はじめてのリモートネトゲ検証戦
ここから連載時の書き下ろしとなります。
ツェルトは画面を二度見した。
滅多に名前を変えることがないナイトハルトの名前が変わっていたからだ。
画面とは、ツェルトがハマっているネットゲーム『クリスタル・ライジング(通称クリライ)』の画面である。
このゲーム、キャラクター名はいつでも自由に変更できるシステムで、その代わり、キャラの名前表示を「キャラ名/ゲームアカウント・ユーザー名」で切り替えることができる機能がついている。
同じ名前で違う人だった……とか、その逆の事件が発生しても、ダブりも変更も許されないユーザー名表示に切り替えれば確認できる、というわけだ。
C:ツ「……こんばんは?」
C:ナ「こんばんは」
C:レ「こんばんはー」
レイマンはいつもの名前だ。ナイトハルトだけ違う。
クランチャットで返事をしているということは、間違いなく団員だ。
ツェルトが入っている〈沈黙騎士団〉は、弱小冒険団である。構成人数は、実質四人。ツェルトのほかには、オフライン表示が多いレイマン(今もオフラインだ)、深夜にならないと来ないヴォルフ(今夜もまだいない)、そして団長のナイトハルト。この四人である。
つまり、クランチャットに参加できる人数の上限も四人なので、多少名前を変更したとしても、自分を除いた三人の誰かであることは間違いない。
今時、ほとんどのクランは音声通話を採用しているが、〈沈黙騎士団〉の唯一の団則は「テキスト・チャットのみ」。声では判断できない。テキストのみの、やるかやられるかの世界だ。
……いやまぁ、雑談してるだけなのだが。
C:ツ「内藤さん、なにその『リモゲ中/ナイトハルト』って」
C:ナ「名前の上限文字数に引っかかってしまったんですよ。意外に短いんですね」
べつに短くないし、訊いてるのはそこじゃない。
C:レ「ほんとは『リモートネトゲ中』にしたかったらしいよ」
C:ツ「なんで。ていうか何、その『リモートネトゲ』って」
C:ナ「勤務のローテーションというか、形態自体がちょっと変更になりまして」
C:ツ「ああ、リモートワーク?」
世は空前のリモートワークブームである。
ツェルトの勤務先も、そろそろリモートワークとかいいだしたほどだ。遠からず、ツェルト自身もリモワ組になるかもしれない。うまくやれば『クリライ』も捗りそうだな、とまず思ってしまう程度には、ツェルトはネトゲ廃人である。
ただし、ツェルトを含む〈沈黙騎士団〉のメンバーは、一般人から見ればびっくりするほどの廃人ではあっても、ガチマジの廃人ではない。ガチマジ勢は、会社の都合などに左右されないものだ。
C:ナ「通勤が面倒なので、勤務先の近くに部屋を借りたのが、仇になりました」
C:ツ「話が読めません」
C:ナ「基本的に、わたしが出勤して電話番や郵便物のチェック、その他の『そこに誰かいないと困る』事案に対処するという話になってしまい、会社にいわれたことをまともにやると、なかなか家に帰る時間がとれないというか」
リモートワークが採択された結果、あらたなブラック案件が!
