第二話『ある少女の約束の日』
セルトとセルリアが会ったあの日はあっという間に過ぎ、一週間後の約束の日へとなりました。
「ふぁ......」
セルリアは朝早く起き、メイドが配膳してくれた白いパンとベリーのジャムや紅茶をぼーっとした頭であくびをしつつ、口にします。やがて、脳も目覚めて今日の約束も思い出しました。
「アンリ、革のズボンでかわいいのないかしら?」
セルリアは専属の侍女、アンリに今日着ていく服を良いのかないか聞きます。それは乙女心から来たものでしょうか。
「馬用はあっても、竜の鱗に耐えうる物なんてありませんよそんなもの。大体、セルリア様ぐらいですよ。お嬢様が竜に乗るのは」
「ありえないわ、あんなにルリはかわいいのに!」
アンリは短い黒髪で人形の様に綺麗ですが彼女は愛想が無く、無表情を動かす事はありません。アンリとセルリアは幼馴染で上下関係を気にせず、キッパリと言います。
確かにアンリが言うようにこの国では竜騎士に女性はとても珍しい。さらに言うとオシャレを気にするお嬢様が竜に乗る事など稀中の稀です。
その革のズボンだって、オーダーメイド品でとてもすぐには用意出来るものではありません。
「......竜についてとやかく言ってません。前に特注した茶色の革ズボンで我慢してください。というか、セルリア様。ようやく、少女心が目覚めましたか」
生まれてこの方、主人の少女っぽい事を目にしていないアンリは表情変えず、そう言いました。
「しつれいね、私だってするわよ!」
セルリアは怒りますがそれは当然のことです。なぜなら幼少期から竜舎に篭もり、剣の腕と竜の扱いを鍛え、毎日土まみれ汗まみれになって帰ってくる。そんな少女に驚かない訳がありません。
「では、それはなぜ?トカゲ族の王子にでもばったり会いました?」
「違うわよ!竜には翼が有るわ!翼が!それに竜が好きでも、あくまで友達としてよ。それに彼は......」
「"彼"は?」
アンリは一歩足を動かし、セルリアに顔をを近寄ります。しかしそれに合わせて、間合いを合わせるようにセルリアは一歩分靴を擦り、下がりました。
「......」
「......」
そこに数秒の沈黙が走り、徐々にセルリアの頬を赤く染まります。
「ち、違うわ......!」
「......ほう?」
セルリアの反応により、余計にアンリは顔を近付けます。アンリはセルリアの目に視点を合わせようとしますが、セルリアは目を泳がせます。
「毎日二時間。それで手を打ちましょう」
アンリは何をするとも言っていない時間を交渉に持ち掛けました。
アンリは今までサボってきたモノを強制させるつもりか、かといって言うのも恥ずかしい。そうセルリアは思いました。
「......一時間」
「では名前を伏せていいので、惚れた所をどうぞ」
「うっ......」
セルリアは数秒沈黙し、静かにボソリと口にしました。
「守りたくなるような......」
「なるほど、年下ですね」
「これでいいわね!?」
赤くなった頬を隠すように、アンリからセルリアは目を逸らすように窓を眺めますが焦点があってません。
「……飛んで来るわ」
アンリにそう言って、大きな鏡の前にセルリアは立ちました。アンリはクローゼットからいくつかの服と茶色の革ズボンを手に取り、セルリアの服を着替えさせます。
「今度はお昼前にはちゃんと帰ってきて下さいね」
「うっ、善処するわ」
アンリは着替えさせながら言いました。セルリアは一度出掛けたら日暮れまで帰って来ず、城下町でも目撃情報は多発していたり、山で採って来た木の実を食べて、当たってしまいかかりつけの医者を何度も呼んだりとお嬢様らしくない行為を繰り返し、一部の市民からは心配の声が挙がっています。
「お化粧もお願い」
「ほう。例の殿方ですね。」
「ち、違うわよ!」
アンリが風でなびいて解けるでしょうが邪魔にならない様に髪を纏めていると普段、これだけで終わる準備にプラスしてセルリアは化粧も頼みます。しかしアンリにはバレバレでした。
「サンドイッチでも作らせましょうか?」
「……お願いするわ」
セルリアが小さな声で了承し、アンリはドアを少し開けて閉めました。そしてテキパキと化粧箱を手に取り、椅子を鏡の前に置きセルリアを座らせてお化粧を始めました。
「まずは殿方の心を掴むにはお料理ですね。女子力を見せる為にお菓子から鍛え始めますよ。しっかりと味の好みを聞いて来て下さい。甘いすっぱい辛い苦い色々な好みがありますからね」
「……そんなんじゃないわ」
長話をし始めたアンリに抵抗する様にセルリアはボソリとそう言いましたがアンリの耳には届かない、と言うよりも気づかないフリをして話し続けます。
「————ここで大事な事は弱火で慎重に焼く事です。初心者が焦がす原因は火の管理ですので時間が長く掛かりますがその作った時間すら焦がして無くなるよりマシです。はい、終わりましたね。ではこの話はまた今度。」
「……うん」
眠気と長話で話を聞いていなかったセルリアは適当に返事をし、お化粧が終わった為椅子から立ち上がり部屋から出ます。アンリはいつも、竜舎まで見送っているので後ろからセルリアを追います。
竜舎に着き、セルリアだけ入っていき、竜を呼びました。竜は色も種類も様々ですが翼竜が多めで、その中でセルリアは一体の名前を呼びました。
「ルリ、ほら起きて」
「グゥア」
