はじめてのクラン設立回想編
いつものようにチャットしてるだけです。いつも以上にチャットばっかりな気もしますが、仕様です。
過去を懐かしむ気分になる日、というものが存在する。
少なくとも、ツェルトの中にはそうカテゴライズするしかない日が存在し、今日がそれだった。
なので、開口一番――いや、キーを押下するやいなやその話題になったのは、自然の摂理というものであった。ツェルトの中では。
C:ツ「最初に冒険団作ろうっていったの、誰だっけ?」
こういう質問に、間違いなく正確に回答しそうなのは、団長のナイトハルトだが、ステータス表示は「離席中」である。
はじめに答えたのは、例によってオフライン表示のレイマンだ。
C:レ「誰だっけ?」
答えてない。
反応はしているが答えになっていない!
C:ツ「よくわからないんだよね。今日、誰だっけなーって思ってさ」
C:レ「気になりはじめると、気になるやつだ」
C:ツ「そうそう」
C:ヴ「ウケるw」
C:ツ「なにがだよ」
ヴォルフは、たった四人で構成される〈沈黙騎士団)の、第四の団員だ。ツェルトから見て、ちゃんとオンライン表示になっている唯一のメンバーでもある。逆に、ヴォルフから見てオンライン表示の団員はツェルトだけだろう。
レイマンがオフラインなのは、やはりいつものストーカー対策なのだろうか、と少し考えてしまう。おつきあいを断とうとしてもうまく断てないストーカーがいるのは、レイマンが誰のどんな話題にでも即反応し、適当に同意してしまうからだ、とツェルトは思っている。
まぁ、今さら反論したからといって、謎の愛ちゃん――名前をどんどん変更するので、団員のあいだではこう呼ばれている――が、つきまといをやめてくれるはずもない。実際、レイマンもたまに頑張って「きっぱりお断り」などしてみているらしいが、オフライン表示を見るところ、効果は薄いようだ。
大変だなぁ、とツェルトは思う。ツェルトなど、誰のどんな話題にも反応が薄いせいで、ストーカーどころかフレンドもほとんどいない始末である。
C:ヴ「なんとなくだよー」
C:ツ「ヴォルフじゃないのはわかってるんだよね」
C:レ「容疑者が三人まで絞られた!」
C:ヴ「俺じゃないって、なんで?」
C:ツ「だって、それまでよその団に入ってたでしょ」
C:ヴ「ああ、そういやそうだった」
すっかり念頭になかったらしい。
ヴォルフはヴォルフのくせに、今の冒険団がすでに三つ目の所属冒険団なのである――重複所属は許されないシステムなので、前の団も、その前の団も辞めている。
C:レ「ヴォルフは前のとこ辞めてすぐこっちに入ったんだっけ?」
C:ヴ「どうだっけ」
C:ツ「覚えとけよ、自分のことだろ!」
C:ヴ「自分のことって、わりとどうでもよくない?」
C:レ「……どうしよう、俺の中で今、『自分をだいじにしないとダメよ』っていう全世界のお母さん的な人が……」
C:ツ「なにそれw」
C:ヴ「wwww お母さん、なんて?」
C:レ「『自分をだいじにできないと、他人もだいじにできないでしょう?』っていってますね」
C:ヴ「それっぽいなー。ママ〜、わかったよ〜。俺、自分をだいじにするよ〜」
C:レ「『いい子ね』」
C:ヴ「うわ〜ん、ママ〜」
C:ツ「……なにやってんの」
C:ヴ「チャット」
C:レ「チャットだな!」
かれらはネットゲーム『クリスタル・ライジング』をプレイしているのだが、プレイ時間の大部分を占めるのはチャットである。
もちろん、ゲームもちゃんとやっている。というより、各種のジョブをそれなりにきわめる程度にやり込んでいる。ネトゲを嗜む人々の常識でいえば、ガチガチの廃人ではない範疇に留まっているが、ネトゲなどやらない一般の人から見れば、間違いなく廃人ということになるだろう。
C:ツ「自分をだいじにしたら、思いだした?」
C:ヴ「うん。おねーちゃん」
C:ツ「誰がだよ。ヴォルフのような不出来な弟を持った覚えはない!」
C:ヴ「けっこう出来る弟だけどなー。まぁいいや、あんまり思いださないよ」
C:レ「俺も俺もー」
C:ヴ「過去なんて、ただの土台だ。人生はつねに未来に向かっているんだ! 顔を上げろ! 前を向け! それが生きるってことだ!」
C:レ「かっこいい!」
ヴォルフが急に良さげな台詞を叫んだので、ははぁ、とツェルトは察するものがあった。
C:ツ「それアクバーの台詞?」
C:ヴ「そうだよ!」
C:レ「アクバーかっこいい!」
