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君と始める異世界料理開拓記  作者: 奥田 舎人
 第一章 おじさんと変わった貴族
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   第四話 冒険者って結局何する職業なのよ?

 冒険者の集まるギルドの家屋内の壁には大きな掲示板が吊るされている。そこには様々な依頼が掲示されているのだが、その殆どは期日の近いものばかりだった。誰でも良いから早く解決して欲しい、ということなのだろう。

 では期日の遠い依頼は、というと——。


「セトさん、近場で、短期間で、簡単に、大金が稼げるような仕事なんて私が受けてますよ」


 そう言ってカウンター越しに冷たい視線をセトに向けているのは冒険者ギルドの受付嬢「リスベッツ」だった。白と緑を基調としたギルドの制服に身を包み、腰まで伸びた金色の髪の女性なのだが、彼女の容姿で一番印象に残るのは、この世界ではあまり多くはない顔の真ん中に居座る眼鏡であろう。


「え? 無いの?」


「あると思ってたんですか?」


「うん」


「検索した私も愚かでしたけど……」


「うん」


「ある訳ないじゃないですか!」


「えー……」


「『えー……』じゃ、ありませんよ。本来お金というものは汗水垂らして、きちんと働いて稼ぐものなんです。それをこんな——」


 楽して儲ける。それは金を儲けたい人々にとっての永遠のテーマだ。しかし現実的にそんな方法は無い。それは地球とは違う世界でも同じことだったようだ。


「しかもセトさんは鋼鉄級(アイアン)の冒険者ですよね?」


「うん」


「それに『鑑定』もまだされてないようで?」


「うん?」


 「鑑定」という言葉に反応してセトの表情が驚きのそれに変わった。それが徐々に笑みへと変わった後に、彼は「鑑定って何?」と尋ねた。


「知らないんですか!?」


「うん」


「はぁー……」


 リスベッツは眼鏡を額に引き上げると顔を抱えて溜息を漏らした。

 冒険者の地位はランクで決まると言っても過言では無い。ランクは便宜上冒険者たちの強さを振り分けたもので、最下級の鋼鉄級(アイアン)から始まり、青銅級(ブロンズ)白銀級(シルバー)黄金級(ゴールド)と上がり、そして最上級の神金級(ミスリル)で終わりとなっている。これはギルドからの依頼達成数や達成率、冒険者の個人ステータスによって判定される。

 この事実は冒険者に登録したその日の内に説明されるはずなのだが——。


「いや、何か悪かったね。おじさん、謝るよ。ごめん!」


「すぐに鑑定を受けてもらいます!」


「えー……」


 冒険者ギルドのステータスチェックは「鑑定士(かんていし)」という職業の人間が行う。と言っても、実際に鑑定士が赴く訳ではなく鑑定士の作ったアイテムを利用する事になる。このアイテムを使用する事で使用者のステータスが視認出来るようになるという事だ。

 本来であればギルドへの登録の際、本人のステータスが鑑定される流れになっているのだが、当日のセトはそれをすっぽかして飲みに出かけた。そして翌日からギルドに一切顔すら出さなかったことから忘れられていたのだ。

 たまたま昨日と今日とギルドに顔を出したおかげと、こうして受付に無理難題をふっかけたおかげで今回のことが発覚したのだ。


「これは冒険者の義務ですからね。すぐに終わりますから!」


 セトはすぐに別室に通された。と、言うよりも押し込まれたと言った方が相応しい。そして彼にとっては自分の能力の鑑定などとってはどうでも良いことなのだが、義務だ、何だと言われてしまうと何となく従ってしまう彼の中の日本人気質が働いたのだ。


「仕方ねえなぁ」


 仕方なく部屋の中央のソファに腰掛けてくつろいでいると、背後の扉が開いた。


「やあ、君がセト君だね?」


 男だった。歳は壮年といったところか。短い白髪交じりの頭に人懐っこい笑みを浮かべている。背はそれほど高くは無いが服の上からもわかるガッチリとした体格だった。


「私はギルド長の『ゴンズ』です」


「あ、どうも」


「うちの受付が生意気を言ってしまったようで」


「いえ、そんな。可愛らしかったですよ」


「それは良かった。でも、まあ、これは義務だからね。よろしく頼むよ」


「はい」


 鑑定と言っても実は様々な方法がある。と、言ってもその名が示す通り、鑑定の目的は何だか分からないものを分かるようにするという事で共通している。今回の何だか分からないものはセトのステータスであり、方法は白紙の魔術書を使う。