セルリアの声に反応したのは蒼い竜です。他の竜達は羨ましそうにその竜を見てもう一眠りにつき、その蒼い竜ルリは寝惚けながらも小屋から出てきました。まだ眠たそうにしているルリを起こすため、セルリアはお湯を魔法で出し、指で温度を確かめてゆっくりとルリの体に掛けて、布で拭いていきます。
「グゥー」
ルリは気持ちよさそうに鳴き、半濡れの状態でセルリアに擦りつきました。セルリアは自身が濡れることを気にせず、ルリを撫でて体を拭いていきます。そして、ルリの体にベルトを巻き、鞍を固定させました。
「濡れすぎです。風邪引きますよ。」
「大丈夫よ。飛んでる間に渇くわ!」
王族らしくないセルリアのその一言に表情を変えることなく、アンリはセルリアの体を拭きました。
「くれぐれも危険なところにはいかないでくださいね」
「大丈夫よ!」
言っても無駄といわんばかりの棒読みでそう言いました。もちろん、セルリアは何度もその約束を破っています。そのセルリアに鞘に入った長剣とサンドイッチの入ったバケットを手渡すと、ルリの背中に皮のベルトでくっ付けさせました。
「行ってくるわ。」
その声と同時に、ルリに乗り手網を持ちました。
「行ってらっしゃいませ。セルリア様」
「じゃあ、ルリ。行くわよ!」
ぺこりと、アンリは頭を下げるとセルリアを乗せたルリは大地を蹴り翼を広げ、飛び立ちます。そして、ゆっくりと低空飛行し旋回し、徐々に高度を上げてアンリが見えなくなるほどの高い位置まで達しました。
「まずはルリのごはんね!!」
「グァア!!」
セルリアが手網で方向を示し、セルトと会った森へと向かいます。そこはとても危険でキラービーやオーガなどの凶悪な魔獣の潜む、魔の森と言われている森です。
「鳥肉でいこうかしら?」
セルリアとルリの前方少し上には雲に紛れて少し見えにくい、白い鳥が飛んでいます。一匹では物足りないですが複数飛んでおり、ルリとセルリアの目にはしっかりと映っています。白い鳥は徐々に近寄って通過しようとしています。
「行くわよ!」
「グァ!」
セルリアは手網を引き、ルリの体前方を浮かせ、垂直と言っても過言ではない角度。そして、これまでが遊びだったかのような速度でルリとセルリアは白い鳥との間を詰めていきます。
「半回転ね、あと一人一匹!」
そうセルリアが言うと鞘から長剣を引き抜きました。そして、あっという間に群れの下へと行き、上方向に転回し半回転した状態となります。セルリアとルリは視界が逆になり、その状態のまま、前を飛んでいる白い鳥の群れに後ろから鉤爪を横に出すように体を捻らせて突っ込みます。
ルリは鉤爪で一匹の腹、もう一匹は羽を掴み取り、セルリアは一匹は羽、二匹は首を切断し、白い鳥たちは二匹が地へと落ちてルリが倒した二匹は鉤爪がしっかりと刺さり食い込んでいるため、じたばたしています。
「ルリ、向かって!!」
そう言ってセルリアは剣を振って血を払い、鞘へと収納し両手を開けておきます。ルリは半回転した後、通常通りの飛行に戻っていましたが、セルリアの声を聞き急下降して、暴れる一つの羽を失った鳥と絶命したもう一匹を追います。
「っ!!大丈夫取ったわ!!」
セルリアは空いた両手でそれぞれ一羽ずつ掴みました。その声を聞いたルリは体勢を戻し徐々に降下して川に近くへと降りていきます。
「大漁ね!」
「グァ!」
足を地につけると三匹を首を切断し、殺して死体を四体並べてお互い顔を合わせてそう言いました。二人は生まれた日が一緒でどっちもお姉さん振り、どうやら妹が失敗してもいいようにと
二体狩ったようですが、狩りすぎです。
その後、川で血の付いたルリは体を洗い、セルリアは血抜き、羽を毟って隠し持っていた解体用ナイフで内蔵を除去。などの処理をして、火の魔法で枝に火をつけて焚火をしていきます。
なれた様子ですが今の所、レパートリーは焼き一択で、塩しか入れてません。
ですがこれはもう狩人の所業でしょう。セルリアの慣れている様子から、日常茶飯事に狩りを行っているようです。
その様子はアンリはすでに知っているどころから一部の市民にも知れ渡っており、城下町の肉屋や冒険者ギルドの解体所にも持っていく姿が目撃されているからでしょう。
鶏肉は焼け、所々焦げていますが切り取って一匹丸々、ルリへと渡します。するとあっという間に食らいつきなくなりました。そして次の鶏肉を渡し三匹ルリが食べましたが、どうやらおなかいっぱいなようです。
「どうしようかしら……」
「ゲフ……!グァ……」
朝食を食べていたセルリアにはもちろん入ることはなく、一匹余ってしまいました。
するとこっちに接近してくる、白い何かが目に入ります。
「あれは——」
急降下し直角に地面へとおり、砂埃を立てることなくふわりと着地しました。その姿はまさに天使です。そう彼は——
「セルト!!」
「セルリアちゃん、おはよ。ごめんね、その前はすぐいなくなって」
銀の髪を揺らし、白い羽を小さくたたみ、セルトはセルリアに近寄っていきます。
「食事中ごめんね。」
「大丈夫よ。ところで……おなかすいてない?」
「うん、ちょっと。」
そう言ったセルトにセルリアからお肉をもらいました。
「リクウ鳥だね。うちのところでは結構よく食べられているよ」
「そうなの?私の国では捕まえにくいから高値で取引されているわよ」
「そうなんだ」
そうしてセルトとセルリアは話していき、セルリアがある質問をしました。
「甘いの……好きかしら?」
と。




