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進化の終焉を猫は嗤う  作者: アザとー
宇宙港内
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「さて、ガストゥ君、いま私は、腕のいい宇宙パイロットを探している」

 レクスンはあくまでも紳士然として、親愛を示すように両手を開いていた。だがガストゥは、そんな彼を拒絶し、遠ざかろうとするかのようにじりじりと後ずさりする。

「腕がいいかどうかは知らないが、あんたの仲間にもパイロットはいたはずだろう」

「ああ、あいつはダメだ。ここに来る途中でネズミに襲われてね、とても航船なんか運転できる状態じゃない」

「だったら、その猫を連れておとなしく砦に帰るんだな。俺は、俺の仲間のためのパイロットだ」

「仲間ねえ、つい数時間前に会ったばかりの、急造チームなのにか」

「それだって、ここから生きて先に進むという目的を共にした仲間だ。俺はあんたのように、自分一人が助かるために仲間を見捨てたりはしない」

「何か勘違いしてるんじゃないかい、ガストゥ君」

 ネズミの巣の向こうで、何かがゆらりと揺れる。レクスンは今度は奇術師のように片手でネズミの巣を指して、満足そうに微笑んでいる。

「俺だって、仲間を見捨てたりはしないよ」

 ネズミの向こうから三体の人影が……いや、それはただの一人として『人間としての姿を保っている』という状態ではない。耳から鼻からはみだした桃色の触手がうぞうぞとうごめき、意識などはかけらもないのかうつろな目を見開いて、両手はだらりと力なく垂れている。

「さあ、ごらんあれ、俺の忠実にして頼もしい仲間を!」

 その光景の凄惨さに誰もが言葉を失って立ち尽くす。ただ一人、レクスンだけが楽しそうに歌うような声で。

「心配することはない。彼らは実に忠実で、俺の命令に絶対的に服従する。だからガストゥ君、君の返答次第ではこれらは、君にも君の仲間にも害をなさぬだろう」

「つまり、返答によってはこいつらが俺たちに害をなすだろうと?」

「いやいやいや、君は大事なパイロットだから傷つけるわけにいかない。まあ、君の仲間に傷が無いようにってのは、まあ、無理だろうけどね」

 レクスンは自分に向けられた銃口をけん制するように一瞬だけ目を見開き、そのあとすぐに、柔和な表情を浮かべた。

「ガストゥ、これはこの星の生物の頂点が人間であったという、何よりの証拠さ。ネズミによる蹂躙に、我々人類が勝利した記念すべき瞬間だよ」

「いったい、何があった?」

「何もない。俺たち人間が生物の中の頂点であり、ほかの生物を使役するように運命づけられた生物だったと、単にそれだけのことさ」

 サビ猫が意味ありげに「にゃお」と鳴いた。それは含み笑いを思わせる不快な声だった。

 レクスンはまた一歩、ガストゥに迫る。

「君に選択権はない。だが俺は寛大だ、君がここで俺のためのパイロットになることを快諾してくれれば、君の『お仲間』には危害など加えないと約束してやろう」

「選択権がないだと?」

「ああ、そんなもの、この俺以外の誰にもない。見えるだろう、ガストゥ、あのネズミ人間たちは俺の命令一つで動く。この猫もだ。つまりここですべての決定権を握っているのは、この俺なんだよ」

 それでも答えを戸惑うガストゥの肩越しに、レクスンはジェシーを見た。彼女は相変わらず表情もなく、ただジェンスをかばうように抱きしめていたのだが、彼はそれを笑った。

「ああ、あの女……俺の使い古しのあれか」

 笑いは止まることなく、レクスンの肩がクツクツと小さく揺れる。

「もちろん、あの女もくれてやるさ、宇宙船にあいつの席も用意してやろう。どうだい、破格の待遇ってやつじゃあないかい?」

「くれてやるだの、用意するだの、ジェシーはお前の所有物じゃない」

「うるさいよ!」

 レクスンが大きく腕を振ると、垂れ下がっていたネズミの巣を突き破ってネズミ人間たちがガストゥに飛びついた。それは人間では考えられないほどのスピードで、誰も声すらあげられずにいる間に、ガストゥは床に組み伏せられてしまった。

 レクスンは床に押し付けられたガストゥの鼻先すれすれ、まるで踏みつぶすための間合いに足を下す。

「さて、ものわかりの悪い君も、これでわかっただろう。君に拒否権はない」

 まるで相槌を打つように、サビ猫が鳴いた。

 それでもガストゥはあきらめの悪い男だ。ゾンビのようになり果てたネズミ人間たちの手を振りほどいて尻ポケットに隠し持った電子銃を抜こうと、体を軽く揺する。この行動の真意にレクスンが気づかぬよう、油断なく会話を投げながら。

「全くすごい、大したもんだ。だが、これがあんたの号令だっていう証拠は?」

「ふむ、確かに証拠が欲しいか。よろしい、お前たち、折れない程度にひねってやれ」

 レクスンの号令とともにガストゥの両手両足がぎりっときしむほどにねじられる。大きな悲鳴を上げるガストゥを見て、レクスンは満足げに微笑んだ。

「おわかりかい?」

「わかった、わかったからかんべんしてくれ!」

「よかろう、緩めて差し上げろ」

 万力のような力は緩んだが、ネズミ人間たちはガストゥを押さえつける手を放しはしなかった。それでもガストゥは、痛みにもだえるふりをして身をよじり、尻ポケットを手に近づけようとする。残念なことにあと数センチ――もしも右手を押さえるネズミ人間の力が弱ければ、それは届いたかもしれない。しかし精いっぱいに伸ばした指先はわずかに届かず、ガストゥは小さく歯噛みをした。

 レクスンのほうは勝利を確信したか、にやにやといやらしい笑いを浮かべたまま、ジェニーたちの顔をぐるりと見回す。

「さて、俺が欲しいのはパイロットだけなんだが?」

 実際のところ、メイビーとデリスクは銃口をレクスンに向けて警戒の体勢を崩してはいないが、ガストゥがネズミ人間の手によってとらえられた今、人質を取られているのと同じなのだからうかつに動くわけにはいかない。それはジェシーとジェンスも同じこと、身を寄せ合ってレクスンをにらみつけるくらいが、せいぜいささやかな抵抗である。

 レクスンの余裕は、そんな状況のすべてを把握し、掌握しているからこそのものである。

「そうだねえ、そこにいるパイロット君の返答いかんによっては、無傷で返してあげてもいいよ」

 交渉の主導権はあくまでもレクスンにあるはずだ。確かに残忍で気まぐれな彼ならば、ここでジェニーたちをネズミ人間の餌にすることも、特に傷つけることなくネズミが潜む宇宙港内に置き去りにするのも、大差はないことなのだろう。

 それを心得ていたからこそ、ガストゥはわざとらしいほど大げさな驚嘆の声を上げた。

「大したもんだ、まったくたいしたもんだ! まるで神だな、君は!」

 レクスンはシャツの胸元を探って陽光のペンダントを取り出し、それに口づけてから答えた。

「神じゃない、太陽だよ、俺は」

「ああ、太陽、まさに太陽だ。いったいどうやってネズミも猫までも、手なずけることができたんだい?」

「手なずけたんじゃない、勝手にこれらが俺の前に跪いただけさ」

「そんなこと……」

「まあ、聞きたまえ」


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