アクバーというのは、ヴォルフがハマっているネット小説『ジャンピング・フロンティア』の主人公の名前だ。ヴォルフがなにか決め台詞的なことを口走った場合、十中八九はアクバーの台詞の複製であると、ツェルトは学んでいる。
C:ヴ「ついにツェルトにもアクバーの良さがわかるようになってきたか……」
C:ツ「どうでもいいけど、前の団の人たちとのつきあいとかって、最近どうなの?」
未来に向かうのが人生であることに異論はないが、ツェルトは今日は土台を見直したい気分なのだ。
C:ヴ「どうって? 連絡とったりしてるかってこと?」
C:ツ「そうそう。そういうの」
C:ヴ「うーん……ああ、昨日そういえば、リディさんと遊んだかな」
C:レ「リディさんって、あのロリ巨乳キャラの?」
C:ヴ「そうそう。かなり無理があるロリ巨乳キャラの人」
かなり無理があるロリ巨乳キャラで、ツェルトも思い当たった。一緒に遊ぼうぜと呼ばれたらパーティーにいて、ドン引きした記憶がある。設定できる最低身長に、設定できる最大バストというキャラメイクなので、こう……本人がどう思っているかはともかく、ツェルト視点ではもはや異常な見た目なのだ。
もちろん、ドン引きしますなどとはいわず、ふつうに遊んだつもりだが。
C:レ「あの人、もと同団だったんだ」
C:ヴ「そう。ていうか、団長」
C:ツ「団長!」
C:レ「団長やるのって、やっぱりちょっと変わった人が多いよね……」
それは否定できない。
C:ヴ「変わった人が団を立ち上げて、放り出した結果、面倒見がよくて実直な人が団長を引き継いでる、みたいな団も多いよねー」
それも否定できない。
C:ツ「わたし、ここしか所属したことないけど、まぁ団長は変わってるよね」
C:レ「内藤力が高いからな」
C:ヴ「内藤さんタイプは、あんま会わないよなー」
C:レ「うちの内藤のなにが凄いって、対外的には『腰が低い厨二』と思われてるだけだから、変人なんですと訴えても、ああ厨二が……と勘違いされるところだよな」
C:ヴ「キャラメイク的には、すっごいありがちだからさ、まさかあんな人とは誰も思わないじゃん」
同意しかない。
C:ツ「じゃあさ、内藤さんが引退したら、誰が団を引き継ぐの? うちで面倒見が良いのって……」
C:レ「あ、俺パスね。無理」
C:ヴ「レイマンさんの中の世界のお母さん的な人にお願いしてよ」
C:レ「な、なにっ!?」
C:ツ「それはたしかに面倒見が良さそう……」
C:ヴ「でしょ?」
C:レ「いやいや、世界のお母さん的な人は常時召喚できるわけじゃないからさ。無理! やっぱツェルトじゃないの、うちのクランで面倒見が良いっていったら」
C:ツ「え。わたしは個人主義だけど?」
C:レ「だってヴォルフじゃないだろ……」
暫し、スクロールが止まった。
たしかに、ヴォルフは全然面倒見が良くはない。
やはり、面倒見が良いのはレイマンなのではないだろうか。とはいえ、レイマンが団長というのも、なんとなく考えづらい……。
全員が真剣に考え込んでしまったところで、不意に。
C:ナ「ひとつ、提案してもかまいませんか?」
C:レ「団長!」
C:ヴ「団長!」
C:ツ「団長!」
C:ナ「どうも。皆さんの団長、世界に終焉を齎す破壊神的な魔王だった気がするナイトハルトです」
C:レ「気がするwww」
C:ヴ「ウケるw」
C:ナ「わたしが自分の意志でか、あるいは外的な要因でかに関わらず、このゲームを引退したら、あとは皆さんのご自由になさって結構です。わたしの希望は、特にありません」
チャット・ウィンドウのスクロール停止、再度。
――急にわりといたたまれない感じのシリアス・ムード!?
C:ツ「rty」
C:ツ「ごめん、指がさわっただk!」
動揺がさらにミスを呼ぶ。
C:ナ「おk」
どうでもいい返事に、謎の圧を感じる。さすがナイトハルト、魔王的ななにかである。
C:レ「なんかごめん、内藤」
C:ナ「なにがでしょう」
C:ヴ「内藤さんが引退したら、みたいな話したから!」
C:ナ「わかりやすい説明をありがとうございます。しかし、わたしはそれに乗じて今後の指針をお伝えしただけで、特に気分を害したりはしていません」
C:レ「はい」
C:ナ「むしろ、リディさんがどう変人なのか、とか、レイマンの中の世界のお母さん的な人のお母さんの定義とは、とか」
C:ヴ「内藤力がじわじわ来てる……」
C:ナ「ツェルトさんがそもそも団設立をいいだしたのが誰だったかの特定をしたがった理由はなにか、などが気になっています」
そういえばその話だった!
