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君と始める異世界料理開拓記  作者: 奥田 舎人
 第四章 おじさんと王を名乗りし者
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 第二十二話 あなたは出汁派? それとも醤油派? 私は砂糖派

 アンテラの冒険者ギルドに手配していたものがある。

 ニワトリの尻尾からヘビの頭や尻尾の生えた魔獣「コカトリス」だ。

 気性が荒いという程では無いのだが、機嫌の悪い時はニワトリ同様に突いて来るので少々厄介だ。というのも、コカトリスの嘴とヘビ部分の牙には石化の効果があり、突かれた部分から石化が起こってしまうからだ。皮膚の表面が石になるだけで、軽く叩けばポロポロと崩れていくのだが、何度も突かれると動けなくなる恐れもある。一応は魔獣という事だ。

 コカトリスの数は十羽用意してもらった。その中でオスは一羽だけだ。

 パッと見れば素人でも分かるのが有難い。コカトリスのオスにはヘビの頭が生えている。逆にメスには尻尾が生えている。後はニワトリと同じだ。トサカや尾羽、体格がメスよりも大きかったりという事だ。

 ではそんなコカトリスを何の為に手配したかというと——。


「——今日の朝食は卵焼きを作ります。パンと、オニオンスープはいつも通りね」


 コカトリスの一部はニワトリだ。ニワトリならば鶏卵を生む。ならば鶏卵は食べられる。そういう事だ。

 まずはコカトリスの卵を割る。実はこの作業が意外と面倒だったりする。

 コカトリスの嘴には石化効果があるのは先述した通りだが、この卵の殻は石のように硬いのだ。一般的な卵のように机の角にコンコンという程度ではまるで割れない。卵に釘先を当てて、金槌でコツコツと穴を開けていく作業が必要になるのだ。

 もちろん、中身の事を考えなければ様々な手段が講じられるが、あくまで食料の採取と思えばあまり乱暴な方法は選択出来ないだろう。


「甘汁と、ほんの少しだけ塩を入れて、卵を溶きます」


 卵一個に砂糖大さじ一杯。塩は一つまみ程度で構わない。しかしここに砂糖は無いので例の樹液から採取した「甘汁(あまじる)」を使う。イメージ的に砂糖よりも甘いので、これは大さじ半分程度で構わないあろう。


「熱したフライパンに油を敷きます」


 油もアンテラから送ってもらった。ナタネが原料という事なので妙な香りが着く事もない。しかし何度も同じ油を使い続けると劣化してくるので注意しなければならない。


「溶いた卵をフライパンに入れますよ」


 油を敷いたフライパンに溶き卵を流し込む。ジューッという香ばしい音がして卵はフライパンの熱ですぐに固まろうとする。しかしそのまま焼いても面白くない。


「溶き卵を流し込むと同時に箸でくるくるかき混ぜます」


 あっという間に卵の表面が固まっていく。フライパンを巧みに動かしながら、形を整えていく。そして少し早いかな、くらいで皿に盛った。


「これはまだ生では?」


 さすがは炭のようになるまで食材を焼く習慣を持つ世界、生っぽいものには警戒心があるのだろう。そんな声が上がった。しかしセトは「まあ、食べてみ」と言って次の卵焼きを焼き始めてしまった。

 仕方がない。みんなは恐る恐るではあったが、うっすら黄色い卵焼きにナイフを突き刺した。しっかりと焼けた皮に包まれていた半熟卵がとろりと流れ出す。

 かけらを口の中に放り込むと——。


「——甘い」


 貴族や金持ちの食べるような甘さだけに特化した菓子とはまるで違う、優しい甘さだった。軽くて、柔らかな甘さが、とろとろの舌触りと共に口の中に広がって行った。満遍なく卵に混ぜ込まれた糖分と塩分が絶妙に思える。しかしほんの少しだけ甘味が強かったかもしれない。それならば——。


