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「まあ、いいや、俺の作戦はこうだ。まずはネズミに対抗できる武装した若者で先発部隊を組む。こいつらの仕事は露払いだ、ネズミの巣を焼き、ある程度相手の数を減らし、突破口を開く。戦う力のない女子供や老人は、突破されたルートをたどって宇宙船まで走ればいい。もちろん、ネズミの残党に襲われることもあるだろうから、これを守るためにこのグループの先頭、側面、背後には武装した者を配置する」
レクスンは鼻先のしわを消し、いかにも情け深い様子で両腕を広げた。
「安心したまえ、俺はこの警護部隊に入る。ネズミなんか一匹も近づけやしない、必ずここにいる全員を宇宙へと逃がしてやると約束しよう!」
ウェスカーが大きく舌を鳴らした。その舌打ちは兄によく似た甲高い音を立てるものであったが、心根までは兄に似てはいないらしい。
「それって、自分が安全に航船にたどり着くためにネズミの群れに餌を与える作戦ですよね」
「ウェスカー、黙れ!」
「黙りませんよ。まずは突入部隊、これはリスクが高すぎる。武装っていっても、僕らの手元にあるのはジェシーの猫と、いくらかの銃……これは相手の数が多ければ焼け石に水でしかないものだ」
「農場の整備に使う火炎放射器があるだろう、あれはどうだ? 銃よりは広範囲に及ぶ攻撃が可能になるから、より大量のネズミを斃すことができるだろう?」
「それだってたかが知れている。それに、宇宙港の建物に火が付くような事態にでもなったら、ネズミだけではなく、火災にも追われることになるんですよ」
「そんなのは知ったことじゃない。この作戦のキモは一人でも多くの生存者を、航船まで導くことにあるんだ。逃げられないものはそこまでの運だった、ただそれだけの話だ」
「つまり、逃げ足の遅いものは最初からネズミのエサであると、そういう作戦ですね」
「ウェスカー、黙れ! これは命令だ!」
「いいえ、黙りませんよ。兄さんの作戦は、最初から弱者を切り捨てること前提に考えられている!」
「それの何が悪い!」
レクスンの声は高い天井にまで響き渡り、一瞬、電流のような緊張が洞窟内に張り詰めた。
「お手てつないでみんなでピクニックに出かけようって話をしているんじゃない、俺たちは、いかにして生き延びるべきものが生き延びるか、そういった非常時の話をしているんだ、走れないものは置いてゆく、それだけのことじゃあないか!」
「それでも兄さん、弱い者をおとりにしようっていうのは、あまりに身勝手じゃないですか!」
「ふん、お前が俺の計画に反対している理由だって、ずいぶんと身勝手じゃないか。お前は自分のオンナが妊婦だから、走れない、つまりネズミのエサになることが確定しているのが気に食わないってだけだろう?」
「その通りだよ。僕は正直、ほかの誰が生き残ろうと興味なんかない。ただ、ミリアのことだけを守りたいと、それだけだよ」
「聞いたかね、諸君! ああ、ああ、わが誇り高きシーラー家から、こんな志の低いものが生まれるとは! これだから第二世代は!」
大げさに顔を覆って嘆いた後、レクスンは姿勢を正して聴衆をにらみつけた。
「君たちはどう思うかね、この集落全体の存続という目標を背に、すべてのものに等しく脱出のチャンスを与えようという私の計画と、自分の身内だけを贔屓し、ほかの者のことなど知らぬと言い放つこの男と、どちらが正義であるかなど明白であろう!」
ジェシーがぽつりとつぶやく。
「ウェスカーだな」
それに呼応するように、ジェンスが声をあげた。
「ウェスカー」
ざわ、ざわとウェスカーの名をつぶやく声が沸き起こる。レクスンはすっかり腹を立ててしまって、木箱をドンと踏み鳴らした。
「黙れ黙れ黙れ! 俺はお前たちのことを考え、お前たちを守るためにこうしてリーダーなんぞやっているんだぞ!」
誰かが叫んだ。
「別に頼んだわけじゃあない」
レクスンはいよいよ顔を真っ赤にして、食いしばった歯の間から唸るような声をこぼし始めた。隣に立つガストゥにも、そのすべてを聞き取れないほど小さなつぶやきを。
しかし、ところどころ聞き取れる単語が全て耳を塞ぎたくなるような汚い罵りの言葉であったことから、ガストゥはこれが聴衆に向けた呪いの言葉であることを悟った。
