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私が男で彼が女で

プールへ行こう!

 神様、仏様、僕の悩みを聞いてください。

僕は今、恋をしています。相手は年上の大学生です。

とある(ひと)に年上は絶対辞めておけと言われました。でも僕は本気です。

その人と結婚する所まで考えています。

 でも、最近ライバルが現れました。

その人は僕と同じような趣味を持ち、尚且つ歳上。

神様、仏様。僕はその人に勝ちたいのです。



 七月 二十日 (木) 学生は夏休み


 「拓也きゅんー、そろそろ時間だよー」


姉の琴音から声が掛かる。今日は待ちに待ったバスツアーの日。

行先は三重県にある遊園地「シーナイトランド」

  

 姉の車椅子を押して玄関を出る。戸締りを確認しつつ空を見上げると、雲一つない快晴だった。

現在は午前七時前だが既に気温は三十度近くある。


「熱いねー……プール気持ちよさそう」


「はいはい、姉さんちゃんと帽子被って」


姉の頭に麦わら帽子を被せ、車椅子を押して大通りまで出る。

早朝で現在は夏休み。流石に人通りは少ない。居るとしたら犬の散歩をしている人かサラリーマンくらいだろう。

 並木の木陰で十分程待っていると、凄い勢いでワンボックスカーが走って来た。

そのまま僕達の目の前で止まり、運転席から一人の男性が出てくる。


「お。おはようございます……おまたせ……しました……。拓也君に琴音……さん」


息を切らしながら挨拶してくる男性。真田 大地さん。ちなみに姉さんの彼氏。実はもう結婚の約束までしている。


「おはよう、大地。私の事は呼び捨てにしてって言ってるでしょ?」


ニコニコしながら挨拶を返す姉。確実に大地さんで遊んでいる。


「えっ……え、っと……ことね……」


「んー? 聞こえないぞー?」


顔を真っ赤にして俯いてしまう大地さん。

そんな二人を外野から見守る僕。ただでさえ暑いのに止めて頂きたい。

 そこに助手席の窓を開けて声を掛ける女性が。


「兄ちゃん、早く。もう時間ないって」


その女性こそ、僕が恋する人。大地さんの妹の真田 晶。

現在大学二年生。ちなみに僕は高校二年。


「お、おう。じゃあ琴音……い、いこうか」


大地さんは姉さんを車椅子から抱き上げ、後部座席へと運ぶ。

僕は車椅子を畳みつつ姉さんの隣りへと乗り込んだ。

車の中は冷房が効いて涼しい。僕は助手席へ座る晶さんへと挨拶する。


「おはようございます、晶さん」


「おはよー、あれ? 今日女装してないの?」


突然の晶さんの発言に混乱する人も居るだろう。

女装は僕の趣味だ。そして実は晶さんの趣味は男装。

同じような趣味を持つ僕らが出会ったのは、まさに運命としか言いようがない。


「今日は……ちょっと時間なくて……」


「そっかー。まあ今日のメインはプールだしね」


そう、今日のメインイベントは海水プールだ。

流石に水着は男性用のを着なければならない。

そして女装したまま男性更衣室に入れば要らぬ誤解をされてしまう。

 

