第二十四話 どんなに取り繕っても痛いものは痛い!
セトの脳内は恐ろしい程に冷静だった。
突如現れた「王」を名乗るカナメという青年。
そのカナメに斬られ、薙ぎ払われたチハヤ。
怒声を発しながらカナメに飛びかかったシロガネ。
カナメによって首を落とされ機能を停止したシロガネ。
たった数秒の間に随分もの出来事が起こっていた。それをセトが冷静に把握出来たのは単に動かなかったからであろう。
「嗚呼。……何と美しいものでございましょう」
マルコはその凄惨な様子を眺めながら、うっとりとした表情で言葉を漏らした。
「無謀にも強き王に挑み、儚く散っていった弱者の姿。や・は・り! 敗北者の散り様は、とかく美しいものでございます! しかし虎は死しても皮を遺すと申します。鉱族も死んでなお防具を遺しましたが、えーっと。……うっかり名前を聞きそびれてしまいましたが、聖女は何を遺したのでございましょう? 思い? 矜持? 生き様? ハハハッ——。そんな姿形の無いものではお話になりません。これはまさか、犬死にと言うものでは?」
敗者を軽んじるマルコの発言にセトの心が動いた。自身を犠牲にしてまで他人を助けたチハヤの行動を汚されたような気がしたからだ。勝てぬと分かっている相手に毅然と立ち向かったシロガネの忠義を貶められたような気がしたからだ。
何よりも、今の今まで気付かなかった、今の今まで気付こうとしなかった部分に気付いてしまった。これは試合では無い。街の喧嘩でも無い。殺し合いだ。そしてこの二人は既に大量の命を奪って来ているのだ。
そう悟った時、セトは目の前で起こっている現実に自分の感覚がようやく追いついたような気がした。
覚悟が決まった。選択肢が確定した。セトは「フウ」と呟いた。
数秒の間を置いてフウがゆっくりと立ち上がった。
「おや? あなた方も何かしようと?」
「あ? うるせえよ」
セトはぶっきらぼうに答えた。
「この世界に来て、今までふわふわしてた感覚が今消えた。お前ら、もう殺すから」
「何と! 何と! 何と! 何と! 私たちを? 王を? 殺すと? 先の惨劇を見て、なおその発言が出るとは思いもよりませんでしたが?」
「いや、お前、嬉しそうに騒いでるんじゃないよ。俺は『殺す』って言ったんだ。『殺してやる』でもなく、『死ね』でもない。『殺す』だ。確定してるんだよ」
「確定? 一体どうやって?」
「そうだな——」
その瞬間、フウが動いた。足を引きずりながらも全力で。彼女は倒れたチハヤの元へと向かった。
「——ぶん殴るしかねえよな!」
セトは固く握り締めた拳を振り上げながらカナメに飛びかかった。
◆◆◆
辛くもフウはあの場を脱出する事が出来た。セトの指示は「チハヤを連れて逃げろ」だったが彼女は何どうにかチハヤを引きずって来ることも出来た。
単にセトのおかげであろう。彼は未だ王の前に立っているのだから。もしくは逃げる二人に気付いていながらも、全くと言って良いほど興味を示さなかったマルコのおかげか。
「この小刀はすごく強靭な金属で出来ている。でも随分と貴重な金属でね。刀を一本作るには足りなかったらしい」
カナメは怪しい煌めきを放つ小刀を眺めながら言った。
セトの身体には多くの青痣や擦り傷が刻み込まれていた。その上、倦怠感は増すばかりだ。啖呵を切ったのは良いのだが、自身の拳は空振るばかり。それに対してカナメの攻撃はほぼ確実に当たる。
そんな状態にもかかわらずカナメの攻撃は軽かった。明らかに勝つ気のない、挑発する為だけの攻撃である。その上、未だに刀を振るってもいない。
「隕石って分かるよな? あれで作ったんだと。やっぱり普通の金属とは違うからな。大量の魔道術師を消耗品みたいに使い捨てて、国家予算を湯水のように使ってようやく一本作ったんだと」
「ペラペラとよく喋るな? それにさっきとキャラ変わってるじゃないか?」
セトはそう言って血の混じった痰を吐き捨てた。殴られたせいで口の中も切っていた。奥歯も何本か持って行かれている。カナメにとっては軽い攻撃でも、普通の人間であるセトにとっては一撃一撃が必殺技のようなものなのだ。
「せっかく使えそうな来訪者を前にしたら、王様ごっこの時とは口調も変わるよ。それにあの子と違って現代から来たんだろ? 昭和? 平成? その辺りか。話し方で分かる」
あの子というのはチハヤのことだろう。確かに彼女は江戸時代から、セトは平成の時代からやって来た。
