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進化の終焉を猫は嗤う  作者: アザとー
そして宇宙港へ
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 本来ならば橙色光を振りまいているはずの低圧ナトリウムランプは一つもついておらず、トンネルの中は完全な闇の世界であった。ヘッドライトをつけてその中を走る車は、まるで深海を進む潜水艦のようで……いや、分厚い走行でおおわれている分、潜水艦のほうがどれほど安全だろうか。

 暗い道のあちこちには運転者を失った車が停まっており、これが深海の底にごつりと突き出した岩礁のようにヘッドライトの明かりの中に無様に映る。どの車も路肩ぎりぎりに止められていて、道がふさがれていないのは幸いだった。

 暗い海の底を走るような陰鬱なドライブに、車内は無言になりがちだった。

 これに耐えかねたか、ミンストンが声を上げる。

「何か曲でもかけよう、思いっきり明るいやつをさ」

 ハンドルを握るデリスクは、少し不機嫌そうに舌を鳴らす。

「曲ったって、電波障害でラジオ局は全滅してる。あんたにとってはノイズが子守歌だっていうんなら、まあ、止めはしないがね」

「ラジオなんかじゃなくてさ、なにかあるだろ、この車のステレオにメモリーされたやつがさ」

 ミンストンは手早くステレオのスイッチを入れるとボタン操作で曲を探し出した。断片的に吐き出されたイントロがいくつも流れる。

「これは暗くてよくないな、これもエロいからよくないし……」

 いくつか曲を流す中で、子供向けのアニメの主題歌が耳に止まった。メイビーがはっきりした声で叫ぶ。

「それだ、それでいいよ」

「ええっ、こんな幼稚な曲でいいのかい?」

「幼稚っつうか、ここにゃ子供がいるんだから、ちょうどいいだろうよ」

 そこまでははっきりとした声だったメイビーが、ふいと横を向いて小声で付け加えた。

「それに、静かなよりはずっといい」

 確かに、いかにも子供が喜びそうなキレのいい単調なメロディは静けさを押しのけて心地よい。この音がトンネルにも反響しているのかと思えば、ヘッドライトの明かりもわずかに暖かなものに感じる。

 そうだ、ここは深い海の底などではなく陸上の、宇宙港へと続く一本道の中だ。呼吸を遠慮する必要などない。

 ガストゥは詰めていた息をほうと吐き出し、わずかに唇の端を上げた。隣に座っているジェシーは目ざとくこれに気づき、不思議そうに首をかしげる。

「なにか面白い物でもあったのか?」

「いや、別に面白いことなんかない」

「では、なぜ笑う」

「笑ったんじゃなくて、気が緩んだのかな。何しろこの先には宇宙港がある、そこでデクスト号を起動させれば、こんな悪夢みたいな冒険ともおさらばなんだからな」

「それは気が早い。この先にはレクスンたちが待ち構えている。ネズミだって、あれからさらに進化をしているだろう。デクスト号にたどり着くことは簡単なことではないと予測される」

「それでもさ、この道の先は真っ暗な地獄に通じているわけじゃない、間違いなく宇宙港に通じているんだろ」

「そうだな、それは保証する」

「ならば、それでいい」

「そうか、君は楽天家なんだな」

「悪いか?」

「いや、良い」

 車内の空気が和らいだ理由はそれだけではない。メイビーがジェンスを促して、アニメの歌を一緒に歌い始めたのだ。もちろん無表情なジェンスのこと、どの気持ちで歌っているのかを表情からうかがうことはできないが、その声は存外に朗らかで力強いものであった。

 メイビーが優しく微笑みながら聞く。

「坊主、アニメ好きなのかい?」

「うん、嫌いではない」

「好きじゃないのかい?」

「ううん? 嫌いじゃない」

「はっきりしないねえ」

「誰かに好き嫌いを聞かれたときに、はっきり好きだって言っちゃうのは、乞食みたいでみっともないってお母さんに言われた」

「ここにはお母さんはいないだろ、言っていいんだよ。アニメは好きかい?」

 ジェンスは戸惑ったように体を揺すり、それでもジェシーを見上げて言った。

「好き」

「そうかいそうかい、じゃあ、運転席に座っているおじちゃんと仲良くするといいよ。あのおじちゃんは、あんな見た目なのに子供が見るようなアニメが好きでね、きっと仲良くなれるだろうよ」

