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君と始める異世界料理開拓記  作者: 奥田 舎人
 第一章 おじさんと変わった貴族
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   第七話 ギンナンの味って表現し辛いよね


「か、カーポ様……。ここは貴族のお方が来られるような場所では……」


「ああ、気にしないでくれ。単なる興味本位だから」


「で、ですが……」


 屋敷の料理人は渋い顔をしていたが、雇い主が良いと言っているのだ。最終的に引っ込むしかなかった。

 この世界での、料理人の地位はさして高くはない。

 それは男尊女卑の思想に基づく部分が多く、女は家を守るのが仕事であり、料理は女の仕事であり、料理人とは女のようなやつが就く仕事なのだ、と言う現代社会ではまさに時代錯誤甚だしい考え方の結果だった。そうは言っても、戦前の日本においてはそう言った考え方が主流であったのだから、まだまだモラルの低いこの世界、この時代においては致し方ないのかもしれない。

 つまりは貴族が炊事場で料理をするなどということは、まるで考えられるようなものではなく、むしろ先日の酒場の件のように好奇の目で見られるのが普通である。しかし今回の相手はさすがに自分たちの雇い主である。料理人たちは逃げるように炊事場を出て行った。


「よし、邪魔者は消えた。これから何をするんだい? というか、何を作るんだい? 僕はそれが気になって仕方がないよ」


 そう言ったカーポは、早く、早く、とこれから悪戯を始める子どものような目を輝かせていた。山芋の半分を「取って来い」と、窓から放り投げたら、きっと勢いよく飛び出して行くことだろう。しかしそれでは作業が進まない。セトはニカッと笑うと「麦とろ丼だ」と答えた。


「麦とろどん?」


「うん」


「麦を使うのかい?」


「うん」


「それは小麦かい?」


「いんや」


「大麦?」


「うん」


「うーん……」


「どしたの?」


「いや、言うまい。僕は信じてるよ」


「おじさんを信じなさい」


「ところでどんな料理なんだい?」


「えーっとな——」


 材料さえあれば結構簡単に出来る「麦とろ丼」とは(どんぶり)に盛った麦飯の上に、擦った山芋をかけて食べる丼料理だ。米が使えないと聞いたセトが、少しだけ考えて思いついた料理になる。


「その麦飯ってのがごはんっていう料理なのかい?」


「いや、違う。ごはんは米で作るもんだな。今回は全麦飯だ」


「なるほど」


 全麦飯とは、全て大麦で炊いたご飯の事である。一般的に麦飯とは米と麦を混ぜて炊き上げるのだが、現状ここには米がない。苦肉の策である。

 まずは大麦を計量する。大麦一合(百五十グラム)に水は三百シーシー程度が良いだろう。ちなみに米だと水は二百シーシー程度になるので注意したい。後は好みといったところか。そして彼らはいきなり躓いた。


「カーポ君。計量器ってどれ?」


「さあ」


 そもそもこの世界には料理を作る為に計量するという感覚が無い。それゆえ毎回料理の不味さが変わってしまう上に、慣れてしまうとずっと同じ不味さが続くという悪循環が発生していた。


「まずは計量器からか……」


 無いものは仕方がない。あるもので代用する。使えそうなものは——。


「ワイングラス」


 一般的なワイングラスに入る水の量は四百程になる。しかしこの世界にはサイズの基準や統一といったものがない。ガラス職人のそれぞれが思い思いで作っているのが普通なのだ。結局目分量でやるしかないのだが、それでもうまく中身が透けて見えるガラスの器が手に入ったのは運が良い。


「おじさん失敗しそう」


「ええ!?」


 セトは麦飯の方が必要な水の量が多いのは知っていた。しかし具体的にどのくらい多く必要なのかはいまいち分かっていない。


「よし、決めた」


 まずは大麦をグラス二杯にした。そして水をグラス四杯にした。つまり二倍だ。

 次にセトは米のように大麦を洗い始めた。実際のところ、大麦を洗う必要はないのだが彼はそれを知らない。麦飯を炊くのと、ご飯を炊くのとは、ほぼ同じことだと考えているのだ。最後に大麦と水を鍋に移すと同時に彼の動きが止まった。


「火を炊くの、忘れてた」


「ああ、そうだね」


 カーポはそう答えると指先に灯した火を、竃の中の小枝に移した。勢いよく火が燃え広がって行く。

「便利だな」と、思わずセトは漏らした。

 魔導というものだ。この世界の人間は大なり小なりこの力を使えるのだが、きちんとした訓練をしていない場合はこの程度のことしか出来ない。それでも生活する上では問題もなく、色々と便利なようだ。


「そうかな? 誰でも出来るよ」


「いやー、おじさんは異国人だからね。そういうのちょっと憧れちゃうんだよね」


「ああ、そういえばそうだったね。良かったら教えてあげようか?」


「え? マジで?」


「うん、構わないよ」


「サンキュー」


 ご飯を炊く時には「はじめちょろちょろ、中ぱっぱ、赤子泣いても蓋取るな」と、いう文句がある。初めは弱火で沸騰させ、沸騰したら強火にして一気に炊き上げる。吹きこぼれても蓋をとってはいけない。そういう意味である。しかし実際にこの方法で炊いてみると、あまり美味しくなかったりもする。これは米に水を吸わせない炊き方であり、十分に米に水を吸わせた場合は最初から強火で炊いた方が良いとされている。


