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君と始める異世界料理開拓記  作者: 奥田 舎人
 第五章 おじさんと三日月列島の猛者たち
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 第二十七話 何とかと煙は高いところが大好き!

 ——冷えた乾風が吹き始めた。

 もう秋も終わりだ。この乾いた風に湿り気が戻ったら雪が降る。それまでに生き残る準備を終わらせねばならない。

 セトは思っていた。

 同じ死という終着点でも、飢えで死ぬのはとても辛いと聞く。しかも未開の異世界で食料が無くて死ぬなど、飽食の現代からやってきた自分としては考えた事もなかった。しかし現実に終着点はすぐそこまで近付いていた。


「セト殿―?」


 薄い笑いを顔に貼り付けた男が声をかけてきた。

 マルコだ。何を考えているのかいまいち分からないのだが、最近はセトの腰巾着のように振舞っている。しかしセトはこの男をあまり信用してはいなかった。


「もうすぐ冬がやってきますな!」


 この世界にも季節がある。日本には春、夏、秋、冬の四季があるのだが、この世界ではそこに雨季と乾季が追加される。それでこの世界の季節「六季」が完成する訳だ。並びは春、雨、夏、秋、乾、冬となっているが、雨季と乾季はわずかな間しかない為か、人によっては「四季」と表現する者もいる。


「ああ、そうね」


「食料の備蓄は大丈夫ですか? 寝床や薪は?」


 マルコはこういうところが妙に鋭い。

 暗に警告のつもりで話しているのだろうが、この発言のタイミングが実に悪い。ちょうどその事を考えている時に言って来るのだ。昔、母親とこんな喧嘩をした事はないだろうか。


「宿題やったの!?」


「今やろうと思ってたとこなのに!」


 つまりはこういう事だ。

 セトは少しイラっとした。


 ヴィアラン大陸の東、海を渡った先には「三月列島(さんがつれっとう)」という島々の集まりがある。それは島々の並びが、西側の欠けた三日月のように、弧を描いていたが為にそう名付けられた島々だ。遥か昔は一つの巨大な島であったという話もあるが、今は大小の島々の集まりでしかない。

 その最西端に位置するのが「月尾島(つきおとう)」である。三日月の位置に合わせると南西の列島最先に位置する部分だ。

 余談ではあるが、鉱族の集落があったのは月尾島から更に北東に当たる「月外(つきはず)れの島」だ。これはヴィアラン大陸と月尾島とのほぼ中間に位置しており、一応は三月列島の一部と見なされている。しかし、列島内での内戦が続いている現時点では列島からの実効支配と言う程のものは無く、彼らとしてもただ「そこにある事は知っている」程度の認識でしかなかった。


「月尾島という島があるんですがね。私、その島ではそこそこの名士なんでございますよ!」


 マルコがこの世界に来て三年の年月が経っていた。

 マルコに祝福を与えたのは偏執(へんじゅう)の神「ナハクト」という男神だった。偏執とはその字のごとく偏った考えを持ち、その考えに執われる事であるのだが、彼はその名に似合わず放任主義だった。


「好きに生きれば良い」


 ナハクトはそう言っただけだったからだ。


「ですから私、今日まで好き勝手に生きて来たのでございます」


 自信たっぷりと言った表情は相変わらずなのだが、そこまで真に受ける必要もなかったのではないだろうかとも思われる。

 セトは三月列島に赴くことになった。

 先日の火事の件での迷惑料として、マルコの財産を没収する為だ。そうは言っても、本人も乗り気なようで「屋敷も蔵も処分してしまおうと思ってるんですよ! その金で船を買って大海原へ——」などと言っていた。どこまでも気楽で陽気な男だ。


「東の列島では百年にも渡る内戦が続いているのだが、未だに戦乱が終わる気配がない。それに百年も戦い続けているにもかかわらず、経済が波状していないというのも実に面白い。きっと、戦争以上に各地の内政がしっかりしているのだろう」


 そう言ったのはブレンダだった。


「何だ、その戦闘民族は」


「百年も戦い続けているから『戦闘民族』か。我々も五十年前にも大規模な戦争をしていたんだ。その時は、みんな戦闘民族だったはずだよ」


「そんなもんかね」


 今回月尾島に赴くメンバーはセト、マルコ、チハヤだった。何という事はない。東の列島には黒髪、黒目の東洋人風の人間ばかりが住んでいる。そこに入り込んでも差して目立たない人間を選んだだけの話だ。