 そのまま大地さんも運転席に乗り込み、僕のバイト先へと向かう。

僕が普段バイトしているのは、いわゆるコスプレ喫茶。

執事やメイドの格好で接客を行い、お客様に非日常を提供する仕事だ。

今日のバスツアーはそこのイベントなのだ。


 車で走る事十数分。バイト先の駐車場に停まり、姉さんは大地さんに任せて車から降りる。

暑い。冷房が効いた車から出るとサウナの中に放り込まれたようだ。


「あ、暑い……」


「もう夏だねぇ……」


同じく車から降りた晶さんと空を見上げる。

本当にいい天気だ。まさにプール日和。


「おっはよー!」


そこに一人の人間が駆け寄ってきた。

先日入ったばかりの新人バイト。

ガウチョパンツにTシャツ、カーディガンを羽織り、髪型は長めのポニーテール。

どこぞのお嬢様のような格好だが、この人は歴とした男だ。


「お、拓也くんもオハヨー! いい天気だねー」


「おはようございます……幸太郎さん。今日女装してて大丈夫なんですか?」


「ん? あぁ、大丈夫大丈夫。バスの中で隠れて着替えるから。ぁ、そうだ。晶ちゃんちょっといい? オーナーに色々仕事押し付けられてさー」


「あぁ、分かった。手伝うわ」


僕も、と言おうとした時、後ろから服を引っ張ってくる新たな登場人物。

こんなに人増やして大丈夫なんだろうか。読者置いてけぼりにしていないだろうか。


「おはよぅ……暑いのぅ、儂はもうダメじゃ……この暑さは老人には堪えるわい……」


老人のような口調で喋る女性。

ちなみに僕と同い年だ。だが見た目は小学生くらいにしか見えない。


「おはよう、七草さん。大丈夫? 荷物持とうか?」


「おぉ、かたじけない。今日は世話になるぞよ」


持っていたサブバックを受け取り、とりあえず店内へと入る。

中には今日の参加者が既に集まっていた。主に店の従業員だが、常連のお客様も混じっている。

僕の姉さん、そして彼氏の大地さんも常連組だ。


 店のオーナーが出欠を取り、全員揃ったのを確認してマイクを手に取る。


『あーあー、マイクテス……。皆様、おはようございます。とりあえず全員集まったようなのでバスへ移動お願いします。今日は暑いので水分補給を小まめに摂る様に』


人数は二十人前後だろうか。皆揃って荷物を持ちバスへ移動する。

あれ? 晶さんと幸太郎さんが居ない。二人とも既にバスだろうか。


 バスへと順々に乗り込む。二人は既に乗りこんでいて、ジュースやら御菓子を乗って来た人に配っていた。それを見て、なんとなく幸太郎さんに嫉妬してしまう。


(僕が晶さんと一緒に……やりたかった……)


幸太郎さんは晶さんの事をどう思っているんだろう。

同じような趣味をもっているのだ、それなりに気があう筈だ。

晶さんも幸太郎さんの事を完全に女性として扱っている。だから少し安心なのだが、時々距離が近すぎでは? と感じる時もある。


「晶ちゃーん、ジュースまだある? こっち切れたー」


「あー、はいはい。ほい」


クーラーボックスからジュースを取り出し幸太郎さんに手渡す晶さん。

明らかに手が触れ合っている。だが二人とも特に気にする様子は無い。

どうなんだろう、手が触れ合ってドキマギするのも怪しいが、当たり前のように触れ合っているのも相当に怪しい。


 僕もジュースと御菓子を受け取る。幸太郎さんから。


「はい、拓也くん。ん? おぉ! 拓也君の手スベスベー!」


いきなり手を撫でまわされる。

スベスベというが、貴方の手も相当に綺麗だ。白くて細くて長くて、まるで白魚のような指。

とても男とは思えない。


「幸太郎さんの手の方が……綺麗ですよ」


「えへへ、ありがとー」


満面の笑みで返してくる幸太郎さん。

自然と晶さんへと視線が映る。

二人の関係が気になってしまう。

友達? もしくはそれ以上?

