第十八話 結局、付き合ってみないと分からないよね
学校は教育を施す為の機関になるのだが、現状セトの学校はその体を成していない。生徒はいる。しかし建物が無い、教える人間がいないなど、まだまだ学校として機能出来るような状態ではなかった。それでも、何かしら進めなければならない。
「子どもでも出来ること……」
セトは考えていた。あまり知識の入っていない子どもたちだが、教えれば何かしらのことは出来るようになるだろう。では、何を教えれば良いのか。
「セト様、ただいま戻りました」
大きな声が響くと同時に、子どもたちが一斉にセトの後ろに隠れた。人語を操るオーガのキヘイが帰って来たのだ。ゴブリンからもオーガからも逸脱しているとは言え、初めて見る魔物の姿に子どもたちは一様に怯えていた。
「ふむ。……奴隷の子どもたちですか?」
「ああ、キヘイか。おーい、こいつは良い魔物だぞ」
セトは子どもたちを諭そうとするのだが、キヘイの見た目はやはりゴブリンだ。彼がどんなに紳士的な態度を取ろうとも、それはなかなか解消されない。
「セト様。魔物に、良いも、悪いもありませんよ」
キヘイはそう言って「ハッハッハッ——」と笑った。
オーガは泳げない。どんなに足掻こうとも、海だろうが、湖だろうが、水に落ちたオーガはそのまま沈んでしまう。その為、セトはキヘイには不安定な港での活動よりも、足場のしっかりした陸地での活動を優先させている。
「血抜きは済みましたが、解体はこちらでも?」
キヘイは森の狩場で猟をして来た。今回の獲物はダガーラビットという鋭い牙の生えたウサギが五匹。魔獣なのだが、牙はナイフのように使え、肉もなかなか美味い。
「おう! 大丈夫だ。それにしてもやるじゃん。さすがはキヘイだ」
「いえいえ、セト様に教えてもらった罠のおかげですよ」
オーガは弓矢が使えない。使えないというよりも物凄く下手だった。とにかく質よりも量を重視する気質なのか、獲物を見ればすぐ矢を放ちたがる。狙いはほぼどうでも良く、相手に向かって大量に打てばどれかは当たるという考え方らしい。
キヘイにもそんな気質があるのだが、それでも理性があるからかしっかりと狙いをつけようとする点、他よりはマシな程度だ。一度、フウに弓を教えてもらった事があったのだが、結局うまく扱う事は出来なかった。
罠といってもそんな大層なものでは無い。ウサギは決まった場所を通る習性がある事を利用して、ウサギの通り道に引っかかり式の罠を置いただけの簡単なものだったのだが、どうやら上手くいったようだ。
後は指示通り、殺したウサギを川の水に浸し、水の流れで血を流したのだろう。ウサギの皮はまだ水で濡れていた。
「内臓は?」
「言われた通り埋めて来ました」
「あ、食べなかったの?」
ゴブリンは大抵の物を食べても腹を壊す事はない。腐った肉や、生の内臓を食べても大丈夫な強靭な内臓を持っている。それでも義理堅いキヘイは、セトの指示通り内臓を埋めて来たのだ。
「では、次から頂きましょう。では解体します」
「あ、そう言えば——」
セトはふと、ある事を思い出した。
「——キヘイ。お前、皮のなめしが出来たよな?」
「ええ」
「それって子どもにも出来る?」
「コツさえ掴めば大丈夫ですよ」
「それ、こいつらに教えてやってくれない?」
キヘイは難しい表情を浮かべていた。
キヘイは、自分が他者から恐れられる存在である事を理解している。人族の街でもそうであったし、獣族の集落でも似たようなものである。セトの手配によって、一応は人の一種として生活をしているのだが、陰でこそこそと何かを言われているような実感も少なからずあった。
「怖がられませんかね?」
慣れてはいるのだが、はっきりと拒絶されると心に来るものがある。そういったものはなるべく避けたいのが人の性だ。
「何で?」
「いえ、私魔物ですし……」
「顔が怖いやつが、怖がられるのは当たり前だろ? 気にするなよ。中身で勝負だ」
「しかし……」
どうにも煮え切らないキヘイの様子に業を煮やしたのか、セトは柏手二つ鳴らすと大きな声でこう言った。
「はいはーい! 皆さん、ここにいるオーガのキヘイさんは、私が名前を付けた皆さんのお兄さんみたいな人です。顔が怖いのは魔物なので仕方ありませんが、人語も話せますし、戦士としての実力もあります。更にはとても紳士的な方です」
「いや、ちょっ。……セト様?」
不意打ちのような発言に焦るキヘイを「良いから、良いから——。」と、押しのけてセトは話を続ける。