「これはある魔物の革で作られた魔道具なんですけどね」


 ゴンズの取り出したのは小さな文庫本サイズの白い本だった。名前を「自分の書」というらしい。彼が言うには、これは冒険者の身分を証明するものであり、強さの象徴でもあるらしい。

 本の左側の表紙の次のページからは持ち主のステータス、数値、スキルが表示されるが、それ以外のページには何も表示される事はない。その為、多くの冒険者は逆の右側のページから冒険日誌のようなものをつけているらしい。これは義務ではないのだが、面白い話にはそれなりの報酬が出たりすることもあるという。


「本来、この本は真っ先に渡すものだったのですが手違いがありましたようで」


 セトが登録だけしてバックれただけなので全部が全部ギルドの手違いという訳では無い。それでも腰を低くして頭を下げるゴンズの態度はなかなかに好感が持てる。


「さて、鑑定の方法ですが——」


 まず右の手のひらを自身の血で染め右側の表紙に、次に左の手のひらを自身の血で染め左側の表紙に判を押すように貼り付ける。拇印の手形版ということだろう。わざわざ両手を傷つける必要はないのだが、手のひら側に傷をつけるのはよろしくないらしい。

 セトは手の甲に傷をつけると、それを手のひらで拭ってそれぞれの表紙に押しつけた。一瞬本自体がボワーっと鈍い光を放つと、表紙がどす黒い色に変わり、手のひら型の血判は見事なまでの金色に変わったた。しかしどうやら鑑定は終わったようだ。それ以上何も起きない。


「おう……。仏壇みたいなデザインだな」


 セトがそう言ってゴンズを見ると彼は難しい表情を浮かべていた。


「これは……」


 鑑定が終わると、白い本は持ち主の最も才能のある力を表す色に変わる。つまりは真っ白なキャンバスに自分を描き出すようなものだ。赤色は身体能力を表し、青色は魔力を表す。黄色は器用さを表し、緑色は知恵を示す。しかしセトの色はそのどれに属さなかった。


「特殊……? いや、特異……なのか?」


 初めての出来事に悩み込むゴンズを尻目に、セトは自分の書を開いた。案の定、右側の表紙以降には何も書かれていない。この機会に日記でも書いてみるか。では左側の表紙から——。




     名前   セト(瀬戸 一房)

     職業   鋼鉄級冒険者

     LV     2

  神金級:体力    50/50

  神金級:魔力    40/40

  神金級:攻撃力   53+ 12

  神金級:防御力   65+  5

  神金級:知力   120

  神金級:速度   120

  神金級:命中率  100%

  鋼鉄級:魅力     3+100

  青銅級:運     70+300





「——うん、文字や数字だけ見ても訳が分からん。おーい、ギルド長さん。これどういう事?」


 セトは気付いていなかった。いや、気付く事が出来なかったというべきか。この時、自分の書に刻まれたステータスの本当の意味を——。

 結局、ステータスの鑑定が終わるまでには一時間半ほどの時間を費やした。普通は三十分もあれば事務作業も含めて終了という事だったので、セトのステータスがどれほど変わっていたのかが容易に理解出来る。更には「よく分からない」という理由で、セトのステータス情報は王都へ送られる事になった。一月も経てば、情報を精査し終わって連絡が来るだろう、とはギルド長の話だったが来ない場合もあるらしい。


「面倒な事になったな」


 セトはタバコをくわえながら言葉を漏らした。彼は豪放快楽に見えて、実は繊細な部分がある。神経質な部分もあるし、激情家な部分もある。それらをひとまとめにして、セトという人間は構成されている。そして彼はあまり過去を引きずらない。