気になる。だが直接聞く事など出来ない。

晶さんに僕の気持ちがバレてしまうかもしれない。


 そんな悩みを抱える僕の背中をツンツンしてくる七草さん。

なんだろう、と振り返る。


「拓也君や。隣りに座ってもいいかえ?」


「え? ぁ、う、うん。別に構わないけど……」


僕は晶さんの隣に座るつもりだったんだけど。

まあ仕方ないか。七草さんはまだバイトに入ったばかりだ。

喋れる人間は僕くらいなんだろう。

このバイト先を紹介したのも僕だ。ちなみに教育係りも僕。


 七草さんと一緒に座る。

僕が通路側、七草さんが窓側だ。


「ふふぅ、拓也君や。もっと、くっ付いても構わんぞ。儂はおっぱい触られて騒ぐような歳じゃないしの」


いや、それ完全に犯罪だし、君は一応女子高生でしょう。


「見た目に捕らわれてはならぬ。儂は確かに女子高生の姿をしているが、精神年齢は八十代なのじゃ」


いや、姿も小学生くらいにしか見えないんだけど。


「なんじゃ、疑っておるのか? なら触れ! 儂のおっぱいを! 決して叫んだりはせぬ!」


いや、止めて頂きたい。完全に僕が変態扱いされてしまうので。


 そんなやり取りをしているとバスが発車する。

ちなみに運転しているのは元傭兵の誠さん。前に運転免許書を見せて貰ったが、全ての車両の免許を持っている。そしてバスガイドはオーナーである央昌さん。


『えー、皆様、改めておはようございます。本日はバスツアーに参加して頂きありがとうございます。僭越ながら、私めがバスガイドを担当させて頂きます』


丁寧な挨拶の後、唐突にかかる某女性アイドルグループの曲。

まさかオーナーが歌うのか? と大半の人が思ったんだろう。

皆一斉に耳を塞ぎ始めた。

言っちゃなんだがオーナーの歌唱能力は相当に酷い。

オンチなんてもんじゃない。僕はオーナーの歌う森のクマさんを聞いて、一体何の呪文を唱えているのかと思ったくらいだ。


『安心してください。ただのBGMです……』


どこか悲しそうなオーナ。下手だけど歌うのは好きだからな、この人。

 

 和やかなムードのままバスは進む。

イチャイチャしている姉さんと大地さんを尻目に、晶さんを見つめる僕。

晶さんは幸太郎さんの隣に座っていた。二人で仲良く何やら話し込んでいる。

気になる。一体何を話しているんだろう。


「拓也君や。先程から晶さんを見つめているようだが……君は彼女にホの字なのか?」


ギクっと七草さんの言葉に背筋を震わせる僕。

しまった、見すぎてしまった。このままではバレてしまう。


「い、いや……その……」


「拓也君や。確かに晶さんは可愛い。だが君の隣りにも可愛い老人が居るとは思わんかえ?」


いや、何言ってんだこの人。


「だ、だから……もっと儂と……楽しくお喋りしたり……」


(ん? あれ……もしかして、七草さんって……僕の事……)


いや、待て。流石に自意識過剰だろう。

七草さんは折角のバスツアーで黙りこくっている僕に不満を示しているだけだ。

 そうだ、今日は待ちに待ったバスツアーなんだ。楽しまなければ。


『えー、では……クイズ大会をしたいと思います。出題者はローテーションで。一番多く正解した方には、ささやかながらプレゼントをご用意しております』


おぉ、プレゼントってなんだろ。


『では最初の出題者は……敏郎さん、お願いします』


敏郎さんにマイクが渡る。いつもサングラスを掛けて厨房に立っているオジサンだ。かなり謎の部分が多い。決して設定を考えてないとかでは無い。


『クイズ? えーっと……じゃあ、切っても切っても切れない物ってなーんだ』


【注意:皆も考えてみよう! 答えはそのうち出てきます】


え、かなり定番の問題が来たな。

これは流石に皆分かるようで、一斉に手を上げる。

敏郎さんは誰にしようか迷いつつも、幸太郎さんを指名した。


「流石に分かるよーっ、水!」


うん、だよね。しかし敏郎さんは首を振りつつ


『ブー。不正解』


なにっ、違うのか。

なんだろ。もっと違う物かな。


「はいはい! 分かった!」


そう叫びながら手を上げたのは姉さんだ。

っていうかかなりテンション高めだ。こうやって皆で出かける機会なんてそうそう無いからか。


「空気!」


『ブー』


またも不正解。

水、空気、他に切れない物ってなんだろ。

ここは七草さんに相談してみるか。


「分かる? 七草さん」


「んー。切っても切っても切れない物かぁ。儂は人生長いが……」


いえ、貴方は僕と同い年です。


「ぁ、こんにゃく?」


その心は?


「ル○ン三世のゴエモンが切れないって言ってた」


うん、たぶん違うと思う。

それから数人が回答するが、悉く不正解。

一体正解は何なんだろう。


 回答者が出なくなった所で、オーナーが敏郎さんに正解を言うように求めた。

敏郎さんは何処か暗い顔で


『男女の関係……』


いや、貴方一体何があったんですか。

そのまま敏郎さんは隣に座る洋介さんへとマイクを手渡す。

 洋介さんも厨房で働く人だ。

ジャ○ーズ系のイケメンで、何故執事として働かないのか皆から疑問視されている。


『えーっと……此の世で一番怖い生き物は……「女」ですが』


いや、ちょっと!