C:ツ「内藤さんなら覚えてるよね? 誰がいいだしたんだっけ?」
C:ナ「ヴォルフさんですよ」
C:レ「容疑者絞られてなかったwwwww」
C:ヴ「嘘、俺?」
C:ナ「リディさんと団のナンバーツー的なアライさんが喧嘩なさったとかで、団が真っ二つに割れて、どっちについて行くのもめんどくさいなぁ、と」
C:ツ「そんな話あったの?」
初耳である。
C:レ「俺もよく覚えてないけど、あったっけ?」
C:ナ「わたし以外の人に話したかは知りません。珍しく愚痴っぽかったので、よく覚えてます」
C:ヴ「俺あんまり覚えてない、ごめんw」
おまえは覚えとけ! とツッコミたいが、当事者であるナイトハルトは淡々とつづけた。
C:ナ「そういうことなら別口で団に誘われたからそこに行くという流れにして、どちらにもついて行かなければよいでしょう、とお答えしたんですよ」
C:レ「なるほど」
C:ナ「すると、じゃあ内藤さんの団に入る! と」
C:ヴ「いいそうw」
C:レ「いいそうだなw」
全然否定できない。
C:ツ「それで団を作ったの?」
C:ナ「わたしはどこにも所属してないですと説明したら、じゃあ作ってよ! 作ろう! といわれまして。レイマンとツェルトさんにも団設立を打診してみたところ、いいねという反応だったので」
ナイトハルトの説明が事実なら、確かに、団を作ろうといいだしたのはヴォルフ、ということになる。
C:レ「マジかー」
C:ヴ「へー。凄いな、俺!」
C:ツ「忘れてるところが凄いと思う」
C:ナ「変人なので、うっかり団長になってしまいました」
ツェルトはブハッと吹いた。よかった、なにも飲んでいなくて。
C:ヴ「内藤さんやっぱり怒ってる?」
C:ナ「全然怒ってませんよ。見た目はありがちな厨二キャラだが、実際には非常に深みのある変人だという評価に、怒ることなどできるでしょうか?」
C:レ「あ、俺フレに呼ばれた。ちょっと行ってくる!」
もっともナイトハルトとのつきあいが長いレイマンが、凄い勢いで逃げて行ったということは、これはヤバいのでは、とツェルトは思った。
思ったが、どうすれば逃げられるかわからない。
レイマンは謎の愛ちゃん含めてフレンドが大量にいるし、実際しょっちゅういろんな人と遊んでいるから、今のもおそらく嘘ではないと思われる。せいぜい、良いタイミングで声をかけられたから応じた、くらいだろう。
ツェルトには、都合よく呼んでくれるフレンドなど存在しない。
C:ヴ「俺、忘れてたけどさ、内藤さん」
C:ナ「はい」
C:ヴ「そのときちゃんとお礼いったかわからないけど、ありがとうね」
C:ナ「どういたしまして。今の団は、楽しめていますか?」
C:ヴ「楽しいよ!」
C:ナ「では、少々恩着せがましくて恐縮なのですが……」
なにか来る!
ツェルトは身構えた。おそらく、さしもの能天気ヴォルフも身構えているのではないだろうか。
少々の溜めのあと、ナイトハルトの発言が表示された。
C:ナ「ありきたり過ぎない厨二設定を詰めるのに、ご協力願えますか?」
C:ヴ「え」
そう来る!?
C:ツ「さすが内藤さん……」
C:ナ「ツェルトさんも、知恵を出していただけると助かります」
C:ツ「わたしもフレに呼ばれて……ないけど、日課クエストやらないとストレスで倒れるから遠慮する。まだ今日ログインしてからチャットしかしてないし」
真っ当に説明すると、ナイトハルトは納得してくれたようだ。
C:ナ「なるほど。本物のツェルトさんですね」
C:ヴ「俺も……」
C:ナ「ヴォルフさんは日課をやらなくてもストレスで倒れたりしない強い子ですからね。大丈夫です」
C:ヴ「でも俺、厨二には詳しくないよ?」
C:ナ「大丈夫です。むしろ、詳しくない人のあらたな視点が必要ですからね。ありきたりではなくしたいので」
C:ヴ「……頑張るよ」
C:ナ「よろしくお願いします」
ツェルトは取り込み中のマークをつけると、宣言通り、日課クエストをこなしに出かけることにした。
ヴォルフ頑張れ……だいたい、団設立のいきさつを完全に忘れていたらしいヴォルフの自業自得なので、見捨てていくことに問題はないはずだ。
そもそも話題を持ち出したのがツェルトだった、という点については、考えないことにしよう。
とはいえ、チャットの内容はすべて流れてくる。
C:ヴ「どういう風にしたいの?」
C:ナ「とんがった感じにしたいですね」
C:ヴ「じゃあさ、髪型から変えてこ?」
C:ナ「えっ。今の髪型は駄目ですか」
C:ヴ「銀髪ストレート・ロングって、厨二キャラの典型じゃん。そこからはずしていかないと」
C:ナ「しかし、これはわたしにもこだわりが」
C:ヴ「じゃあそうだなぁ、装備の色をもっと明るくするとか」
C:ナ「明るく……。では銀のパーツを増やしましょうか」
C:ヴ「駄目って。黒と銀だと変わらないよ! もっとさー、派手な色を使おうよ。あっ、赤どうかな? アクバーも赤だし」
……ヴォルフがけっこう楽しそうなので、ツェルトは安心してクエストに集中することにした。
銀髪ストレート・ロングは譲れないらしいです。