ひとしきりの呪いを吐き出した後で、レクスンは大きく呼吸を吸ってにこやかな笑顔を作る。
「さて、じゃあ、君の素晴らしいアイデアを聞かせてもらおうかね、ガストゥ」
ガストゥはレクスンの方には一切顔を向けようとはせずに、木箱の足元に群がる人たちに向けて話を始めた。
「まず言いたいのは、我々の目的は航船までたどり着くことであり、ネズミと戦うことではないということだ。つまり最善の策はネズミとの戦闘を回避すること、そういう方法はないのか、ジェシー」
ガストゥに名前を呼ばれた女はすぐに一歩を前に出て、物言いたげに口を開く。透かし、レクスンの声がその言葉を遮った。
「お前、正気か? 第二世代は俺たち第一世代を滅ぼそうとしているんだぞ、知ってたって答えるわけがない」
「レクスンが……」
ジェシーの言葉は途切れがちで、声も小さい。
「レクスンがそういう思想だから、今まで言えなかった。うかつなことを言えば、すべて第二世代のせいにされると判断したから黙っていた。ネズミの習性から、戦闘を回避する方法はある」
ガストゥが頷く。
「言ってくれ、ジェシー、俺は君を信じる」
彼女の声がわずかに力を帯びる。
「ネズミは表皮の乾燥に弱い。空気中の湿度が一定の数値を下回ると、保湿のために行動が低下する傾向にある。実験では湿度20パーセントを切った場合、分泌した自分の粘液で殻を作り、一時的に休眠状態に入る姿が観測されている」
「それはずいぶんと乾燥した状態だな。そんな状態を作り出すことができるのか?」
「この星は砂漠が多く、特に宇宙港の周りは水分含有率の少ない岩場で構成されているため、絶対湿度そのものが10パーセントを切る日もある。そのために宇宙港では、建物内が常に湿度30パーセント以上を保つように三十台の加湿器を稼働させている」
「つまり、その加湿器を止めてしまえばいいんだな」
「それだけでは不十分だ。換気が効率よく行われるように窓か、もしくは扉を開いてやる必要がある」
「それはそんなに難しいことじゃないだろう。ただ窓を開ければいいだけだっていうなら、何かの銃火器で撃ち抜いてやればいい。ほかに問題は?」
「この作戦は換気が始まったからといって目に見える即効性がないということだろうか、つまり突入部隊は宇宙港の近くでネズミたちの休眠が始まるまで待機しなくてはならない。ネズミたちの中には休眠ではなく移動を選択し、建物からの脱出を試みる個体もいるだろう、そうした個体と遭遇する確率は高い」
「それでも、宇宙港の天井をびっしりと埋め尽くすほどのネズミと戦う必要はなくなる、上出来じゃないか」
「あとは……」
ジェシーは言いかけた言葉をためらった。視線はすっかりガストゥから外してしまって、黙って下を向いている。腹に一物あって言葉を隠そうとしている策略家、というよりは、単に言葉の良し悪しを判断しかねて戸惑う子供のような風情で。
ガストゥは焦れた。
「ジェシー、言いたいことがあるのなら、言ってしまえばいい」
「いや、これは今回の作戦には直接の関係がない」
「わかった。作戦に必要な話は全部出そろった、その上でまだ参考意見がある、ということだな」
「そういうことなのだろう」
「わかった、それはあとで個人的に聞こう。とりあえず、ネズミとの戦闘を避ける方法は見つかった、ならば俺は少人数での確実な突破を試したいと思う」
聴衆がざわめく、そのざわめきの中にガストゥはさらに言葉を落とした。
「この中で、航船の操縦ができる奴は? なあに、長距離を走る大型船の運転資格を聞いているわけじゃない、この星の周りを遊覧するためのちっこい航船でもいいから、操縦の原理を知ってさえいればいい」
何本かの手が上がる。ガストゥはその数を数えながら続けた。
「これを中心としてここにいる全員をいくつかの部隊に分ける。つまり、どの部隊が前線に出ることになっても、必ず航船を飛ばせるということだ」
ガストゥは、力強く頷いても見せる。
「大丈夫だ、第一部隊を厳選して構成する、失敗など無いようにな。だから残されたものは第一部隊が宇宙に飛び立ち、救援を呼んでくるまでここで待機するのが主な仕事になる。第二部隊、第三部隊はあくまでも予備部隊ということだ」