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はじめての星魔導師究極戦

C:ツ「こんばんは」

C:ナ「こんばんは」

C:ヴ「こばはー!」


 ぱぱっとチャット・ウィンドウに文字が並ぶ。

 今夜はレイマン以外、全員揃っているようだ――と、ツェルトは思った。

 ツェルトが所属する〈沈黙騎士団〉は、「ヴォイスチャット禁止」が団則の弱小冒険団(クラン)である。メンバーは四人。

 挨拶がなかったレイマンは、オフライン表示でも実はオンラインのことが多いので気が抜けない。が、見た目はオフラインでも実際はオンラインであるなら、挨拶が遅れることはない。だから、挨拶がない今夜は、たぶん本物のオフラインだ。


 オフラインに本物と偽物があるのも、妙な話だが。

 ほとんどのネットゲームで採用されているように、この『クリスタル・ライジング』にも、「オンライン状態を隠す」という機能は存在する。これが現実だ。


C:ツ「内藤さん、星魔導師ってカンストしてる?」

C:ナ「してますよ」

C:ヴ「俺もしてるよー!」


 なんだと!?


C:ナ「このあいだ、一緒に行きましたね。最終試練」

C:ツ「え、最終試練ってソロ固定じゃないっけ?」

C:ヴ「見守っててもらったんだよ。俺さー、すぐ属性の相性を忘れちゃうじゃん?」

C:ツ「知ってる」


 これまた多くのゲームでそうであるように、『クリライ』でも「属性」という要素が攻撃・防御に影響する。属性の相性で、敵への攻撃が大威力になったりゴミクズ以下になったりするのだ。

 ただ、『クリライ』はサービス開始当初、「結局、物理最強じゃん」という結論に陥る程度には属性値が弱かった。

 アップデートで徐々に属性が強化され、敵モンスターごとに属性の相性を覚える必要が生じ、攻略情報が乱舞することになった。

 とはいえ、タイムアタックだのスピードランだのをやるのでなければ、べつに最速を目指す必要はないため、好きな武器で物理で殴ればいいだろ、という派閥もある。どうでもいいことだが、これは「怠惰解」「脳筋解」などと呼ばれている。

 古参の方が、過去の成功体験に引きずられるせいもあってか、属性を軽視しやすい。物理重視で遊んでいるのは、情報をアップデートしていない古参が多い……というイメージがある。


 ツェルトが選んだ種族は獣人の一種で、攻撃力と素早さに秀でているため、最適解を探さずに、怠惰解でプレイしてもあまり問題はない。最前線と呼ばれるエンドコンテンツですら、たまに「脳筋戦士募集」と銘打ち、近接戦闘職のみ、属性武器禁止、などというユーザー企画が持ち上がるほどだ。だいたい盛況になるし、頑張れば勝てる。

 ぶっちゃけ、それはそれでかなり楽しい。

 楽しいが、さすがにどのジョブでも脳筋プレイが可能なわけではない。

 必然、脳筋プレイが難しいジョブは、育てるのが後回しになる。ツェルトの場合、実装前から期待大だった奏楽士だけは例外で、クラン中の誰よりも早くカンストした。奏楽士の実態が、「『クリライ』にしてはびっくりするほど、実装時にすでに完成している」と高評価をもって受け入れられ、扱いやすかったことも大きい。


 それ以外のジョブも、レベリングするだけなら問題ないのだが、「最終試練」と呼ばれるジョブごとの特殊クエストをクリアするのが面倒なのだ。そのせいで、放置したままのジョブもあった。

 星魔導師が、それである。

 ヴォルフも獣人族で、ツェルト以上に脳筋界の住人だ。面倒なジョブはカンストしていないはずだったのに……先を越された……だと!?


C:ヴ「覚えるのめんどいなーっていってたら、内藤さんが指示してくれるって」

C:ツ「え。最終試練の敵って、ランダム出現なんじゃなかったっけ?」

C:ナ「ランダムですよ」

C:ヴ「そうそう。だから配信してプレイを見てもらったんだよ。そしたら、なにが出てきたか、内藤さんにもわかるじゃん? で、弱点属性を教えてもらってさ」


 なんだって。


C:ナ「わたしがチャットで弱点属性を伝えるという形式だったので、多少の時間差は生じましたが、まぁ、クリアには支障なかったと思います」

C:ヴ「攻略サイトで検索するより、内藤さんのチャットの方が早いよー。内藤さん、むっちゃ早いよね!」

C:ナ「それほどでもないですよ」

C:ツ「なにそのチートっぽいクリア方法」

C:ヴ「内藤さんはチートじゃないよ。破壊神だよ」

C:ツ「破壊神が味方するのはチートでしょうよ」

C:ナ「どうも。チートです。照れますね」

C:ツ「照れるな!」

C:ヴ「ウケるwwwww」

C:ナ「ツェルトさんも、最終試練にチートをご所望ですか?」


 ナイトハルトのこの察しの良さ! いいだしたものの、やっぱり撤回……する前に退路を断たれる感じ! 自重してほしい。


 ――てゆーか、カンストしてますかって質問しただけだよね!?


