第二十話 パージ!
オーガであるキヘイの身長は二メートル数十センチ程になる。全身を灰緑の皮膚に覆われ、その中には鉄のような強靭な骨格と、高純度の分厚い筋肉が満遍なく詰まっている。さすがに脳までもが筋肉とは言わないが、その腕力という点においては他の誰にも引けは取らない。そう考えられていた。
今日までは——。
「何ですか? これは?」
キヘイの前に現れたのは三メートルを超える全身フルプレートの重装歩兵だった。
硬度の高い白銀の装甲、巨大な盾、巨大なハンマー。それらは全て陽の光が反射すると神々しい輝きを放った。そしてその重装歩兵の後ろには同じく全身白銀フルプレートの細身の騎士が立っている。騎士の手には盾とヴァンプレイトランスが輝いていた。
「オーガか……」
重装歩兵が低い声で言った。
これはセトの誤算だった。当たり前のように言葉を介し、紳士的な振る舞いをこなすキヘイではあるが、知らぬ者が見れば彼はただの魔物なのだ。重装歩兵もキヘイの事をそう取ったようだ。
「魔物が追っ手とは限らんが、念には念を入れねばなるまい」
重装歩兵はハンマーを振り上げた。
勢いよく振り下ろされたハンマーをキヘイが大剣で受け止める。凄まじい金属音と、衝撃音が辺りに響き渡った。
動きは鈍いが力強い。その一撃は凄まじい衝撃だった。足元の地面が砕け、キヘイの足首までが地面に沈んだ。全身が軋んだ。
それでも耐えられないほどの衝撃ではない。ハンマーを弾いて反撃を——。しかし騎士のランスがすぐそばまで迫っていた。重装歩兵の強力な一撃で体勢を崩し、素早い騎士の動きで敵を追撃する。これがこの二人の戦い方なのだろう。
「しまった!」
騎士がまさに獲物にランスを突き立てようとしたその瞬間、彼の上半身が大きく跳ねて動きが止まった。
「やらさない!」
フウだった。彼女は更に追撃の矢を放った。素晴らしい腕だ。矢は一直線に騎士の顔面の兜の隙間へと吸い込まれていった。
更に一撃。矢は重装歩兵の兜の隙間を貫いた。
矢を受けた二人の身体は同時に地面に突っ伏した。
「さすがですね、フウ殿」
キヘイは称賛の声を漏らした。今のはフルプレート殺しの一撃だったからだ。
全身に金属の鎧を装着した相手に勝ちたいのなら、鎧のパーツ同士の隙間を狙う事だ。どんなに硬い鎧であろうと接ぎ目が無ければ動く事が出来ないからだ。そして継ぎ目は動く為に関節に、見る為に目に、呼吸をする為に口元に必ず存在している。
今のフウの一撃は確かに急所を射抜いた。
目の部分に開けられた隙間を確実に射抜いた。矢の勢いは強い。おそらく矢先は眼球を貫き、脳へ到達、更には衝撃で首のダメージも避けられないはず。しかしフウは警戒を解こうとしなかった。
「……油断はしてもらえないか」
フウの構えが解けない事を察した騎士はゆっくりと立ち上がると、両手を使って曲がっていた首を元の位置に戻した。そして突き刺さった矢を引き抜くと、それを地面に放り捨てた。
「な、何なんですかね? こいつら?」
キヘイは驚嘆の声をあげていた。今のは死んでいるのが普通の攻撃だったはずだ。それなのに騎士は立ち上がった。しかも、まるでダメージは無いと言うように。
「お前たち、何者なんだ?」
フウの問いに騎士は軽く頭を下げると「名乗ろう」と、答えた。
「我が名は『シロガネ』。偉大なる主人に名を与えられた鉱族の剣である」
重装歩兵がゆっくりと立ち上がった。
「我の名は『コンゴウ』。同じく偉大なる主人に名を与えられた鉱族の盾である」
彼らの口ぶりからして鉱族もまた、獣族や魔物のように名を持たない一族なのだろう。そして彼らもまた、名前によって力を得た者たちと言うことなのだろう。
それならば名乗らねばなるまい。
「名前付きか。ならば、我らも答えるしかありませんね」
キヘイの言葉に口角をキュッと上げて、フウは「そのようだな」と答えた。
「聞け! 鉱族の戦士よ。我が名は『フウ』。我が尊厳と、魂を闇の底から掬い上げて下さった偉大な主人に頂いた名だ」
「私の名は『キヘイ』。我が王にして、最大の理解者に頂いた名だ。しかと心に刻みこめ!」
「なるほど。その名、その腕、貴様らも名前付き(ネームド)と言うことか。ならば全力で戦うのみ!」
騎士がランスを構えた。重装歩兵がハンマーを振り上げた。
フウが弓を引き絞った。キヘイが大剣を構えた。
「「行くぞ!」」
◆◆◆
江戸幕府第八代将軍「徳川吉宗」。
現代でも様々なメディアに登場する歴史上の人物でもある。では、そんな偉人と大奥の関係はというと、決して良好なものではなかったとされている。吉宗は享保の改革により、質素倹約を掲げ、経費削減によって破綻寸前だった幕府の財政を立て直した人物なのだが、その一環として大量リストラを行なっている。
大奥というものは江戸城に存在した将軍の私邸であり、将軍家の子女や正室、奥女中など女性ばかりを集めた居所なのだが、吉宗はここから美女ばかり五十名をリストラした。当時、大奥には四百人前後の人間がいたというのだから、まさに大量リストラと言えるだろう。そしてその理由は諸説あるのだが「美女は貰い手があるから」という話が一般的なようだ。
そんな大奥から来たという少女は「千早」と名乗った。
「元々我が家は神事に携わる家系でな。千早は巫女衣装から来た名前だ」
