2
「おかしいと思わないか? ネズミってのはちっぽけでおとなしい生き物だ。確かに雑食ではあるが、あんなに肉ばかりを好んで食べる生き物じゃあないだろ?」
「つまり、あのネズミは第二世代が意図的に放ったものだと?」
「そう考えるのが妥当だろう。何しろあいつらは猫を操れるんだから、ネズミが襲ってきても自分だけは無傷でいられるって寸法だ」
「ずいぶんとずさんな計画だな」
「ああ、ずさんだ。だが、あいつらなら……」
「そうじゃない、その推理に至った君の思考そのものがずさんだと言っているんだ」
「てめえ!」
いきり立った声とともに、安全蔵置の外される不穏な金属音があたりに響いた。しかし、その音はレクスンの手の中からではなく、洞窟の入り口に立ったウェスカーの手元からのものであった。彼が構えた銃口はまっすぐにレクスンの眉間をにらみつけている。
「兄さん、その人は大事なパイロットでは?」
「てめえ、何のつもりだ!」
「見てのとおり、その人を傷つけるつもりなら撃ちます。宇宙に不慣れな素人だけで航船を飛ばせるとは思えない、この星を救うのに必要な人材は兄さんではなく、その人ですからね」
「くっそが、血を分けた兄を撃ち殺そうっていうのかよ!」
「必要であれば」
レクスンはそのあとも二言三言、食いしばった歯の間で唸るように何かをつぶやいていたが、あきらめたのか銃を下ろして肩を下げた。
「仕方ないか、お前はしょせん第二世代、細やかな兄弟愛なんか理解できるわけないよな」
へらへらと意味不明な笑いを浮かべて、レクスンはガストゥの肩を叩いた。
「確かに、俺たちには宇宙に慣れた飛行士が必要だ。だからこそ君の身の安全だけは保障するよ、パイロットくん」
しかし、レクスンは蛇のように執念深い男である。ガストゥの肩を引き寄せて、その耳のうちにささやきを落とす。
「あれが第二世代の本性だ。絶対にあいつらを信用したりしないことをお勧めするがね」
レクスンが笑いながらガストゥの肩を突き放す。そこへウェスカーが駆け寄った。
「とりあえず砦の中へ」
彼について洞窟の入り口に向かう間も、レクスンはずっと意味不明な笑い声を立てていた。
目の前を歩く青年がそんな兄に対してどんな思いを抱いているのか、ガストゥがそれを知ったのは洞窟に入ってすぐの、がれもいない薄暗がりの中でのことだった。レクスンの姿が見えなくなるとすぐ、ウェスカーは足を止めて振り返ったのだ。
「先ほどは、兄が大変に失礼をいたしました」
「別に失礼なんか何もなかったさ」
「しかし……」
「本当に失礼はなかった。まあ、この星の歓迎のあいさつってのがちょいとばかり手荒で、びっくりはしたけれどな」
軽くおどけた口調で発した言葉に、青年は屈託ない笑顔を返した。
「いえ、いつもはもっと上品なんですよ。少なくともぬるいビアではなく、良く冷やしたシャンパンが出るもんだ」
それは十分なウィットにとんだ軽口……ガストゥは確信する。
「君は、第二世代とはいっても、ジェシーやジェンスとは違うんだね」
「それはそうですよ。太陽はいつでも同じ強さで照っているわけじゃないんだし、太陽線に対する耐性の個人の資質なんていうものもあるんですから。僕が生まれた年は、この星にしては珍しく雨の多い年だったんです」
「なるほど、つまり遺伝子に対する太陽の干渉が少なかったわけだな」
「まあ、うちの兄に言わせれば、どれもひっくるめての『第二世代』ですけどね」
寂しそうに笑った後で、彼は表情を引き締めた。
「それでも、兄が過敏になる気持ちもわからなくはないんです」
「ほう?」
「この星のネズミは、もとから肉食傾向が強かったけれど、それでも襲うのはせいぜいがニワトリくらいで、大きい生き物に対しては臆病な性質のものでした。群れる性質だってなかった」
「それが進化というものなんだろう?」
「ええ、確かに進化とも言えますね。でも、いくらこの星の太陽が若いからって、そんな急激な進化があり得るんでしょうか、僕たち人類なんか、ほとんど変化がないっていうのに」
「つまり?」
「誰かの作為を感じるんです。肉食傾向の強いネズミを意図的に選別して、世間にばらまいたやつがいるに違いない」
「第二世代たちがそんな恐ろしいことを?」
「いや、そこまでいくと兄の妄想ですけどね。ネズミは第一世代を好んで食べるわけじゃない、好き嫌いなく第二世代も食べるんだから、どう考えても兄の推理には無理があるでしょ」
「じゃあ、誰が?」
「さあ、そこまでは……というか、進化に誰かの作為を感じる方が間違っているのかもしれませんよ、何しろ太陽がしでかすことを人間ごときが制御しようなんて、できっこないですから。ただ、何かがおかしいと……そんな気がするだけなんです」
「君の兄さんは、そんな曖昧な理由で、ジェシーが悪魔の子であるような扱いをするのか」
「彼女に関しては……見たでしょう、あの家にぶら下がっていた死体を」
「ああ、まるで枯れ枝のようだった」
「この村が初めてネズミに襲われた日、彼女の無事を確かめに僕らが訪ねて行った時には、もうあの状態でした」
答えながら、ウェスカーは歩き出す。
「もっとも、僕は兄のように彼女の不人情を責める気はない。彼女の父親は決して善人ではなく、集落でも評判の悪い男でしたから、親子の情というものが存在したかどうかさえ怪しいと思っているんですよ」
彼の背中を追いながら、ガストゥは戸惑いを隠せなかった。
「まってくれ、ジェシーにはそもそも感情がないんだから、親子の情なんて……」
「本当にそう思っているんですか?」
「違うのか?」
「確かに第二世代はアタケクリオ脳室がある分、第一世代とは脳の構造そのものが違いますからね、往来の感覚でいう感情というものはないのかもしれない。でも、あれを見てくださいよ」
奥は天井など見上げるほど高い大きな洞室になっていて、そこに大きいのや小さいのや、いくつもの木箱が積み上げられている。木箱のあちこちに呆然と座っている人の数は思った以上に少なく、老若男女あわせて二十人ほどであろうか。
一番手前の木箱に座っていたジェシーが、ぴょこんと飛び上がるように立ち上がった。
「ガストゥ」
その声はやはり抑揚なく、表情にはなんの変化も見られない。彼女は眉毛一つ動かさないのだ。
それでも体だけは、まるで待ちかねていたかのようにガストゥのもとへと駆け寄った。
「大丈夫か、レクスンに何かされなかったか?」
その声に憂慮がたっぷりと含まれているような気がして、ガストゥは返事に悩む。
ここで「なにもなかった」と答えることは簡単だが、それが果たして彼女も憂いを払うのに足るだろうか。何しろジェシーはレクスンのことを古くから知っているのだし、その性格のこまごまとしたところを良く心得ていることだろう。ならば恫喝されたことも予想のうちなのかもしれない。
悩んだ末に、ガストゥは短い言葉を彼女に与えた。
「大丈夫だジェシー、問題ない」
「そうか」
納得の言葉を口にはしたものの、彼女はガストゥのそばから離れようとはしない。その様子を見たウェスカーは静かにほほ笑む。
「彼女が人形に見えますか?」
「なるほど、確かにわかりにくいが……」
「そういうことです」