 まだその話題を持ち出してもいないのに、いきなりの図星。

 そう、ツェルトはずっと後回しにしていた星魔導師の最終試練を突破するため、とうに済ませているであろう、ナイトハルトかレイマンに助言をもらおうと考えていたのだ。

 しかし、ヴォルフに先を越されたっぽいし、なによりその方法が……。


C:ツ「自力で突破しますので、ご心配なく」

C:ヴ「ぇー。なんだよ。ツェルトも配信しようぜ。俺、見たい」

C:ツ「だから自力でやるって」

C:ヴ「自力でやってるところを配信してよ!」

C:ツ「配信方法なんて知らねーよ!」

C:ナ「教えましょうか?」


 やめろ!


C:ツ「結構です!」

C:ナ「べつに顔を映せとかいってるわけじゃないですよ。ゲーム画面だけです」

C:ヴ「顔はハードル高いかもだけどさ、声は聞いてみたいな。声だけどう?」

C:ナ「声はナシでしょう。団則的に」

C:ヴ「そっか。ちぇー」

C:ツ「団則があってもなくても無理!」


 団則に救われた。いやそれ以前に、配信などしない!

 自分の画面を映すとか、どんな拷問だ。あんなウッカリや、そんなドッキリが、すべてつまびらかにされてしまうではないか。無理無理、絶対無理!


C:ナ「ツェルトさん、無理ではないですよ」

C:ツ「無理です!」

C:ナ「そうですか」

C:ヴ「内藤さん、そこもうちょっと食い下がって!」

C:ツ「おのれはなにを面白がっとるんじゃ」

C:ヴ「嫌がるから面白い」


 小学生か!

 ……いやそうか、嫌がるから面白いというのはそうか……たしかに、そういうメカニズムはある。ということは、知っている。

 つまり。クールに受け流せば問題ないのだ!


C:ツ「子どもだな」

C:ヴ「未成年だもーん」


 くっ……。若い。

 ツェルトは謎のダメージを受けた!


C:ナ「若者は若者ですねぇ」

C:ツ「内藤さんなにいってんの……」

C:ナ「当たり前のこと、でしょうか」

C:ヴ「草www」

C:ナ「そういえばレイマンが昔、『草』の意味がわからなくて困ったことがあったそうです」

C:ツ「草の意味……」

C:ヴ「え、俺レイマンさん困らせちゃった?」

C:ナ「いえいえ、もっと昔の話ですよ。『草』で検索しても、本来の意味しか出てこないけど、絶対これ違うよなぁ、って」

C:ツ「違うことはわかったんだ」

C:ナ「レイマンは空気を読める男ですからね」


 それは否定できない。

 この冒険団で空気が読めないのは、ヴォルフが一位、二位がツェルトといったところだろう……。

 ツェルトはあまり空気を読むのが得意ではない。が、ヴォルフはそもそも空気を読む気がなさそうだ。これが若さなのか、あるいはヴォルフのヴォルフたる所以、すなわち個性なのかは、よくわからない。


C:ヴ「ツェルトはゲーム機でプレイしてるんだっけ? だったらシェア・ボタンを押すだけじゃん?」

C:ツ「PCだもん」


 心の底から、PCに乗り換えていてよかった、と思った。

 そうなのよPCなのよ、面倒なセッティングとか配信用のアプリの導入とか、どんなに説明されてもやる気はない!


C:ナ「ですが、ゲーム機が壊れたわけではないのですから、またそちらを使えば簡単に配信できますよ」

C:ヴ「ゲーム機壊れてないの?」

C:ナ「壊れてたら、大騒ぎされたと思いますよ」


 ――内藤ぅぅぅぅ!


