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君と始める異世界料理開拓記  作者: 奥田 舎人
 第二章 おじさん社長になる
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   第八話 悪企み

 カーポ邸の書斎では、革製のソファに座ったカーポが言った。ソファは三人掛けが正面に二対、一人掛けが左右に二対、中央には膝くらいの低いテーブルが置いてある。そしてさすがは書斎だ。左右の壁際には天井まで届くほどの本棚が置かれ、その中にはびっしりと本が詰め込まれていた。普段から彼は、この部屋で事務作業を行なっているのだろう。部屋の奥の大きなガラス戸をカーテンで覆い隠し、その前には事務机と椅子が置いてあった。


「まずこのマグ湖ですがこれはルアド王国が所有しています」「湖周辺がルアド王国の領土だと考えてください」「次にここがアンテラ」「ここが魔族自治領」「この黒い部分が未開の森です」


 カーポは言葉通り次々に地図を指していった。


「魔族自治領なんてのがあるんだな?」


「はい、鎖国状態ですから入国は出来ませんけどね」


「ふーん……?」


 魔族と人族の確執は大きい。それは五十年前の戦争の影響が強いだろう。

 大陸の北で発生した魔族の反乱は、とてつもない勢いで大陸全土に広がった。それに対抗したのが人族を中心とした「全人族同盟」である。同盟にはヴィアラン大陸のほぼ全ての人族、亜人族が加盟し、彼らの団結によって悪しき魔族から大陸を守った。しかし、戦後処理の中で魔族は自治領を任される事となり、その反対から全人族同盟は決別への道を辿ったという。


「魔族自治領の管理はルアド王国です。鎖国状態ですから管理というよりも監視だけになりますね」


「で、空いてる土地は?」


「結論を先に言うと、国内には全くありません」


「なるほど」


「奪えば良いんですが自信あります?」


「無いね」


 どの時代でも血生臭い話はある。今この世界、この時代においては未だ力こそ正義の風潮が生きている。欲しいものは奪う。それが人であろうと、土地であろうとも、だ。ならば奪われないためにはどうすれば良いのか。簡単な事だ。より強い力で守れば良いだけだ。


「力が無くても土地がもらえるアイディアは無いもんかね?」


「非常に難しい話ですね。……でも、国外なら可能ですよ?」


「国外?」


 カーポの言う国外とは、ルアド王国の外を指すのだろう。元々日本人であるセトにはいまいち理解が追いつかないのだが、ルアド王国はヴィアラン大陸の東に位置している。しかしここが大陸の最東端という訳では無く、さらに東には亜人族が住む土地があるという。


「その亜人族の土地に、新しく田畑を作るんですよ」


「亜人?」


 セトの脳内でシミュレーションが開始された。

 亜人とは……。猫耳をつけてコスプレした語尾に「にゃん」を付けて話す美少女。猫耳以外にも犬耳であったり、尻尾であったり、羽が生えていたり、コスチューム自体がエロかったりする人とよく似た生物——。


「——で、あるか?」


「違います。根本的な部分が違います」


 亜人族にはいくつかの種族が存在する。そもそも「亜」という文字がつく以上、人族に類似した部分は多く、人族との交配も可能だったり、それぞれに得意分野があったりする。例えば「土族」は物作りが得意で、「木族」は家作りが得意だ。「獣族」は強靭な肉体を有し「霊族」は強力な魔族を保持している。更には「花族」というものも存在するのだが、この種族の情報に関しては極めて少なかった。

 この五族に人族と魔族を足した七つの種族でこの大陸は動いているのだが、その種族バランスは現状非常に悪いと言わざるを得なかった。


「セトさんのイメージに近いのは獣族の事だと思いますが、彼らは人族が嫌いですからね。当然、選択肢から除外です」


「嫌う理由は?」


「奴隷ですよ」


 奴隷の歴史は長く根深い。罪を犯した者を奴隷にする。他国を侵略し、人を奪い、奴隷にする。果ては誘拐して奴隷にする。奴隷に落とす方法は様々だ。

 特に奴隷にした人数が多いのが人族であり、奴隷にされる人数が多かったのが亜人族と言う話が問題だ。した方が忘れていても、された方は決して忘れる事はないだろう。

 それが過去数百年から現代までも語り継がれているのだから始末に負えない。そして奴隷の歴史は現在も進行している。


「獣族は何にでも使えますからね。男は労働力になりますし、女は性奴隷、子どもは愛玩用と目的は様々。しかも目立ちますからね。捕まりやすいんですよ」


 そう言ってカーポは軽く手を叩いた。すぐに「入ります」と、書斎の扉が開くと老年の男が入って来た。


「坊っちゃま、ご用件をどうぞ」


「うん。獣族の女奴隷がいただろ? 連れて来てくれ」


「かしこまりました」


 男はそう言って出て行った。そんな二人のやり取りをセトは無言で見つめていた。


「おっと、変な顔をしないで欲しいですね。僕は彼女を伽に使ったりはしていませんよ? メイドとして使っています。まあ、たまに膝枕なんかして貰うことはありますけどね」


「いや、奴隷もそうだが、執事も初めて見たよ。やっぱりあんた貴族なんだな?」


「何やら、こそばゆいですね。執事というか、彼は代々我が家に仕えておりましてね。今は僕の家にいます。奴隷ならその辺で売ってますよ? 銀貨五枚だったか、十枚だったか、そのくらいの価格です」