「さて、後は放置。次に山芋を擦ります」


「待ってました!」


 そしてまた躓く。


「カーポ君、スリコギはどこにあるのかな?」


「さあ」


 ここにはスリコギが見当たらなかった。ならば代用品で済ますしかない。


「まず山芋の皮を剥きます」


「はい」


「次に山芋をみじん切りにします」


「おおっ」


「さらに刻みます」


「おおおおおお!」


 山芋を摩り下ろすと、とろろが出来る。ならば、小さく刻んで、刻んで、刻みまくってもとろろが出来るのではないだろうか。セトはそう思って実践してみたのだが、その推測は正しかった。もちろん、最終的にはその芋を叩き潰す必要があるのだが--。


「完成!」


「本当にとろとろだね。名前の通りだ」


 とろろは出来た。しかしこれで完成ではない。本来は、ここにツユや味噌を混ぜ込んで味を整えるのだが、ここには醤油も出汁もない。ならばどうするのか。


「岩塩を、めいいっぱい混ぜ込みます」


 現時点ではこれ以外の選択肢が無い。しかし山芋本来の味を楽しむと考えるなら、これは良い選択だったと言えるだろう。


「よし、次は——!」



   ◆◆◆


 料理が完成した。しかしさすがにこれは丼料理だ。コース料理のように振る舞うわけにはいかない。


「『麦トロ丼定食』って感じだな」


「ていしょく? また新しい単語だね」


 トレーの上に左下に麦飯、右下にとろろ、中央上に焼き魚、中央下に漬物と計四品を並べてとろろ丼定食が完成した。得物がナイフとフォークなのは仕方がない。箸は今度また作れば良いのだ。


「さて、実食」


「これは、楽しみだよ」


 セトはまず麦飯を一口頬張った。


「ふむ……」


 口の中に入れた瞬間に強烈に濃い麦の香りが広がった。これは好き嫌いが分かれるかもしれない。しかし不味くはない。不味くはないが、硬い。まるでゴムを噛んでいるのかと錯覚するほどだ。これはそのまま食べるよりも、茶漬けや、雑炊にした方が食べやすいかもしれない。

 次にセトはとろろを啜ってみた。

 これは良い。とろろとは言っても、これはみじん切りの発展のようなものだ。所々に小さな塊が残っている。だが、それが良い。シャキシャキとした歯ごたえが楽しめる。それにこの味だ。塩しか振っていなかったからか、芋の濃厚な味が気持ちよく楽しめる。

 今までセトは出汁の入ったとろろしか食べたことがなかったのだが、これはちょっとした発見をしたような気分になってくる。

 次は漬物。

 ——というか塩もみした緑の野菜だが、適度な塩辛さが後を引く。塩分量と、喉の渇きを気にしなければどんどん食べられる。

 そして——。


「これが、あのギンナンかぁ……」


 フォークの先に突き刺したギンナンを、しげしげと眺めながら呟いたのはカーポだった。それは、拾ってきた十個ほどのギンナンの種の部分を取り出して、それを殻のままフライパンの上で炒めたものだった。もちろん、皿の上に乗せる時点で殻を割り、中の緑色の種子だけにしている。そのギンナンを焼き魚のつまとして置いたのだ。

 カーポは軽く匂いを嗅いでみた。件の刺激臭は既に気にならない程になっている。ならばと、思い切って口に入れてみた。


「うん?」


 初めて食べる味だった。苦甘いというか、甘苦いというか、どっちつかずというか、実に表現しづらい味だった。しかし不味いという訳では無い。むしろ癖になるというのだろうか。カーポはもう一個ギンナンを口に放り込んだ。

「うん」これは美味い。麦飯も、とろろも、漬物も、焼き魚も、このギンナンも。


「全部美味しい!」


 下処理をしていない匂いのきつい肉や魚。その素材の味しかしないような薄い野菜スープ。交換せずに何度も再利用しているような油で揚げた酷い匂いの揚げ物。そんなものばかりを食べてきたカーポにとって、素材の味を活かしたこれらの料理は今までに味わった事がない程の美味だった。


「素晴らしい。素晴らしいよ、セトさん」


「あそ」


「それにごはんというのはこの麦飯よりも美味しいんでしょう?」


「うん」


「ならば是非とも、米作を手伝って欲しい」


「え? 面倒臭い」


「そんな事言わないでくださいよ。ご飯ですよ? 食べられるんですよ? 挑戦ですよ! 挑戦!」


「そうは言ってもな……」


 セトは農家では無い。

 小学校だか、中学校だかの頃、田植え体験をした事はあるがそれ以外では、ミニトマトくらいしか作った事がない。そんな人間がいきなり米作りなど出来るだろうか。挑戦という言葉の響きは良いのだが、下手をすると単なる無茶無謀でしかない。


「ところで、その為には広大な土地が必要になるんじゃないか?」


 セトの問いにカーポが「あー……」と、言いながら額に手を置いた。どうやら米作を行うにも肝心の土地が無いようだ。


「空いてる土地ってのは無いのか?」


「残念ながらありませんね」


 実際のところ、アビーク家の土地にはいくつか空いているものがある。しかしそれはアビーク家の財産であり、カーポの物ではない。動かすには当主の認可が必要だった。そしてカーポの預かっている土地はごちゃごちゃと様々な事に使われていた。


「じゃあ、どこの組織にも属していない空いてる土地ってのはあるのか?」


「あるでしょうね」


「何処にだ?」


 カーポは少し考えると席を離れた。そしてすぐに一枚の皮紙を持って来ると、それをテーブルの上に開いた。

 地図だった。そこにはマグ湖周辺の街や村が記されていた。

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