 ナイトハルトの! この! 無駄な感じに高性能に退路を断つパワーを、ぜひ再生エネルギーとして利用したい。

 ツェルトもなにを考えているのかわけがわからなくなってきた。


C:ヴ「あっ、それもそうか!」

C:ツ「アホ犬、今度絶対に床を舐めさせる」


 床を舐めさせるとは、「殺す」の言い換えである。「殺す」という言葉は勝手に「**」に置き換えられてしまうので、そのまま書くと「今度絶対に**」になってしまうのだ。わりと不便である。


C:ヴ「なにその差別。内藤さんも! 内藤さんもぺろぺろしようぜ!」

C:ナ「そうですね。わたしも混ぜてください」

C:ツ「内藤さんは怖いから混ぜたくないです」

C:ナ「いちご味がいいですね、床は」

C:ヴ「つぶつぶいちご味!」

C:ツ「意味わかんねぇ!」

C:ナ「つぶつぶなら、ぶどうもいいですね」

C:レ「つぶつぶなら、ブラックタピオカだよ!」


 なんの脈絡もなく、レイマンが話に入ってきた。表示は……オフラインである。


C:ヴ「こんばんはー!」

C:ナ「こんばんは」

C:ツ「こんばんは」

C:レ「ばんばーん。なんの話してたの?」

C:ナ「ツェルトさんが星魔導師の最終試練に行くにあたり、動画配信をしてくださるという話です」

C:ツ「いってねぇぇぇぇ!」

C:レ「いってこぉぉぉい!」

C:ヴ「配信しながらね♪」

C:ツ「クソ狼ぜってぇ黙らす!」

C:ナ「わたしもわたしも」

C:ツ「内藤さんも黙ってていいですよ」


 いろんな意味で。いちばん黙っていてほしい。


C:レ「最終試練かぁ。ずいぶん前だから、もう忘れちゃったなぁ。えーっと……星の島に行くんだっけ?」

C:ツ「たぶんそうだと思う」

C:ナ「ツェルトさんは、初めてのクエストに事前情報を入れたくない派ですから、余分なことをいわないように注意しないと」

C:ヴ「でも失敗するのは嫌いなんだよねー」

C:ツ「失敗するのが好きなやつがいるか!」

C:レ「あはは、まぁそうだよね。あっ、でもさ、ひとつだけ思いだしたんだけど」

C:ツ「なんですか」

C:ナ「いわないであげましょうよ」

C:レ「そう?」


 こういうのは気になる。困る。


C:ツ「べつに教えてくれてもいいのよ」

C:ナ「ツンデレきた! ツンデレきた!」

C:レ「内藤、キャラ変わってる」

C:ヴ「ツェルトのツンデレに需要はあるのか」

C:ツ「ツンデレじゃねぇし!」

C:ナ「ツェルトさんには自力で行ってもらいましょう。我々はあたたかく見守る係で」

C:ヴ「全員、カンストしてるしな」

C:レ「まぁあんまり覚えてないんだけどね。でも、あれだけはなー」


 気になり過ぎる!

 ナイトハルトやヴォルフの台詞なら、どう考えても故意だが、レイマンだから天然だろう……。

「天然」と書いて「最強」と読むタイプの、なにかだ。


C:ツ「もういい、行ってくる」

C:ナ「回復薬はたくさん持ってますか?」

C:ツ「持ってる」

C:ナ「配信は?」

C:ツ「しない」

C:ナ「そうですか。残念です。では、ここから応援の念波だけ送っておきますね」

C:ヴ「俺は応援のチャットを送る!」

C:レ「俺もー」

C:ナ「くっ。ではわたしも……」

C:ツ「いいから黙っててください」

C:ヴ「エア配信しようぜ!」

C:ナ「エア配信とは?」


 ヴォルフはわけのわからないことをぬかすな! そしてナイトハルトも食いつくな!


C:ヴ「見てる風に実況するんだよ」

C:レ「ああ。そういうことか。星の島が見えてきました、とか?」

C:ナ「受注するところからなら、まず寺院ですよね」

C:ヴ「そだね。いつもの頭皮まるだしのオッサンから始まる、大冒険」

C:レ「スリルとサスペンス!」

C:ナ「もしかして:恋」

C:ヴ「ウケるwww」


 実際、ツェルトはもう転職(ジョブ・チェンジ)のときにお世話になる寺院にいた。見られているはずはないのに、実況されているのが嫌だ。素直に星の島からスタートしてほしい。いやそれもどうなのか。先走られても困る。


