対顔=王都にて
トリスタンの審問が行われたのは、襲撃の日より翌日の昼だった。
審問の前に、トリスタンの体調を考慮して医師の診断を行い、結果として問題なかったため、審問が行うことが決定したのだ。
トリスタンは、食欲があり睡眠を取れたこともあり、精神的にも問題は見られなかった。
ビョルンが、騎士団の屯所にある会議室に通されると、そこにはパウロと話をしているトリスタンの姿があった。
「初めまして、私はビョルン・トゥーリです。隣に控えるのは、私の補佐官を務めるエヴァ・ハヴィランドです」
「初めまして。エヴァ・ハヴィランドです」
エヴァは礼を取る。
「君がトリスタン君だね」
「は、はい」
トリスタンは緊張していた。
この世界に来て、初めて会う法務官であり、噂に聞いている終身法務官が目の前にいるのだ。
「大丈夫だよ。君が緊張するのは理解している。もし話しにくい時が来たら、休憩を取るから」
ビョルンは、トリスタンを安心させようと優しく話しかける。
「ありがとうございます」
その言葉にトリスタンの緊張が少しだけ和らぐ。
「では、さっそくですがあなたの名前と出身地を教えて下さい」
「僕はトリスタン・マーデンと申します。出身は東属州にあるキリキアです」
トリスタンは、名前と出身地を答える。
「君は、今回のカール氏の事件の関係者ですが、私は事件そのものは君に聞くことはありません。今回、私が君に聞きたいのは<異世界の転生者>に関してです」
ビョルンの言葉に、トリスタンは頷く。
「ジャビエンヌ嬢が書いた、<小説>と言うものを、君が訳してくれたのだが、私たちはこの書かれた文字を見るのは初めてでね。これは所謂・・・君が前にいた世界の文字で間違いないね?」
「はい。僕がいた世界の文字です。日本語と言います」
「この難しい字と滑らかな字はどういうものなのだい?」
「難しい字は、<漢字>と言います。その滑らかな字は、<ひらがな>と言います。角が直角に曲がっているのが多い文字は、<カタカナ>です」
「なるほどね」
ビョルンは、文字を見ながら納得する。
隣では、エヴァが聴取を書き下ろしいる。
「君がいた世界では、この<小説>と言うものが存在していた訳だが、それはどういうものか改めて知りたいのです」
「僕が知る限りですが、<小説>ではある世界で亡くなった人が、異世界に転生して登場人物に生まれ変わり人生をやり直すと言うのが主な内容です」
「不思議な話ですね」
「はい。でも、僕がいた世界では、その手の<小説>は流行していました」
「君も、その<小説>を読んだことがあるんだね?」
「そうです。<小説>も多くの人が書いていましたので、僕もいろいろな<小説>を読んでいます」
「そうなると、君が聞いた<悪役令嬢>や<ヒロイン>と言う言葉も、当然知っていた訳だね」
「僕の世界では、<異世界転生もの>と呼ばれるものですので、この言葉はもちろん知っていました」
「そのおかげで、事件は解決したんだ。君のお手柄だよ」
ビョルンは、トリスタンに微笑みかけた。
それだけで、トリスタンは胸が高まる。
「このジャビエンヌ嬢が書いた<小説>の内容だが、何か気になることはあるかい?」
「あの・・・気になると言うか・・・知って頂きたいことがあります」
「それは何だい?」
「ジャビエンヌと名乗る方が書いた<小説>ですが、僕がいた世界では、ごくありふれた<異世界転生もの>です。ただ、この方の立ち位置が違っていると思います」
「それはどう言う意味だい?」
「僕の覚えている限りでは、ジャビエンヌと名乗る方が<悪役令嬢>であり、相手の方が<ヒロイン>であると思います」
その言葉に、ビョルンはエヴァを顔を合わせる。
「<小説>の中では、<悪役令嬢>と呼ばれる方は<ヒロイン>に対して、意地悪なことをします。<ヒロイン>の方は、意地悪をされても挫けずに、最後に素敵な貴族の子息や皇子と結ばれるのが多いのです。ですが、ジャビエンヌと名乗る方は、自ら<ヒロイン>と言いながら、その相手の方の恋人と不義を行い、意地悪をされたと噂を流しました。もし、自分がヒロインと言うのなら、どうして意地悪なことをしたのかを考えると、どうしても・・・ジャビエンヌと名乗る方は間違った認識で、自分を<ヒロイン>と思ったか、<悪役令嬢>だと気付いたので、悪役になるのが嫌で・・・強引に<ヒロイン>になろうとしたのかなと思いました」
