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 結論から言うならば、総移動距離は二キロでは済まなかったはずだ。

 砂漠というのは思ったほど平坦ではなく、大きく盛り上がって上りようのない砂丘や走れば崩れるほどもろい砂の流れがあちらこちらにある。それを迂回しなくてはならないのだから、目的地まで一直線というわけにはいかない。ジェシーのナビに従って右に左にハンドルを切り、大きな砂丘を二つほど超えるころには、ネスニアの二つの太陽はすでに西に大きく傾いていた。

「『直線距離で』二キロだな」

 ガストゥは慣れない砂漠を延々と走らされた恨みを込めたつもりだが、ジェシーは一向に動じない。

「その通りだ」

 飄と言い放ってフロントガラス越しの砂塵の風景に目を細めているのだから、ガストゥの怒りもそがれるというものだ。

「どうでもいいが、まだつかないのか?」

「この砂丘を越えたら……そら、見えるだろう」

 小高く盛り上がった砂の丘を迂回した先には、平らな砂地が突如としてひらけた。それを砂丘から区切るようにして、大きな岩山がそびえたっている。

「ほう、見てくれは立派な要塞じゃないか」

 岩山の足元近くには数台の車が止まっている。ガストゥは一番端にとまった黒いワンボックスカーの隣に車を滑り込ませた。

 後部座席に座って居た猫は、ブレーキの余韻に強く体を揺すられたのがお気に召さなかったらしく、うっすらと目を開けて「にゃあ」と鳴く。ジェンスは特に思うこともなかったらしく、ただ呆けて座っているだけだ。

 岩はいかにも砂を突き固めた砂岩の塊で、表面は砂漠の色をして見た目にもざらついている。その横っ腹には人がくりぬいたらしいきれいな楕円型の穴が開いていて、その入り口を守るようにライフルを抱いた二人の男が立っていた。

 そのうちの一人はジェシーの家で会った『ネズミの方がまだましだと思える男』、レクスンである。エンジンの音が消えた車内に、彼の怒声が流れ込む。

「よーし、そのまま! 車内を検めさせてもらうぞ」

 ライフルを肘の高さで構えて、レクスンは車内を覗き込んだ。そして後部座席に幼い少年が乗っているのを認めて、いかにも憎々しく鼻先にしわを寄せた。

「ふん、マリーのところのガキか」

 吐き捨てるような口調をさすがに聞きとがめたか、ジェシーが顔をレクスンに向けた。

「この山は、もともと彼の母親のものだ。彼がここに来るのは当然のことだと思うが?」

 この言葉が気に障ったのかレクスンはライフルの台尻で車のドアを叩き、ガァンと大きな音をたてた。

「非常時に、誰のものとかあるか! 大体、そいつの母親は死んだんだから、ここの所有権もチャラだ!」

 ひとしきり喚き散らした後で、ガストゥの無言が非難であることに気が付いたのだろう、レクスンは運転席の窓にすり寄る。

「いや、別にそのガキからここを取り上げたってわけじゃない。ここはもともとマリーの店の倉庫に使われていたから、立地と残った資材を有効に使わせてもらっているってだけだ。あんただってわかるだろう、こんな非常時には、使えるものはなんだって有効に使ってやらなくちゃならない」

「そのためには、ここの正当な所有権を主張する可能性がある相手が煙たいってことか」

「そんなことはないさ、ようこそ坊主、俺たちの砦へ」

 嘘くさい笑いを浮かべたレクスンが、恭しく後部座席のドアを開く。真っ先に飛び降りたのは大きな黒猫で、これが気に入らなかったレクスンは小さく舌を鳴らした。

「ジェシー、ここでは猫は!」

「わかっている、表を見張らせておけばいいんだろう。ほかの猫たちは?」

「ウェスカーが全部車に乗せて連れてきた」

 レクスンが顎をしゃくって入り口の前に立つ男を指すから、その彼が『ウェスカー』なのだとすぐに知れた。年のころはジェシーよりもやや年下だろうか、大人しくて礼儀正しそうなその青年は、ガストゥの視線に気づいて軽く会釈をする。

 彼もライフル銃を持っているが、それが脅しのための棒切れででもあるかのように気楽に振り回すレクスンとは違って、彼は太ももの横に添わせるように持ったライフルの銃口を地面に向けて動かさない。それでいながらライフルの銃身をいつでもつかめるように左手も軽く構えた姿勢を崩さず、優秀な番兵であることがうかがえた。