C:レ「大変そうだよねー」
C:ナ「そこで、もう会社に住んでしまえばよいのではないかと思いつきまして」
C:ツ「そっち行っちゃうの!?」
C:レ「内藤だからねぇ」
C:ナ「居住するにあたっては、我が心の故郷である『クリスタル・ライジング』のプレイ環境がないことには話にならぬというわけで、今、テスト中なんですよ」
C:ツ「……会社から?」
C:ナ「まぁそういうことになりますね。今は仮の住まいです」
これはナイトハルトの神経を疑う。いくら通勤が面倒だろうと、ツェルトは会社に住みたいとは思わない。
C:レ「俺なんか田舎住みだから、リモートワークとか全然いわれないけどさー」
C:ツ「そうなの?」
C:レ「言葉自体、通じないよ。やるにしてもさ、リモートワークとかできるような環境ある社員、どんだけいるのっていう」
C:ツ「えー、今時の若い人は、皆、ネットやるじゃん?」
C:レ「甘いな、ツェルト」
C:ツ「なんでよ」
C:レ「まず、うちの会社には若いのもいるけど、田舎って基本、年寄りが多いんだよ」
C:ツ「あああ……」
C:レ「で、今時の若者だけど、スマホでネットやるんだよ。ギガがすぐなくなる環境なんだ。家にPCなんかないんだよね」
……なるほど。
C:レ「会社のPC引っこ抜いて家に持ち帰るにしても、設定とかさー、そういうのもできねーんだよ、最近の若者」
C:ツ「ギガを使い切る環境で生きてるからかー」
C:ナ「我々のようなネトゲ勢とは、生きる世界が違うのですよ……」
C:レ「あれ、でもツェルトはPCじゃなくてゲーム専用機で『クリライ』やってるんじゃなかったっけ?」
C:ツ「ああ、うん。はじめはそう」
C:レ「はじめは?」
C:ツ「表示速度とか密度とかの比較動画見たら、これPCでやらないの損だなと思って、PC版に切り替えたんだよね」
C:ナ「さすが、TAでランキングに入る人は違う」
C:レ「いよっ、ランカー様!」
C:ツ「なんの話だよー。まぁとにかく、PCでやってるよー、今は」
そう答えたものの、実際、「アイテムが欲しくてタイムアタックのランキングに無理やりすべりこんだ」事件のときに、ガチ勢から「微妙な差が出るからできればPCがいいよね」という話を聞いて、導入したのだ。
そのときに、話しただろうか?
いや、確かあまりクランチャットに顔を出す暇もなかったから、話す機会を逸して、特に伝えていない気がする……なのになぜ、バレているっぽい流れなのか。
C:レ「じゃあ、ツェルトもリモートワークの環境はバッチリだね」
C:ツ「ネトゲ勢なら、だいたいそうなんじゃない?」
C:ナ「リモートネトゲはの方は、全然バッチリじゃないですね」
C:ツ「そうなんだ」
C:レ「さっき一緒にクエスト行ってみたんだけど、なんかおかしいらしいよ、表示とか」
C:ナ「会社には猛省を促したいですね。機材への投資を怠り過ぎです」
C:ツ「会社のPCに勝手にネトゲをインストールする方がまずいんじゃないの?」
C:レ「ツェルトが常識人っぽいこといってる!」
C:ツ「常識人だよ!」
C:ナ「勝手にインストールはしていませんよ。上司には、私用でネットにアクセスするに際し、必要なツール類をインストールして使用する旨の許可は得ています。その際、社内ネットからは孤立させるとか……まぁ、いろいろありますが、ちゃんとやってます」
ナイトハルトがちゃんとやってるというなら、ちゃんとやっているのだろう。
だか、「私用でネットにアクセスするに際し、必要なツール」がネットゲームだとは、上司は想像していないのではないだろうか?
C:ツ「そこまでするなら、もう家に帰る方が早いんじゃないの? 近いんでしょ?」
C:レ「それなー」
C:ナ「いや、めんどくさくて……」
C:ツ「内藤さんってそんなに動くの嫌いなら体重もの凄いことになってない?」
C:ナ「健康診断で注意を受けたことはないレベルですね」
なるほど。リモートワークが推奨されるような会社に勤めていれば、当然、健康診断もまともにやるだろうし、そこで注意を受けていないなら、ふつう体型かー……と、ツェルトは推理した。
たぶん、ナイトハルトがいつもやっているのは、これだ。人の発言から、どんどん推測しているのだ。その精度が高過ぎて、「内藤力が高い」ことになるのである。
たとえば、TAのイベントでランクインするにあたって、ツェルトがPCを導入したとか……。
――こっわ!
