第1話 転移する
「おらは酔っぱらっちまった。てへへ、まあ飲みねぇ」
俺は泥酔していて、この世界の憂さを忘れるほど気分が良い。
「お客さん、無口だねぇ。野犬のアンデッドでしたか。こりゃまた失礼しました。寂しいって。えっ、仲間が欲しい。じゃ、【メイクアンデッド】、【メイクアンデッド】……アンデッドでいっぱいだぁ。がぁ、ファンファーレ、うるさい。俺は寝る……お休みなさい……」
もう、朝か。
顔に当たる朝日が眩しい。
俺は河羽 作太郎、35歳。
死体術士で、異世界からの転移者だ。
死体術士は死体などに魔法を掛けて操る職業で、シュプザム教会には禁忌の職業として追われる身分だ。
好き好んでこんな職業になった訳じゃない。
現在、俺は鑑定士が居る都会を避けて、田舎で森を切り開いて大根を作っている。
「さあ、大根を村に売りに行くとしますかね」
なんじゃこりゃー。
収穫した全ての大根の葉っぱがしおれていて、白い本体も皺が寄っている。
何となく落ちが見える。
確認してみると脳裏に描かれたレベルは5。
昨日までは3だった。
俺はやらかしたらしい。
くそう、もう金輪際、酒は飲まん。
そして、こうなるには異世界に来てから五年の歳月を要した。
時は、五年前。
「なんだ。確か猪にはねられたと思ったんだが」
辺りを見回すと、傾いた家に板を載せただけの屋根。
今時、日本では誰もこんなぼろい所には住んでいない。
どこの外国だ。
猪に跳ね飛ばされて外国へか。
電話借りれるかな。
農作業中だったんでスマホは家の中だ。
立っていても仕方ないので、近くの男に話を聞く事にした。
「あの、ここはどこですか」
無理だと思ったが日本語で話し掛けた。
「ここは、ダリークのスラムだよ。丈夫そうな服きているじゃないか。よこせよ」
うわ、いきなり強盗かよ。
スラムってのは治安が悪いとニュースで聞いていたが、酷すぎる。
俺は靴で男の股間を蹴り上げた。
男が崩れ落ちるとすかさず近くにいた人が身包みを剥がしに掛かる。
ごめんと謝ってからその場を離れた。
よく考えたら、さっき日本語だと思っていた言葉は日本語じゃない。
俺は何時の間に外国語を覚えたんだ。
まあ、良いや。
使える物は使う。
多分ここは異世界だな。
でないと言葉が分かる説明がつかない。
列が出来ていた。
ありがたい、炊き出しか。
俺も列に並ぶ事にした。
列は段々と消化されて進んで行く。
そして、遂に俺の番になった。
なんだ炊き出しじゃないのかよ。
並んで損した。
「鑑定、一回。銀貨一枚だ」
なぬ、鑑定だと。俺の能力が分かるのか。
ぜひやって貰わねば。
「これでどうかな」
俺は五百円玉を差し出した。
「見たことのない銀貨だな。古銭という可能性もあるか。まあ良いだろう【アプレイズ】。こ、こ、こいつ、死体術士だ。禁忌持ちだ。聖騎士を呼べ。捕まえろ」
何か不味い事になったらしい。
逃げる手だな。
俺は一生懸命走った。
まだ距離はあるが、追いつかれそうだ。
壊れた瓶があったので立ち止まり足で砕く。
スパイク長靴さまさまだ。
実はあいつらの靴を見た時思った。
尖った物は痛いだろうなと。
薄いサンダル履きだったからな。
破片を見た追っ手は躊躇した後に引き返した。
とりあえず、安全は確保されたが、ここにはもう居られない。
俺はスラムを出て道沿いに宛ても無い旅に出た。
しばらく歩くと道が分かれている。
俺は人が信用できないので細い道を選んだ。
道は一軒家に続いていた。
古そうな家だ。
窓から中を覗くと、分厚く積もった土ぼこりが見える。
長い間掃除していないな。
俺は玄関に向うとドアのノブに手を触れた。
力を入れてないのにドアが開く。
幽霊屋敷って奴か。
こうなりゃ自棄だ。
幽霊でもなんでも来い。
部屋は三部屋あり寝室と居間と書斎だった。
書斎には机があってその上に本が二冊置いてある。
そこだけは埃が積もってない。
不気味な物を感じたが、気にせず本を取る。
本は手記だった。
それは死体術士の手記だった。
ここは、隠れ家で死体術士が来た時だけ、封印が解ける仕組みになってるらしい。
死体術士が近くに来ると誘導されると書いてあった。
もう一冊の本は死体術士について書かれた禁書のようだ。
俺は死体術士としての基本をその本から知る事が出来た。
手記には隠し金庫の場所と開け方も記されていて、俺はお金を少し拝借。
後でここにお金と禁書を返しにこよう。
そう胸に固く誓った。
人は一人では生きていけない。
俺は鑑定士が居ない田舎を目指した。
田舎なら農業が出来る。
農繁期なら猫の手も借りたいはずだ。
それから、農家の手伝いしながら常識を学んだ。
放浪の末に、ある村にやってきた。
「農家の手伝いをしてくれるのか。こっちはありがたいが、よそ者を泊める訳にはいかないな」
「使っていない小屋とか無いですか」
「ああ、それなら、森に猟師小屋がある」
俺はさっそくそこに行ってみた。
本当に小屋だが、中にはベッドと椅子があって屋根は落ちていない。
外には驚いた事に立派な井戸がある。
木で出来た獲物を吊るす木組みが異様な存在感を示していた。
その周辺だけ草がもの凄く生い茂っている。
土を触ってみた。
ふかふかの良い土だ。
ここに家庭菜園でも作ろうか。
俺はこの森に腰を落ち着けて、家庭菜園を拡充。
家庭菜園は立派な畑になり、いつの間にか転移から五年の月日が経っていた。