 レクスンはそんな彼の礼儀正しささえもが気に障るようで、大声で怒鳴る。

「ウェスカー、こんな奴らに媚びるんじゃない。こいつらは所詮、俺たちに守られるだけの弱者だ! おまえはこの集落の守護者、シーラー家の一員として胸を張っていろ!」

 青年はその声に慄いてわずかに揺れたが、姿勢を変えるようなことはなかった。レクスンがぺっと唾を吐く。

「まったく反抗的な……これだから第二世代ってのはどうしようもない」

 それっきり青年に対する興味を失ったか、レクスンは開いたドアの中に上半身を突っ込んで車内を見回した。

「ところで、砦に来るときは食料なり日用品なりを提供してもらう約束になっている、これは知っているな、ジェシー?」

「ああ、もちろん。そこにあるビア、それでどうだ」

 後部座席の隅に転がっているビアのパックをちらりと見遣って、レクスンは鼻先に笑いを浮かべた。

「たったひとパックぽっちかよ、おまけにすっかりぬるくなっているときている」

「これじゃ足りないか?」

「足りないに決まっているだろう。でも、まあ……」

 レクスンは思慮深げに顎をひねるしぐさを見せたが、その表情は下卑た笑いを浮かべていて、とても脳みそをつかっている最中だとは思えなかった。もちろん、口調も浮かされたように下衆い。

「足りない分はあとで埋め合わせしてもらおうか、いつものやり方でな」

 ジェシーはその言葉にすら表情を変えることなく頷いた。

「わかった」

「本当にお前は素直でいい子だよ、ジェシー、お前に免じて、その二人がなにも提供しないことはとがめないとしよう」

「助かる」

「さあ、砦に入れ。おっと、飛行士さんはちょっとした打ち合わせがあるんで、こっちだ」

 ジェシーとジェンスは岩山に開いた洞窟の中へと姿を消したが、ガストゥだけはレクスンに腕を引かれて車の隣に留まらされた。

 目の前にはライフルをちらつかせる男、背後には閉じた車のドア……そのドアに背中を押し付けて、逃げ出しようのない場所に立たされたのである。

 ガストゥは一刻も早くこの場から逃れ、いかにも涼し気な岩の隙間に潜り込みたいと思った。夕日に変わろうとしながらもいまだ太陽は照っており、西日を遮るもののない砂地の真っただ中はあまりにも暑い。

 しかしレクスンがそれを許さなかった。

「まあ、まずは飲め。歓迎の杯というやつだ」

 レクスンはさも当然であるかのように車の中からビアを引きずり出し、そのパックを切った。手渡された缶は手のひらと温度差などないほどにぬるく、とても飲酒の欲求を掻き立てる代物ではなかったが、ガストゥは大きく一口を呷る。

 乾いた喉を液体が通り抜ける動きは単純に心地よく、その瞬間だけはガストゥも今ある状況など忘れて喉を鳴らした。

 レクスンはそれを満足そうに眺めながら、自分もビアのひと缶を手に取る。

「新しい友人に」

 気取って缶を掲げた後で、レクスンはその中身を大きく飲み干す。

「くっそ、不味いな」

 そういいながらもレクスンは二缶目に手を伸ばす。ガストゥは一本目の缶を手の中でもてあましながら、彼に聞いた。

「あっちの、ウェスカー君には分けてやらないのか?」

「ああ? あいつはいいんだよ、酒なんか飲まないからな。なあ、ウェスカー?」

 青年はピシッとした姿勢を崩さず、顔だけでにこやかに笑って答える。

「ええ、僕は酒なんか飲みませんよ、兄さん」

「ほらな、あいつは第二世代だから、俺の命令がなきゃ酒も飲めないお人形さんなんだよ」

 この言葉にはひどく違和感がある。件の青年は溌剌とした生気あふれる笑顔を浮かべ、表情乏しくていかにも人形的なジェシーやジェンスよりもずっと人間的であるように見えるのだ。

 だから、疑問の言葉がガストゥの口からこぼれた。

「人形?」

 レクスンはビアのプルタブを引き起こしながら鼻先にしわを寄せる。

「そう、人形だ。人間の形をしているってだけの、空っぽの入れ物だ。ジェシーや、あのガキもそうだ」

「俺には、彼らが空っぽだとは思えないがね」

「おいおい、まさか、あんなお人形に魂を抜かれちまったか?」

 レクスンが耳障りな声で笑う。

「俺はあの女に気を許すなって警告したよな? なのに、この体たらくかよ」

「そこが良く分からない。彼女はジェンスを助けようと危険も顧みずに店へ戻ることを選択した。確かに表情は少ないが、十分に人の情を持つ普通の女性だと感じたが?」

「そりゃあ助けもするだろうさ、あのガキは第二世代……つまり、お仲間なんだからな」

「仲間? なんの」

「この星の第一世代を滅ぼそうっていう、恐ろしい計画の仲間だろ」

 レクスンはあたりを憚るように声を潜め、ガストゥの耳に言葉を吹き込んだ。


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