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はじめてのSNS連携前哨戦

 ツェルトは困っていた。

 誰かに相談しようと思ってログインしたのに、団員(クラン・メンバー)が誰もいない。

 ツェルトが所属しているクラン〈沈黙騎士団〉は、アクティブが四人しかいない弱小冒険団(クラン)。とはいえ、だいたいは誰かいるのに、今日に限って誰もいない。

 フレンドリストも静かなものだし、たまに光っている人がいると思えば、パーティーを組んでいるマークつきだ。パーティー・プレイ中でもチャットしているだけならいいが、万が一、面倒な敵と戦っている最中だったら……と思うと、声をかけるのも気がひける。

 そういうところ、ツェルトは遠慮がちなのだ。


 ――週替わりクエストで埋まってないのがあるから、そっちに手をつけるか……。


 と、クエストを持っているNPCの方に歩きはじめた。

 難易度の高いクエストは、すでに野良でメンバーを募って埋めてしまった。難易度が低くて、ソロでも問題ないものだけが残っている。すでに効率のいい手順も自分の中で決まっていて、ただの作業だ。

 不意にチャット画面が動いた。


C:ヴ「こんばんはー!」

C:ツ「こんばんはー」

C:ヴ「あれ、今日ツェルトだけ?」

C:ツ「皆、オフラインだねぇ。いるか知らんけど」

C:ヴ「相談しようと思ったのになー」


 ――やっぱりなー。


 ヴォルフじゃたよりにならないと思っていたのだ。

 相談される側ではなく、する側だけがログインしているなんてなー、と思いながら、それでも一応、ツェルトは話を聞く構えを見せた。


C:ツ「なにを?」

C:ヴ「メガSNSのアカウント連携でもらえるやつあるじゃん」

C:ツ「あるねぇ」


 なにを隠そう、ツェルトはメガSNSのアカウントを持っていない。

 ゲームで忙しくてメガSNSを見てる暇などないからだ。

 というか……正直にいおう。純粋に人付き合いが苦手なので、持て余す予感しかないため、今日まで注意深く避けていたのだ。

 それなのに!

『クリスタル・ライジング』の運営ときたら、ゲームのアカウントとメガSNSのアカウントを連携すると応募できるプレゼント企画など始めおったのだ。

 それがただのグッズならどうでもよかったのだが、ゲーム内で使える装備のコードが含まれているとなっては見逃せない。

 欲しい。


C:ヴ「どれに応募したらいいと思う?」

C:ツ「え……ヴォルフ、メガSNSやってるの?」

C:ヴ「やってるよー。リア垢とゲー垢のふたつ使ってるー」


 ――なんだと!?


 ウェブ小説とゲームの話しかしないヴォルフが! メガSNSのアカウントを持っている! それも、ダブル・アカウント仕様だと……?


C:ツ「ヴォルフのくせに、許さん」

C:ヴ「え、なにそれ理不尽。あ、ツェルトのアカウント教えて? フォローするよ」

C:ツ「教えない」

C:ヴ「えー、なんでー。教えてよー」

C:ツ「嫌だ」

C:ナ「ツェルトさんはアカウントを持ってないと見ました」

C:ヴ「ええ? マジで!?」

C:ナ「こんばんは」

C:ツ「こんばんは」

C:ヴ「こんばんは。ていうか、なんで?」

C:ツ「持ってなくて悪いか」


 ナイトハルトは、クラン〈沈黙騎士団〉の団長(クラン・マスター)である。

 おそらく、ここまでの会話でツェルトがメガSNSのアカウントを持っていないことを察し、それを指摘したくて潜伏状態から抜けてきたに違いない。

 団長は、そういうキャラである。

 いろいろお察し過ぎて怖い。最近は、察しがよい人のことを「内藤力が高い」と表現するほどだ。もちろん、団内でしか通じない。

 対外的には、ナイトハルトは「親切で丁寧な厨二キャラ」である。


C:ヴ「悪くないけど、不便じゃない?」

C:ツ「不便じゃないです。むしろ炎上の危険性もないし、いらん面倒にも巻き込まれないし、見るだけならアカウントなくても見れるし、いいことしかない!」

C:ナ「プレゼント企画に応募できない以外は」


 的確に弱点を突かれ、ツェルトは悶絶した。


C:ツ「内藤さん……」

C:ナ「なんでしょう?」

C:ヴ「じゃあアカウント作れば?」


 簡単に作れたらこんなところで相談していない! というか、まだ相談の体をなしていないが、本来、ツェルトはナイトハルトに相談したかったのだ……メガSNSのアカウントって、どうやって作るんですか、と。

