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 黙って話を聞いていたレクスンが、偉そうに組んでいた腕をほどいて茶化すような拍手をいくつか打ち鳴らした。乾いたその音が空々しく洞窟内に響く。

「素晴らしい、パーフェクトな計画だよ、ガストゥくん!」

 もちろん、本心じゃあない。レクスンは厭らしい薄笑いの形に唇をゆがめているのだから。

「その計画に必要なのは信頼だ。まずはそこにいる女が語る鼠の情報が真実であること、これが第一の条件だ。若しも何かウソがあれば、少人数で組んだ部隊なんか一瞬にしてネズミに吊るされて餌にされるだろうさ」

 ジェシーが顔をあげる。

「嘘は言っていない」

「どうだかな。それに、第一部隊の人選も、これが自分の胃の地ばかりを優先するような奴らだったらどうなる? ここに残されたもののことなんか見捨てて、自分たちばかりがほかの星へ逃げてハイ、オシマイ、かも知れないんだぞ。よくよく考えてもみろ、お前たちは昨日今日この星に着いたばかりのヨソモノを信用して、自分の運命を預けることができるのか?」

 これに答えたのは、ウェスカーだった。

「少なくとも兄さん、あなたよりは信頼できる」

 力強く言う彼の隣には腹の大きな若い女が寄り添っており、恥じらいもなく頼るように体を擦り付けているその距離感から、この腹の子の父親はウェスカーであるのだろうと想像することができた。

 女の肩を軽く抱き寄せて、ウェスカーはレクスンを睨みあげる。

「僕には守るべきものがある。だけど兄さん、あなたの作戦に従っていては、僕は守るべきものさえ守れない。走ることのできない彼女は、格好のネズミのエサでしょう、兄さんはきっと、その屍さえ踏み越えることを僕に強要するに違いない」

「当たり前だ、父母の死んだ今、シーラー家の血筋をとださないようにするためには俺たち兄弟が生き残ることこそが最大の使命だ。お前の子供を産む女など、逃げ出した先で俺がいくらでも探してやる」

「そういうことじゃないんですよ、兄さん!」

「黙れ! 俺に口答えをするんじゃない!」

「嫌です!」

 きっぱりと言い切った後で、ウェスカーは兄にではなく、自分の周りにいる聴衆に向かって語り掛けた。

「僕が彼の作戦の方を良しと判じたのは実に自分勝手な理由からだ。実のところ、僕にとってはこの集落の人間のうちだれが生き残ろうがさして興味はない。血を分けた兄の生死さえどうでもいい。ただ一人、僕の愛する妻が生き残ってさえくれれば、ほかは全て些事なんだ。だからこそ、妻がネズミのエサにされるような杜撰な作戦ではなく、最小限の人間で最大限の効率を考える彼の作戦を選びたい」

「ウェスカァっ!」

 レクスンは今にもとびかかろうとするのを必死でこらえているかのようにこぶしを握り、大きく体を震わせている。

「お前は……お前は急に反抗的になったな」

「第二世代ですからね、僕は。暴力と罵声で僕を支配しようとするあなたに『血がつながっている』という理由だけで情を寄せるよりも、ただ愛だけで寄り添いたいと思う彼女を守る方が合理だと判断したんですから。どうぞ、罵ってかまいませんよ」

「この……この……」

 震わせていた身を大きく前に倒して、レクスンが木箱から飛び降りようとする。ガストゥはこれをがっしりと羽交い絞めにして聴衆に向かって叫んだ。

「レクスンの言い分にも一理ある! この作戦に重要なのは他人に対する『信頼』だ、そしてそれを得るには俺はあまりにも新参者であると! だから、自分の判断で選んでくれて構わない!」

 聴衆は、誰一人としてその場を動こうとはしなかった。これを見たレクスンが大きく体を振ってガストゥを突き放す。

「ああ、わかった、わかったよ、お前ら、みんなネズミに食われちまえ! この腰抜けが!」

 そのまま唾を吐いて、彼は木箱を飛び降りた。そのままあたりをねめつける。

「おい、ヤシュトゥカ、レメス、デックストーン、お前らはまさか、俺を裏切ったりしないだろうな?」

 名前を呼ばれた数人の青年は震えあがり、お互いに顔を見合わせた。レクスンがさらに畳みかける。

「おいおい、まさか、俺を裏切ってこんな素性の知れない男についていこうっていうんじゃないだろうなあ? 俺は構わないが、この男はあの女にひどく熱をあげている。お前たちがあの女にしたことの一切を知ったら、どんな顔をするんだろうなあ」

