第十七話 ネーミングセンスはどこかに置いてきた
桟橋というよりも、ちょっとした港のようになった施設にはいくつもの舟が停泊していた。そうは言っても、それ程大きくもない港に停められるのは漁に使う木製の小舟くらいのものだ。それでも五隻も舟が集まれば立派な港に見える。
獣族には船を使う文化が無かった。理由は簡単だ。毛が水に濡れるのを嫌うからだ。淡水でなら水浴び程度の事はするのだが、海水はダメらしい。
そんな獣族が住む集落に船などある訳もなく、ジャニオンに作成を頼んだのだが——。
「船ってのは、作るのが面倒臭くてね——」
木材を火で炙って反りを作ったり、浸水防止の為にきちんと板を貼り付けたりなど、なかなかに作業が複雑なようで、それならば買った方が早いというジャニオンの意見を採用して、近くの木族の集落から購入する事にした。
木族の集落では「獣族が船を? どうしたの?」などという話も上がったのだが、人族が住み着いたという話をすると簡単に納得していた。
そんなこんなで港の稼働が始まったのだが——。
「奴隷?」
セトは不思議そうな顔で答えた。
長が十人の子ども奴隷を連れて来たのだ。ネコ種が三、イヌ種が三、タヌキ種が一、カワウソ種が二、そしてゾウ種が一の十人だ。皆、子どものせいか小さくてふわふわとしているのだが、ゾウの子どもだけはセトと同じくらいの大きさだった。
どうやらセトは奴隷を買い取るという話を忘れていたようだ。「ああ」「そうそう」「そうだそうだ」と、並べた後に「ゾウ?」と、疑問の声を上げた。
「——ですね」
長は特に問題はないと言った風に答えたが、セトは不思議そうな顔をしていた。そんな彼の様子を敏感に察したのか長は簡単に説明を始めた。
「彼はですね——」
——数年ほど前、獣族の中で小さな争いが起こった。理由は長に対しての反乱だったのだが、結果は反乱側の敗北で終わった。その時の反乱側の首領は、ゾウ種の種長で、このゾウの子どもはその息子という事になる。
「一応、制裁という事で奴隷に落としたのですが、何分このサイズでして……」
口減らしという事なのだろうが、あからさま過ぎる。
「どんだけ食うの?」
「我々の倍は。……でも、雑食性ですよ? 魚も肉も食べますから」
獣族は肉食動物の顔をしているからと言って、肉しか食べないという訳ではない。もちろんその逆も然りだ。自然と肉が多めとか、草が多めという好みの割合は出来てくるものの、食べられないという訳では無いらしい。つまり地球では本来草食性のゾウでも肉や魚が食べられないという事では無い。
「それは、却下だろう?」
「そこを何とか!」
現状、食料供給は不安定だ。何とか漁業を安定させ、続いて季節ものの農業をと考えていたにもかかわらず、大飯食らいの登場にいきなり躓く可能性が高くなって来た。
「銀貨一枚」
「いいえ、逆に銀貨五枚支払います。足りなければ銀貨十枚でも!」
交渉にもならなかった。とことん値を下げれば、呆れて帰ってくれるかと思ったが、考えが甘かった。長はどうしてもゾウの子どもを手放したいようだ。
「分かったよー。銀貨一枚もらって帰ってくれ」
「ありがとうございます!」
セトよりも頭二個ほど大きな長に、平身低頭されると少し変な感じになる。セトは長に頭を上げさせて、奴隷の子どもたちに視線を送った。
「小さいな」
ゾウ以外の子どもたちは皆、セトの腰ほどの大きさだった。一番小さいのはカワウソだが、彼らはセトの膝くらいしかない。
「子どもですからね」
「どのくらいまで大きくなるんだ?」
「はい。それはですね——」
イヌ、ネコは人間くらいの背丈まで生長するらしい。確かにネコ種であるチャコはセトよりも小さいが人族の女ほどの背丈はある。それに対してタヌキ、カワウソは人間の腰くらいまでで、ゾウ種は三、四メートルくらいまで生長するという事だ。