「確かに。そうでなければ、貴族の子息に対して殺人を促すことはないね」
「僕もその話を聞いて・・・あと、ジャビエンヌと名乗る方が書いた<小説>の写しを見て、どうみても役が入れ替わっていると思いました」
トリスタン自身、<異世界転生もの>を好んで読んだことはないが、それなりに目を通している。
それでも、この世界では<異世界転生もの>の知識はあると自覚している。
「彼女は、それに気付いていないと?」
その問い掛けに、トリスタンは頷く。
「僕が思うに、<異世界>に<転生>した人たちには、記憶にずれがあるかもしれません」
「それが、このような事件を起こすと思っているんだね」
「そうです。僕の意見ですので、参考になるかわかりませんが・・・」
「いや、その意見は重要です。ありがたいです」
ビョルンが次の質問をする。
「話を変えるけど、君はどうして<異世界の転生者>として、名乗りでたんだい?」
「僕は・・・前の世界で貧しい生活をしていました。そのせいで、みんなにいじめられていて・・・」
「いじめとは何かしら?」
隣にいるエヴァは、初めて聞く言葉に戸惑いを覚える。
「ああ、ここではいじめって言葉はないんですね。いじめは・・・毎日殴られたり悪口を言われたり嫌がらせを受けたりされることです」
「虐待ですか・・・」
「はい。この世界に生まれ変わった時は、お母さんもお父さんも優しくて、ご飯も毎日食べれて僕は幸せでした」
「この世界に生まれ変わって、君は幸せだと感じたんだね」
「はい。僕は初めて生きていて良かったんだと思いました」
「それで、君は最初は転生したことを言わなかったんだね」
トリスタンは頷く。
「でも・・・あのような事件が起きて、僕と同じ<異世界の転生者>が、罪を犯すのなら許せないと思いました」
「君は優しいね」
ビョルンは、トリスタンの頭を優しく撫でる。
「素直で正義感がある。だからこそ、君に言わなければならない」
「なんでしょうか?」
「僕たちは君を保護したい。このままだと、君は命を狙われ続けると思うんだ」
その言葉に、トリスタンは思わず立ち上がる。
「お母さんとお父さんはどうなりますか?」
「君の両親ももちろん、これからも事件が終わるまで保護するよ」
「本当ですか!?」
「ああ。ここには近衛騎士団の主任団長様がいるんでね」
ビョルンがパウロを見る。
「任せろ。俺がちゃんと守ってやる」
パウロが胸を張る。
「君には申し訳ないが、今後も我々に<異世界の転生者>について教えてほしい」
「もちろんです!!」
トリスタンが強く返信する。
その後も、ビョルンは<転生者>に関して、トリスタンに教えを乞う。
その中で、やはり<異世界の転生者>と<前世の記憶>を持つ者は、別物だと知ることができた。
「<前世の記憶>を持つ者は、同じ世界にいて不幸なことがあったり、不運な出来事で亡くなり、次に目覚めると子供の頃に戻ったり、数年前に戻ったりして、人生をやり直すことが多いのです」
「君は、<異世界の転生者>とは違うと思うだね?」
「はい」
「彼らはこの世界にいると思う?」
エヴァが優しく尋ねる。
「いると思います。<異世界の転生者>がいるのなら、存在してもおかしくないと思います」
ビョルン同様に、トリスタンもそのように考えていた。
そこで、一つの疑問がビョルンに生じる。
・・・どうやって、レナトゥスは<異世界の転生者>を知ったのか?
「トリスタン君、<異世界の転生者>を知る方法があるかい?」
「・・・言葉を聞くしかないです」
「外見からの見分け方は難しいんだね?」
「僕も、<悪役令嬢>や<ヒロイン>の言葉を聞かなければわからなかったですから」
「そうですか・・・」
ビョルンは考え込む。
レナトゥスが、<異世界の転生者>であろうとなかろうと、トリスタン以外の方法で<異世界の転生者>たちと関わっている限りは、その方法を見つけなければならない。
その方法を知る前に、レナトゥスの次の動きがどうなるかも気になる。
・・・まだ先手を取ることができないか。
攻撃をする者は、いつどこでも動くことができる。だが、守る者は相手が動かない限りは何もできない。
この形を崩す方法は、やはりレナトゥスが現れるまで待つしかないと思うと、ビョルンは自分を自戒するしかなかった。