説明しなくてもだいたい通じるナイトハルトは、とても便利な存在であると同時に、どうも恐ろしい。
C:レ「魔王って健康診断受けるの?」
C:ナ「受けますよ」
C:レ「ていうか、魔王の上司って誰」
C:ナ「大魔王ですね」
C:ツ「どうでもいい設定キター! ていうか内藤さん、闇の破壊神じゃなかったっけ?」
C:ナ「闇の破壊神属性の魔王なんですよ。魔界には、いろいろな属性の魔王がたくさんいるんですよ……残念ながら、わたしなどは木っ端魔王といっていいでしょう」
C:ツ「内藤さん、それちょっとどうなん? 『木っ端』と『魔王』の相性が悪過ぎ」
C:ナ「現実は厳しいのですよ」
C:レ「ていうか、魔界からインターネットって繋がるんだ?」
C:ナ「今時、ネット環境完備でないと、どんな仕事もやっていけませんよ。そもそも、ネット繋がらないと、ネトゲできないじゃないですか」
だんだん変な話になって来た。
脱線に脱線をかさねて、なにを話していたかわからなくなるのは、いつもの流れだ。正しいクランチャットともいえる。
とはいえ、たまに手綱を引いて向かう先を戻さないと、本題が進まない。
この話題だと、ナイトハルトは悪ノリするだろうし、ツェルトが皆を正気に戻す役を引き受けるしかないだろう――レイマンは誰の話にでも乗っかってしまうので、頼れない。
C:ツ「とりあえず、さ。その『リモートネトゲ』の検証は、もういいの?」
C:ナ「よくないです。そろそろヴォルフも来るでしょうから、上限いっぱいの四人でクエストに行ってみたいんですが、つきあってもらえますか?」
C:レ「安くないぜ。報酬は銀行振込で……金額は、そうだなぁ……」
C:ナ「金の染め粉って、銀行に振込可能ですかね」
C:レ「団長! 一生着いていきます!」
C:ツ「やっすい男だな……」
C:ナ「ツェルトさんも、お願いできますか?」
C:ツ「行くけど、できたら日替わりのがいいな」
ログインしてすぐに、ナイトハルトの変な名前に食いついてしまったせいで、まだなにもやっていないのだ。日替わりで希少アイテムが報酬になるクエストを済ませないことには、落ち着かない。
日替わりクエストをクリアすると、画面上でスタンプがポーンと押されるのがまた、埋めたい欲求が強いツェルトにはたまらない演出である。もちろん、日替わりクエスト・スタンプカードは、ここまですべて埋まっている。
C:レ「……本物のツェルトだな」
C:ナ「ちょうどいいですね、わたしもまだなので。ただ、画面表示が激しめのクエストもやりたいので、日替わりを終えたら、別のクエストにもつきあっていただけると助かります」
C:ツ「日替わり終わったらフリーだから、なんでも行くよー」
今はイベントの端境期なので、わりと暇なのだ。
C:レ「俺も俺も」
C:ヴ「俺も俺も」
C:ナ「こんばんは」
C:ツ「こんばんは」
C:レ「こんばんは」
C:ヴ「こんばんはー! 内藤さんの名前が長い!」
C:ナ「名前に設定できる文字数の上限に引っかからなければ、もっと長くしたかったところです」
C:ヴ「そうなんだ? それで、どこ行くの?」
ヴォルフが気になったのは、名前の長さだけのようだ。内容はどうでもいいらしい。
** リモゲ中/ナイトハルトからパーティー要請が届きました **
** 参加しますか **
** リモゲ中/ナイトハルトのパーティーに参加しました **
C:ツ「最初に日替わり。そのあと、画面表示が激しいやつ」
C:レ「日替わりって、PT組んだらあとは誰かひとり行けばよくね?」
ゲームを始めたばかりの初心者にもクリアできるよう、日替わりクエストはだいたい低難易度のものが設定されている。
ガチマジには及ばないとはいえ、そこそこ廃人の〈沈黙騎士団〉のメンバーであれば、ソロでもお釣りが来る難易度だ。ナイトハルトが「もっと表示が激しいクエスト」を所望するのも、そのへんの事情が絡んでいる。