「いや、やっぱりダメだろ! デカイわ! デカ過ぎるわ!」
「そこを何とか! そこを何とかお願いします!」
「やっぱり銀貨五枚もらっとく!」
「当然です! 分かっております。これは当然の支払いです!」
奴隷の買取価格は子ども料金という事で半額になっていた。これは長が気を利かせてくれたのだがそれでも銀貨四十枚の支払い(銀貨五枚を十人。但しゾウ種の料金は免除の上、更に銀貨五枚を返金の為)は大きい。まあ、本来の支払いは銀貨百枚になっていたのだからよしとするべきだろう。
「さて、どうするかな?」
長が去った後、セトは残った奴隷の子どもたちを眺めていた。子どもたちはみんな、怯えたような目をしていたが、それでも人族の男であるセトの一挙手一投足から目を離さないでいた。きっとこれから自分たちがどうなるのか、不安で胸が締め付けられる思いなのだろう。セトはそんな彼らの様子を感じ取ったのか、小さく「ふぅ」と、溜息を漏らした。
ネコ種の毛並みは鯖の男、白色の男、三毛の女。イヌ種は日本犬っぽい茶色の男、黒の男、白の女。タヌキ種は男。カワウソは男女各一。ゾウの男が一。全体では男が七の女が三になるのだが、最初に性別外見は問わないと言っていたのだから、男女比の割合にまでは文句は言えない。
「とりあえず、名前を付けてやるからそこに並べ」
獣族ならではの「おい」とか「お前」とかで呼ぶのも有りと言えば有りだ。しかしセトはそう言った呼び方、呼ばれ方にトラウマを持っている。少なくとも自分の手の届く範囲の個人にはきちんと名前を付ける。そしてその名前で呼んでやる。それは彼の中でのちょっとしたポリシーだった。
セトの言葉を聞いた子どもたちは、一瞬静まり返ったが、すぐに歓声をあげた。チャコ同様、やはり自分に名前が付けられると言うのは嬉しい事のようだ。
「本当に付けるんでありますか?」
様子を見に来たチャコが少し不機嫌そうに言った。
チャコとしては、自分だけが名前をもらったと思っていたのに、セトは他の獣族にも名前を付けようと言うのだ。機嫌が悪くなるのも仕方がない。しかしそれでもさすがに、名付け親に敵意むき出しと言うことはしない。
「ダメかな?」
「いーえ! セトさんのやりたいようにやれば良いのであります!」
チャコは拗ねてしまったようだが、セトは既にフウやキヘイにも名前を付けている。
セトはこの際だから、自分に関わるものには名前を付けていっても良いかもしれないと感じていた。
名付けが始まった。しかしセトには絶望的なくらい「ネーミングセンス」が存在しない。「チャコ」と「キヘイ」の名前は奇跡的に出て来たものだ。普段の彼ではそんな奇跡は早々起こせない。
「お前、鯖色だから『サバオ』な——」「ありがとうございます!」
「ユキ。……は、何か男っぽく無いな。でも、白だから——」
——およそ二時間かけて、セトはようやく十人の子どもたちに名前を付け終えた。
ネコ種:
・鯖色「サバオ」——毛色から。
・白色「マシュー」——白いマシュマロを連想。
・三毛「ミケ」——毛色から。
イヌ種:
・茶色「シバ」——毛色から。
・黒色「クロ」——毛色から。
・白色「シロ」——毛色から。
タヌキ種:
・茶色「ポコ」——何となく。
カワウソ種:
・茶色「ミズカキ」——水掻きがあったから。
・茶色「ツメナシ」——爪がなかったから。
ゾウ種:
・「パオ」——鳴き声から。
奇跡は起こらなかったが、必然も起こらなかった。いわゆるキラキラネーム的なものがセトの脳内に降臨しなかったのはせめてもの救いだろう。れらはほぼ、ペットに付けるような単純な名前ではあるが、子どもたちはとても喜んでいた。しかし、名付けの当の本人であるセトは自身のネーミングセンスの無さを改めて痛感していた。
「さて、次はどうするかな」
セトは小さく伸びをした。