「皆さんはまだ子どもなので出来る事が限られています。ですが、食料や、日用品、収入源の確保などやる事は山のようにありますし、教える事も山のようにあります。丁度、今日は先生がいらっしゃいますので、まずは皮のなめしかたを教えてもらいましょう!」
突然の出来事に子どもたちはキョトンとしていたが、セトの「返事は?」と、いう言葉にバラバラではあったが「はい」「はーい」という返事が返って来た。仕込みは上々だ。キヘイも観念したような顔をしている。
「まあ、順番が逆になって悪いんだが、明日からは狩りの仕方や、漁の仕方。獲物の締め方や、加工品の作り方なんかも教えるから。……キヘイ先生、よろしく!」
「「よろしくお願いします!」」
最後に名前を呼ばれた事と、子どもたちの元気な声に、キヘイはただただ苦笑いを浮かべていた。
◆◆◆
雨風が凌げる程度ではあるが、獣族の住居とは違い、きちんと壁のある小さな家が三軒作られていた。モライムが「仮の物ですから中で暴れたりしないで下さいよ」と注意するくらいの簡素な代物なのだが、セトたちが寝泊まりする分にはさほどの問題はなかった。しかし今日、十人の子どもたちが増えてしまった。
セトのテントも引きずり出したが、ギリギリ間に合うくらいか。
「家が三軒だろ? ここに子ども十人と、俺、フウ、ブレンダで既に十三人。ここにいないジャニオンやモライムも入れれば十五人にもなる訳だ。キヘイに至っては、気を遣って港で寝てる。ここは男女で分けた方が良いと思うな」
特に反論はない。セトはテントで寝る事にして、人数の関係上、家は男性用が二軒、女性用に一軒とした。
夕食はバーベキューだった。
獲ったばかりの新鮮な魚に、数日前に獲って保管してあったソードボアの肉を使う。ソードボアは剣のような牙の生えたイノシシだ。これも魔獣なのだが、この地方ではよく食べられる食材らしい。今日捕まえたダガーラビットの肉は使わない。解体したてのウサギの肉は硬くて食べづらいからだ。食材としては、もう少し寝かしてから使った方が良いだろう。
味付けは塩だけなのだが、今回は海の塩をふんだんに使ってみた。岩塩とは違った塩辛さが肉や魚の旨みに混ざり込む。ここに香辛料である黒胡椒でもあれば、まさに大満足なのだが無い物ねだりはしない。塩だけでも素材の味が十分に引き立つからだ。
「美味い!」
ソードボアの骨つき肉を齧りながらセトが感嘆の声をあげた。
野性味溢れる肉の食感と風味。そこに臭い消しで使われたハーブの香りと、ワインの香りが混じり合う。更には味付けで使われた海の塩味と元々の肉の脂が混ざり合い——。
「美味い!」「美味しい」「これは良い」
誰もがこの味に納得した声をあげていた。
肉も良いのだが、魚も良い。足の早い内臓やエラを抜き取り、腹開きにした魚に海水を塗り込んで干した干物だ。干す時間は多くはなかったのだが、十分に塩が効いている。それを直火で炙ると良い香りが辺りに広がっていく。
「焼き魚も良かったけど、これも美味いな」
言ったのはジャニオンだった。彼は、前にセトの作った魚の塩焼きを食べた事があったのだが、それと比べてもまるで遜色が無い。むしろ干物という新しい調理方法を使ったからかこちらの方が新鮮味を感じる気もする。
反応は、子どもたちも同じだった。美味い料理の前では誰もが平等な態度を示す。息をするのも忘れたように次から次へと料理を口の中に放り込んでいく。パオに至っては両手だけでなく鼻まで使って料理を口に運んでいた。確かにこの勢いなら食料の事をもっと考えなければなるまい。
そんな誰もが夢中になっている中で、面白い光景が見られた。
気を遣って隅っこで食事をしているキヘイの元に、子どもたちが料理を運んでいるのだ。それも女の子ばかりがだ。それどころか彼の近くに座って一緒に料理を食べている。
どうやら昼間の教え方が余程上手かったのだろう。キヘイは子どもたちに、きちんと「先生」として認識されたようだ。
余談ではあるが、海水の塩分を塩として利用するには少々燃費が悪い事が判明した。長い目で見るのなら、塩田を作り日光の熱を利用して海水を乾かして作れば良いのだが、短期間で作るのなら薪で火を起こして水分を蒸発させる事となる。しかし海の水というのは辛いイメージの割に、塩分濃度は三・四パーセントでしかない。単純計算すると一キログラムの海水を沸かして取れる塩の量はわずか三十四グラムでしかないのだ。薪を大量に使ってもこの程度の量では話にならない。
海水からの塩作りは塩田を使ってゆっくりやる事となるだろう。