P:ツ「よろしくお願いします」
P:レ「レイマン、推して参る!」
P:ナ「よろしくお願いします」
P:ヴ「こんばんは!」
P:レ「なんでこんばんはだ。二度挨拶か。念入りか。大事なことか」
P:ヴ「挨拶して悪いことないじゃん。こんばんは!」
P:レ「お、おぅ。こんばんは!」
P:ナ「街からは出ないと、クリア扱いになりませんよ」
P:ツ「そだよ。まぁ、わたし行ってくるわ。クエスト確認済みだし、慣れてるから早いっしょ」
P:ヴ「さすが!」
P:レ「たのんだー。じゃあ、こっちは表示が激しそうなクエストを決めようぜ」
P:ナ「まず街を出ましょう」
ツェルト以外のメンバーも、街門に向けて走り出す。
もちろん、ツェルトはとっくに走りはじめていて、もう街門前である。そして外へ……読み込み時間を経て、すぐにフィールドだ。
そういえば、とツェルトは思いだす。
――この読み込み時間が、たしか、PCにしてからグッと短くなったんだよなー。
ツェルトのPCは、ガチマジのランカーの助言でととのえたものなので、かなり凄い。らしい。
素人なので、どこがどう凄いのかはまったくわからない。
お金はかかったが、ネトゲ以外に趣味がないツェルトなので、投資に見合った効果があるなら問題なかった。
P:ヴ「ゆっくりしてると、街を出る前にクエストクリアされるぞー」
P:レ「さすがランカー」
カメラを背後に回して確認したが、街門の前にはまだ人影はない。フィールドにいるのは、ツェルトだけだ。
MMOと違い、MOは、フィールドではパーティー・メンバー以外のプレイヤーが表示されない。ソロなら自分だけ、だ。孤独であり、自由でもある。
ツェルトはこの自由が大好きだ。
P:レ「今日の日替わりなんだっけ?」
P:ヴ「知らない」
街の近くにある崩れた家、その地下に潜む黒小人たち……の、討伐が、今日の日替わり指定クエストだ。
遭遇戦なので、クエストを受注しに行く必要も、報告に戻る必要もなくて、とても楽である。なお、黒小人は今のツェルトなら素手で一発殴れば倒せるレベルだ。
とはいえ、素手で殴るのも飽きたので、今回は奏楽士の全体攻撃を使う。適正レベル帯では弱くてどうにもならず、ゴミ扱いのスキルだが、これだけレベル差があれば、さっぱりと一掃できるはずだ。
P:レ「まぁいっか、ツェルトにまかせた!」
P:ヴ「ところで表示が激しいって、なに?」
ツェルトは廃屋の地下に降りる梯子に取り付いた。ボタンを押して、するーっと下まで滑り降りる。実際にこんなことをやったら、てのひらが大変なことになるだろうが、ゲームの中では爽快なだけだ。
P:レ「ああ、負荷がかかって処理が重くなるようなやつあるじゃん。クエストとか、フィールドでもさ……」
P:ヴ「あー、はいはい。ベンチマークみたいな感じ?」
黒小人の数は、十六。最初に五匹いて、倒すと追加が七匹、三匹、そして最後に梯子の下から一匹出てくる。
** クエスト「闇に潜むもの」を受注しました **
最初の五匹を引きつけてから回し蹴りで倒し、次の七匹を演奏スキルで全滅させ、追加湧きの三匹が間抜けにも演奏スキルの余韻に突っ込んで即座に蒸発したところで、ドロップアイテムを拾う。
皆、こんな初期のドロップには興味がないのだろうが、ツェルトはひたすら拾う。もったいないのは嫌いなのだ。
P:レ「それそれ。実際に四人いる状態でどうなるかっていうのを、やってみたいらしくて」
P:ヴ「ふーん。処理落ちするクエストかー。いろいろあった気がするけど、いざ選ぼうとすると……」
梯子に戻って最後の一匹にも演奏を当てようとしたら、ポップするところまで近づいてからだとスキルの発動が間に合わず、一発食らって怯んだ隙にキャンセルされてしまった。
――むちゃくちゃイラッとする!
ダメージは0だが、怯みが生じるとは、どういうことだ。解せぬ!
