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君と始める異世界料理開拓記  作者: 奥田 舎人
 第三章 おじさん国外へ
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  第十六話 魚、大好きであります!

 学校の建設はひとまず置いておく。モライムとジャニオンの二人に任せておけば問題ないだろう。資金はカーポが出すのだが、あくまでポケットマネーからの出資に限る。いつ気紛れに出資が途絶えるかも分からない。その為にも少しでも自分たちでまかなえるようにしておかなければならない。


「あー。……そこの君」


 セトが声をかけたのはネコの顔をしたすらりとした女だった。獣族の年齢はよくわからないのだが、人間でいうと十代の後半くらいだろうか。奴隷では無いのだが、長が手伝いにと寄越してくれた若い獣族の戦士らしい。

 ネコ顔の女は「はい!」と、答えて寄ってきた。妙に甲高い声だが、ネコの鳴き声と考えると近い感じがする。


「これから海岸に桟橋を作ります。手伝ってくれるかね?」


「もちろんであります!」


 桟橋とは文字通り浅瀬に設置された橋のことだ。様々な用途に利用される。


「よろしい。桟橋が形になったら釣りも出来ますから手を抜かないように」


「魚、大好きであります!」


 この辺りの海はあまり荒れる事が無いらしい。それに大風が吹くことも無いらしいので、セトは桟橋を使った港のようなものを作ろうと考えたのだ。そこでは釣りや、魚の養殖、そして船の設置などを行い、海産資源の調達を目指す予定だ。


「水に濡れるのは?」


「正直、嫌であります。毛が水を吸って体が重くなってしまうのですよ。後、乾くまですごく気持ちが悪いのであります」


「あーね……」


 獣族の体は毛で覆われている。そんな彼らが水に入ると、そうなってしまうのは至極当然の事だった。それでも女は前向きだ。「ですが、大好きな魚の為なら多少の犠牲など問題ありません!」と、言ってのけたのだ。


「素晴らしい考え方だ。君は——」


 セトはそう言いながら女の顔を見つめた。女は慌てて視線を逸らした。

 どこからどう見てもネコなのだが、その毛並みは茶虎。そして雌。それならば——。


「君を『チャコ』と呼ぼう。よろしく頼む」


「チャコでありますか? 私の事でありますか?」


「うん、判りづらいからね」


「私が名前を……」


 女はそう言いながら、難しい表情を浮かべていた。そんな彼に向かってセトが「やめようかね?」と尋ねると「いいえ! 滅相もない!」と、激しく否定された。どうやら、いまだかつてない体験に面食らっていただけのようだ。


「ではチャコ君、頑張ろう!」


「はい、であります!」



   ◆◆◆


 秋とはいえ既に風は冷たいものに変わっていた。この分ならば、きっと水の中は恐ろしいくらいに冷えるのだろう。案の定、そうだった。

 海の中に足を突っ込むと途端に背骨までが冷えた。こんな事は夏の間にやるべきだなと、セトは少しだけ後悔した。

 桟橋作りは順調だった。現状、大規模なものは必要ない。満潮でも水に浸らず、物を運ぶ為にある程度の幅があればそれで構わない。等間隔で木の柱を水中に打ち込み、板を敷いていく。全体の形は『甲』の字のようにするつもりだが、さすがにまだまだ初日だ。数本の柱を打ち込んだだけで作業は終わった。


「何故『甲』の形にするのでありますか?」


「『甲』の中心部分に建物を作ろうと思ってね」


「建物でありますか?」


「いろんな作業をするのに効率が良いのさ」


「ふむ……」


 田の中心部には作業小屋を作り、各口の部分には養殖場を作る予定だ。浅瀬側には貝類やカニ、エビを、深瀬の方には魚類を放しておき、作業小屋では加工品を作る作業をするつもりでいる。

 だが急ぐ必要はない。最近伐採した木を乾燥させなければならないし、既に調達している資材にも限りがある。セトは「魚、魚——」と、喜んでいるチャコには悪いが、ここはとりあえず形にだけしておくだけでも構わないと思っていた。しかし事態は急変した。翌日から、チャコが二十人以上のネコ種を集めて作業を始めてしまったのだ。その中には女、子どもまでもが含まれている。そして案の定、チャコの容姿が人間に近いものに変わっていた。


「……チャコ君?」


「何でありますか?」


「これ、どういう事?」


「ああ、作業をするなら人数が多い方が良いかと思いまして。私の家族親戚総出で参加することになりました」


「あー……」


 それは当然なのだが、材料を確保しつつ、ゆっくりと作業を進めようと考えていたセトにとって、それは大きな誤算だった。


「獣族は実直な者が多いのですが、我々ネコ種は気紛れでして——」


「あ、うん。何となく分かる」


 セトは地球のネコを想像した。彼に懐くネコはほぼ存在しなかったのだが、噂に聞いたネコという生き物はなかなかに複雑な性格のものが多かった。そして確かに気まぐれだった。遊んでいたと思ったら食事に出かけ、食事とおもいきゃ、寝てしまう。手のかかるところが良いとも言うが、それは人それぞれになるのだろう。


