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こうしてみると、どうしてここまで気にしなかったのだろうか、トンネル内にはネズミの気配が満ちている。じわじわと闇のしみこむコンクリートの表面は何も見えないほど暗いというのに、あそこにネズミが潜んでいないと、どうして言い切ることができようか。
ヘッドライトのおこぼれでうっすらと照らされた路肩を目で追っていたミンストンが、ふいに大きな声を上げた。
「発進しろ、はやく!」
デリスクが派手にギアの音を鳴らし、アクセルを踏み込む。急に走らされたタイヤは悲鳴に似た声を上げ、車内の者は一気に後ろへと押し付けられた。それでも、猫たちですらこれに抗議の声を上げたりはしない。
車の後ろからは、エンジンの音にかき消さりそうになりながらも、ドズンと重たく地面をたたく音がした。
「なんだ、いったい、何が!」
シートを乗り越えるようにして後ろに身を乗り出したガストゥが目にしたものは、大きなリアウインドゥの向こうでのたうつ、人の胴体ほどもある太い触手の一部。彼はあわててジェンスを引き寄せ、その両目を手でふさぐ。
「スピード上げろ! もっと!」
「無理だ、こんな暗さじゃ!」
車窓によぎった表示板は出口まで1キロの文字、時間にして一分も走ればこのトンネルを抜けることができる。
しかしリアウインドウの向こうでは、鎌首をもたげた触手が手近な車に巻き付くのが見えた。
「デリスク!」
ガストゥが叫ぶと同時に、彼はハンドルを目いっぱい右に回す。車は急速な角度でスピンをかけ、車の中身は一気に左へと押し付けられた。そのままスピンをかけて……車はもと来た方へと走り出す。
「何してんだよ!」
「いいから黙ってろ!」
ヘッドライトいっぱいに、車を振り上げた『ネズミ』の姿が映った。おそらく天井にでも張り付いていたのだろうか、広げた触手がトンネルをふさぐほどの特大級のやつだ。
ヘッドライトの光にひるんだか、そいつの触手が一斉に縮み上がり、動きを止めた。
「いまだ!」
再び左側に押し付けられての急スピン、車はトンネルの出口を目指して猛スピードで走りだす。ネズミは大きく触手をくねらせて抱えていた車を手放したが、ヘッドライトで目がくらんだか、それは全く見当違いの方向へと飛んだ。
車はただひたすらに走る。後ろを見れば、取り損ねた獲物をあきらめたか、ネズミが長い触手をゆっくりと壁にひっかけて、天井へと這い上がっていくところであった。
「なんだい、追いかけてこないのかい」
メイビーの疑問にジェシーが答える。
「あれだけの大きさの体だ、運動効率は悪いはず」
「つまりスタミナ切れってか、お気の毒!」
メイビーがリアウインドウに向かって毒づいたのは、たぶん虚勢だろう。だから誰も文句など言わない。
この先に出会うネズミがどれほどの進化を遂げているのか、それはもはや我々の理解の範疇にはない。その片鱗を見せつけられたような気がして、みんながただ、無意味に暗い気持ちになるばかりであった。