 そこからなのに、出鼻を完全にくじかれた。

 もうどうでもいい気もしてきたが、プレゼントは欲しい。欲しい……。


C:ツ「ヴォルフさぁ、プレゼント装備のアイテムコードだけ譲ってよ」

C:ヴ「えっ、嫌だ。なんでだよ」

C:ツ「だってメガSNSのアカウントは2つあるんでしょ?」

C:ヴ「『クリライ』のアカウントは1個だよ」

C:ツ「サブキャラで……」

C:ヴ「サブキャラもゲームアカウントは同じ! さすがに別アカウントは作ってないよ」


 サブキャラを作っていないツェルトには、はじめて聞く事実だ。いわれてみればそうか、くらいの印象だ。


C:ナ「まぁ、もし別アカウントを作っていても、それはそれで自分のものにしますよね」

C:ヴ「そうだそうだ」

C:ツ「内藤さんはヴォルフの味方なの!?」

C:ナ「わたしは誰の味方でもありませんよ。終焉を齎す破壊神なので」

C:ヴ「ウケるw」

C:ツ「それなんて読むの?」

C:ナ「しゅうえんをもたらすはかいしん、です」


「終焉」くらいならなんとなくわかるが「齎す」は本気でわからなかった。


C:ヴ「齎す……ほんとだ変換する! こんな風に書くんだ? っていうか字がつまり過ぎててどうやって書くかわからないwww」

C:ツ「内藤さんのそういう語彙は、どこから」

C:ナ「我が深淵より湧きいずる暗黒の知識により」

C:ヴ「ウケるwww」

C:ナ「ヴォルフさんはウケやすくてなによりです」

C:ツ「それより内藤さん、あの……」

C:ナ「なんですか?」

C:ツ「……なんでオフラインなんですか?」


 メガSNSのアカウントのつくりかたを教えて……というつもりだったが、ヴォルフがいるのは誤算だ。いつもはもっと遅くに来るくせに。

 ナイトハルトになら頼ってもいいが、ヴォルフにそれを見られるのは我慢ならない。

 なんとなく。なんとなくだが、なぜかそう感じる。

 奴はリアルとゲームの二刀流でアカウントを運用している猛者らしいのだから、逆に、ヴォルフに訊いてしまえばいい気もする。筋は通る。理屈はおかしくない。


 ――でも、なんか嫌だ!


 禁断の個人チャット機能を使うべきか。

 なぜ禁断かというと個人チャットの誤爆ほど恥ずかしいものはないからだ。

 クランチャットに書くべき内容を個人チャットに。あるいは逆に、個人チャットに書くべき内容をクランチャットに書いてしまったらと思うと、それだけでめまいがする。

 正直、レイマンはよく誤爆しないでいられると感心する。クランチャットに参加しながら謎の愛ちゃんの話に相槌を打つなど……想像するだけで恐ろしい。誤爆したらどうなることか。


 ――とりあえず、クエストやろう。


C:ナ「ああ、最初はオンラインだったんですけど、謎の愛ちゃんが来てしまったので……理由をつけて落ちました。で、オフラインで復帰です」


 謎の愛ちゃんとは、団員のレイマンをストーキングしているプレイヤーである。とにかくレイマンが好きでたまらないらしい。

 レイマンが逃げ隠れするせいで、最近は「レイマンと頻繁に一緒にいるひと認定」されたナイトハルトまで追い回されているようだ。


C:ヴ「またあの人かー。あれ、いい加減どうにかなんないの?」

C:ナ「なんなら一緒に遊んでもいいんですけど、謎の愛ちゃんがいると、レイマンが来づらいですからね」


 しかし、ナイトハルトが粘着されている原因は、レイマンだ。なにをどう気配りすべきか、交通整理が必要なレベルになってきている。


C:ツ「レイマンさんはさー、そろそろ嫌なら嫌ってちゃんというべきじゃない?」

C:ナ「それはもっともな意見ですが、レイマンはやさしいですからね」

C:ヴ「じゃあ、内藤さんがお断りするっていうのは?」

C:ナ「それはそれで、レイマンを甘やかし過ぎですからね」


 ナイトハルトは、たまに厳しい。

 ツェルトは取り込み中のマークをつけ、クエストの作業に入った。

 できるだけ無駄のないコース取りで移動して、箱もスルーせず、途中の採取ポイントも全部つぶす。そうやってなにもかも拾っているせいか、ツェルトは持ち金がたりなくなったことがない。

