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はじめての団長不在宣言(ツェルト視点)

FANBOX の三周年企画で「ナイトハルト」のリクエストをいただいたので、ナイトハルト視点で久しぶりに〈沈黙騎士団〉を書きました。

思いのほか楽しかった(作者本人が)ので、同じ話の視点変更・ツェルト版も書いてみました。


クランチャット部分はだいたい同じで、地の文が全然違うというやつです。

C:ナ「皆さんお揃いのようなので、お話があります」


 ナイトハルトの語調があらたまったものであることは、特に珍しくはない。団長クラマスは常時丁寧語である。


C:ナ「実は、明日から一週間ほどの期間、こちらに顔を出せなくなります」

C:ナ「わたしがいなくても問題はないと思いますが、念のため、ある程度の権限を持てる副団長を任命したいと思います」

C:ナ「できれば立候補していただきたいのですが、どなたかお願いできませんか」


 チャットが速いのも珍しくはない。なんなら、ツェルトが所属する冒険団クラン〈沈黙騎士団〉の団員クラメンは全員打鍵が速いくらいだ。なぜなら、唯一の団則が「ヴォイス・チャット禁止」であるから――必然的に鍛えられて、爆速タイピングができるようになってしまうのである。

 とはいえ、この速度に内容。準備してあった文章をコピペしたのだろう。

 これはやばいガチだ! そう思ったツェルトは、率先して反応した。


C:ツ「わたしはパス。向いてない」

C:ヴ「俺も〜。向いてない」

C:レ「俺も俺も〜。向いてない」


 誰か引き受けろよ、とツェルトは思った。

 たしかに、ナイトハルトが長期間留守にした場合、団長権限を使える者がいないと困った事態が生じる可能性がゼロではない。だから副団長を任命する、という話はわかる。

 自分が任命されるのは嫌なだけだ。


C:ナ「非常に気が合っていますね。チームワークが最高です」

C:ツ「これ、チームワークっていうの?」

C:レ「どうだろうな……」

C:ヴ「それより、一週間ってさ。内藤さん、どっか旅行でも行くの?」

C:レ「お、それそれ。どっか行くの、内藤?」


 皆はゲーム外のことに気をとられているようだが、ツェルトは重大な問題を発見してしまった。


C:ツ「てーか、その間のログボ、どうすんの?」


 ログイン・ボーナスは重要である。正確にいえば、継続ログインが重要である。

 三十日間、倦まず弛まずログインしつづければ、最終的には古代貨幣がもらえるのである。そう、課金すれば手に入るアイテムだが、逆にいえば課金しなければ手に入れづらいアイテムでもある!


C:ナ「心配してくださり、ありがとうございます。ログインはしますよ。ただゲームをする時間がとれないだけです」

C:ツ「ログインするなら高難度ミッションくらいはやるの? 時間合わせてもいいよ」


 次にツェルトが危惧したのは、これも毎日の積み重ねが重要になる高難度ミッションのノルマであった。

 高難度ミッションとは、一日に一回しか最高報酬が獲得できないクエストである。最高報酬を貯めると、今シーズンの最強武器を作成するためのアイテムが揃う……という仕組みだ。最強武器がドロップ頼みとかガチャ頼みよりはマシだが、ミッション報酬以外にもエグい素材を要求されるため、結局はドロップ神に祈りを捧げたり呪ったりするしかなくなる運命ではある。


C:ナ「お気遣いありがとうございます。メイン職の必要数は確保できていますから、そこは諦める予定です」

C:ツ「今日のぶん、もう終わらせたんだ?」

C:ナ「終わらせました」


 高難度ミッションの配信開始から毎日最高報酬を獲得して、今日で武器一個ぶんのアイテムが揃う。

 さすがナイトハルトではあるし、まぁ当然かなとツェルトは思った。シーズン最強武器を諦めるナイトハルトなど、もはやナイトハルトとはいえないだろう。


C:ヴ「えぇー、盾役に内藤さん期待してたのに」

C:ナ「おつきあいしますよ。今夜はまだ時間がありますからね」

C:レ「俺も入れて俺も、今日のまだ取ってないから!」

C:ナ「レイマンは、なぞの愛ちゃんと行くのかと思っていましたよ」

C:レ「うっ……」


 また愛ちゃん来てるのか〜……と、ツェルトは思った。

 なぞの愛ちゃんとは、レイマンにつきまとっているプレイヤーの通称である。表示される名前を頻繁に変更するため通称が必要になったわけだが、もちろん、団内でしか通じない。

 なお、なぞの愛ちゃんの廃人度は高い。プレイングも、うまいらしい。レイマンが「愛ちゃんの活躍を見守る会になるんだよね〜……」と語ったことがあるレベルである。それはちょっと見てみたいなと思う程度には、ツェルトはゲームへの愛がある。しかし、なぞの愛ちゃんとお近づきになるのは避けたい。向こうも、ツェルトと親しくなる気はないだろう。


