実生
彼は、喜びに打震えていた。
興奮と感動に、身体が熱くなるのを感じる。
それは、まるで恋をした少年のようなものだった。
彼がレナトゥスの名を語り始めた時、<異世界の転生者>たちはまだ覚醒はしていなかった。
最初に接触した者は、容易に自分が<異世界の転生者>だと思い出した。
その後は、次々と<異世界の転生者>たちは記憶を蘇らせてゆく。
それは、第一の計画通りだった。
彼らはまるで異世界転生の小説を地で行くかの如く、婚約破棄や婚姻の略奪など行い始めた。
そのもっとも象徴と言えるのは、東属州にある第二の都市キリキアにいたジャビエンヌ・セイリグ嬢だった。
彼女は、転生前に何者であったかすでに理解していた。
自分が知る物語では自分が<ヒロイン>であり、相手の令嬢は<悪役令嬢>でなければならなかった。
そのためにも、彼はレナトゥスとしてジャビエンヌを手助けし続けた。
そして、彼女は見事にやり遂げた、彼女自身が<悪役令嬢>として。
しかし、彼に思いも及ばない出来事が起こる。
キリキアの法務局が、ジャビエンヌを拘束したのだ。
しかも、彼女をカール家当主の殺人を教唆した罪で。
それは、神官だった者がジャビエンヌに審問した結果だった。
彼が驚いたのは、ジャビエンヌの拘束ではなかった。
事件を目撃したのが、どうやらジャビエンヌと同じ<人種>だったことだ。
そればかりではない。
彼がさらに驚いたのは、王都に護送されるのがジャビエンヌではなかったことだ。
これには、彼も予想もしなかった。
その後、転生者と思われる少年が王都に移動することを知った時、彼の胸の高まりは最高潮に達した。
・・・全く予想しないことがあるものだね。
彼は、楽しくて仕方なかった。
すぐに少年を攫うべく、彼は転生者の男を向ける。
だが準備不足の上、守備側である近衛騎士団の抵抗を受けて、少年を攫うことはできなかった。
男が言うには、騎士団側は襲撃を受けるのは想定内であり、腕が立つ者が多く、簡単には守りを崩すことができなかったとのことだった。
彼はその話を聞いて、自身の前に何者かが阻もうとしているのに気付いた。
それが完全に確証を得たのは、都市キリキアに内情などを密かに探らせていた者たちからの一つの情報からだった。
それが、罪の軽減を条件にジャビエンヌが覚えている異世界転生の小説を書いていると言う。
・・・その発想はなかったよ。
計画には障害がつきものだ。
だが、その上を行くこともある。
まさか、ジャビエンヌにそのようなことをさせるのは考えもしなかった。
彼は、その人物が王都にいることを知る。
その人物の名を知った時、彼は震えが止まらなかった。
・・・終身法務官ね
彼は、その名を聞き及んでいた。
法に準じながら、身分関係なく審問を行い裁きを下す。
この法務官が、いよいよ自分の前に現れたのだ。
彼は思う。
もし、自分が審問を受けた場合は、この罪を裁いてくれるのかを。
彼は期待してしまう。
そう、彼は会いたかった。
まるで恋焦がれた恋人のように。