 二回叩けば倒せる雑魚を誘導し、まとめて叩く。叩く。ドロップアイテムも大した価値はないが、すべて拾う。

 小鬼の角は、ごく初期の回復薬の調合素材だが、最近はめっきり使わない。体力が増えて、そのへんの薬では焼け石に水だからだ。


C:ヴ「そういうもんかー。レイマンさんは今日はいないの?」

C:ナ「今日はインできても遅くなるっていってました」

C:ヴ「あのひと毎日はいないよねー」

C:ナ「リアル人生もだいじですからね」

C:ヴ「話がすっかり逸れたけどさ、内藤さんはなにもらうの?」

C:ナ「アカウント連携のプレゼントですか?」

C:ヴ「そそ」

C:ナ「わたしはアカウントを連携していないので、もらえませんね」


 ツェルトは思わずドロップ素材を集める手を止めた。

 なんだと?


C:ヴ「えー、プレゼントいらないの?」

C:ナ「プレゼントがほしいかどうかでいえばほしいですが、個人情報を上回る価値があるとは思いません」

C:ヴ「個人情報?」

C:ナ「わたしはゲーム運営会社に自分の個人的なメガSNSのアカウント情報を収拾させたくないのです。ゆえに、連携はしません」

C:ヴ「個人情報ってほどのもの?」

C:ナ「ゲームアカウントの登録には、メールアドレスを使っています。そのメールアドレスと、メガSNSのアカウント情報が紐づけられるわけですから」

C:ヴ「うーん……」

C:ナ「所詮、GAFAMからは逃れられないので、今さら感はあります」

C:ヴ「? なにそれ?」

C:ナ「国際的大企業魔神ですよ。Google, Amazon, Facebook, Apple, Microsoft」

C:ヴ「俺、ぐーぐるしか使ってないけど」

C:ナ「スマホ持ってないんですか?」

C:ヴ「あいぽんじゃないし」

C:ナ「密林は」

C:ヴ「買い物したことない」

C:ナ「密林の本質はショッピング・サイトではないのです。彼奴らはWebサービスを通じて世界を乗っ取りつつあるのですよ……一般人には気づかせない手腕でね。密林の名前が出ないところに密林ありです」

C:ヴ「そうなんだ」

C:ナ「……まぁ、どうでもいい知識ですよ。今の社会では、ヤツらからは、ほぼ逃れられないので」


 ツェルトにはさっぱりわからないが、やはりSNSは怖い、と思った。

 怖いが、プレゼントは欲しい。


T:ツ「内藤さん」

T:ナ「なんでしょう?」

C:ヴ「じゃあ、内藤さんはプレゼントとらないの?」

T:ツ「メガSNSってどうやって登録するの?」

C:ナ「とりませんね」

T:ナ「根性で」

T:ツ「根性論じゃなくて」

C:ヴ「そういわれると、俺もなんか……」

C:ナ「まだ連携していないんですか?」

C:ヴ「……もうしちゃった」

T:ナ「メールアドレスと、パスワードを準備しましょう。あとは、メガSNSで『アカウントを作る』とかそういう感じのボタンを押せば、やりかたを指示されますよ」

C:レ「こんばんはー!」

C:ナ「こんばんは」

C:ツ「こんばんは」

C:ヴ「こんばんは」

C:ツ「もっと詳しく!」

C:レ「なにを?」


 さっそく誤爆した!