 奴隷の価値はそのくらいのものだった。人を売買する。現代日本ではそうそう耳にすることのない出来事ではあるが、ほんの百年ほど昔には世界中で横行していた事でもあるのだ。この世界のモラルは未だ成熟していない。

 しばらくすると扉がノックされた。


「お呼びでしょうか? 旦那様」


 そこに立っていたのは、きちんとしたメイド服に身を包んだ一人の獣族の女だった。なるほど、灰色の毛に覆われた顔と手、前に突き出した鼻筋、それに沿って広がった大きな口。これがイヌ種の獣族と言う事か。


「この御仁がお前のことを見たいってさ」


 女は小さく頭を下げると、セトに向かって跪いた。よく見えるようにと言う事なのだろう。しかしセトは困惑の表情を浮かべた。


「イヌ?」


「似てるけど違う。彼女は貴重なオオカミ種らしいよ」


 オオカミ種とは獣族で最も強力な個体であった。元々の個体数は少ないものの、多くのイヌ種を従え、戦場を駆るその姿は、戦場を走る風とまで称されるものだったと言う。しかし現在ではその純血種の数は両手で数えるほどしか確認されていない。


「買ったのか?」


「『買ったのか?』と、問われると、その通りなんですけどね。まあ、色々ありましてね……」


 奴隷商の奴隷の扱いは人それぞれだった。奴隷を商品と割り切っている者はまだ良い。品質管理や、メンテナンスなどにきちんと投資を行うからだ。しかしこの手の奴隷商はごく一部でしかなく、ほとんどの奴隷商は奴隷をただの物としか見ていなかった。


「そんな商人のところにいましたからね。とてもひどい状況でした。あまりに不憫に思い、言い値で買い取ったんですよ。その後、告発して潰しましたけど」


 反抗すれば殴る、蹴るは当たり前だ。無論、反抗しなくとも遊び半分に暴力を振るわれる事も少なくはない。それは貴重種であろうと関係がなく、ある意味で平等な世界でもあった。そこに主人と奴隷という関係が無ければの話だが。


「物扱いか……」


 セトはそう呟いて片方の口角を上げた。

 人は笑うときに口角を上げる。しかし今、彼の心の中に笑う要素はまるで無く、全く別のことを考えていた。これは暗い顔を隠す為の彼の癖だった。この世界に来てからはなりを潜めていたのだが、ここに来て再発した。


「中堅貴族といっても、当主でもない私の権力なんてたかが知れています。それでも、殴られている彼女を見て、何とかしなきゃなんて柄にもないことを思ってしまったんですよ。それが『そこの女を言い値で買ってやろう!』でしたからね。いやはや、結局は金にものを言わせて解決ですからかっこ悪いの何の。……単なる自己満足、偽善ですよ」


 カーポは恥ずかそうに言った。他人にこの話をすると大抵はバカにされる。

 やれ「無駄金を——」、やれ「偽善者が——」と、後ろ指を刺される事もあった。そこまで言われると、自身の行為が正しかったのか悪かったのかも分からなくなってくる。しかし「いや、あんたはかっこ良いぞ」のセトの言葉にカーポはハッとした。


「ハハッ——。そんな事は……」


 これは社交辞令だ。間に受けるな。カーポはそう思いながら笑い流そうとした。しかしセトは話を続けた。


「他のやつは行動しなかったが、あんたは行動した。やらない善より、やる偽善だ。やらなかったやつらにバカにされても気にするな。どうせ口だけで何も出来やしねーよ」


「……そ、そうですよね。そうか、そうなんですね」


 カーポは唇を噛み締めながら目を潤ませていた。今まで、そんな風に言ってくれた人間はいなかった。そして何よりも、自分のした行いが正しかったのだと後押しされることの心強さ。人として、何としてもこの気持ちに報いなければならない。


「セトさん!」


「え?」


「会社を作りましょう!」


「何っ!?」


「僕の全面出資で、獣族の集落で会社を作るんです!」


「いや、あんた、何、言ってるの? 会社ってそんな……」


 簡単に出来るものではない。これは一般的な考え方だが、日本でも会社というものは意外と簡単に出来る。役所に届けを出して金を支払えば良いだけだ。この世界でもそれは同様なのだが、問題はわざわざ会社を作って何をやるかである。


「農業、漁業、猟業を業務の中心に置いて、そこからの加工生産、さらには販売までを一手に引き受ける会社です! 作りましょう!」


 すらすらと出てくる言葉から考えると、カーポの中では随分前からそんな計画があったのだろう。しかしそんな重大な計画を、つい最近出会ったばかりのセトに持ちかけてくるとは——。


「お、面白そうな話だが、急に言われてもな……」


 ——信用していない訳ではないが、何か裏がありそうだ。しかしそんなセトの考えは次のカーポの言葉で霧散した。


「もちろん、社長はセトさんですからね!」


「乗った!」


 セトは会社の社長になった。

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