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進化の終焉を猫は嗤う  作者: アザとー
宇宙港内
44/48

 ガストゥたちに先駆けて宇宙港についたレクスンたちは、さっそくネズミたちからの襲撃にあった。最初の被害者となったのは下のターミナルでカウンターに立っていたあの男で、レクスンたちはネズミが彼の体を貪り食っている隙に上の階へと進んだのだという。

 その調子でワンフロアにつき一人ずつの犠牲者を出して、この階にたどり着いたのはレクスンともう一人の男だけ……しかし、この男はパイロットであるのだから、彼らにはまだ希望があった。

「宇宙に飛び立つことさえできれば、俺たちの勝ちだ!」

 この入星ゲートがネズミの巣でふさがれているのを見た時も、レクスンは希望を失うようなことはなかった。

「ふん、人智をなめるなよ」

 レクスンの手には銃身の大きなライフル銃がある。もう一人の男も同型のライフルを構え、ポケットには使い残りの手りゅう弾もまだある。ここを焼き払う火力がないわけではない。

 それでもここから先に進むことを考えると、最小限の火力でここを切り抜けたいところではある。

「おい、お前は一応パイロットだ、下がって自分の身の安全を確保しておけ」

 男を下がらせたレクスンは、自分のポケットからオイルライターを取り出した。普段はマルボロに火をつけるくらいしか用途のないこれも、人間が思考の末に作りだした文明の利器の一つだ。思考すらないくせに人類の未来を閉ざそうという下等生物を焼き払うのに、これほどうってつけの道具はないと、この時のレクスンは本気で思っていた。

 ライターの蓋を開け、着火輪フリントホイールを回す。わずかに散った火花は真に飛び移って、すぐに青白い炎へと変わった。

「そういえば、火を操る力を得た動物は人間だけだな」

 勝利の確信を軽くつぶやいて、レクスンはネズミの巣を形づくる白く乾いた粘膜の端に火を近づける。完全に乾ききった十センチほどは一瞬の炎と変わり、わずかばかりの灰となって床に落ちた。だが、それ以上は粘液に湿り気が残っているのか、小さくくすぶるばかりで炎は上がらない。

「くそっ!」

 レクスンが別の一角に火をかざそうとしたその時、彼の頭上で何かがうごめいた。

 反射的に身をすくめる。ライターは彼の手から滑り落ちて床を滑り、やはり数十センチほどの炎となったが、それっきりだ。

 床の上で指先ほどの炎とオイルの匂いを立てているライター、それを拾おうと手を伸ばしたレクスンの視界の端で、男が悲鳴を上げた。

「どうした?」

 振り向けば、男は大慌てでシャツを脱ぎ捨てている最中である。

「ネズミだ、ネズミが俺の服の中に!」

「落ち着け、見せてみろ!」

 男を振り向かせたレクスンは、すべてが手遅れであることを悟る。ネズミは男の背中にこじ開けた傷の中に半分ほど体を沈めて、あふれる血液を触手ですくってはすすりあげている。チュピチュピと不穏な音があたりに響いた。

 男は、痛覚を奪われているのだろうか、声こそ不安に震えてはいるものの、いつもと変わらない様子でレクスンに尋ねる。

「どうなってるんです?」

「いや……」

「ねえ、どうなっているんですか!」

 男が振り向いたと同時に、彼の口から無数の触手がぞろりとこぼれ落ちた。それらはてんでがばらばらに揺れ動き、レクスンの頬をかすめる。

「うわあ!」

 さすがの彼も自分の最期を覚悟して、胸元にある陽光のペンダントを握りしめた。

 その時だ、まるで風が吹き抜けるように、ふてぶてしい猫の鳴き声がフロアに響いたのは。声とともに、一匹の大きなサビ猫がのそりと現れた。

 前には口から細い触手をたっぷりと垂らした元仲間、横からは得体のしれない大きな猫……レクスンは今度こそ本当にすべてをあきらめて、せめて苦痛がないようにと両腕をだらりと垂らす。しかし触手人間はいつまでたっても襲ってはこず、猫もレクスンの近くまでゆっくりと歩み寄って「クフン」と軽く鼻を鳴らしただけである。

 さらにレクスンの胸元を見た猫は、そこに陽光のペンダントがあることを認めると、後ろ脚を折って床に腰を下ろし、まるで整列させられた兵士のようにピシッと背筋を伸ばしてひとこえ鳴いた。この声を聞いた触手は天井を仰いでびくびくと震え、そのあとで元仲間だったその男も、一歩下がって猫の隣に並ぶ。

 怪訝そうに眼を上げたレクスンは、このどちらもが自分に害意を向けていないことを悟って愕然とした。

「いったい、これは……」

 もともとがこのレクスンという男、自分の信念と固定観念による都合よい解釈というものを得意としているのだから、この状況を理解するのに対して時間はかからなかった。

「そうか、そういうことか」

 レクスンの足元には、いまだ細く炎をともしたライターがある。

 炎――これこそが人間のみが使役する文明のあかしであり、人類をほかの生物と隔てて高級なものとしている知性の証。

「これか、これが怖いか」

 レクスンは足元からライターを拾い上げ、猫たちの前にかざして見せた。こうして彼は、猫とネズミ人間とを自分の部下とすることができたのである。


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