 デリスクは困ったように眉毛をㇵの字に下げて、メイビーをミラー越しに睨み付けた。

「おいおい、見た目は関係ないだろ」

「関係あるだろうよ、いかついおっさんがキャラクターのぬいぐるみを抱えてニコニコしてる姿とか、ちょっと不気味じゃないか」

「そうかなあ」

「いい機会だからさ、このミッションが成功したら、部屋にあるぬいぐるみ、アレをいくつ

 かこの子にあげなよ」

「ええ、アレは勘弁してくれよ、どれもこれもレアものでさあ……」

 ジェンスが二人の会話を割くように声を上げる。

「宇宙豪剣士メスカルド!」

 その表情は真剣で、興奮して少し赤らんだ頬が実に子供らしい。ガストゥは、この子の子供らしい振る舞いを初めて見たような気がした。

 メイビーのほうは、こうした子供の扱いになれているのだろう、からからと笑う。

「そんな古いアニメ、よく知ってるねえ!」

「メスカルド、かっこいい」

「しかも、デリスクのコレクションの中でも、レア中のレアじゃないか」

 メイビーはさらに笑い声を立てて、運転席へと話しかけた。

「これは若い世代に譲ってやっちゃあどうだい?」

 デリスクは幾分唸り声を上げていたが、観念したか片手を上げて溜息を吐いた。

「仕方ないなあ」

 これを助手席に座った男が笑う。

「もう尻に敷かれているんですか?」

 ガストゥがジェシーを肘でつつく。

「あれ、ジョークだぜ」

「なるほど」

 ジェシーの明るい笑い声が車内に響いた。それは今までこらえていた分の笑いを一気に吐き出してしまおうとするような、大きな笑い声だった。

 ガストゥは驚いてジェシーの横顔を見る。いつもきりりと引きあがった目元はゆったりと眉尻を下げ、大きく口をあいた顔は思いのほか幼く見える。肩頬にだけえくぼが浮かぶのもかわいらしい。

 思わず知らずほほを緩ませて、ガストゥも笑った。車内は明るい声に満たされ、猫たちも機嫌よさそうに尻尾を立ててゆらり、くらりとくねらせている。

 ヘッドライトに映る廃車も、特に道をふさぐことはない。このまま何事もなく、ちょっとしたドライブ気分で宇宙港までたどり着けるのだろうと、その時は誰もが思った。

 しかしその思いを打ち砕いたのは、トンネルの出口が近いことを示す看板が見えたあたりにあった、一台の車であった。

 その車は、路肩に寄せて止められたほかの車とは違って、道路の真ん中をふさぐように腹を天井に向けて転がっていた。

「なあに、ちょっと横っ腹は擦れるかもしれないが、通れないことはないさ」

 デリスクがブレーキを踏んで減速する。ヘッドライトの中にゆっくりと全貌を照らされた車を見て、ガストゥは息をのんだ。

「これは……レクスンの仲間が乗って行ったものじゃないのか?」

 くすんだ青色に塗られたボディには、黄色いペンキで描きこまれた『クレスタ酒造』の文字。車内の誰もが、その車に見覚えがあった。

 デリスクは車を完全に止めてしまって、苦しそうにつぶれた声を出す。

「ああ、確かにこれは……」

 ガストゥの記憶が確かならば、この車に乗っていたのは肉付きのいい、いかにもネズミに好まれそうな青年だったはずだ。

「やっぱりネズミの野郎が……」

 デリスクのうめき声に、メイビーが朗らかな声を重ねる。

「あんなちっぽけなネズミが、車をひっくり返したりできるもんかい。オート三輪ってのは転がりやすいんだ、きっと単なる横転さ」

 それでもその声は、車内に漂い始めた静寂を追い払うほどの勢いはなかった。誰もが無言で窓の外の闇に視線を走らせる……油断なく。


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