C:レ「行ってないですよ……」

C:ヴ「なんで『うっ』?」

C:ナ「今まさに誘われてるんじゃないですか?」

C:レ「なんで内藤には俺の状態が見えてるんだよぉ……」


 ナイトハルトの推測が、当たったらしい。


C:ツ「そりゃ内藤さんだから」

C:ヴ「内藤さんだからだな!」

C:ナ「どうも、わたしです」


 たまに外れろよ、と思わなくもない。なんとなくムカつく。

 まぁそれはそれとして、重要なのは高難度ミッションだ。ツェルトも本日分はまだなので、相乗りしたい。野良でやるより成功率も上がりそうだからだ。

 それに、このまま高難度ミッションに話を持って行くことができれば、副団長任命の件は忘れ去られるかもしれない!


C:ツ「レイマンさん、なぞの愛ちゃんから逃げられるの? 皆で行くならわたしも行くけど」

C:ヴ「内藤さんが一週間休みなら、団員の皆で遊びたいよね〜、今夜くらい」

C:レ「あっそうか。その手があった! 内藤が暫く休むから今夜はそっちに行くって説明するよ」

C:ナ「わたしが一週間不在であることを、なぞの愛ちゃんには伝えたくないですね」

C:レ「ダメ?」

C:ナ「とりあえず、わたしのことは話さないでもらえますか」


 ナイトハルトとレイマンが、なぞの愛ちゃん対策について話し合っているのと同時進行で、ヴォルフが重要な議題をぶっこんできた。


C:ヴ「高難度ミッション、ジョブどうする?」


 きちんとジョブ・バランスをとり、戦術をすり合わせないと、レベル・キャップまで育てたキャラであっても失敗しかねない。高難度ミッションの名は伊達ではないのだ。

 野良ならジョブ枠で募集を出し、「わかってる人」が来れば戦術問題は自動解決だが、団内で遊ぶとなると、逆に面倒なことになりがちだ。変な縛りや、ろくでもないおふざけが提案される場合があるからだ。


C:ツ「内藤さんは盾?」

C:ナ「なんでもいいですよ。合わせます」

C:ヴ「俺、今日は星魔導師の気分」


 ……ほら! 近接メインの脳筋野郎が変なこといいだした! ここは、穏便な軌道修正を狙うべきだろう。


C:ツ「えっ、前衛じゃないの? 珍しいね」

C:ヴ「内藤さんがオンにいないなんて珍しいことが起きるんだから、ジョブ選択もちょっと考えようと思って!」


 考えるなら難易度下げる方に考えてほしい。やることをやって、もらえるものはもらう。それを済ませてからであれば、多少はふざけるのもやぶさかではないのだが。


C:ナ「ツェルトさんはどうなさいますか?」

C:ツ「ヴォルフが慣れないジョブなら、わたしは堅実に行くべきかな……」

C:ヴ「いいじゃん、みんなで使い慣れないやつやろうぜ! 一発でクリアしなきゃいけないもんでもないしさ」

C:ツ「わたし、失敗するの嫌いなんだよね」


 皆がヴォルフの提案に賛成しないようにと願いながら、ツェルトは一応、自己主張してみた。

 だが、ナイトハルトの反応はツェルトの期待を裏切るものだった。


C:ナ「わたしも盾以外にしましょうか。ツェルトさん、どうです? 盾」

C:ツ「ええ〜、高難度で盾って責任重大じゃない」

C:ナ「責任なら、全員にありますよ」

C:ツ「盾は向いてないの、わたしは! 逃げちゃうから!」


 攻撃を受けるのが嫌い過ぎて、避けてしまうのである。基本、敵を引きつけたり攻撃を受けたりする役割を受け持つのが盾職なのだから、向いていないのは事実だ。


C:ヴ「避け盾やれば?」


 ヴォルフが逃げ場をふさいで来た。避け盾とは、昨シーズンから実装された新しいジョブで、回避することでスキルポイントを貯める盾である。敵の注視を集めるスキルを発動させ、攻撃を華麗に避けてスキルポイントを貯め、またスキル発動……と、華やかなプレイが可能だ。

 ただし、プレイングがうまいプレイヤーに限る。


C:ツ「避け盾なんて無理無理!」

C:ヴ「レベルキャップまで育てておいて、なんで無理なの」

C:ツ「経験値は、やれば貯まる! プレイングは、やってもうまくならない!」

C:ヴ「なにいってんの? 俺らの中で、タイム・アタックのイベントに名前載せたことあるの、ツェルトだけじゃん」


 たしかに経験はある。今は亡き(オンライン表示にならなくなったという意味で。リアルにどうしているかは、まったく知らない)フレンドが紹介してくれた、自称「ガチじゃない」プレイヤーが、中の人がチートという表現そのまんまのうまさであり、指示通りに動いていたら百位以内に入ってしまったのだ。

