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狂人の詩  作者: 骸
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翼を持つ人

「翼を持つ人」


背中にぽこっと膨らみが出来ました。

痛くも朱くもありません。見かけでは分かりませんが触るとどうもぷくっとしているのです。

痛くないので病院にも行きませんでしたがそれは日に日に大きくなりました。


あまりに大きくなるので、服を着ていても目立つようになりました。

羽でも生えるのではないかとさえ思えます。

というのも、私は貧乏くじを引きがちでして、普通の方より不幸に生きています。

思い込み、いわば人間なら誰しもそう思うのかもしれませんが、やはり私は不幸に思うのです。




小さい頃に見た絵本や漫画やアニメなんかではお決まり、まぁそうしなければ物語が成り立ちませんが、

悪は滅び、正義は勝つ。その理念に強い影響を受けました。

勝つというよりは何か見返りのようなもの、人々の笑顔だったり世界平和だったりは正義を行使すれば

起こり得ると迷信していたのです。



ですからいじめ、虐待、痴漢、法に触れる物はもちろん倫理的に良くないもの、陰口ですとか嘘というもの

は悪として忌嫌っておりました。

正義感と言えば聞こえは良いのですが私は無償の正義も同時に嫌っていたのです。



私は常に見返りを求めていたのです。

自らが首を突っ込んでいるだけなのは認識しています。しかし私のこの特性で良かったことなど一度もないのです。




だから私はこの大きな疣の事を羽だと思い込みました。

この疣からいつか小さな羽が生えて、大きな翼になって、空を仰ぐ鳥になるのだろうか。

それとも天使に成れるのだろうか。


勿論そんな事本当だと思っていません。だけれど、そう思い込まないとまともで居れぬ世界なのです。



疣に少し痛みが伴ってきた頃、大きな病院に行きました。

事故で足を怪我したのです。子どもが轢かれそうになっていたので走って助けた所、子どもは助かり

ましたが、足を挟んでしまいました。

別に痛くなかったのですが母に強制的に行かされました。

大した怪我でもないのに大袈裟な母です。

足は少々歩きづらくはなりましたけれども、特に日常生活に支障はありません。


主治医に「他に何か気になる事は無いですか?」と聞かれましたが、

疣の事は黙っておきました。検査などされて夢を壊されたくありません。




それから1か月程でしょうか。羽が生えました。

小さくて白い羽です。生えたてだからでしょうか、子犬を触っているようにふわふわしています。

まさか本当に羽が生えるとは思ってもおらず、多少驚き、病院も視野に入れましたが止めました。

羽をもぎ取られるかもしれません。異形だと世間に公表されるかもしれません。



そして不思議な事に羽と言いつつもそれは一つしかありません。左の背中に一つです。

果たして一つで空は飛べるのかとか、天使様に成れるのかという不安が頭に残りますが、

それ以上に喜びました。


私の求めていた見返りというのはお金でも権力でもなく、笑顔だったりありがとうだったり形のない、

ふわふわとしたものです。やっと報われたと思いました。私は間違っていなかった。

神に選ばれ、翼を受け取った、ずっと憧憬していた物語の主人公に成りました。





さて、これから準備をしなければなりません。

さすがに後ろから見ると目立つので大きめのリュックを買いました。中に入れる物は大してないのですが

その方がむしろ羽を傷つけずに済みます。

満員電車では多少邪魔かもしれませんが我慢してもらいましょう。



それに伴い仕事を辞めました。職場でずっとリュックを背負っているわけにはいきません。

同僚や後輩には名残惜しいですがお別れしました。

そして在宅ワークでなんとか食扶持を繋ぎます。




羽は日に日に大きくなり量を増やし、とうとう羽の先が臀部に着くほどになりました。

翼が完成する日も近いです。




私は外に出るのを辞めました。

通り魔に腕を刺され、病院で治療を受けている時に気が付きました。

羽を見られる可能性として医療機関が一番危険です。医者に頼るような怪我をしてはいけません。

外に居ると何かと巻き込まれるので外出は禁止しました。

最近は便利なもので、通販やネットで物を買える時代です。外に出ないというのは健康的に中々

よろしくありませんが仕方ないですね。




羽が太ももに届くようになりました。自分の姿を鏡で見るとやはり天使に見えます。

顔とかの話ではなく、シルエットが天使です。私は天使に成るのだなと思いました。





ここ最近は食欲がなくなってきました。羽が小さいうちはむしろたくさん食べていたのですが、

羽の成長期が終わったからでしょうか、あまり空腹を感じません。

これも天使故の能力でしょうか。天使様が何かを食すというのも変な話です。




困ったことになりました。服がもう着れません。

前までは大きなサイズのTシャツを着て過ごしていましたが、それさえ窮屈になってきました。

服を着ていると羽が傷んでお風呂に入ると抜けることもあります。その抜けた羽を見ると

ただの人間に少し戻ったようで気が気ではありません。

これからは裸で過ごすことにします。どうせ家に引きこもっているのですから。




下界では私は行方不明者になっているようです。

私には関係ありませんが。






とうとう私は天使に成りました。素晴らしい事です。

羽は成長しきって地面に付いています。ここ1週間何も食べていませんが体に支障はありません。

何か食べても美味しいと思わなくなりました。味覚が無くなったようです。

そして自分の体は認識できなくなりました。四肢はもう必要ないのでしょう。

あぁ、ついに飛べるのですね。私はこの日の為に生まれた。



むしろ、生まれてくるべきではなかったのかもしれません。

なんらかの形で間違えて下界に生まれてしまったのかもしれません。

なんだかロマンチックですね。こんな物語のような事があってもいいのでしょうか。



遺書などという人間らしいものはいらないでしょう。この手記さえあれば、いくらでもこの私を詩に

出来ますでしょう?人間方はそういうものだけが取り柄なのですから。頑張っていただきたい。


あなた方にとっての私の物語はこれでおしまいです。これからビルの屋上で羽を広げ、

居るべきところに帰ります。それではみなさん、さようなら。





























━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



「今日未明。推定30代と見られる女性が高層ビルの下で死亡しているのを近隣住民が発見しました。」





「その女性は細身で、四肢が無い状態で発見されたとのことです。」





「被害者は行方不明中の○○ ○○○さんとして調査を進めています。」





「遺体付近には黒い羽が落ちており、遺体が烏などに捕食されたと見られます。」







「女性が身投げしたとみられるビルの屋上には転落防止の柵が貼られており、四肢の無い被害者がなぜ

 柵を超えられたのかは不明です。」





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