第十五話 金! 人! 資源!
交渉は無事に終了した。
土地に関しての取り決めがまだではあるが、期限や、作物の種類、作物が出来るまでの食料の供給など、取り決めは多岐に渡った。特に育てる作物に関しての話には、長だけでなく周りの獣族までもが真剣に耳を傾けていた。
交渉が終わってから、リスベッツはセトに「本当に学校を作るんですか?」と尋ねた。するとセトは、少々苦笑いを浮かべながら「成り行き上でな」と、だけ答えた。そして「カーポに文句言われちまうな……」と、続けた。
やはり学校云々は、その場を凌ぐ為の話だったらしい。
「どうするんです?」
「学校?」
「それもありますが、これからの事ですよ」
リスベッツは、セトが何をしようとしているのかを知らない。会社を作ると言う事業に自分から名乗りを上げて参加しだけだ。そこに彼女なりの打算や計算はあったのだがそれはまた別の話となる。
「作物の話ですが、食べる分だけを育てる訳じゃ無いでしょう?」
「ああ、うん。多めに作ってそれを原料に加工品を作る」
「加工品?」
「味噌とか、醤油とか、日本酒とか」
「どれも初めて聞くものばかりですね?」
「ああ、やっぱり? 学校は、学校でやるけど主軸はこれだな。まあ、前々作り方知らないけど」
「ダメじゃないですか! でもまあ、なるほど、未知の加工品に挑戦ということですね?」
「後は、村みたいなものを作ろうと思ってな」
「村ですか?」
「中心となる大きな建物が建てられて、農業が出来る土地と、労働力の確保を考えてたんだが、学校なぁ……」
「良い考えじゃないですか?」
「そお?」
「学校なら教師が必要ですからね。大義名分が出来ます。十人でしたっけ? 子どもの数は。……それならまずは教師を二名ほど採用。来年も奴隷を購入して入学させるという事なので、そうすれば教師をさらに採用しても全く不思議はありません。村……の? 人口もそうやって増やせば……」
「あ、その案、採用だわ。学校だし事務員とか用務員とかも必要だよね?」
「そうですね。必要になります」
「じゃあ、まずは建物作りだな」
「分かりました。すぐに手配しましょう」
◆◆◆
獣族の縄張りに、木族の「モライム」が入ったのは交渉から十数日後の事だった。
木族は耳が長く、美形で華奢な者が多いのが特徴だ。その上、長命で五百年ほどの寿命があるというのだが、その分妊娠率は低く、なかなか子供は生まれないという。肌の色は白く日光に弱いので、夏でも肌を隠すような衣服を身につけている。それは頭部にも及んでおり、特徴的な耳も、口元までもが隠される。
セトがアンテラの中で、なかなか亜人族を発見できなかったのはこうやって人族に紛れているからなのだろう。
ギルドの受付嬢だったはずのリスベッツから学校を建ててもらいたいと依頼を受けて数日。放ったらかしにしておいたら金貨が三枚届けられた。おかげでいやいやながらも、森の中へと来る羽目になったのだが、よりにもよって獣族の集落とは——。
「——やれやれ。何だってこんなところに……」
モライムはその美しい顔を露わにして額の汗を拭った。
獣族の集落はヴァライン大陸の中での最東端にある。他の亜人族が森を切り開き、地面の上に家を建てて生活しているにもかかわらず、彼らは未だに木の上で生活を続けている。その結果、表立って言う者は無いが、他の亜人族は、獣族の事を最も文明の遅れた種族、つまりは野蛮人と蔑んでいた。
「野蛮な種族の相手は困るんだがね……」
モライムは、道ですら無い道のりを乗り越えながらブツブツと文句をこぼした。
「——で、君も呼ばれたのかね?」
「いや、俺は勝手に来ただけさ」
答えたのは後方を警戒しながらついて来るジャニオンだった。
モライムは獣族の集落に向かうにあたって、冒険者ギルドに護衛を依頼した。しかし冒険者ギルドは、リスベッツが抜けてから上手く回っていないようだ。人手が足りないという事で、やって来たのはたまたま同じ場所に向かうジャニオンだけだった。
セトが会社を作り獣族の集落に向かった事を聞いたジャニオンは、いてもたってもいられなくなり集落へ向かう事にした。
偉大な兄のようにセトを慕っていたからか、置いていかれた事に少し腹が立ちはしたのだが、一週間ほどアンテラを留守にしていた事もあり、これには仕方がないと思っている。それよりもいきなり赴いて邪魔にならないかが心配だった。
「何を、考えてるんだろうね? 学校なんて私は作った事が無いよ」
「あ、そうなのか? 俺も無いんだよな。どうしよう?」
「ん? 君、もしかして土族?」
「そうだぜ。あんたらと似たようなもんさ。人族に混ざって生活してたんだ。兄貴は知らないだろうけどな」
「そうかい、そうかい。道理で若く見えるはずだ。今は幾つなんだい?」
「もうすぐ三十だな」
実は土族という亜人族は、人族との外見上の違いが薄い。強いていうならば、いつまでも若々しいという事と、一度成長が止まればそこから死ぬまで外見上の変化が無い事だ。その為、外見で年齢を判断することは不可能に近い。
余談だが、最近土族の間に流行っている事がある。それは自身の名前と年齢を偽って人間のように生活をし、ある程度の期間が過ぎれば、また同じように別の場所で名前と年齢を偽って生活するというものだ。この行動にあまり意味は無いのだが、流行りと言われれば、そうか、としか言えなくなる。
「まあ、木族と土族がいれば何とかなるんじゃねえかな? 兄貴もいる事だし」
「そんなもんなのかい?」