 青年たちはそろりと一歩、そろそろりともう一歩を進んで、仕方なしにレクスンの周りに集まった。それでも彼は満足したようで、勝ち誇ったように高らかな笑いを響かせた。

「そうだ、それでいい。俺たちには俺たちのやり方がある、お前たちはそこで、せいぜいが腰抜けたお作戦でも話し合うがいいさ!」

 青年たちをひきつれたレクスンが洞窟から出てゆくのを見送って、ガストゥはジェシーを引き寄せてささやくような声で訊いた。

「あいつらに何をされたんだ?」

 しかしジェシーの表情は一つとして変わることはなく、口調も淡々としたものだった。

「特に問題はない。男の機能的な現象だと彼らは言っていた」

「具体的には何を?」

「ガストゥ、私がなにをされたのかはこの作戦には関係ない。私はそう判断した」

「わかったよ、ジェシー、作戦会議を始めよう」

「ああ、そうしてくれ」

 ガストゥを見上げたジェシーは、さすがに少しだけ戸惑って首をかしげる。

「なぜ、そんな苦しそうな顔をしている?」

 これに対する十分な答えなど、ガストゥにあるわけがない。彼はいくつかの単語から、ジェシーが彼らにどんな扱いをされていたのかを想像してしまったのだ。

 男の機能現象――うまく言いつくろってはあるが、要するには性欲だ。ジェシーはあの男たちの性欲処理の道具として好き勝手に嬲られていたに違いない。感情に乏しく、自分が人間というものの在り方に疎いのだと思い込んでいる彼女を丸め込むのはさぞかし簡単なことだっただろう。

 全ては憶測でしかなく、また、こうしたデリケートな問題を話すには人の耳があるここはふさわしくない。だからガストゥはジェシーの頭を軽くなでて、自分の表情を隠した。

「何でもないよ、別に苦しいわけじゃない」

「だが……」

「苦しいんじゃなくて……そうだ、喉が渇いているんだ、どこかに水でもないかな?」

「水は、一番奥の木箱に入っている。とってこよう」

 軽やかに木箱の間へと消える彼女の後姿を見送って、ガストゥは頬に一筋の涙を滴らせた。

 同情ではない、憐憫でもない。それは彼女を主体とした何らかの感情ではなく、ガストゥの胸の内にわだかまる悔しさに似た感情が流させたものだった。

「そうか、嫉妬か」

 骨の芯から震えるほどの強い怒りに似たそれを抑え込もうと、ガストゥは我が身も抱くように両腕を体に巻く。

「ジェシー……」

 つぶやくように彼女の名を呼んで、ガストゥはもう一滴、涙を流した。

 その涙を拭い終えるころ、水のボトルを抱えたジェシーが戻ってきた。その後ろには腹の大きな女と、ウェスカーがいる。

 ジェシーが軽く身をひくと、ウェスカーが一歩を進み出た。

「どうもありがとうございます」

 いきなりの感謝の言葉に戸惑って、ガストゥは両手を振る。

「感謝されるようなことは何もしていないぞ」

「いえ、あなたがあの作戦を提案してくれなかったら、僕は彼女を危険にさらすような作戦に参加するしかなかったことでしょう」

 ウェスカーが深く頭を下げれば、女も大きな腹に両手を添えて体を折る。

 いかにも太陽をたっぷりと浴びて育った日焼けした肌とが健康的な、大人しそうな娘だ。

「なかなかかわいい嫁さんじゃないか」

 ガストゥが言えば、ウェスカーが照れたように身をくねらせた。

「いえ、まあ……はい」

 そのあとで、彼は表情を引き締める。

「それで、僕は後発部隊としてここに残りたいと思います」

「そう言うと思ったよ」

「部隊を組もうにもあなたはこの集落の人間関係に明るくないでしょう。人選は僕に任せてくださいませんか」

「むしろ助かるよ、君に一任しよう」

 硬く握手を交わす男二人を交互に見比べたジェシーは首をかしげる。

「今ならば話してもいいか?」

「何をだい?」

「ネズミの進化に対する考察を……さっき、作戦会議の時に言えなかったことだ」

「ああ、もちろん。しかし、なぜ今?」

「これは突入作戦そのものには関係がない。しかし、この星に残るのならば知っておいた方がいいと思ったのだ」

 男たちの表情が引き締まる。

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