C:ヴ「なにを?」

C:ツ「フレンドに送るのを誤爆しました……」


 ナイトハルトはフレンドなので、嘘はついていない。


T:ナ「wwwwwwwww」

T:ツ「内藤さんふだんあんまり使わないwを多用してると感じ悪いですよ!」

T:ナ「いやぁ、さすがに面白過ぎて、我慢ができませんでした。わたしもまだまだですね」

C:レ「そういうことなら追求したらかわいそうだな」

C:ヴ「俺たちやさしいもんな!」

C:レ「な!」

C:ナ「うちの団員は皆、やさしいですね。素晴らしいです」


 団長は鬼だけどな! いや、破壊神だっけ……いやいや、そんなのどうでもいい。


T:ツ「もっと詳しく教えてください」

C:ヴ「ところでレイマンさん、今日はオンラインなの? 愛ちゃん来るんじゃね?」

T:ナ「アカウント取得するだけなら、そんなものです」

C:レ「来たら来たで……あっ」

C:ヴ「あっ(察し」

C:ナ「あっ(察し」

C:ツ「あっ(察し」


 チャットをクラン側に切り替えて流れに乗っかると、すぐTalkモードに戻す。これを怠ると、誤爆するのだ……。

 ふだん、いろんな人と個別チャットを飛ばしまくったりしないから、慣れていない。

 レイマンあたりはきっと、呼吸するように自然に切り替えているのだろう。


T:ナ「交流に使う予定はないんですよね?」

T:ツ「うん」

T:ナ「では、アカウント名は、デフォルトで用意されている意味不明の文字列を使えばいいでしょう。交流に使う気になったら、わかりやすい名前に修正すればいいです」

T:ツ「あとから変更できるんだ?」

T:ナ「できますよ。アカウント作ったら教えてくださいね」

T:ツ「なんで?」

T:ナ「フォローしますから」


 メガSNSを活用する気はなかったが、ナイトハルトに迂闊なつぶやきを捕捉され、ゲームでにやにやと遠回しに揶揄される未来を想像するのは容易だった。

 ツェルトは基本的に迂闊だ。

 メガSNSを活用する気がなくても、迂闊だから、アカウントを作ったらうっかり使ってしまうかもしれない。使ってしまえば、迂闊な発言をしないわけがない。そして、それをナイトハルトが見逃すはずがない。

 不信感という名の信頼感が100パーセントである。いや逆だろうか? とにかくなにか、そういうの。


T:ツ「絶対嫌だ」

C:ナ「謎の愛ちゃんですが」

C:レ「ここにいるよ……」

C:ナ「さっき、わたしのところに来て、はなれなかったんですよね」

C:レ「マジかー。遂に愛ちゃんも、内藤の魅力に気づいた……!?」

C:ヴ「愛ちゃん実は厨二がタイプだったなんてことは?」

C:レ「ナイワー」

C:ツ「ナイワー」

T:ナ「じゃあ、わたしのアカウントを教えておきますから、ツェルトさんがフォローしてくださいね」

C:ヴ「ナイワー」

C:ナ「厨二は駄目でしょうか」

C:ツ「絶対嫌だ!」


 あっ。


C:レ「ツェルトたん、内藤に厳しい!」

C:ヴ「厨二がタイプって女子は少ないんだね……俺、覚えた」

C:ナ「女子にモテるための厨二は本物じゃないですからね」

C:ヴ「いや、本物だろうが偽物だろうが、厨二はモテないって」

C:ナ「モテを捨てた本物の厨二こそ、我が征くべき道!」

C:レ「内藤がなにか開眼してる……」

C:ヴ「カッコイイ!(棒読み」

T:ツ「内藤さん、今のわざと!?」


 クランチャットに誤爆するように、誘導されたんじゃないの、これ!?


T:ナ「メガSNSのアカウント取得、頑張ってwwwくだwさwいwねwwwwwww」


 うちの団長は!!!!!!!!


C:ツ「だがモテない」

C:レ「本物の厨二だからな」

C:ナ「本物です」

C:ヴ「カッコイイ!(棒読み」

C:レ「カッコイイ!(迫真」

C:ツ「カッコイイ!(義理」

C:ナ「カッコイイ!(本人」

C:レ「本人wwwwwww」

C:ヴ「ウケるw」


 今日も〈沈黙騎士団〉のクランチャットは、スクロールが止まる暇がない。


後日、ツェルトは大変苦労してメガSNSのアカウントを取得し、プレゼントに応募したそうです。

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