いざ、キャンプ
「では皆さん、出発でーす!」
バスのマイクを片手に、津田先生が子供のように叫んだ。
入学式から2週間が経過し、今日はウェルカムキャンプの出発日だ。
なんの縁なのか、俺は津田先生と同じバス。
「ほら、七瀬先生も叫ぶ叫ぶ。」
「やだよ。」
「えーっ」
このやり取りに、バスに乗っている生徒は大爆笑だ。
俺は、ただただ照れ笑いを浮かべる。
「七瀬先生。」
「ん?」
振り向くと、そこには学年委員長の森崎茜が立っていた。
「人数確認しました。全員います。」
「おお。ありがとう、森崎。」
「いえ。」
森崎は、はにかむ笑顔を浮かべた。
そして、俺の後ろの席に座った。
「あの子、可愛いね。」
ちゃっかりついてきた美菜は、すっかり森崎のファンだ。
確かに、清楚な雰囲気漂う彼女は、男子からも女子からも好かれそうだしな。
「ん?七瀬先生どうしました?」
「え、いや。」
何とかごまかした。
「着いたあ~!」
バスからぴょんと降り立ち、俺はうーんと伸びをした。
ここが目的地、三ノ山高原。スキーで有名な高原だ。
そして後ろを振り向くと・・・
「・・・。」
「大丈夫?」
「・・・うげっ。」
出発前とは打って変わって元気がない、津田先生の姿があった。
「浮かれすぎたでしょう。」
「・・・うん、だから酔った。」
「ほらほら、生徒みたいに元気になる。」
背中をさすって、元気づける。
そして、生徒が整列している広場の後ろに、並んで立った。
松下先生が生徒を完璧に仕切っている。
「注目ー。今から荷物を部屋に置きに行きます。じゃあ右側の班から…」
松下先生に目配せされる。
心ここにあらずの津田先生を背に、俺は駆けていった。
生徒全員を各部屋に移動させ、やっと教師に休み時間が出来た。
俺は男子が泊まる館の一室に荷物を置くと、窓から外を見た。
春だというのに暖かさの欠片もなく、セーターの上からジャケットを着ないと
凍えてしまう程だ。
「陽斗。」
「どうした。」
ドアが閉まっていることを確認し、俺は美菜に尋ねた。
「次のイベントって、なに?」
「外の広場で、自然観察。」
「外お~。」
胸ポケットから身を乗り出して、美菜は駄々っ子のように足をバタバタさせる。
「なんだよ。文句ある?」
「寒いじゃん。あたし、もう外出たくない。」
「ええ・・・。」
困った。嫌だからといって置いて行くと、見つかる可能性がある。
俺はふと、美菜をつまみ上げて、内ポケットにしまい込んだ。
そして大荷物の中からハンカチを発掘し、そこに詰め込んだ。
「どう。これで我慢できそう。」
「う、うん。さっきよりは、全然。」
美菜はハンカチとハンカチの間から顔を覗かせて、笑った。
と、
「七瀬先生!」
俺と美菜は、揃って体をびくっとさせる。
このドスのきいた声は・・・
ドアを開けると、案の定そこには3組担任、三田先生が立っていた。
「どうしました?」
「自然観察の準備を、我らが手伝うことになりまして。今すぐ来れます?」
「んー、ちょっと厚着してから行きます。先に行っといてくれます?」
「わかりました。」
三田先生はそう言って、去っていった。
「・・・ふう。」
俺は力が抜けて、その場に座り込んだ。
「危なかった。」
「だね。」
なんといっても三田先生は、自分に厳しく他人に超厳しくで有名な先生だ。
見つかっていたら、どうなっていたことか。
「ほら陽斗、いつまで座ってんの。手伝い行くよ。」
美菜が内ポケットの生地を引っ張る。
いや、お前のせいだよ。