水辺に並んで座った二人は互いの境遇について話をしていた。ただの世間話ではあるが、二人とも違う時代から来た日本人と言う事実に興味惹かれたのだ。
「一つの体に一つでは無く、いくつも才能が花開きますようにという願いを込めて『一房』だ。『ひとふさ』じゃ無くて『いちふさ』な」
「良い名では無いか。親御殿の考えに感心する」
「……死んじまったけどな」
「……悪い事を聞いた。すまぬ」
記憶がまだ曖昧な頃、両親を事故で亡くした。
以降は親戚縁者をたらい回しにされて育った。施設の話もあったが世間体を気にしての結果だった。もしこの時、セトが施設に送られていれば運命は大きく変わったのかもしれない。
他人の子どもに無償の愛を施すのは聖人くらいしかいない。大した財産も残さず死んだ親の子どもなど需要がなかった。皆、意味もなくセトの事を嫌った。
食事は残飯のようなものを適当に。自分の部屋などある訳もなく、何かをしでかした時は外に放り出された。人間扱いなどされなかった。物や何かを動かすように足蹴にされた。まともに名前を呼ばれた事もない。成長するまで「おい」か「お前」が自分の名だと思っていた。愛情らしい愛情を注がれた記憶もない。与えられるのは苦痛と罵声ばかりだった。
だから他人を愛することが出来ない。愛し方が分からない。愛され方も知らない。そんな自分は欠陥品なのだと感じる事に違和感はなかった。
セトの名の由来は、酔っ払った親戚の一人が彼をバカにする為に聞かせたものだ。
現代に相応しく無い、時代錯誤甚だしい名前だと。だからセトの言った話が、本当に正しい理由かは分からない。それでも意味のない名前は付けないだろうと、自分の中で勝手に補完した部分もあった。
「私が吉宗公の子を孕めば我が家も安泰だ。しかし大奥に入り、これからと言う時にこの国に来てしもうた。南蛮とも思うたが、何であろうな。不思議な世界じゃ」
一応断っておくが、大奥に入ると言う事は将軍の元へ嫁ぐと言う訳ではない。その可能性が生まれると言うだけの話だ。
千早のいた時代の日本では、十五で嫁ぐ事は別に違法ではなかった。むしろ十代を過ぎ、二十歳までに嫁がなければ行き遅れとされる風潮すらあった程だ。現代日本ではおよそ考えられない話だが、当時の平均寿命が五十年程であった事を考えると、考えられる話かもしれない。
「本当、不思議な世界だよな。遅れてるかと思ったら魔導なんてのもあるし」
「魔導? 術のようなものか?」
「ああ、指先に火を灯したりな」
「それは面妖な。セト殿も出来るのか?」
「出来ん」
「そうか。で、セト殿は『何をもらった』のだ?」
「ん?」
「……記憶に無いのか?」
セトが「何のこと?」と尋ねようとした瞬間、森全体に轟音が響き渡った。
「何だ?」
言ったセトの中で瞬時に考えがまとまった。
侵入者だ。それも誰かと戦っている。まさか、フウ、キヘイと。
「ここにいてくれ。行ってくる」
セトは立ち上がった。
「ならば、私も——」
「ここにいろ!」
セトはそう言い残すと勢いよく駆けて行った。
◆◆◆
キヘイの大剣が幾度もコンゴウを刻んでいた。力勝負では分が悪いが、総合力ではキヘイが勝る。コンゴウは一方的な斬撃の嵐にその身を晒していた。
フウの矢がシロガネの関節を、視界を、空気穴を抉っていた。速さ勝負では分が悪いが、やはり総合力ではフウが勝る。シロガネは近寄る事が出来ず、一方的に矢の雨をその身に浴びていた。しかし戦いは終わらない。二人のフルプレートは未だ無傷で前進を続けていた。
「君は一体何で出来ているのですかね?」
キヘイが尋ねた。
コンゴウのフルプレートには、ところどころにひん曲がった部分がある。しかしあれだけの斬撃を受けながらも決定的な傷が付けられないのだ。
「硬すぎるな。まさかとは思うが?」
フウも同じ考えをしていた。
シロガネのフルプレートは曲がったり、凹んだりする事はあった。しかしどれだけの攻撃を繰り返しても決定的な傷がつかないのだ。これは技術云々の問題では無い。
「当たり前だ。我々の体は神金で出来ている」
神の金属と称される「神金」。非常に硬く、魔力を弾き、逆に使用者の魔力を増幅するとされる貴重な金属だ。現代ではそれを採掘する事は不可能とされている。実際、冒険者の神金級はその名にあやかって付けられたものだ。それ故に数は少なく、その一人一人が強力な力を秘めている。
そんな強力な金属のフルプレートが存在するとは——。
「それ故、我らは砕けぬ。我らを砕く事が出来るとしたら——」
「よお、俺だけど——」
空気を読まない。機会を測らない。言葉を選ばない。何かが欠落してしまった男がそこにいた。セトはシロガネの左肩に手を置くとそのまま脇固めに捉えた。
シロガネの悲痛な叫び声が響く。
セトとしては押さえ込むだけのつもりだったのだが、次の瞬間、文字通り彼は左腕を自身の体から外して距離をとった。
「え? マジで? 何で取れるの?」
取れてしまった腕を驚きの表情で眺めるセト。しかしその腕から血は流れない。それどころか腕の内部は空洞だった。
「魔導ってやつかね? それともこう言うカラクリって事?」
それは堅固な肉体を誇る鉱族の体の秘密が白日の元へ晒された瞬間だった。




