はじめてのタイムアタック前哨戦
なぜかこれが書きたかったので、書きました。
ツェルトはだいたい暇だ。
……というのは主観での話。客観的には、いつ見ても忙しそうにしているらしい。
日替わりクエストに週替わりクエスト、団旗のレベル上げクエストに、納品採取クエスト。
クエストと見ると、やらずにはおれない性質だ。
おかげで時間に追いまくられているから、周囲から見たら忙しいのは間違いない。
が、本人の意識としては、暇である。暇だから、クエストを埋めているのだ。
この「埋める」感覚が、ツェルトは大好きだ。
そのために、わざわざクエストを自分でリスト化している。書き出した一覧にチェック済みマークをつけ、埋まったものを見返すのが、なにより楽しい。
だから、毎日毎週のクエストは、プレイする過程が楽しいというよりは、クリアしたという結果が楽しくてやっている。
プレイ中は、完全に作業だ。
作業でなくなるのは、初実装クエストを攻略するまでのあいだ。
これには、ただ埋めていくのとは別種の楽しみがある。
今日からは、これまでにないタイムアタック系クエストが実装されるので、帰宅してすぐにログインした。
日替わりクエストも、今週はこれしかない。開発・運営側も、それだけ自信をもって投入するクエストということだ。
もう、わくわくしかない。
早く埋めたい。
コンビニ飯を片手で食べながら、電源オン! ゲーム起動! ログインまでの手順は身に染み付いていて、流れるようだ。
今日配信のクエストは、団のメンバーと、初回攻略しようという約束している。
ログインしているメンバーのリストを見る。ナイトハルト――もちろんいる。レイマン――離席中マークだが、やっぱりいる。そして、ヴォルフがいない。
ツェルトは、クランチャットで挨拶をした。
C:ツ「こんばんはー!」
団ではヴォイスチャットを禁じている。理由は知らないが、それだけが団の規則だ。
実際の性別とは違うキャラを使っている人には、イメージが崩れなくて便利な団則だと思うが、ツェルトのキャラは女性、実際にも女性なので関係ない。正直、ほかの団員のリアルの性別への興味も薄い。
ツェルトがゲーム友だちに求めるものは、笑いのセンス/ゲームへの熱意/ログイン頻度、すべてのレベルや傾向が「近い」ことだ。
これが、なかなか難しい。ログイン頻度だけなら該当者は山ほどいるが、笑いのセンスでかなり絞られ、ゲームへの熱意が同レベルという条件まで来ると、さらに少なくなる。
ネットゲームには、同じゲームを遊んでいても別ゲーかと思うほど受け止めかたが違うプレイヤーもいる。楽しい仲間を探すのは、なかなか難しいのだ……。
C:ナ「こんばんは」
C:レ「こんばんは」
C:ツ「あれ、レイマンさん離席中じゃないの?」
C:ナ「レイマンは、謎の愛ちゃんにつきまとわれてるんでしょう」
C:レ「目の前にいますね……。ログイン状況を隠しておくべきだった」
レイマンには、ファンがいる。
ファンというか……ゲーム内ストーカーという方が、実態に即しているかもしれない。
仲間内では「謎の愛ちゃん」と呼ばれている。キャラ名は「レイマン大好き★あい」だったはず。最近は。その前は「レイマンだけ★あい」だった。さらに前は「レイちゃんラブ★あい」で、ナイトハルトには、
「『ラブ』と『あい』は、かぶっているのではないか?」
と突っ込まれていた――もちろん本人には伝えていない。
とにかく熱烈にレイマンを好きらしい。
当初は、ヒューヒュー、くらいの気もちで眺めていた団員たちも、これけっこう困ったなと思いはじめる程度には、謎の愛ちゃんは押しが強い。というか、独占欲が高い。
C:ツ「じゃあ、レイマンさんは今日、欠席?」
C:レ「いや、行きたい。振り切れたらすぐ行きますよ。ていうか、説明してないのになんで内藤には伝わってんのかな? なんで?」
C:ナ「人徳です。ほんとうに来られそうですか?」
C:レ「行きたい!」
C:ツ「願望か!」
C:ナ「期待しておきます」
C:ツ「そろそろ迷惑だっていった方がいいんじゃない?」
C:ナ「レイマンは、やさしいですからね」
C:レ「頑張ってみます……あっ!」
C:ツ「……あっ?」
C:ナ「うっかりコントローラーにさわってキャラクターが動いたんじゃないでしょうか」
C:ツ「なるほど」
離席が見かけだったことが、バレたわけだ。
当然、レイマンさんはしばらく無言だ。謎の愛ちゃんに対応中だろう。たぶん、今、ゲームの前に戻ってきた風を装って、挨拶とかしてる。
そのへんが一段落ついたらしく、レイマンさんがクランチャットに復帰した。
C:レ「あの、団長。ねぇ? なんでわかるんですか」
C:ナ「経験値、ですかね」
レイマンさんのアイコンが、取り込み中になった。