「まあ、良いか!」


 セトがギルドを出て行こうとすると背後から名前を呼ばれた。振り返ると神経質そうなメガネっ娘リスベッツが彼を睨んでいた。


「鑑定は終わったのですか?」


「あ、うん」


 セトは気の無い返事をした。特に何もしていないのだが、強く出られると何やらバツが悪い。さっさとギルドを後にしようとしていたのだが面倒な相手に捕まってしまった。


「では、依頼の話をしましょう」


「え?」


「冒険者登録が済んだのですから冒険者の仕事をご案内します」


「いや、その……」


「何か?」


 そう言ってリスベッツはセトを睨みつけた。妙に目と目の間に力がこもっている。これは逆らわない方が得のようだ。セトはそのままフラフラとカーポ邸まで出かけようと思っていたのだが、その予定はキャンセルとした。


「なあ、冒険者って何すんの?」


 セトが思い出したように言った途端に、辺りから爆笑が起こった。しかし彼が自分の拳の関節をポキポキと鳴らすと笑いはすぐに収まった。どうやら、この世界でも「お前を攻撃する」という意味でこの行為は使われるようだ。


「セトさん、落ち着いてください」


 リスベッツが諌めた。彼女もセトの評判は聞いている。十人以上の冒険者を相手取り、取っ組み合いの大喧嘩をした末に圧勝したとか。とにかく、なかなか強いという話は聞いている。


「で、結局何するの?」


 腕力はあるのだろうが、セトの話を聞いていると冒険者稼業に関してはからっきしの素人のようだ。ならばきちんと説明しなければなるまい。


「それをこれから説明しますからこちらへ」


 リスベッツがセトを受付に誘導しようとしたのだが、いつの間にか数人の冒険者に取り囲まれていた。


「何をしたって良いんだよ。冒険者ってのは自由に——」


 冒険者の一人が言い終わる前に、セトは「そんなの良いから。具体的に何する職業な訳?」と、聞き返した。


「配達とか」


「配達人いないの?」


「魔獣や害獣の駆除とか」


「駆除人とかいないの?」


「街の警備とか」


「警察いないの?」


「後は。……何だ?」


 雑談の最中、皆が首を傾げ始めた。自分たちが冒険者という自覚はあるのだが、どうやら何を持って冒険者とするのかはいまいち分かっていないらしい。


「はぁ——」


 そんな彼らの様子に呆れたのか、リスベッツがため息を漏らした。


「良いですか。冒険者というの——」


「要するに『何でも屋』ってやつなのか?」


 リスベッツの言葉を遮るように言ったセトの言葉に「「「それは違う!」」」と、その場にいた冒険者が一斉に抗議の声を上げた。

 どうやら冒険者にとって「何でも屋」というのはNGワードのようだ。そして依頼を受ければ何でもやる割には「冒険者」と、いう言葉にこだわるような傾向がある。冒険者とは不思議な人種だ。


「はぁ——」


 再びリスベッツがため息を漏らした。


「あのですね!」


「まあ、魔獣や魔物の退治が主な冒険者の仕事だろうな」


 今度言葉を被せてきたのは、騎士風の装備に身を包んだ「女騎士」という表現がぴったりの女だった。名前は「ブレンダ」と言う。ふわふわとした腰までの金髪に、緑色の宝石のような瞳、整った顔、その背の高さからも演劇の男役などがよく似合いそうだ。そして彼女は一般冒険者最強クラスの白銀級でもある。


「冒険者は自由に冒険をする職業だ。そして冒険をする為には強くなくてはならない。だから討伐戦で体を鍛えておかないといけないと思う」


「確かに」「そうだな」「強くなきゃ冒険者じゃないな」


 ブレンダの言葉に周りが賛成した。しかし——。


「じゃあ、初心者のおじさんにボコボコにされたお前らは冒険者じゃないのね?」


 ——その言葉でその場にいた全員が黙り込んでしまった。自分たちの矛盾に気付いてしまったのだ。


「何だ、君たち。彼にボコボコにされたのか? はぁ——。情けない」


「「「すいません」」」


「仕方がない。私が鍛え直してやる。今から——」


 その瞬間、その場にいた殆どの者が脱兎の如く駆け出した。みんなこの後にブレンダが何を提案するのかを理解していたのだ。知らなかったのはセトと、ギルド受付嬢のリスベッツだけだった。


「え? あれ? みなさん何処へ?」


「サル退治に行くぞ」


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