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進化の終焉を猫は嗤う  作者: アザとー
クレスタ集落
13/48

 青い麦畑がようやく尽きるころ、目的とする店が見えた。店の向こうにはもはや麦どころか草の一本さえ生えぬ黄色い砂地ばかりが広がって、ここがいかにも集落の外れなのだということを感じさせた。

 店はやはり土を突き固めた小さな建物で、面妖な形をした肉厚の葉をもつ植物が一本、店先に大きく育って日陰を作っている。その日陰の中に置かれた心地よさそうなデッキチェアには、一人の少年が座っていた。

 やっと学校に上がるくらいだろうか、幼い顔立ちをした少年だ。手足は細くて、小柄な体をデッキチェアの傾きに添わせるようにしてぼんやりと座っているのだから、これは発達不良児ではないのかとガストゥは心配した。

 何しろ目が――その子供の目はどんよりとした曇天を思わせる深いグレーで、これが生気なく見開かれて多肉の大樹の梢をぼんやりと眺めているのだ。

 ジェシーはこの子供とも顔見知りであるらしく、車を降りるとすぐに声をあげた。

「調子はどうだ」

 少年は体のどこも動かすことなく、ただ唇だけをもくもくと動かして言葉を紡ぐ。

「異常なし」

「そうか、こちらも異常なしだ」

「今日は何が欲しい?」

「猫のためのミルクと、ビアをひとパック」

「ミルク……トーネンの牧場からの供給が途絶えているため、入荷なし。ビア……店内の冷蔵庫の中に8パックが在庫」

「ならば、ビアだけをもらって行こう」

「ビアひとパックは250ゲリス」

 それだけを言うと、少年はバネ仕掛けででもあるかのようにぱくりと口を閉じた。ジェシーはこうしたやり取りにもすっかり慣れている様子で、もはや少年の顔さえ見ることさえなく店の扉を開いた。

 ガストゥはそんなかの女の背中を慌てて追う。

「おい、あの子、具合が悪いんじゃないのか?」

 そっと囁く声に、ジェシーはくるりと振り向いて実に普通の声音で返す。

「いつも通りだ。それに『異常なし』と言っただろう」

「いや、それにしてはぐったりしているじゃないか」

「ああ、理解した。つまりは君の目から見たときに快活ではなく、身体的な欠損の可能性を考慮して『心配』をしていると、そういうことだな」

「まあ、そんなところだ」

「心配などしなくてもいい。彼には身体的な不備などどこにもなく、快活に動く必要があれば地球の同年齢の子供の平均よりも高い身体能力を見せることができるだろう。今は休息の時間だから、ああして身体的な活動を抑えているだけに過ぎない」

「少し変わった子供なんだな」

 ガストゥのこの言葉に、ジェシーが首を傾げた。

「変わっている?」

「そうだ、変わっているじゃないか、普通の子供ってのは遊びたい盛りで、休息なんていうのは遊びのための時間だと思っているもんだ。俺があのくらいの年のころにはちっともじっとしていられなくて、ヒマさえあれば友達とそこらじゅう駆け回っていたもんだ」

「そうか、地球の子供は快活なのだな、ここでは、あれが普通の子供だ」

 ジェシーの瞳はただまっすぐに、ガストゥを見上げている。

「私には感情がないと知っているな」

「ああ、聞いた」

「それはこの星で生まれた『第二世代』だからだ。同じ第二世代であるあの子にも感情はなく、それゆえに地球の子供の基準で考えると、異常であるように見えるらしい」

「感情がないだって?」

「そうだ。第二世代というのはこの星で生まれた子供のことを指す。ほかの生き物の進化を促進するほどの太陽線が我々の遺伝子に影響しないわけがなく、この星で生まれた第二世代の『人間』には感情がない。それがこの星に来た人類が得た進化だ」

「それのどこが進化なんだ、むしろ……」

「そうだ、君はこの星に犬はいないのかと聞いたな。この家は犬を飼っている。ちょうどいいから、見せてやろう」

 ジェシーはガストゥの手を引いて店の奥へと進む。店内は狭い建物の中をさらに細い通路になるように棚を配置して区切られていたが、この棚にはほとんど商品が並べられておらず、ネズミのせいで物流が滞っているのだと知れた。こうなると棚など道ふさぎでしかない。

 体を横にするようにして棚の間を抜けると、店の最奥はガラス張りの冷蔵ショーケースを背にして小さなカウンターが置かれていた。カウンターの上には重たそうな古いキャッシャーと、小鳥を入れるような金網のかごが置いてある。

「ほら、これが犬だ」

 ジェシーに促されて籠の中を覗き込んだガストゥは、そこにちょこんと座った生き物のあまりのかわいらしさに目を細めた。

「なるほど、これは確かに愛玩動物だな」

 かごの底にちょこんと座っていたのは、ふわふわした白い長毛が愛くるしい手のひらサイズの毛玉だった。これが小生意気にもきちんとした犬の形をしていて、忠実そうなつぶらな瞳をこちらに向けているのだから、可愛くないわけがない。

 ジェシーは特に感慨もなさそうに、店の奥の冷蔵庫を開けながら言った。

「より愛くるしい個体を、より愛玩的な個体を、と選別を繰り返した結果がそれだ」

「なるほど、これではネズミと戦えるわけがない」

 ガストゥはかごの隙間から指を突っ込んで、この犬の腹をくすぐってやった。犬はひどく愛くるしい仕草で腹を上に向けて、小さく鼻を鳴らした。

「本当にかわいいな、俺は別に犬派ってわけじゃないが、これなら飼ってやってもいいな」

「それはやめてくれ、こいつは表にいたあの少年のものだ」

「別にこいつをもらって行こうとか、実際に今すぐ犬を飼いたいとかいうわけじゃなくてな、なんていうか……」

「ジョークか?」

「いや、どちらかというと比喩表現というやつだ」

「そうか、難しいな」

 肩をすくめたジェシーは六缶入りのビールパックを冷蔵庫から引きずり出した。それを小脇に抱え、ポケットから取り出した小銭をカウンターに置く。

「さあ、帰ろう」

 さも当然の顔をして立ち去ろうとするジェシーに驚いて、ガストゥの声が高くなる。

「おい、ここはセルフサービスなのか?」

「いや、そういうわけではない。以前はここにマリーという店主がいつも座っていた」

「以前は?」

「ああ、ネズミに襲われて死ぬまで、マリーはここにいた」

「じゃあ、表にいたのは」

「マリーの息子だ」

 棚の間を縫うように這って外に出るジェシーを追いかけながら、ガストゥがわめく。

「そんな、まさかあの子は、ここに一人で暮らしているのか?」

「そうだ」

「ここは母親が死んだ現場で、しかも商品もろくに届かないような状況なんだろ、なんでそんなところに年端もいかない子供を一人で住まわしているんだ、大人は何をやっているんだ!」

「ガストゥ、落ち着け、どこの家も大なり小なりネズミの被害を受けていて、あの子に構っている暇はない」

 表に出れば、その少年は相変わらず大樹の下にぼんやりと座っている。その体の細さがあまりに哀れで、ガストゥの声はさらに大きくなった。

「わかった、じゃあ俺が引き取る! あの子を地球に連れて帰って、俺の養子にしてやる、それならば問題ないだろう!」

 返されるジェシーの声も、心なしか大きく、強い。

「ガストゥ! そういう問題じゃない!」

 さすがの少年も頭を動かして、ぬるりとした目を二人に向けた。


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