たぶん、愛ちゃんに独占されはじめたマークだ。……ほんと、つきあいがいいというか、なんというか。
あんなに断れないところを見ていると、ひょっとして、と思ってしまう。
――ひょっとして、わたしたちも、レイマンさんにとっては「単なる、断れないつきあい」だったりするのかな。
C:ナ「経験値ガン積みの観点から予測すると、レイマンは、最低でも一時間は戻って来られないと思います」
C:ツ「内藤さんは、リアルに遠隔感知スキル積んでそうだよねー。リアル遠隔感知で、ヴォルフが遅い理由もわかります?」
C:ナ「わかりますよ」
C:レ「まじか」
C:ツ「取り込み中のレイマンさん、ツッコミはやっ! でもマジか!」
C:ナ「自信あります」
ナイトハルトはこの小さな団の団長で、団員の中ではもっとも廃人に近い。
「ネットゲームをやっていない人からしたら、うっわ! ってレベル」ではあるが、「ガチでやってる層から見たら、たいしたことないレベル」の廃人だ。
それは、この団の団員全員にいえることだ。
けっこうのめりこんではいるけれど、決定的な廃人ではない。しかし、世間の常識に照らせば、わりとヤバい。
その、わりとヤバい団に所属しているヴォルフが、新クエストの実装日に遅刻するのは、よほどのことだ――たとえヴォルフが、つねづね遅刻しがちな人間であっても、である。
C:ツ「えー、なんだろう。教えて!」
C:ナ「今日は『ジャンフロ』の更新があったので」
『ジャンフロ』は『ジャンピング・フロンティア』というウェブ小説の略称だ。VRMMOを題材にしており、ツェルトも読んだことはある。長すぎるので途中で脱落したが、まぁ、面白くないわけではなかった。
……認めよう。面白かった。でも長い。そして、ゲーム小説よりも、実際にゲームをやる方が、ツェルトは好きだ。
しかし、ヴォルフは熱烈なジャンパーだ。ジャンパーとは、いうまでもないだろうが『ジャンフロ』信者のことだ。
C:ツ「……ぇええ。それだけ?」
C:ナ「その可能性が高いです。たぶん、ヴォルフは『ジャンフロ』を五回は読んでますね。前にそういう話、してましたから」
C:ツ「いわれてみれば、そうだった」
更新されるたびに五回は読んでる、と話していたのを、ツェルトも覚えている。ことによったら、連載第一回から読み直したりもしているらしい。マジか。暇だな、と煽った記憶まである……。
ヴォルフがいたら、襟元をつかんで揺さぶりたい。
今は……今だけは暇じゃないだろう! そんな暇ないだろう! 新クエストの実装日だぞ、小説なんか読んでる暇ねぇぞ! ……と、叫びたい。
C:ツ「レイマンさん、オフラインになっちゃったね」
C:ナ「見かけでしょう」
C:レ「だからどうしてわかるんだ」
C:ツ「オフラインの人がwwwww 喋ってるwwwwwwwww」
C:ナ「謎の愛ちゃんに、オフラインにしてちょうだいってたのまれたんですよ」
C:レ「内藤マジなんなの!? おかしくない!? ストーキングしてない!?」
C:ナ「いや、今はネット上の攻略情報をストックするのに忙しくて、それどころではないですね」
C:レ「今は、て!」
レイマンのチャットは悲鳴じみている。
ツェルトも悲鳴をあげた。レイマンとは別の意味で、だ。
C:ツ「えっ待って。待って! 内藤さん、攻略情報はダメ!」
C:ナ「大丈夫、読んではいないです。初回アタックは、情報なしで挑むって決めてますからね。あとで読むために、サーチかけた結果のタブをたくさん開いてあるだけですよ」
ナイトハルトの説明に、とりあえず、ツェルトは安堵した。
はじめてのわくわくだけは、ちゃんと確保したい。
そして……早く埋めたい。
C:ツ「……でも、レイマンさんが来れなくて、ヴォルフも来ないんじゃなぁ」
C:ナ「とりあえず、ふたりで様子見に行ってみましょうか?」
C:ツ「だけど、失敗して初回報酬とれないと困らなくない?」
C:ナ「失敗する前にリタイアすれば大丈夫ですよ。対策を立てるにも情報は必要ですし、ネットで集めないなら自分で集めるしかありません。初回報酬を重視するなら、まずは突撃して、リタイアです」
C:ツ「そっか」
C:ナ「ヴォルフさんを待つなら、それでも大丈夫ですよ。どうせ、初回報酬は朝四時切り替えですから、それまでにクリアできれば問題ありません」
とはいえ、ツェルトは午前一時には落ちたい。というか、どうせ寝落ちする。
C:ツ「内藤さんは、わたしが落ちたあとにクリアしそう〜」
C:ナ「ツェルトさんと遊ぶときも、ちゃんと全力でやりますよ」
そこは信頼している。むしろ、全力でないナイトハルトを見たことがない。
C:ツ「わかってるけど、二人じゃ攻略方法を探るだけで手一杯で、ちゃんとクリアまで行かないかも……。四人用の調整でしょ?」