C:ツ「気が散るから黙ってくれない?」

C:ヴ「だってツェルトが配信してくれないから……」

C:ツ「黙れクソ狼、**ぞ、っていう方がいい?」

C:ヴ「きゃー、ツェルトったら凶暴! *されるぅ!」

C:レ「ヴォルフ、気を強く持つんだ……今、癒しの光を……あっ、 *んでしまうとはなさけない!」

C:ナ「ああっ、ツェルトさん! それだけはいけません! 星の**が****になるなんて、まさか仲間が**だとは**も思わなかったでしょう!」

C:ツ「非表示にするんで! さらば!」


 有言実行、ツェルトはクランチャットを非表示にした。

 とたん、チャットウィンドウは完全に沈黙し、完全な自由と孤独がツェルトを包んだ。


 ――いや、静か過ぎでしょ、これ。


 フレンドリストはぽつぽつと光が灯っている……が、誰もツェルトに声をかけてきたりはしない。そう、クランチャットがなければ、ツェルトはひとりだ。オンラインでたくさんの人が遊んでいるはずなのに、なぜか、ひとり……。


 ――あっやばい。これ、暗くなるやつだ。


 今はそれどころではない。気を引き締めるべきだ。

 各ジョブの最終試練を受けるには、オーブというアイテムが一定数、必要になる。毎日毎週コツコツと要件を満たさないと手に入らないのが、オーブだ。

 つまり、運ではないので、必ず入手できる。が、入手数も限られているので、無駄遣いはできない。

 星魔導師の最終試練が後回しになっていたのは、オーブが貯まった順に好きなジョブをカンストさせていった結果である。

 奏楽士とか先に済ませたし……オーブも必要数貯まった端から使うのは不安なので、余裕ができるまで使いたくないし……。

 もちろん、試練に失敗すれば、使ったオーブは戻らない。

 だから、事前にそれとなく必要な情報だけ手に入れようと、参考になる話を聞く予定でログインしたのに……現実は厳しい。天然っぽいレイマンの謎発言以外、参考になる話などひとつもなかった。というか、謎発言は参考にすらならない。不安要因なだけだ。


 ――どうしてこうなった。クランの意味とは?


 ぼんやりしていると、ぴょこっとチャットウィンドウが動いた。


T:レ「ちょっと調子乗り過ぎちゃってごめんね」


 天然野郎である。一対一の直接チャット機能を使っている。

 ツェルトは返事をしない。返事をした方がいいかもしれないが、よくないかもしれないので、できないのだ。


T:レ「これだけは伝えておいた方がいいって、皆の総意だから教えておくよ。オーブ使うから失敗できないしね」


 いいから早く核心部分だけ教えろ、と思う程度にはツェルトはガチめのネトゲ人である。


T:レ「ステージがランダムで変化するんだけど、鏡の湖のときは、すべてが反転してるから属性も反転するよ。普通通りにやると攻撃効かないから、気をつけて」


 思わず、「マジで!?」とツェルトは打鍵した。


** Clanチャットは現在非表示です **


 ああそうですね、そうでしたね!!

 ツェルトは入力を個人チャットに切り替えた。


T:ツ「ありがとう。助かる」

T:レ「獣人だと属性の意識が薄くなるからねーってヴォルフが」

T:ツ「連絡してきたのがレイマンさんなのはなぜ」

T:レ「うーん、俺がいちばん無害で、いきなりシャットアウト喰らわなさそうだから、って内藤にいわれた」


 なまぬるい笑みが浮かんでしまった。

 たしかに、そういう感じだ。レイマンは天然の善人だから、声をかけられたら無下にはできない。つねにおちょくりあっているヴォルフや、全体的に黙っていてほしいナイトハルトとは違う。


T:ツ「まぁ行ってくるわ。次に会うときは、究極星魔導師ツェルトさんだよ!」

T:レ「おぅ、期待してるぜ。頑張れよ」

T:ツ「うん」

T:レ「あと、内藤が『今からでも配信してくれてかまわないんですよ』って」

T:ツ「却下!」

T:レ「『まぁツェルトさんはヴォルフさんと違って属性もちゃんと覚えてるでしょうから、チートは不要でしょうけど』つって、今、ヴォルフが泣いてる……チートってなに?」


 ツェルトは笑った。


T:ツ「ヴォルフのどきどき☆星魔導師最終試練の話でも聞いてやって! じゃ、後で」

T:レ「うぃっす」


 たとえ非表示にしても、クランチャットは止まらないし、ツェルトは皆と、ずっと繋がっている。

 たまにウザいけど、まぁそれでも、とツェルトは思った。

 それでも。

ヴォルフとナイトハルトとレイマンは、床を舐めるなら何味がいいかで激論を闘わせたらしいです。

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