 そうは言ってもマルコはハーフである。その見た目でも問題なく生活しているというのだから、特に目や肌や髪の色など気にする事はないのかもしれない。それでも念には念を入れる事にしたのだ。

 その理由からブレンダは連れて行かない事にした。彼女はどこか列島に憧れがあるようで、最初は渋っていたのだがマルコの「私の財産で大きめの船を買って、自由に行き来が出来るようにしましょう!」という話に大いに食いついた。

 セトとしてはせっかくの臨時収入はもっと別の事に使いたかったのだが、現地の金は現地でしか使えないらしい。まともに交易など行っていないのだから為替も何も無いのだろう。それなら致し方あるまい。


「これは好奇心からの質問なんだが?」


「うん?」


「幼い頃、東の列島の『武将』と、呼ばれる者たちの逸話や、伝説に心を躍らせていたのだが、あれは本当の話なのだろうか?」


「は?」


「『クロウ・アキツ』の、たった五騎で千の戦陣を引き裂いた話や、『コレカラ・ヒノ』が、五十の農兵で五百の敵精鋭を打ち滅ぼした話とか……。他にもあるな——」


 余程好きだったのだろう。武将の話をするブレンダの目は、まるで子どものようにキラキラと輝いていた。しかしその後に「機会があるのなら、是非とも手合わせ願いたいものだ」と、言った時の彼女の目の輝きは、キラキラというよりもギラギラと言った方が相応しいものだった。


   ◆◆◆


 月尾島の港に降り立って開口一番セトは「寒い」と身体を震わせた。

 黒を基調とした分厚いコートは二重になっており、中には「グレイシープ」という魔獣の毛を詰めている。防寒にはもってこいなのだが、それでも寒いものは寒い。当然のことではあるのだが、今は既に冬。その上マルコの魔導術で空を飛んで来たのだ。体感温度は下がりっぱなしである。


「百メートルごとにコンマ六度気温が下がりますので千メートル上空を飛べば地上よりも六度気温の低い状態になります。更に真冬にバイクに乗る方はみんな厚着でございましょう? これは風が当たりより寒くなるからです。上空でも同じ事が起こりますよ」


「さ、す、が。……博識、なんだな」


 口元をガタガタと震わせながらセトが言った。


「まー。いくら厚着しても寒いものは寒いですからね」


「もう、絶対飛ばないからな」


「その為の船の購入でございますよ! まあ、もうすぐ冬! 船の上も寒いんですけどね! ハッハッハッ——」


 どこの国でも考え方は同じらしい。

 月尾島の港も桟橋の発展のような簡素なものだった。しかし船の大きさがまるで違う。漁船は獣族の集落にあるのと大差がないのだが、木造りの貨物船というところか。こちらは見上げるほどに巨大なものだった。


「あれを買うのか?」


 セトの言葉にマルコが「ま・さ・か!」と答えた。


「——だよな。あんなデカい船なんて——」


「もっと大きな船を買いますよ!」


「——ん?」


「私の全財産を没収する訳ですから、こんな程度の船では私が納得いきません! 屋敷! 蔵! 土地! 美術的財産! それら全てを処分するなら、下手をすれば島ごと手に入れる事も夢ではありません!」


「あ、ああ。そうなんだ?」


「ではまずは屋敷に!」


 マルコの屋敷は小高い山の上にあった。

 山の麓から頂上の屋敷までは一直線に石段が積まれ、そこを登って行く。セトは途中で腰をさすりながら、チハヤは無言のまま深い呼吸を繰り返していた。


「石段を登るのがお辛いと?」


 そんな二人を見透かすようにマルコが言った。


「辛いねー。おじさんだからねー」


「何をおっしゃいますか? セト殿! 私も『おじさん』で、ございますよ! 三十八歳! 渋い佇まいが良く似合うナイスミドルでしょう?」


「何も喋らなきゃな。顔だけはイケメンだからな。ペラペラペラペラ喋ってるお前はナイスミドルには程遠いわ」


「な・ん・と! チハヤ殿もそう思われて?」


「疲れてるし、君と話すと余計に疲れる。頼むから話しかけないで欲しい」


「何と、何と!」


「——ってか、何でこんな山の上に作ったのよ? ここは寺か神社か?」


「いいえ! 私! 高いところが大好きなのです!」


 セトの中では石段のイメージはやはり寺社仏閣にあるのだろう。小高い山の上にポツンと建てられた社を訪ねる為に、何十、何百の石段を登る。今まさにそんな状況だ。但し山の上にあるのは信仰の対象ではなく、高いところが好きとされる煙ともう一つに当たる成金の屋敷な訳だが。

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