(短編)レアスキル”テレポート”持ちは働きたくない 此方冒険者ギルド内アイテムショップ出張配達部隊
さて、突然だが諸君は仕事は好きだろうか? 俺は嫌いだ。仕事をしなくちゃ金が入らないし、状況にもよるが社会的信用にも関わる?
こっちはそんな事分かってるんだよ! 分かった上で言いたい! 不労所得で遊んで暮らしたいってな! ……だが、そうは行かない。例えギャンブルで生涯遊んで暮らせるだけの財産を手に入れたとしても俺に不労生活がやって来る日は決して無いんだ……。
これは神様か悪魔かの気紛れのせいでしたくもない仕事をやる羽目になったこの俺、デュークと馬鹿共の物語だ。まあ、適当に読み流してくれればそれで良い。
「……最悪だ」
窓から朝日が差し込んで俺の顔を照らし、街の中央から鐘の音が聞こえて来る。ああ、最悪だ。惰眠を貪るって最高の贅沢すら満足に味わえず、今日もまた仕事が待っている。昨日は飲み過ぎたから酒が残ってるし、未だ寝ていたいと毛布を頭から被って丸まるが、ノックもせずに扉が開き、容赦無く毛布が剥ぎ取られる。
「もう朝っすよ、隊長! 今日も楽しい仕事の時間っす!」
「・・・・・・仕事の何処が楽しいんだ。てか、毎朝毎朝他人の部屋に入って来るなよ、ナターシャ」
「隊長が何時も寝坊するからっすよ。ほらほら、さっさと着替えるっす」
朝っぱらから二日酔いの頭に響く大きな声。俺は頭を押さえながら起き上がる。目の前には金髪碧眼にエルフ特有の尖った耳を持つ頭の足らなさそうな馬鹿女が、ヘラヘラとアホみたいな笑顔を浮かべていた。年齢は十代後半。俺の半分程度だが、それにしても落ち着きが足りやしねぇ。
「朝から本当に元気な、お前」
「そりゃあ毎日楽しいっすから!」
「そりゃ悩みが一つもない人生なら楽しいわな」
「はいっす!」
駄目だ。嫌味すら通じねぇ。此奴、マジで無敵だな。エルフってのは理知的で真面目な美男美女揃いだってのに、頭が悪そうな言動と態度で色々と台無しだ。
「今、凄く失礼な事を考えなかったっすか!?」
「気のせいだ、気のせい。・・・・・・ちっ。頭は悪い癖に勘だけは良いんだからよ。ほら、着替えるから出て行けや」
ナターシャを適当に追い出して床に放り出していた制服に着替える。さてと、今日も嫌だが頑張りますかね。あ~あ、せめて起こしに来るのがセクシーな姉ちゃんなら少しはマシなのに、あんなまな板チビじゃねぇ。お気に入りの娼館に行くにゃ給料日前の財布じゃ心許ない。
「……神様が願いを叶えてくれるなら給料百倍と毎日有給を願うな、俺は」
こころの底からの呟きを吐き出し、扉を開ければナターシャの姿は見えない。窓の外が騒がしいので見てみれば木の枝に掴まって懸垂の最中だ。
「ふん! ふん! 隊長も一緒にどうっすか! 自分達の仕事はは体が資本っすから鍛えて損は無いっす!」
「……俺からすれば今の仕事で人生を損してるからな? それと仕事前に無駄に体力使うな。頭が使い物にならないんだから、せめて体をちゃんと使えよな」
「はいっす! 頑張るっす! ふん! ふん! ふん! ふん! あと百回!」
こんな馬鹿と今から行かなくちゃならない仕事場の事を考えるとマジで疲れる。今直ぐベッドにダイブしたい。セクシーな姉ちゃんの膝枕なら尚良し。
「……本当に俺は何であんな”スキル”なんかに目覚めちまったんだろうな」
空の上に神様の国があるってんなら大声で文句が言いたい。俺はもっと適当で安全な仕事が良かった。叶うなら働かずにダラダラしていたかった。
「はい。冒険者登録ですね。それでは此処にご記入をお願いします」
「それではクエスト達成の報酬をご用意致します」
朝から大勢の人間が集まる巨大な建物が俺の職場だ。右を見ても左を見ても鎧だの魔法使いの杖等を装備した連中で溢れかえる。世界中に存在し、内部にゃ多くの財宝とモンスターが存在するダンジョンに潜る冒険者達だ。そして俺の職場こそが冒険者の管理と支援を担当する冒険者ギルド。一応世界中の国の連合が指揮下に置く組織だぜ。
