第二十六話 執筆家マルコの性(さが)
カナメの死体は燃やされた後に埋葬された。
この世界での埋葬は土葬が一般的であった中、異例の事ではあったのだが、葬儀式はセトの故郷での風習という事で火葬にて執り行われた。しかし当たり前の事ではあるが、獣族の中から参列する者はおらず、セト・カンパニーのメンバーのみで式はひっそりと執り行われた。
「引導を渡すだとか、聖書を読むとかは出来ねえが、冥福を祈る事は出来る。間違っても迷って出てくるなよ」
セトは形見として受け取った小刀を握りしめながらそう言った。
カナメは自分が死んだ後の事を気にしていた。
もし死んだ後の世界があるというのなら、それは何処になるのか。魂は地球に戻るのか、それともこの異世界に残るのか。疑問はいくつも湧いてくる。しかし当たり前のことではあるが、それに明確な答えを出す事は出来ない。それならばせめて冥福を祈る事はしておこう。幽霊は怖いから。
「——という話でございました! いかがでしたでしょうか?」
「マジで感動した。こんな素晴らしい話は無え。おい、あんた。他の話も聞かせてくれよ」
「かしこまりました!」
マルコは獣族の集落内の牢屋に放り込まれていた。一応は火事の原因としての罰である。牢屋というよりは鳥籠に近い形状で木の上から吊るされているものなのだが、そこにはマルコが一人で入り、その下には獣族の見張りが一人ついていた。
マルコはその見張りに適当な話を聞かせていた。
「何やってるんだ?」
セトが訪れるとマルコは「おお! セト殿。なるほど、そろそろ釈放という事ですかな? それとも私を解体してディナーとされるので?」と嬉しそうに話しかけてきた。
マルコ——。本名は「谷町屋円弧」と言う。日本人とイタリア人のハーフで、日本生まれ、日本育ちという人物だった。
——彼が異世界にやってきたのもやはり偶然であると言う。酔っ払ってバーのトイレの扉を開けたらそこは異世界だったと言う話だ。
千早を除いた、セトたちはここで初めて具体的に神々の祝福の説明を受けたのだが、要するに転移のタイミング直後に更に神々の城と呼ばれる空間に移動させられ、そこで祝福を受けるらしい。祝福に決まった呼び名はなく、他にも加護であったり、単純に力であったりとも呼ばれている。祝福の形は様々なものがあり、武器や防具であったり、異能力であったりと言うものがあるらしい。
「私の職業は『執筆家』! 祝福は『鑑定』! 普段は目に見えない他人のステータスやスキルを確認できるのですよ! 実に、ファンタジックでしょ? RPGっぽいでしょ?」
「いや、よく分からん」
セトはテレビゲームをしない人間だ。それ故にここに来た当初も苦労した。最後にやったテレビゲームといえば二十年以上も前の話になる。
「最近はパソコンでゲームも出来ますからね。私! なかなかの廃人でございましたよ! 今でも心残りでございます!」
マルコの鑑定能力は冒険者に配られる自分の書の上位互換のようなものだった。
自分の書には記入されない、スキルであったり、その人間の体調までもを把握することが可能だった。それをきっかけにカナメに取り入っていたと言う話なのだが、恐らく手八丁口八丁で煽てていったのだろう事は簡単に想像出来る。
「私の力は戦闘向きではございませんからね。この世界で生き残るには、盾や剣の代わりになる人材が必要だったのですよ。それが『王』の力を持つカナメ君だったと言うだけの話です」
「それだけか?」
「もう一つ! 私は執筆家でございますからね。面白い話を書きたかったのです。それにつきましては、カナメ君は良い参考資料でございました。何しろ王の力をお持ちでしたからね! 王が王たる力を存分に振るいながら世界に戦いを挑む。何と猛々しいお話でございましょう! 残念なのは、その王が志半ばで果てた事でございますな。まだまだ話は序盤でございましたのに……」
「そうか……」
人を人とも思わない故のあの言動という事か。自身のストーリーにそぐわない状況に怒りを示し、罵倒したのはそう言った理由があったからか。しかしセトは、理由がわかったからとはいえ、それに賛同しようとは思わない。それでもマルコという男の力は有益なものにある事は違いがない。
「さて、どうするかな……」
「私の処遇でございましたら、簡単でございます」
確かにセトはマルコの処遇を考えていた。しかし言うほど簡単なものではない。公にはしていないが、獣族の縄張りに火を放ち、一族郎党皆殺しを考えていた一味の一人だ。そうそう軽く処遇を言い渡す訳にはいかない。
「私をセト殿の配下として釈放すれば良いだけの話でございますよ」