イラッとをそのままぶつける形で、ツェルトは最後の小人に通常キックを当てて粉砕した。奏楽士をやっているとキックの威力も落ちるが、レベル差のせいで、まぁ問題ない。
** クエスト「闇に潜むもの」をクリアしました **
スタンプ画面が、ポーン! と出た。よし、とツェルトは心でガッツポーズをする。
P:ナ「……危なかった」
P:レ「あはははは!」
P:ヴ「え、なに?」
P:レ「今ようやく表示されたんだよ、内藤さん」
P:ヴ「どゆこと」
P:レ「ツェルトのクエストクリアに間に合うか微妙だったんだよ。読み込みが遅くて」
P:ヴ「?」
P:ナ「わたしは今、いつもとは違う劣悪な環境でプレイ中なのです。で、街から出るだけでタイムラグが……クエスト受注とクリアが一気に表示されましたよ。ギリギリでした」
P:ヴ「やばない?」
P:レ「やばやばだな」
P:ヴ「表示の激しいクエストなんか行って、生き残れるの?」
P:ナ「死にそうですね」
P:レ「内藤は滅多に死なないから、ちょっと面白いな」
P:ツ「殺す気満々か!」
廃屋を出ると、街門の前にいる三人の姿が見えた。
P:レ「ツェルトお疲れー」
レイマンが、すかさず手をふるジェスチャーをする。こういうところ、ほんとにマメだ。
P:ヴ「おつおつー」
P:ナ「さすがタイムアタッカー。疾風のツェルトの二つ名を授けましょう」
P:ツ「いらん。どこから目線だ!」
P:ナ「魔王目線です。木っ端ですが」
P:ヴ「思いついたんだけどさ、表示が重いっていったらあそこじゃない? 水没神殿」
P:レ「あー」
P:ツ「あー」
P:ナ「なるほど」
P:レ「内藤さんつきあい悪ッ」
P:ナ「あー」
P:ヴ「ウケるw」
水没神殿とは、その名の通り、水中に没した神殿の廃墟である。
反射が多くて処理が重くなるため、ふつうに遊んでいても「ラグwwwww」ということになりがちなのだ。
P:レ「たしかに、あそこだったらクエストとか関係なく、ふっつーに重いな」
P:ツ「だね」
P:ヴ「エリア自体も重いけど、ボスがアレじゃん?」
とくにクエストを受注しなくても、固定で配置されているボス・モンスターが、氷の魔竜である。つまり、透過処理+氷の表面の反射処理が発生する。
P:レ「じゃあ水没神殿に行くか。装備変更しないといけなくない?」
P:ナ「いや、たしか奏楽士のバフで行けるんじゃなかったかと」
P:ツ「行けるよー」
P:ヴ「マジか。奏楽士すげぇ」
P:ツ「フッフーン」
P:レ「じゃあジョブこのまんまで大丈夫か?」
チャットの流れが止まる。
全員が、「そこそこ廃人」らしく、パーティー・メンバーのジョブとレベルとステータス諸々を眺めている時間だ。
ナイトハルトは邪黒騎士。彼のメインジョブである。ジョブの特性としては、騎士らしくタンク役でありながら、攻撃に転じることもできる、器用貧乏型。
レイマンは星魔導師。星々の力を借りて云々という説明だが、わかりやすくいえば召喚士だ。主力は攻撃だが、一応は回復もできる。
ヴォルフは獣闘士。獣人族限定ジョブで、とにかく速くて強い。以上。
そしてツェルトが奏楽士。獣人族が就ける唯一の支援ジョブで、楽器の演奏によるスキルが広範囲に届くという設定だ。範囲を埋める行動が得意で、バフやデバフはもちろん、威力はともかく攻撃・防御・回復と多彩な活躍が期待できる。まぁ、これも器用貧乏型ではある。
P:ヴ「内藤さんがタンクって、どうかな? 処理的に」
P:ナ「とりあえず、やってみないことにはわかりませんね」
P:レ「まぁ、俺らのレベル的には、問題ないよね。この構成も、べつに悪くないし」
P:ツ「不幸にも内藤さんを失う事態に落ち入ったら、まぁまぁの地獄だけど」
防御力が高いジョブが、ナイトハルトしかいないのだ。
リモゲではないナイトハルトなら、盾役よろしくー、と安心してまかせられるが、リモゲのナイトハルトでは、不安しかない。
その上、確定の蘇生魔法を使えるジョブもいない。星魔導師も奏楽士も、ともに「ある程度の確率で味方を蘇生させる」スキルはあるが、必ずではないのだ。つまり、死んだ盾役をすぐに生き返らせることができず、自分たちも殴られてすぐに死亡……という最悪のパターンに陥りかねない。