「あっ! 隊長。早速ですがお仕事です。三十階層のB6地点から支援要請が来ていますので、この荷物を届けて下さい」
俺が自分の椅子に座り、先ずは仕事始めの一杯を準備する。濃いめに煎れた一杯を氷で冷やした極上のアイスコーヒーが無けりゃ俺の朝は始まらない。豆だってギルドが職員用に購入した安物じゃなくて、わざわざ遠くから取り寄せたお気に入りのコーヒー豆だ。だが、熱湯を注いで今から冷やせば完成って寸前に俺の前に巨大な荷物が差し出された。
差し出したのは眼鏡にお下げ髪の地味ぃな印象の女。俺の半分程度の身長しか無いが、これでも俺と対して年齢が変わらない。ドワーフって奴だよ。此奴、ネチャルはよ。
「……おい、マジか。マジっか! B6地点つったらマーキング地点から一番遠いじゃねぇのさ。……行かなくちゃ駄目? ……駄目だよなぁ」
「毎日毎日同じ事を言うのは無しですよ。では今直ぐに向かって下さい。コーヒーなんて飲んでる暇は有りません」
「大丈夫! 隊長は自分が守るっすよ!」
「……ああ、憂鬱だ。おい、俺が帰った時には直ぐに飲める様にしとけよ」
朝からパンパンに膨れ上がった巨大な背負い袋を背負い、気合いが入りまくりの馬鹿の肩を持つ。目を閉じて集中すれば暗闇の中に幾つもの光が浮かび上がり、更にそれに意識を向ければ俺達の姿はギルドの建物内から消え去る。
「到着だ。……ちょっとズレてるな」
目を開けた時、俺達が居たのは怪しく光る岩壁に囲まれた洞窟の中。大勢が欲望のままに挑み、そして死んでいったダンジョンの中だ。只、予定していた地点から少し離れている。ったく、幸先悪いな。目的地まで大分離れてるぞ、此処は……。
「ありゃりゃ。隊長、今日は調子悪いっすか?」
「二日酔いだってのに何処かの馬鹿が乱暴に起こしたからな。……俺のスキルの精度は体調に左右されるから気を遣えって言ってるだろ」
「使ってるっすよ? そんな事よりもお客様っす!」
周囲を見れば尻尾が蛇の猿みたいなモンスター”ヌエ”が俺達を取り囲む。やれやれ、これだからダンジョンは嫌なんだ。
「んじゃ、頼んだぜ戦闘担当」
「了解っす!」
ナターシャは身の丈ほどのハルバートを振り回しながらヌエの群れに突っ込んで行く。まあ、一分も有れば終わるだろうな。
……ダンジョン内は危険が一杯だ。奥に進めば手にする物も多いがモンスターだって強いし、罠だの地形だのの危険度は上がる。そんな奥地まで行ける冒険者は限られてるし、そんな連中を支援しようって設立されたのが”冒険者ギルド内アイテムショップ出張配達部隊”だ。部隊っつってもウチのギルドにゃ数人しか所属してねぇけどな。
ダンジョン内からの救援要請を特殊なアイテムで受ければ直ぐに物資を届けに行く。まあ、地上よりも割増料金だし、貴重な鉱石とかを荷物にならないように持ち帰るが査定だって厳しくなるが、それは持ちつ持たれつって奴だ。
何でそんな部隊に俺が所属しているかって? 所属させられてるんだよ。世の中には十人に一人位が特殊な力”スキル”ってのを持って生まれる。大抵は似通った物だが、俺の場合はレア中のレアである”テレポート”、要するに任意の場所に転移できるって代物だ。
自分以外は相性次第だの、転移先に予めマーキングを仕掛けるだの条件があるが、それでも密偵だの暗殺だの悪用は幾らでも可能だ。だったら見張り付きで食っちゃ寝生活が良かったのに、こうして働かされている。俺以外は一緒に転移可能な事以外は戦闘特化ばっかしの問題児揃い。
「隊長~! 終わったっすよ~!」
「大声出すなっての。二日酔いの頭に響くんだよ、お前の声は」
「それはごめんっす! 反省してるっす!」
……ああ、本当に俺は俺にスキルを与えた奴を恨む。ネチャルが唯一の裏方で、書類仕事は俺と彼奴が受け持ってる。ナターシャは? 察しろ。
「じゃあ一刻も早く荷物を届けるっすよ!」
「だから騒ぐなっての……」
ああ、本当に面倒な日々だ。此方冒険者ギルド内アイテムショップ出張配達係。冒険者の皆様はご利用をお控え下さいますようお願い申し上げますよっと……。