「美味しい」


 さすがにセト一人で十数人分のフレンチトースト紛いを作るのは手がかかる。朝食の主食はカチカチのままのパンで処理する。食指の動き辛いカチカチのパンではあるがスープに浸しておくと、まあ食べられるようにはなる。

 ——そんなパンの上に卵焼きのかけらを乗せて食べてみた。オニオンスープの塩味が染み込んだパンに甘めの卵焼きの味が重なる。舌で感じる硬さと、柔らかさ。甘味と辛味が口の中で混ざり合って自然と笑顔が零れる。

 セトはフライパンと菜箸を操りながらそんなみんなの様子を眺めていた。料理は作る工夫が大事だが、食べ方にも工夫は必要だ。口の中で咀嚼し、混ぜ合わせる事によって初めて現れる味もあるのだ。


   ◆◆◆


 食後には、本日の仕事内容を発表するのだが、最近ではほぼ毎日ルーティンワークが続いている。何かテコ入れをするのも良いが、特に思い付く事もないので今日も同じ仕事を指示した。狩りと、漁と、学校の建設作業、そして加工品の作成だ。各自自分の仕事場へと散開していく。

 そんな中でリスベッツと、フウがセトに声をかけて来た。


「折り入ってお話があります」


 そう言ったリスベッツは何やら神妙なお面持ちをしていた。

 港にいるのはパオとポコだけだった。彼らは、主に塩田での製塩作業を担っている。その為、港と塩田を行ったり来たりしていルノだが、最近ではパオの肩にポコが乗っかって移動したりしている。妙な事を覚えたものだ。

 港の桟橋の縁に腰をかけてセトは釣竿を伸ばしていた。リスベッツとフウも釣竿を構えている。大事な話があるのだろうが、他に良い場所が思いつかなかったのだ。


「——で、話ってのは?」


 セトが問いかけた。少し間を置いて、リスベッツが「フウさんから話を聞きました」と切り出した。


「『来訪者』という言葉はご存知でしたか?」


「昨日聞いたよ」


「では意味も?」


「何と無くな」


 セトは昨日の件で、チハヤから詳しい話を聞いていた。

 別の世界から、この世界に迷い込んだ者の事を「来訪者」と呼ぶ。彼らは故郷より高度な知恵や、技術、力などを携え、この世界を新しい方向へと導くという話だ。そしてそれを成しやすいように神から力を与えられるのが習わしらしいのだが、セトは何ももらっていなかった。


「現実に存在するとは思いもよりませんでした。なのに、まさかセトさんや、チハヤさんが来訪者だったなんて……」


 来訪者とはいわゆる眉唾のかかったおとぎ話のようなものである。

 事実、ここ数十年間「来訪者」の事などまるで記録に残っていない。可能性の話をすると、来訪者が登場するのは魔族の反乱の時だろうか。どこからとも無く現れた黒い髪と、黒い瞳を持った少女が前線にて指揮をとったという話である。しかし彼女が来訪者であった確証はない。


「隠してた訳じゃないんだがな……」


「いえ、それは構わないのです。違う世界に迷い込んで、素性を隠すのは当たり前の事です」


「そんなもんなのかね?」


「私ならそうしますから。……それに、セトさんが来訪者でも何でも構わないんです。私、個人としましては『あ、そうだったんだ』くらいしか思いませんし、何よりもセトさんは、セトさんですからね」


 リスベッツはそう言って釣竿を引いた。しかし魚は釣れていなかった。エサだけを持って行かれたようなので、新しいエサを付け直すと再び竿を振った。

 セトは思うところがあったのか「俺は、俺ねえ……」と、一人言ちていた。


「問題は、その来訪者を上回る力を持った者が存在する、という事実です」


「それな。しかも、たった二人ってな」


 鉱族の集落が襲われたのは来訪者であるチハヤを狙って、という事では無かった。

 何かきっかけがあったのかもしれないが、敵の目的は鉱族の殲滅であったらしい。それは容赦がなく、慈悲もなく、出会う者全てを切り刻んで回ったという話だ。それも例の神金を上回る硬度の剣で。