 ツェルトはタイムを究めたかったわけではなく、褒賞がほしかっただけだったのだが。


C:ツ「あれは組んだ人がうまかったんだし、わたしは支援ジョブだったし、盾は別の人だよ!」

C:ナ「ツェルトさん、全員にパーティー申請してください」

C:ツ「え、なんでわたし?」

C:ナ「いちばん空いてるサーバにいるからです」


 なるほど、と一応は納得しながら、ツェルトはメンバーのリストを見て――あれっ、と思った。


C:ツ「……あれっ、内藤さんオフライン?」

C:ナ「わたしは直接合流します。サーバはわかるので……団拠点にいてもらえますか?」


 誰か逃げ隠れせねばならない相手でもいるのだろうか。でもまぁ、いわれた通りに実行するだけなら簡単だ。

 なんでもやりますよ――と、ツェルトはこっそり思った――副団長の話がこのまま忘れ去られるために、ナイトハルトが立ち止まって考えはじめるような行為は厳に慎むべきだ。うまいこと報酬だけ手に入れたら、眠いとかいってログアウトしてしまおう。

 キャラクターを操作して団拠点に移動しつつ、リストから順番にパーティーに誘う。


** レイマンにパーティー要請を送りました **

** ヴォルフにパーティー要請を送りました **


C:ヴ「うお、スキル構成に集中してたらパーティー申請の音鳴って、びっくりしたー!」


 こいつ……本気で星魔術師を使うつもりだ! 星魔なら定番スキル決まってるじゃん、知らんのか! 知らなさそうだなぁ、いつも使ってないしな……と、ツェルトのヴォルフに対する評価は地を這う低さである。


C:ツ「団拠点に移動したよー」

C:レ「したよー」

C:ヴ「俺もー」

C:ナ「わたしも移動しました。あらためまして、皆さんこんばんは」

C:レ「ばんばんばーん。なんか久しぶり? 団拠点で喋るの」

C:ツ「そうかも」


 ジョブ相応の装備が表示されている現状を、とりあえずツェルトは確認した。

 ナイトハルトはいつもの器用盾、レイマンは弓、ヴォルフは……突飛な頭装備をかぶった星魔である。あれはないわと思ったツェルトが、作ってないやつだ。


C:ヴ「星魔導師の帽子、かっけぇのあったから作っちゃった!」


 感性が違い過ぎる。


C:レ「僕ちゃんのジョブ、どうしよう?」


 弓は、高難度ミッションでは高火力&ギミック処理が望める鉄板ジョブだ。転職しないでほしい――そう口にしかけたところで、ナイトハルトが動いた。


C:ナ「ところで、高難度クエストに行く前に決めておきましょう。副団長」


 腕組みジェスチャーまでして、本気である。これは最後まで追求するモードだ、とツェルトは覚悟した。


C:レ「忘れてた!」

C:ヴ「なんだっけ?」

C:ツ「ああー、せっかく話題が流れたと思ってたのにー!」


 思わず、心の叫びをそのまま打鍵した。……と、直後に。


C:ナ「では、まったく忘れていた気配がないツェルトさんにお願いしますね」

C:ツ「なんでぇぇぇぇぇぇ!!!!!!1!」

C:ナ「副団長が必要なことを、いちばん理解しているからですよ。よろしくお願いしますね」


 理由を説明してほしいわけではない!


C:レ「おなしゃす!」

C:ヴ「しゃす!」

C:ナ「す!」

C:ツ「いやだぁぁ……」


 椅子に座ったまま、ツェルトは足をじたばたさせた。床は蹴らない。階下の住人に迷惑をかけるわけにはいかないからだ。


C:ナ「意思確認は重要なので、一応お尋ねしました。ですが、はじめからツェルトさんが適任だろうなと思ってましたので」

C:ツ「訊いても尊重しないんじゃ、訊く意味ないじゃん!」

C:ナ「そうでもないですよ」


 意味がわからねぇぇ! と、ツェルトは再度、足をじたばたさせた。


C:レ「副団就任祝いやろうぜぇ!」

C:ヴ「まず全員脳筋で殴りに行くってどう?」

C:レ「おっ、イイネ!」

C:ナ「イイネ!」


 よかぁねぇだろぉぉぉおおおっ!

 一回深呼吸して自分を落ち着かせてから、ツェルトはキーを叩いた。


C:ツ「副団権限で命令していいかな? まず高難度ミッションを真面目にクリアして報酬を確保してからだろ!」

C:ナ「イエス・マム!」

C:レ「イエス・マム!」

C:ヴ「イエス・マム!」

C:ツ「よろしい。では全員のジョブを検討する」


 今夜も〈沈黙騎士団〉のチャット画面はスクロールが止まらない。


なお、ナイトハルトが戻って来たときに、副団長の権限は(一応)剥がしてくれるようです。

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