手を握る。
彼女の右手は温もりがある。
「ゆっくり休んで下さいね」
ビョルンはエヴァの前髪を上げると額に軽く口づけをすると病室を出た。
その後、ビョルンはフィリップたちを連れて法務局へ戻る。
法務局には先にレナートが到着していた。
彼にも状況を聞くためだった。
また、アトルシャン長官も会議室で控えていた。
「シルヴァーナ嬢の書類は無事でした」
レナートは破損したエヴァの鞄を改めた際に無事だった婚約解消の書類をテーブルに置く。
もう一つ用意していた書類はないと言うことはエヴァがシルヴァーナの屋敷でうまく処理したのだろう。
「刺客は傷を負っております。自分が投げた短剣がどこかに当たり出血が確認しました」
これはレナートの手柄だった。手傷があるとないとでは再戦の際には有利なだけでなく、身体検査の際の証拠にもなり得る。
「これはすぐに手続きに入ります」
ビョルンの言葉にその場にいる皆が納得する。
「私の方はビョルン殿に頼まれたものをまとめてみた」
フィリップはいくつかの報告書を取り出す。
それは王グスタフが関わったと思われる政治録だった。
「父上に今回、レナトゥスの件を伝えた。その上で恨みを買うようなことはあったのか尋ねてみた。父上は記憶の限りでここに置かれたものが恨みを買う可能性があるのではと考えている」
皆がそれぞれ政治録を手にする。
「ここにはレナトゥスの名はない。ジョルジョ・ダリューの名も」
誰もが各自が持つ政治録にレナトゥスやジョルジョ・ダリューの名がないのを確認する。
「だが、ここにレナトゥスの何かがあるのは確かでしょう」
「もっとも怪しいのはこの三つだな」
フィリップはテーブルに三つの政治録を並べる。
<アムニアス川の大洪水>
<ドゥラスでの虐殺>
<ボイオーティアの完全破壊>
「<アムニアス川の大洪水>は堤防対策を怠ったために川下の街々が洪水に襲われて多くの死者を出したものですね」
アランは呟く。
「この<ドゥラスでの虐殺>は隣国が攻め込んだ際にドゥラスの人々の避難が間に合わず多くの住民が虐殺されたかと」
レナートも語る。
「最後の<ボイオーティアの完全破壊>は反乱を起こしたボイオーティアに対して父上が見せしめとして街を徹底的に破壊し二度と人が住めない土地とするために塩をまいた。街の人々は冬の厳しい北属州へ強制移住させられた」
フィリップが不愉快そうな顔をする。
実子である彼にとっては政治的なものとはいえ、改めて実父が行った行為が厳しいものだと感じている。
「そうですね。この三件を中心に考えても良いでしょう」
「この後はどうする?」
パウロがビョルンに向く。
「まずはこれらの事案の内容を改めましょう。無駄になるかもしれませんがこれは法務局で対応します」
「私はどうすればよい?」
「フィリップ殿下は長官と共に陛下に改めて会って頂きたいのです」
「何をするのだ?」
「まず、陛下の名で反乱が起きた際に討伐を命ずる書類を頂いてもらいます」
「だが、その時期を話さなければ父上は納得しないと思うが?」
「殿下、次の王家主催の懇親会はいつですか?」
ビョルンの言葉にフィリップはすぐにその意思を理解した。
「・・・来月の兄上の誕生日だ」
「そこでアルフレッド皇子は動かれるでしょう」
「わかった。これで父上を説得できる」
「その上で王旗を確保して下さい」
「玉璽ではなくて良いのか?」
「我々は法によってレナトゥスの謀を砕きます。ですが、多少なりとも手を汚すこともしなければなりません」
「それで王旗なのだな」
ビョルンが強く頷く。
「俺たちはどうすればいい?」
今度はパウロが尋ねる。
「近衛騎士団が反乱に加担しないようにしてほしい。それと同時に婚約破棄が起こった際に王城と王都の主要箇所を守れるようにしてほしい。フィリップ殿下を建てて陛下の大義名分を持って反徒を鎮圧しないといけない」
「その辺りは大丈夫だ。すでに手を打ってある」
「だが、油断はできない。レナトゥスは王家の中に入り込んでいる」
「王城の警備が一番考えないといかんな」
「その辺りはこの後考えよう」
フィリップはパウロを促す。
「アトルシャン長官にも別途お願いがあります」
「何かね?」
「私に数学者を紹介して頂けないでしょうか?」
ビョルンの話す<数学者>の言葉は皆を不思議がらせる。
「構わないが、理由を知りたい」
アトルシャンが皆の代弁をする。
「私が思うに・・・ジョルジョ・ダリューは転生者たちがどこで生まれてどのような記憶を持っているかを彼なりに知っていると思います」
「そうするとその探し出す方法をジョルジョ・ダリューが知っている考えている訳だね」
「はい」
ビョルンは両手で首の裏筋を掻く。
「私は転生者とは何者なのか、改めて知りたいのです」
「その方法が数学者だと言うのだね?」
「数字は内容そのものを素直に記してくれます。ならば数学の観点で今回の件を見つめ直したいのです」
「君らしいね」
アトルシャンが笑う。
「今調べるべきは転生者と前世の記憶を持つ者たちが生まれる時期と場所だと思っています。これは数学者か物理学者でなければなりません。どちらもわかる学者だと嬉しいのですが贅沢は言える時間もありません。ですので長官の人脈に頼りたいのです」
「なるほど。君はそこに事件の解決の糸口があると考えているんだね」
「はい」
アトルシャンは立ち上がると一度、会議室を出る。
しばらくして紹介状を手にして戻ってくる。
「マグナ・シュラクサイにコンスタンディノス・トランティニャンと言う数学者であり物理学者である人物がいる」
「存じております。コスタ殿と言えばユリウス王国で最高の数学者であり最高の変人だと聞いております」
「私から見れば彼は変人であろうが素晴らしい人物だ。信用して良い」
アトルシャンはビョルンに紹介状を渡す。
「紹介状を書いた。すぐに送りなさい」
「ありがとうございます」
ビョルンは礼を取るとこの場は解散した。
法務局の走り馬がマグナ・シュラクサイに向かった。
そこにはアトルシャンの用意した招待状が携えられていた。
コンスタンディノス・トランティニャンの返事がすぐに戻って来た。
彼からは是非とも会いたいとの内容だった。
これはコスタが興味を抱いたと言える。
その上で<異世界からの転生者>であるトリスタン少年を同行されるように書かれていた。
ビョルンはパウロと相談の上でアランとレナートを元にしてトリスタンを連れてマグナ・シュラクサイを向かうと決めた。
トリスタンも納得しており少年自身も自ら覚悟を決めたのだろうとビョルンたちは察した。
返信が来たその日のうちにビョルンたちは動く。
その数学者がいるマグナ・シュラクサイへとビョルンたちは向かうのだった。