「おうよ。ピチピチの昭和生まれ、平成育ちだ」
「それは、ピチピチとは言わないな。でも、平成から来たんなら生かして置いてやっても構わないよ?」
「『部下になるなら』って?」
「そのくらいは察してもらわないとな。この世界の人間や、大昔からやって来た来訪者なんて原始人と同じさ。同じ言葉が使えても、感覚や考え方が違いすぎる。だからつまらないんだよね。その点、おじさんは現代っ子の枠内だろ? 俺を楽しませてくれよ」
どうやらカナメの中での生殺基準は時代による偏ったもののようだ。
過去の時代から来たのならば同じ来訪者であっても容赦はせず、自分に近い時代から来たものであれば受け入れるというスタンスらしい。そうすると彼の横に付き従うマルコにも来訪者の嫌疑がかかる事となるのだが——。
「残念ながら、おじさんは漫画家でも、小説家でも、映画監督でも、アーティストでもないんでね。お前みたいなサイコパスを楽しませるような能力は持ってないんだよね」
セトはカナメの誘いを断った。
「ハハハッ——。サイコパスね。あんた、平成も後半の時代からの来訪者だったんだな。少しゆっくりと話をしたかったんだけど。……まあ、良いや」
カナメは小刀の切っ先をセトに向けると両手でしっかりと柄を握り「死にな」と、身体ごと突っ込んだ。
「嫌だね。断るよ」
セトは左の上腕と前腕を肘で折り畳み、向かって来る小刀を腕の部位二本で受け止めようとした。しかし小刀は容易く神金を引き裂く強靭さを持っている。鍛えられた腕の肉は深く貫かれた。
「痛ってえええええ!!」
想定出来ていた。予想もしていた。しかしそれをはるかに凌ぐ痛みがセトの全身に広がった。もんどり打って転げ回りたい。泣き喚きながら手足をばたつかせたい。痛みや傷に大差は無いが、そうする事で少しは気分がましになるからだ。
「器用に受け止める」
小刀の勢いは柄で止まった。切れ味の良すぎる刃ならば刺さった後もヌルヌルと突き進む。そして刺した後は引き抜くしかない。
「痛てえってんだよ!」
その時、セトの空いた右拳がカナメの左顎を捉えた。カナメの能力の影響で大した力は出ない。それでも、全力を注いだ一発だった。
一瞬だけカナメの腰が落ちた。膝が砕けた。人体の構造をしている限りは逃れられぬ効果が発動したのだ。衝撃による脳震盪。
セトはそれを見逃さない。カナメの身体を思い切り蹴り飛ばした。
カナメはセトの腕に小刀を残したまま数メートルほど後ろに倒れた。
「あああ! くそっ! 痛てえ! やっぱり痛てえ! 思ってたより段違いに痛てえ! マジでクソだな!」
セトは悲痛な叫びを漏らしながら、蹴り飛ばされたカナメから距離を置いた。一歩間違えば自殺行為だったがこれで武器は抑えた。後はカナメ本体をどうするかだが、正直言うと現段階ではどうしようもない。
「フウ! 早く来いや!」
カナメは怒りの表情と共にゆっくりと立ち上がった。
瞬間、セトの背後から飛び出したのはキヘイとコンゴウだった。
「お待たせしましたよ!」
そう言ったキヘイに向かってセトは「よく来た! やっちまえ!」とカナメを指差した。
「了解です」
キヘイの大剣がカナメに向かって振り下ろされた。しかしカナメはそれを片手で受け止める。地面に足首までが埋まった。
カナメの能力の影響はキヘイには無い。それでも常人離れした王の力は健在のようだ。埋まった足を一歩前に踏み出すと、片手に持った大剣を押し戻そうとする。しかしさらなる追撃が王のみを襲った。
コンゴウのハンマーがキヘイの大剣の上に振り下ろされたのだ。衝撃で地面に亀裂が入った。カナメの足が地面に深く沈んだ。
「き、貴様ら!」
苦悶の声をあげながらもカナメは能力を発動した。
「強欲の王の力よ! 周囲一帯から力を奪え!」
同時にキヘイが、コンゴウが地面に両膝をついた。手放された武器は音を立てて地面に落ちた。
「力が抜ける? これが、王の力か?」
周囲の人間から力を奪う「強欲の王の力」。十人の王が一柱「強欲の王」カナメのみが操る力。その仕組みは単純だが、それ故に効果がある。敵が多ければ多いほど術者はその力を増すのだから。
「殴り殺してやるぞ!」
カナメが拳を振り上げた。しかしそれが振り下ろされる事は無かった。背後に回ったセトが、奪った小刀で背中を貫いていたからだ。
「お前、喧嘩した事なかっただろう?」
カナメの背中に突き刺さった小刀を捻りながらセトはそう呟いた。