「神金を容易く斬り裂ける金属の存在も脅威ですが、何よりも敵の術の影響が強いですね。近寄る者を無力化する? 近寄る者から力を奪う? そんな力だとか」


 無力化するのか、奪われるのか、どちらが正しいのかは分からない。未だ合間見えていないのだからそれは仕方がない。しかしそのどちらが正しくとも、対処の方法は遠距離からの攻撃の一択になる事だろう。

 そんな事を思いながら、セトは、セト・カンパニー唯一の弓の使い手フウに「期待してるぞ」と声をかけた。フウは少し頬を赤らめながら小さく頷いて応えた。


「しかし、何故鉱族を狙ったんでしょうね? 一番戦い辛い人種でしょうに……」


「分からん」


 セトはそう言って竿を引き上げた。小さな雑魚がかかっていた。魚の口から素早く針を外すと、海水の入った魚籠(びく)の中に放り込む。そしてまたエサを付け直すと、釣竿を振り下ろした。

 敵の襲撃があった時点では、チハヤの存在は知られていなかった。それならば最初から鉱族の殲滅だけが目的であった事は理解出来る。しかし何故鉱族を殲滅する必要があったのか。憶測だけは生まれるが、所詮は憶測に過ぎない。確証を得るには至らなかった。


「楽しかったのかもな」


 唐突なセトの言葉にリスベッツが「何がですか?」と、眉を潜めた。


「戦う事がですか? 殺す事がですか? そんなものの何が楽しいっていうんですか? ただの人殺しじゃないですか?」


 一気にまくし立てるリスベッツにセトは「まあ、聞けよ。まずは敵が『来訪者』だったと仮定するよ? それが元での考え方だからね。で、これはおじさんの考え方じゃないからね」と、前置きした上で話を続けた。


「前の世界での法や秩序が干渉しなくなったこの世界に来て、自分に何が出来るのかを考えるのが普通だ。おじさんの場合は何も貰えなかったし、とりあえずこの世界の事を知りたかったし、街で絡まれたから、冒険者になった。だけど、ちーちゃんみたいに最初から力を与えられてたらどうするかね?」


「『ちーちゃん』と、いうのはチハヤさんの事ですか?」


「正解。話を続けるよ」


「私も愛称で呼んでください」


「却下。話を続けるよ」


 愛称を却下されたリスベッツは頬を膨らませていた。年頃の女の子らしい反応がなかなか可愛い。


「ちーちゃんは癒しの力をもらったから、そう思わなかったろうけど。逆に壊す力をもらっていたらどうしたかな? ……おじさんなら試すね。最初は無機物に対して、それから生き物へ、似てるけど自分と形の違う亜人種なんかは丁度良い実験台になったかもしれない」


「そんな。……実験だなんて」


「鉱族は強力な亜人種だけど血が流れない。人の形はしているがかけ離れている。殺した感がしない。むしろ壊したという感触に似てるかもね。力を試すには丁度良い」


「それが、理由ですか? そんなの人ではありません」


「そうだね。でも力を手に入れて、おじさん以上に壊れた来訪者ならやり兼ねないよ」


「そんな、亜人とはいえ同じ人なのに——」


 これはあくまで可能性の話に過ぎない。多数に渡って広がる可能性の中の一つを挙げて話をしているだけに過ぎないのだ。もしかしたら、他の国から討伐令が出ていたからかもしれない。チハヤが知らないだけで鉱族に滅ぼされる理由があったのかもしれない。しかし確証を得られるだけの情報が足りなかった。

 その時、黙って話を聞いていたフウの鼻と耳が反応した。すっと立ち上がると彼女は「森が燃えています」と、指で指し示した。

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