お隣さん
俺はざっと、仕事と前の事件のことを話した。
「大変だったね。」
母さんはそう言うと、ひじき煮の入った小皿を俺の前に置いて、溜息をついた。
「その状況から、どうやって脱出したの。」
「えっ。えーと、偶然結び目が手の近くにあったから、そーっとほどいて、脱出!…みたいな。」
「ふうん、なるほど。それは不幸中の幸いだったわね。」
母さんはこくこく頷きながら、白飯を豪快に食した。
「あ、そうだ。」
急に父さんが言った。
「今日、畑のところで野菜を売ってる葉月ちゃんを見かけたんだよ。行ってみたら会えるかも」
「葉月?」
俺は少し驚いた。お隣さんで小さい頃からの親友、涼風葉月は就職せずに、地元で働いてるのか。
そういや高校の寮に入ってから、全く会っていなかった。
「ごめん母さん。ちょっと席外す。」
「はいはい、いってらっしゃい。」
俺の動きを察したのか、母さんは少し食い気味に許可した。
畑と畑の間の細い道を、俺は歩く。3年前はここに来てないから、実に8年ぶりだ。
「ねえねえ陽斗。葉月って誰?」
「実家のお隣さん。」
「へえ。就職してないって、珍しいね。」
「そんなこと言わないであげて。」
そう言っている間に、前方にそれらしきワゴンカーが見えた。
『新鮮なお野菜』
でかでかと書かれた緑の旗がすぐ横に立っている。間違いない。
すると、彼女らしきスタッフが見えた。
「葉月か?」
「?」
スタッフはくるりと振り返り、目を丸くした。
「もしかして・・・、陽斗?」
「よ、久しぶり。」
俺は軽く手を振った。
「なーんだ。帰ってきてたんなら言ってくれればよかったのに。」
「ごめんごめん。」
土臭いワゴンカーの中で、俺は葉月と並んで座った。
「それにしてもホントに久しぶり。」
「だなあ。」
「仕事は今何してんの?」
「私立高校の数学教師。」
「わーお。高収入。」
「やらしいこと言うなよ。そういうお前はどうなんだ?」
「私は見ての通り。本当は就職したかったんだけどね。うち二世帯住宅なもんで、おじいちゃんおばあちゃんの介護でお父さんお母さん手一杯になっちゃってるわけ。その結果が、これ。」
「ふうん。」
「ねえ、また今度都会連れてってよ。ここにいてばっかじゃ、婚活もろくにできやしない。」
「おお。お前の口からそんな言葉が出るとは。」
「なっ、私だって本気で考えてるんだから!」
葉月は口をとがらせる。その仕草が誰かさんと似ていて、俺は思わず吹き出した。
すると、
「すいませーん。」
「あ、お客さんだ。」
葉月は立ち上がった。
「ねえ陽斗。仕事終わったら陽斗の家行っていい?」
「は?」
「ほら、小さい頃よくお泊まりしてたじゃん。」
「・・・許す。」
「しゃっ」
ガッツポーズの葉月を背に、俺はバスを降車した。
その夜。
「あのさ、葉月。」
「ん?」
「俺は確かに、泊まっていいって言った。」
「うん。」
「でもさ・・・。」
「?」
首を傾げる葉月に、俺は溜息混じりに言った。
「一緒に寝るのは違うと思うぞ。」
「えー、小さい頃はこうやって寝てたじゃん。」
「今は成人なの。」
「うそお。」
葉月はガックリと肩を落とす。
ああ、純粋な女子は怖い。
「だから、駄目。わかったか。」
「ちぇ、わかったよ。隣に布団敷いて寝る。」
諦めてくれた。良かった。これで美菜にぶたれずに済む。
「そのかわりさ。」
「うん?」
「…一つだけ、質問いい?」
「質問?別にいいけど。」
「OK、じゃあ質問。ずっと気になってたことなんだけど・・・」
葉月は俺を指差して、言った。
「陽斗の胸ポケットにいる小人、何者?」




