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進化の終焉を猫は嗤う  作者: アザとー
メディルスのブリーディングハウス
32/48

 ◇◇◇


「それでも南半球はここよりも都会で、少しはネズミの被害も少なかろうと、僕はその子を南半球にある遠縁の家に疎開させることを勧めたんだ。でも、失敗だったね、それからすぐ、ネスニアは星全体の通信をダウンさせられて、南半球がどうなっているのかすら、今では確かめるすべがない」

 話を終えたメディルスは、深く深く、肺の中のすべての空気を吐き出すようなため息をついた。

「やっと、人に聞かせることができた」

 その横顔は少しやつれて、疲れ切っているようにも見える。

「あの日から、僕は猫に『飼われて』いる。今日まで僕がこの町で生き延びているのは、僕が猫たちの愛玩動物であり、また、余計なことを話さないように監視しておく必要があるからだ。僕は猫たちの目を盗んでジェシーの父親が遺した研究の記録を収集し、うちの猫たちに知能テストを行い、そして確信に至った。猫は、ほかの動物とは違って、知性を発達させるという進化の道を選んだ、それもかなり昔からね」

 ガストゥは特に反論しなかった。かの生き物の賢さはすでに体感済みだ。

 メディルスもそこは心得ているのか、結論を急ぐ。

「ジェシーの父親がこの星の太陽に進化の可能性を見出したように、猫たちも自分たちの進化の可能性を感じてこの星に潜り込んだ。そして、より高い知性を得て、今度は自分の種を再び地球に戻そうとしているんだ」

「どうやって……」

「君は『ブリーダーに会って猫を受け取る』ためにこの星へ来たんだったね、あれがすでに猫たちが仕組んだものなんだよ。その依頼を出したのは、地球政府だ」

「地球政府!」

 思わぬ大きな組織とのかかわりに驚いて、ガストゥは声をあげる。しかし、メディルスは特に驚くこともなく言葉を続ける。

「そう、地球政府。僕が受けた依頼は『ネズミを捕ることに長けた猫を用意してほしい』というものだった。どこかの星からの積み荷に紛れていたネズミが繁殖して、困っているらしいんだよ。ところで、これにうちの猫が選ばれたのは、その積み荷に紛れていたネズミというのがこの星のネズミだったからなんだ……」

「まさか、この星の猫たちが意図的にネズミを紛れ込ませたんだとか言い出すんじゃないだろうな」

「いや、まさにそれだよ。猫たちはネズミが地球に紛れ込めば、その対策のためとして自分たちが招聘されることを心得ているのさ」

「そうか、だとしたら、どうしても地球に猫を連れて行く必要はある。しかし、それでは猫たちの思うつぼということか……」

 顎をひねって思案するガストゥに、メディルスは実にこともなげに言い放った。

「プロキオンを連れて行けばいい」

「いや、あれだって『猫』じゃないか」

 確かにあの黒猫はジェシーに対し、一見すれば従順に思える。しかしその本質が猫であることを考えれば、『飼われて』いるのはジェシーの方なのだ。

「それでも、プロキオンはジェシーを溺愛している。まるで自分の子であるかのようにね。彼女ならジェシーの……ひいては人類の不利益になるようなことはしないはずだ」

 それでも不安そうに眉間を潜めているガストゥに向かって、メディルスはひどく優し気な笑顔を浮かべた。

「人間でも、犬猫を『わが子のように』かわいがることがあるだろう? あれと同じだよ、プロキオンはジェシーのことを死んだ母親の代わりであるかのように守り育てた。そして、ジェシーもプロキオンのことを母であるかのようにしたっている。この二人を引き離すのは、酷だとは思わないかい?」

「まあ、確かに他の猫を連れて行くよりもずっとまともなのか……しかし、それでも猫であることには変わりない」

「だから、君がジェシーを守ってやらなくちゃいかん。そうだろう?」

 メディルスは「よいしょ」と大げさな声を出し、大げさに体を揺らして立ち上がった。

「さて、少し眠るといい。何しろこれから、君にはいくつもの戦いが待っていることだろう」

 寝室のドアを開けようとするメディルスを、ガストゥは呼び止める。

「待ってくれ、最後にひとつ」

「うん?」

「この星の通信機能はなぜダウンした?」

「さあ……おそらくは繁殖したネズミが通信の基地局へ侵入したか、ケーブルを食いちぎったか……」

 それはガストゥの予想した通りの答えであったが、期待した通りの答えではなかった。彼はふいに、デクスト号の更新が数日前から地球に届かなくなっていることを思い出したのだ。

「たったそれだけのことで、この星から時空で数えて三日の距離にまで影響がでるものなのか?」

「さあ、そこまでは……僕の専門は生物なんでね、そちらにはあまり詳しくはない」

「例えば、猫たちが何らかの妨害電波を使って、この星の通信機能を掌握している可能性は?」

「それこそ、どうやって?」

「いや、そんなことは俺にもわからないが……」

「ふむ、科学というのは、常に仮説が『正しい』ということを前提として検証する。今の君の仮説を正とするなら、そこに至るまでに『猫たちは何らかの機械操作をすることが可能か』という検証が必要になるが……検証するまでもない、彼らの手元は爪と肉球でできているんだから、細かな機械の操作や作製は人間に頼る必要がある。猫たちが人間を飼いならす最大の利点もおそらくそこだろう」

「そうか」

「まだ何か不安があるかい?」

「いや、十分だ」

「では、ゆっくりお休み」

 メディルスは笑顔で部屋から出て行ったが、ガストゥはベッドに横になった後も、天井をにらみつけて寝付けずにいた。

(おかしい、何かがおかしい)

 それは単に勘でしかない。何かの科学的な証明も、事実確認という裏付けもない漠然とした不安――危険な状態に置かれて神経がとがっていることを差しい引いても足りない、強い疑問が、不定形の雲のようにかすみながら心の隅に引っかかっている。

(たぶん、人間ではわからないたくらみが何か……あるに違いない)

 不安にせかされて跳ね上がる動悸を少しでも鎮めようと、ガストゥは強制的に両目を閉じたのだった。


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