水没神殿は、最前線……ではないにしろ、その一歩手前くらいのエリアではある。気を抜いたら、こちらがやられてしまう。
P:ナ「まぁ、デスペナ重たいわけじゃないですし」
P:レ「いちばん死にそうな内藤がいいなら、それでいいけどさ」
P:ヴ「内藤さんが死ぬ前に決着つけりゃいいんだろ。行こ行こ」
P:ツ「バフとかもちゃんと処理されるか心配だなぁ」
P:ヴ「水没神殿に入ったとたん溺れ死んだらウケるwww」
P:レ「ウケるwwwww」
P:ナ「ウケないwwww」
P:ツ「リーダー、移動してー。くっついてくから」
P:ナ「わかりました」
この宣言からナイトハルトが消えるまでに数秒、そして転移先でナイトハルトが表示されるまでにまた十秒以上が経過した。体感だと一分くらいありそうだが、たぶんそこまではないだろう、くらいのことはツェルトでもわかる。
待っていると、時間は長いのだ。それにしても、待った……。
P:ヴ「なんで最初に飛んだ内藤さんが最後に来るんだろう」
P:ナ「不思議ですね」
P:ツ「ストップウォッチ使えばよかった」
P:レ「そこまでしなくていいだろw」
転移先から水没神殿の入り口まで、たいした距離ではないが、敵モンスターは出現する。湿地で跳ねているブルージェリーは、いわゆるスライム……だが、レベル帯がレベル帯なので、奏楽士が素手で殴って勝てる相手ではない。
状態異常として、麻痺も使って来る。うっかり突っ込むと、死ねる相手だ。
P:ヴ「これも映り込みあるんじゃ?」
P:レ「うわほんとだ。スライムを覗くとき、スライムもまたこちらを覗いているのだ……」
P:ナ「覗き返しているのは、写り込んだ自分の顔ですが」
P:ヴ「食らってるし」
さっそくレイマンが麻痺した。
P:レ「何発で死ぬか、待ってみる?」
P:ナ「そういう検証をしに来たわけではないですが、やりたいなら数えます」
P:ヴ「スライムで死亡カウントダウンは、さすがに草w」
P:ツ「え、マジで?」
状態異常解除の旋律を使おうとしていたツェルトは、手を止めた。マジで? いやでも意味なくない?
P:ヴ「あ、やばwww」
P:ナ「第二の犠牲者が出てしまいましたね」
P:レ「星魔導師ちょっと防御低過ぎない? 俺、今のレベルで着れるいちばん硬いの着てるんだけど、もうHP半分くらいまで減ったよ」
P:ナ「わたしは状態異常半減がついてますが」
P:ツ「半減って二回に一回は食らうってことじゃない!」
ツェルト以外の三人に、麻痺のマークがついた。
攻撃を受けるのが嫌いなツェルトは、ブルージェリーに近づいていなかったのが幸いして、無傷だ。ブルージェリーは前の三人に夢中で、ツェルトの存在自体に気づいていないようだ。
P:ヴ「ウケるwww」
P:レ「スライムに殴られて死ぬとか久しぶりだなぁ」
P:ツ「死ぬところまでやるの? どうするの?」
P:ナ「わたしが死ぬまで待つと、たぶん一時間くらいかかりますよ」
P:ヴ「内藤さんガッチガチじゃん。えー、邪黒騎士ってそんな防御高いの? いいなー」
獣人族には就けないジョブなので、ヴォルフは不満げである。
P:ツ「めんどくさいから治すよ」
P:ナ「よろしくお願いします」
P:レ「あっ……」
** レイマンが戦闘不能になりました **
P:ヴ「一瞬、間に合わなかったねー」
P:ナ「わたし治らないんですけど」
P:ツ「なんで」
P:レ「誰か俺のこと起こしてー」
P:ヴ「うわwww また麻痺したしwwwww こいつらつっよwwwww」
P:ツ「ノ・ロ・マ! 獣人のメリットなんなん? スピードじゃないの? シュンコロしてこそでしょ? 麻痺は解いてやるから、さっさと倒せ、ボケ犬!」
P:ヴ「さすが姐御! 了解っすー」
P:レ「ツェルトたんが心強い……。たしけてー」
P:ナ「ツェルトさんはいつも心強いですよ」
状態異常解除につづけて状態異常予防のスキルを使い、肉弾戦門のヴォルフが麻痺しづらい状況にしてやる。