「お前。何様のつもり?」
「いえいえいえいえいえいえ。私は役に立ちますぞ? 何しろ空が飛べる。そして素晴らしい話術を持ち、全ての真贋を見極める目を持っております」
それは認めている。その能力があれば今後どれだけ役に立つか計り知れない。しかしそれらの利点をはるかに上回るその性格が問題なのだ。そしてこの男は決して完全に味方にはならない。勝手に動くどころか、自分が不利になれば必ず裏切るはずだ。
「でも、お前性格悪いからな」
「性格!? 私の? どこが?」
「自覚してないところだよ」
「四十年近く変わらない性格を、いきなり変えろと言うのはいささか無理がございます。それにほら! 私、醤油や味噌の作り方を知っておりますよ? 日本人なら醤油でございましょう!」
これはまた難しい知識を出して来た。醤油や味噌の精製方法は、セトが喉から手が出るほどに欲しい知識でもある。それらがあれば料理の幅が随分と広がる事だろう。
「私、こう見えてもこの世界での生活が随分長くてですね。実は醤油や味噌、日本酒なんてものを作っておるのでございます」
「完成しているのか?」
「もちろん。すでに販売しているくらいでございます」
「販売? 流通しているのを見た事がないぞ?」
この大陸では醤油も味噌も全く見ていない。それでは流通しているとは言わないのでないだろうか。
「当たり前でございます。私の作った醤油は列島にて販売されているのでございますからして!」
「列島?」
どこかで聞いた事がある。どこだったか。
「ここより海を渡った東の場所に島々があります。そこの一つの国に私の屋敷があるのでございます」
「日本列島?」
「日本人であればそう言うと思いましたが、残念ながら違います。似ているといえば似ておりますが、半円を描くように島が並び、二つの最果ての島はこの大陸にも随分近い場所にございます」
マルコの作った和風調味料は列島内で徐々に流通を始めている状況だと言う。ここまで来るのに一年以上の時間を費やしたが、今では左団扇で生活出来る程の財産を得たとか。
「では迷惑料として、資産は全て没収にて釈放というのはいかがかな? もちろん醤油や味噌の精製方法も含めてな」
「ハッハッハッ——。まるで鬼の所業でございますな? セト殿。しかしその条件を飲まなければ、私は獣族の胃袋のに収められてしまうのでございましょう?」
「さて、どうするかな?」
セトは意地悪そうに笑った。
それを見たマルコも苦い笑みを浮かべた。
「条件がございます」
「捕虜が条件か? まあ良いや。言ってみろよ」
マルコは「ありがとうございます」と答えるとそのまま話を始めた。
「先ほどもお話ししましたが、私は執筆家でございます。ですが、せっかく題材に選んだマルコ君は既に冥府の旅へと立ってしまわれました。そ・こ・で! 是非とも私、セト殿のお話を書いてみたいと思っておるのでございますよ!」
「ダメ」
「お早いお答えありがとうございます! で・す・が! 私は諦めませんぞ。何の祝福も得ず、加護も力も得ぬままに、あなたは王の一柱を砕かれました。そんな逸材の話を狭い世界の中で埋もらせてしまうのはあまりにも惜しい! 是非とも、広い世界に伝えるべきなのでございます!」
「恥ずかしいからダメ」
「偉人という存在は良い部分や、逸話ばかりが前面に押し出されるものでございます。後世でのセト殿は空を飛び、巨大な剣を振るい、龍にまたがって世界を焼き尽くす存在として語られるのですぞ? それを恥ずかしいなどと……」
「待て待て待て待て。俺は一体何になるんだ? 本当に人間の扱いか? そんな漫画をどこかで見た事あるぞ?」
「つきましては『セト殿の異世界料理研究誌というのはいかがでございましょう?』。セト殿は料理にご執心とのお話を聞きましたので!」
「お前本当、話聞かないよな。そこは『異世界料理開拓記』だろう? 料理だけじゃ『○○家の今日のお弁当』みたいなレシピ本になっちまうだろうが」
「素晴らしい! さすがはセト殿。『異世界料理開拓記』頂きました!」
いつの間にかセトは執筆される事になってしまったようだ。既に題名までもが決まりつつあった。
セトがこの異世界の地に足を踏み入れて二ヶ月が経とうとしていた。
今日まで何もわからず流されるままに歩いてきたし、未だにやるべき事は定まらない。それでも彼は、今日もまた食事をする。最初に比べて味はだいぶマシになってきたが、それでもまだまだだ。足りないものもたくさんある。
だから一つ一つで構わない。一つずつ、一つずつ、足りないものを補って行ければ良いのだ。