C:ナ「クリアだけなら可能だと思いますけどね。もちろん、ランキング入りとかは絶対無理でしょうが」
C:ツ「ランクイン報酬は、三週間後までの期間中集計だから、初日はそこまで狙わないよー」
C:ナ「ですよね」
というか、三週間後であっても、ランキングに入るのは厳しい。ネトゲこそ人生という方向に舵をとりきったプレイヤーに、勝てるはずがない。
C:ツ「でも、わたし、一時くらいまでがまともに遊べる限界じゃない?」
C:ナ「正しい把握ですね」
C:レ「その頃までにはさすがに参加できるかも」
C:ナ「期待しておきますね」
なぜだろう、ナイトハルトの「期待しておく」が「期待してない」に見えるのは……。
あーあ、とツェルトは肩を回した。ゲームをはじめてからチャットしかしていないのに、妙に肩が凝っている。むしろ、だからなのか。さっさとクエストをやりたい。
C:ツ「結局、メンバー集めがいちばん大変だよねぇ、ネトゲってさ」
C:ナ「そうですね」
C:ツ「助っ人呼んでみる?」
C:ナ「うーん、それも悪くはないですが……話し合って、一緒に攻略するような人を呼ぶわけですよね?」
C:ツ「うん」
C:ナ「ヴォルフさんがインしたときに、『クラメン来たから、じゃあね』とやるわけですか?」
そこまで考えていなかったが、ツェルトは即答した。
C:ツ「いや、ヴォルフが遅刻するのが悪いから、その場合はフレンド優先で」
C:ナ「そうですか。では、ツェルトさんはフレンドさんと攻略なさるといいですよ。わたしはヴォルフさんを待ちますから」
C:ツ「ええー、内藤さんもやろうよ」
C:ナ「遅れて来た団員を見捨てるような団長には、なりたくないので」
ナイトハルトは、たまに、キツい。言葉は丁寧だけど、キツい!
C:ツ「……わかった。わたしも待つ」
C:ナ「いえ、ツェルトさんは寝落ちまでのタイムリミットがありますから」
C:ツ「待つっていったら待つ! あと、『ジャンフロ』に呪いの言葉を撒き散らす!」
悪いのは、遅刻するヴォルフだ。
こともあろうに『クリスタル・ライジング』のクエスト実装日より、ウェブ小説の更新を優先するのが悪い。絶対、悪い。
念のため、寝落ちにそなえて朝の三時にアラームをセットする。もちろん、三時五分と三時十分と三時十五分と三時二十分にもセットした。
初回報酬をとれたら、このアラームはナシだ。とれずに寝落ちしたら、これで救われるのだ……救われる予定だ……。
この時間帯は、朝の一時間だけで二日ぶんの日替わり報酬をゲットする」派のガチ勢がいる。鉄板の攻略法を事前に調べて参加すれば、難しいクエストも、かなりの高確率でクリアできるのだ。
面白いかどうかは別として……ツェルトはクエストを埋めたいのだ。そこだけは、譲れない。だから、これが保険。
C:レ「なんだそれ……」
C:ツ「レイマンさんは謎の愛ちゃんとくっつけばいい!」
C:レ「とばっちり!」
C:ナ「もうくっつかれてるんじゃないですか。キャラ重ねて立って、『ぎゅっ☆』とかいわれてますよ」
C:レ「だからなんで!? なんで見えてんの!?」
C:ツ「内藤パワー、こっわ!」
C:ナ「いや、むしろこれくらいは見当がつかない方が不思議な気がしますが……。そうですね、あと五分以内に、ヴォルフさんも来ますよ。今、ログインパスワードを入力している頃合いだと思いますね」
C:ツ「え、パスワードなんて毎回入力しないでしょ」
C:ナ「ヴォルフさんは、毎回入力しているそうですよ。前に話してました」
ツェルトは記憶をサーチした。まったく思いだせない。
C:ツ「そんな話、してたっけ」
C:レ「してたしてた。いわれてみたら、してたよ。内藤マジでなんでも覚えてるな! ほんとに人間? AIなんじゃないの?」
C:ヴ「こんばんはー!」
C:レ「内藤ぅー!」
C:ツ「内藤ぅー!」
C:ヴ「内藤ぅー! ……ってこれなに?」
ノリよく混ざりながら当惑を隠せないヴォルフに、ナイトハルトは答えた。
C:ナ「内藤ポイントを稼いだところです。ヴォルフさん、こんばんは」
C:ツ「よし、これで勝つる!」
C:ヴ「内藤ポイント? ところで、もうプレイしたの?」
C:ツ「手前を待ってたに決まってんだろ、ドン亀狼!」
C:ナ「亀なのか狼なのか」
C:ヴ「ゴメンナサイ……」
C:レ「ツェルトってヴォルフには容赦ないよなー」
C:ナ「そうですね。ではレイマン、期待してますからね?」
C:レ「お、おう……一時間待って……」
C:ヴ「ねぇ、ジョブどうすればいい?」
C:ナ「最初は様子見で、リタイア前提でいきましょう。まず――」
――仲間(オフライン一名を含む)と一緒にやるゲームは、やっぱり、最高だな!
ツェルトはコントローラーを握り直した。
長い夜が、始まる。