それからようやく、ツェルトは「いのちの歌」を奏でた。体力回復と蘇生確率【中】のスキルだ。
レイマンは戦闘不能のままだ。
P:レ「ハズレたー。確率【中】って何パーセントだっけ?」
P:ツ「30パー」
P:レ「ひっく!」
P:ツ「文句いわずに早く起き上がってくださいよ。気合いで」
P:レ「気合いだー! ……ダメだったー!」
結局、五回目の「いのちの歌」でレイマンは復活した。
P:ツ「内藤さん、わたしの画面で麻痺がとけてないんだけど」
P:ナ「わたしの画面でもですね」
P:レ「これラグとかそういうレベルじゃなくね?」
P:ヴ「動けないの?」
P:ナ「それがびっくり、動けました」
ステータスは麻痺のまま、ナイトハルトはぶうんと盾を振り上げて一歩、前進した。邪黒騎士の攻防一体スキル、衝破盾である。
P:ナ「喰らえ、我が暗黒の盾!」
地面が揺れて、全員が笑った。
P:ツ「ちょw なんかツボ入るんだけどwww」
P:レ「ははは、内藤ぅー」
P:ヴ「動いてるっていえば動いてるのが、逆に笑える」
P:ナ「スキル以外は動けませんね。歩けないし、走れません。皆さんが戦闘不能に陥ったり戦ったり治したりしているあいだに確認したのですが、スキルだけは使えます」
P:ツ「どうなってんの……」
P:ナ「バグってますね」
P:レ「PCが遅過ぎて?」
P:ツ「そんなのあり?」
P:ナ「理屈はわかりませんが、まぁまぁ動けません。スキル以外は」
P:ヴ「これ、神殿の中に入るまでもなくない? 無理だよ」
P:ナ「無理そうですねぇ。でもせっかくなので」
P:レ「なので?」
P:ナ「バフがかかるかどうか、神殿に入ったら呼吸できなくて死ぬかどうかも見てみたいですね」
P:ヴ「いいねいいねー!」
P:ツ「いや、動けないんでしょ?」
P:ナ「動けますよ。唸れ、我が暗黒の盾!」
ぶうん。じわりとナイトハルトが前進する。
ぷっ、とリアルでツェルトは噴き出したが、それはそれ、これはこれだ。
P:ツ「入口に着くまでに二時間くらいかかるんじゃないのー!?」
P:レ「その前にスキルポイント使い果たすだろ」
P:ナ「SP回復薬ならたっぷり持ってますよ」
P:ヴ「稀によくある内藤さんの謎の手回しのよさ」
P:レ「いや、さすがに帰ろうぜ。あと、会社に住むのは諦めた方がいいと思うなー」
P:ツ「いっそ、自前でノーパソ持ち込めば?」
P:ナ「……それだ!」
会社に住むという発想はあるのに、その発想がなかったのが不思議過ぎる。
というか、魔王はどこでPCを買うのだろう。魔界にもPCショップがあるのだろうか。それとも人間の世界で買うのだろうか。
――いや、どうでもいいし!
P:ツ「あのさ、ソレジャナイですよ、内藤さん。自分でいっといてなんだけど、まず会社に住むのをやめて。通勤して!」
P:ナ「めんどくさいです」
P:レ「俺も通勤に一票入れとく。人間、動かないと死ぬぜ」
P:ナ「破壊神属性の魔王なので……」
P:レ「破壊神も魔王も動かないと死ぬ! たぶん」
P:ナ「そうだったのですか。むしろ動くと封印がとけてしまい、世界の終焉が近づくのかと」
P:ヴ「ねぇねぇ内藤さん、もっかい。もっかいやって」
P:ナ「せっかくですから奥義を出しましょう」
P:ヴ「おお」
P:ナ「戦慄せよ! 我が最終奥義、暗★黒★流★星ッ!」
ナイトハルトの周囲にずもももも、と黒い霧がたちのぼり、ナイトハルトは大きく盾を振り上げた。
衝撃波が周囲に飛び、リポップしようとしていた青スライムが消し飛んだが、ナイトハルトは……半歩下がってしまった。
P:レ「これはwwwwwww」
P:ナ「くっ。スライムめ」
P:ヴ「ウケるw」
P:ツ「スライム関係ねーし」
結局その後、どのスキルが一番前進するか選手権が開催される流れになり、ナイトハルトのみならず、全員が地味なものから派手なものまで、持てるスキルの限りを尽くして移動を試みることになった。
クラン〈沈黙騎士団〉は、今日も平和である。
なお、優勝したのはヴォルフのスキルだったようです。