「でも、我々は魚が大好きでありまして」


「それも分かる」


 ネコは魚が好きと言うのは迷信だ。例えばイタリアではネコは魚ではなく、パスタが好きと言う話もある。そもそもネコは雑食性で人のそばで生きるものが多く、人と同じようなものを食べていたりする。その為、魚食の多い日本では魚が好きと言うイメージが広がったのかもしれない。しかしどうやら、この世界のネコは魚が好きなようだ。とにかく魚を食べたがる。チャコが妙にセトに懐いているのも焼き魚の影響が強い。


「美味しい魚が食べられるなら気紛れなネコ種も一致団結して頑張れるのであります。そして何よりもセトさんは私に名前をつけてくれたであります」


「あ、うん」


「我々にとって名付け親とは本当の親も同然。ならば我輩はセトさんを父親として尊敬し、我々と父親の成したい事に率先して役立つのが道理でありましょう?」


「マジか?」


「マジであります」


 それから数日の内に、学校用の材料をほぼ消化しながらも桟橋は「田」の形に完成してしまった。無論、現場の陣頭指揮をとったのはチャコである。その間、セトはずっと釣り三昧だった。


   ◆◆◆


 作業小屋は、ワンルーム、壁無しの東屋という、至ってシンプルな建物として作られた。ここに住み込む訳ではないので居住性は心配しない。そもそも、獣族は木の上に東屋を建てて生活していたのだ。獣族にとっては一般的な住居としても利用出来るかもしれない。


「せっかくなので桟橋兼作業ベース、要するの港の完成パーティを行います」


 これはパーティと言っても、セトの思いつきで始まった宴である。そんな彼の思いつきに集まってくれたのは獣族の長と、桟橋作りの最大の功労者であるチャコの血統のネコ種、そしてフウ、モライム、ジャニオンだった。

 リスベッツ、キヘイ、ブレンダは資金調達と必要な資材の購入の為にアンテラに戻っている。もう少し先に伸ばせば全員参加の宴会となったのだろうが、港の建設が思ったよりも早く完成してしまったから仕方がない。それにどっちみち料理はセトが作るのだから特に問題はない。

 ジャニオンは、学校完成までこの集落に住み込むようになったのだが、モライムは仕事の折り合いの為に、アンテラと獣族の集落を行ったり来たりする事となった。

 たまたま集落にいたので捕まったのだが随分と文句を垂れていた。しかしテーブルの上に並んだ豪勢なタイの尾頭付きを見てまで文句は言えない。

 箸はあまりメジャーなものではないので、とりあえずフォークを用意したのだが、セトの前にはきちんとした箸が置かれていた。


「これはどうやって食べるんですか?」


 みんな興味津々だった。


「お刺身です」


「お刺身?」


「塩をつけて食べます」


「生で!? こ、これは。……野蛮ではないのか?」


 この世界での料理は必ず火を通す。肉だろうと、魚であろうと、必ずだ。脂や肉汁など一切関係ない。炭になる寸前まで火を通すのが当たり前なのだ。


「どうしても食べれなければ言ってくれ。火を通す」


 モライムの表情が訝しげなものに変わっていた。

 目の前の尾頭付きは、非常に華やかなものだった。この状態からどういった調理が施されるのかに期待をしていたのだが、生とは。しかし——。


「我々獣族は生でも平気です」


「魚なら何でも美味でありますからな」


 長やチャコたち獣族はまるで気にしないようだ。一口食べては「美味い」、二口食べては「美味しい」を、繰り返している。

 ジャニオンもそこまで気にしていないようだ。冒険中に食料が切れて、生肉を食うのは良くある事らしい。しかし素材の解体が下手なせいか、仕方なく食べるものだ思っていたようだ。きちんと下処理された魚を食べるのは焼き魚以来だろうが、フォークの動きが止まらない。無言で刺身を食べ続けていた。


「こ、これを……」


 辺りの様子と、目の前の料理に、交互に視線を送っていたモライムだったが、ついに決断したようだ。

 ——決めた。食べる。私はこれを食べるぞ。

 モライムは刺身を一切れフォークで突き刺すと、それを真っ白な塩に浸して口に放り込んだ。途端に口の中に海の香りが広がった。


「むぅ……」


 微かな海の香りのこもった白身魚の淡白な味。単品ならば辛すぎる塩の味が口の中で混ざり合い、絶妙な風味を引き出した。少なくとも、今まで食べていた料理とはまるで違う次元のものがそこに確かに存在した。


「美味い——」


 セトはその言葉にホッとした。もし刺身を食べられない者がいたらと、別のことも考えていたのだが、どうやら杞憂に終わったようだ。


「——ですが、この塩、岩塩とは違いますよね? 塩辛いのですが、逆に塩っぽいというか……」


 モライムの問いに「ああ、これは海の水で作ったんだ」とセトが答えた。その瞬間、全員の手が止まった。


「塩が作れるのでありますか? 岩塩を掘らなくとも? ならば作りましょう!」


 チャコがまるで敬礼をするように立ち上がると、長が「場所はどこが良いですかね?」と、彼女に賛同した。更には「建物がいりますかね?」と、モライムが。「備品作りなら任せとけ」とジャニオンが。どうやらこの場にいた全員が、塩を作る事ができるという事実に興味を示したようだ。

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