第十一章 反董卓連合
董卓は圧倒的な武力にものをいわせ、好き放題やり始めた。
小帝(劉弁)を廃して劉協を皇帝に立て、自分は最高位の相国となった。
そして劉協を傀儡として、ほしいままの政治を行った。
十常侍が董卓に代わっただけで諸侯や民衆にとっては何も変わらなかった。
いやまだ十常侍たちのほうがましだったかもしれない。
董卓の配下の兵たちは金品を人々から略奪し、女とみれば全て犯した。
そして少しでも気に入らない者がいたら殺した。
当然、栄華を誇った洛陽の都はたった数ヶ月で荒廃した。
董卓の暗殺を試みたものも何人かいたが全て失敗に終わり殺されてしまう。
唯一曹操だけは暗殺には失敗したが、無事故郷の陳留郡に逃げ延びることができた。
また身の危険を察知した袁紹らは故郷に逃げ帰った。
そして
西暦189年11月
東郡太守の喬瑁が董卓を討つ為の挙兵を願う檄文を各地に飛ばした。
李世民が治める江夏にも檄文が届いていた。
「李世民様、東郡太守の喬瑁殿より、董卓を討つ為の檄文が届いております。」
「ふむ、董卓の暴虐を許しておくわけにはいかん、我々も出陣するぞ李勣。」
「では喬瑁殿の使者にはそのようにお伝えします。」
李世民は1万の兵を整え、董卓を打倒するための連合軍が集まる、洛陽の東方の酸棗に向かった。
江夏の守備には衛?、李陵、李勣と5千の兵を残していった。
西暦190年1月
酸棗に集まったのは19の諸侯たちで、それぞれが1〜3万の兵を率いてきたため兵の数は20万を超えていた。
数的には董卓軍と同数かそれ以上という数になった。
この諸侯たちをまとめる盟主としては三代も三公を輩出してきた勃海郡太守の袁紹がなり、
今回の連合軍の参謀として、袁紹からの昔からの友人の曹操ががなる。
連合軍の陣容も整い、まずは洛陽へ攻めるための最初の関門の?水関に向かった。
連合軍の陣容は次のとおりだ
第一陣 南陽郡太守 袁術
第二陣 冀州刺史 韓馥
第三陣 豫州刺史 孔チュウ
第四陣 エン州刺史 劉岱
第五陣 河内郡太守 王匡
第六陣 江夏郡太守 李世民
第七陣 陳留郡太守 張バク
第八陣 東郡太守 喬瑁
第九陣 山陽郡太守 袁遺
第十陣 済北国の相 鮑信
第十一陣 北海郡太守 孔融
第十二陣 広陵郡太守 張超
第十三陣 徐州刺史 陶謙
第十四陣 西涼郡太守 馬騰
第十五陣 北平郡太守 公孫サン
第十六陣 上党郡太守 張楊
第十七陣 長沙郡太守 孫堅
第十八陣 勃海郡太守 袁紹
それに対して董卓軍のシ水関の守りは、董卓の中でも1,2を争う猛将の華雄だった。
袁紹は早速18の諸侯たちを幕舎に集めて作戦会議を開いていた。
「シ水関を守る将はあの猛将の華雄だ。誰が先陣をきるかな?」
「孫堅殿の武勇は知らぬものはいません。彼に先陣を任せてはいかがでしょう?」
そういったのは袁紹の従弟の袁術だった。
「では今回のシ水関攻めの先鋒は孫子の子孫で武勇にも秀でた孫堅殿にお任せする。」
こうして孫堅は先陣をきることになり軍備を整え出陣した。
孫堅がシ水関に向かって馬を進めていると既に華雄軍は既に戦闘状態だった。
「華雄はどこの軍と戦っているんだ?確認しろ。」孫堅は傍らにいた程普聞く。
「どうやら済北国の相鮑信が一番槍の栄誉にあずかろうとして戦いはじめたようです。」
「一番槍はどうでもいいが、あのままだと鮑信殿が討ち取られてしまう。
全軍、全速力で突撃だ!」
孫堅軍2万は鮑信を助けるべく一直線に華雄軍に突き進んだ。
「鮑信殿、無事か?」
「おおっかたじけない孫堅殿。弟の鮑忠も討ち取られ私も後一歩で討ち取られるところだった。
出し抜いた私を助けてくれるとはかたじけない。」
「今は一緒に董卓を打ち破るために戦っているのですから当然です。共に戦いましょう。」
初めこそ華雄軍を押していた孫堅軍だったが、華雄軍5万に対して孫堅軍は2万、
徐々に押し返され始めた。
「むむっいったん引き上げるぞ。全軍撤退だ。」
孫堅軍は隊列を整え酸棗まで退却をした。
しかしその途中で突然銅鑼の音がしだした。
「まっていたぞ孫堅!」
酸棗まで後少しというところで華雄が待ち伏せをしていた。
「華雄がいないと思ったらこんなところにおったのか?」
背後からと側面から同時に攻撃を受け、孫堅軍は壊滅的なダメージを追ってしまった。
「とにかく酸棗まであと少しだ、みんあ力の限り駆け続けろ!」
「逃がすか!」
華雄は背から弓をはずすと孫堅に向かって矢を放った。
「殿危ない!」
孫堅を庇い祖茂が矢に当たり落馬した。
「祖茂!」孫堅は祖茂の傍らにより抱き上げる。
しかし祖茂は既に死んでいた。
「孫堅様、速く逃げなければ華雄に追いつかれます。」
「祖茂すまん。」
孫堅軍はなんとか酸棗まで逃げ帰った。