二人のセトに対する印象の温度差が感じられる会話となった。豪快だったセトと、気弱になっていたセト。両方とも含めて一人のセトではあるのだが、その差はなかなか激しいものとなっていた。
モライムとジャニオンが獣族の集落にたどり着いたのはその日の午後だった。休憩もそこそこに、人間ぽい獣人のフウに案内されて現場へと向かう。そこは木々の覆う獣族の縄張りにしては珍しく、湖の近くの平原だった。
「珍しいな。平原があったのか」
ジャニオンはそう言って辺りを見渡した。そこは随分と広い場所で、目立った障害物もない。少々地面がゴツゴツしているがこれは慣らせば問題ないだろう。
「いいや、これは平原じゃないね」
モライムが言った。
「綺麗に埋められているけど、地面には抉れた形跡と、引きずった形跡が残っている。ここってそこら辺の木を切り倒して作ったものじゃないかな?」
「言われてみればそう見えるな。すっげえな」
「問題は、まだ十数日しか経ってないのにここまでやりおおせた労働力と、木を大切にする獣族の縄張りにもかかわらず、これだけの開発をやってのけた大胆さだよ。一体どんな魔導を使ったと言うのかね?」
獣族は木を大切にする。理由は簡単だ。彼らは木の上に家を建て、木の上で身を守る。そんな彼らの縄張りでは、必然的に木々が生い茂るジャングルのような場所となる。そんな彼らの縄張りにもかかわらず、セトは徹底的に開発を行っていた。
そんな中「よお! 俺だけど元気?」と、張本人が現れた。
「兄貴!」
ジャニオンが嬉しそうに跳ねて行った。そんな彼の様子をモライムは怪訝そうに見つめていた。
「何だ、ジョニー君も来てたのか? 何しに来たの?」
「おい、おい、おい、おい! 随分な挨拶だな。兄貴が国外追放になったって聞いたから追って来たんだよ」
「嘘? 誰から?」
「いや、噂だ。誰からってことは無いけどよ」
「そうか、俺は国外追放になったのか」
噂を鵜呑みにして遠い目をするセトに向かって、ジャニオンは「いや、噂だからね!」と、勢いよく突っ込んだ。
◆◆◆
「これが設計図ですか?」
「うん」
「この通りに作るのですか?」
「うん」
——マジか。セトの作った建物の設計図を見て、モライムは頭を抱えた。
設計図には、近代のビル的な要素がふんだんに組み込まれていた。
「コンクリート。……ですか? それにガラスも? 何ですか? これ、どうするんですか?」
ざっとしたデザインは少し昔に流行った校舎だったのだが、その時点でこの世界の常識を激しく逸脱していた。四階建ての建物にコンクリート壁、ガラスの窓にガラスの扉。二階建ての建物でもやっとというこの世界で建築するには、少々どころではなくとんでもなく厄介なものだった
「コンクリートはあるだろ?」
「いや、ありますけど! ありますけど、あれは土台とか、接着とかに使うものですよ? これ壁全部コンクリートで、その中にガラスの窓を埋め込むんですか? そんな事したら、窓開かなくなっちゃうじゃ無いですか?」
「よく見ろ。窓は木枠で囲むし、その周りもさらに囲む。それで窓は問題なし。壁はコンクリートを塗る前に木で仮組みを作っておく」
「それでは土台が耐えられないのでは?」
「レンガがあるだろう? あれとか自然の石を埋め込んで強度を上げる」
「四階建てですよ? コンクリートだけでは全然強度が足りません」
「鉄筋を埋め込んで骨組みに——」
「鉄の精製が間に合いませんよ」
「仕方がないなぁ。……まあ、最悪、壁はレンガとか、出来る範囲で構わない。個室はワンルームスタイル。風呂、トイレ、キッチンは別。長方形の部屋に窓とドアと収納を作れば問題なし。あ、そうだ。宿舎と、学校は、別の建物にするってのはどうだろう? 体調が悪くて寝てる事もあるだろうし、寝てるすぐ隣で授業されるのって嫌じゃない?」
「設計図通りじゃないじゃないですか!」
「すぐ作り直すわ」
無茶苦茶だ。モライムは呆気にとられていた。
このセトという男が作り出そうとしている建物には、いまだかつてない凄まじい技術が盛り込まれていた。もし実現すれば、きっと向こう百年は同じものが作れないほどの一大事業だ。これは一種の芸術と言っても過言ではない。それならば、こんな場所ではなくもっと有意義な場所でやるべきなのだ。
「不可能な部分が多すぎます。……ジャニオン君、土族の立場からも何か言ってもらえないか!?」
「え? ジョニー、土族だったの?」
少々ばつが悪そうにジャニオンは「ああ、そうだよ」と、答えた。
隠していたつもりではなかったのだが、秘密を他人にバラされると少し気分が悪くなる。しかしそんな彼の様子など気にも留めずに、セトはニカッと笑うと「じゃあ、家具作っといて」と言った。
「あいよー。……って、それだけ?」
「ん? 何かあんの?」
セトは不思議そうに答えた。
「いや、何か。……もう、良いや」
「机、椅子、二十個ずつな」
「多いな! まあ、良いや。すぐ取り掛かる」
個室に各一。教室に各十。おそらく足りないだろうが、これは追い追いなんとかすれば構わない。極論を言えば、勉強は青空の下、ダンボールの上でも行えるのだから。
学校の建設はレンガベースで行われることとなった。素人のセトの考えとは裏腹に、玄人のモライムと半玄人のジャニオンの常識ではコンクリートでは強度が保たないという結論に至ったのだ。もちろん強度の関係で、階数も二階に制限された。
「城とかは背が高いイメージがするぞ?」
そんなセトの意見に対して、二人は揃って「金!」「人!」「資源!」と答えた。