貴方、今バスに乗ってる半分以上を「怖い生き物」って言いましたよ!


『今このバスの中に居る女の中で一番怖いのは誰でしょう』


おい、ちょっと待て。

それ誰も答えられないんじゃ。


しかし予想に反して挙手する人間が一人。


『はい、晶ちゃん』


「私」


『正解です!』


ゆっくりと洋介さんに近づく晶さん。

洋介さんは、まるでチーターに睨まれた小鹿のように震えている。


「最後に言い残す言葉は?」


『……話せば分かる』


【注意:洋介君がボコボコにされています。しばらくお待ちください】



今見た事は忘れよう、そうしよう。



『えー、皆さま。では一回目のトイレ休憩です。思い残す事の無い様に』


サービスエリアへと入るバス。

トイレ休憩か。ふと七草さんを見ると、いつのまにかグッスリと寝てしまっていた。

起こしたほうがいいかな。凄い爆睡してるけど。


「七草さん……トイレ休憩だよ、大丈夫?」


「ん……んー……行く……」


目を擦りながら立ち上がる七草さん。

そのまま僕の手を引っ張ってくる。


「え? ぼ、僕も?」


僕は別にしたくないんだが。


「行くぞ、拓也君。儂はもう限界じゃ」


いや、ちょっと!

し、仕方ない、僕も済ましてこよう。


 バスを出てサービスエリアのトイレへ。

男子トイレは比較的空いているが、女子トイレは長蛇の列だった。


「うへぇ……こういう時、男だったら良かったのにって思ってしまうのぅ……」


「まあ、仕方ないよ……女性は個室のみだし……」


「ほほぅ、良くしっておるのぅ、拓也君。もしかして入った事が……」


無いから! ヤメテ! そういう誤解を生む発言!



 男女に別れて用を足してくる。

七草さんはまだか。トイレには入れたようだが。

迷子になられても困るし待つか。


 そこに幸太郎さんが近寄って来た。

何やらフラフラとよろめきながら。


「た、大変だったにゃ……」


「ど、どうしたんですか?」


語尾に「にゃ」を付ける幸太郎さん。

この人は元々メイド喫茶で猫耳メイドとして働いていた。

その名残か、今は猫耳執事として働いている。


「実は……男子トイレに入ったら、紳士なオジサンに……ここは男子トイレだよ、君は女の子だろう。いくら混んでいるとは言えマナーは守ってほしい……って怒られて……」


あぁ、そりゃそうなるだろう。幸太郎さんは今完璧な女子だ。

格好は元より、仕草までもが完璧なのだ。普通の男性なら男と見抜けないだろう。


「だから……堂々と言ってやったにゃ。僕は男だって……そしたら凄い勢いでメルアドとか聞かれて……」


え、えぇ! 


「びっくりして思わず股間蹴りあげて逃げてきたにゃ……ぁ、ちなみにちゃんと用は足してきたから大丈夫にゃ」


そ、それって犯罪にならないだろうか。

いや、ここはちゃんと注意しておくべきだろう。同じ女装を趣味とする男子として。


「あの、幸太郎さん。流石に公共の施設に入る時は女装止めたほうが……今回みたいに誤解されるでしょうし、股間蹴りあげられる人の身にも……」


とは言ったものの、僕も女装して電車に乗った事がある。

あまり強くは言えない。


「ぅ……た、拓也君の言う通りにゃ……。ごめんにゃさい……」


しゅんとして頭を下げる幸太郎さん。

なんだか付けてない筈の猫耳が見えてしまった気がする。

こう、しなれて垂れさがる猫耳を。


 そこに七草さんも戻って来た。

こちらも何やら青い顔をしている。


「ひ、酷い目にあったんじゃ……」


「ど、どうしたの?」


ハンカチを仕舞いつつ、七草さんは語る。


「いや、子供だと思われて順番を譲ってもらえたんじゃが……そこまではいいとして……儂と同い年くらいの婆さんに迷子だと疑われて……違うと言っても納得してもらえず……」


同い年くらいの婆さんって、明らかに本物の御婆さんだよね?


「儂は迷子では無い、迷い婆じゃって言ったら……凄い勢いで若さの秘訣を聞かれて……」


え、え? ちょ、意味が分からん!


「あの婆さん、アニメの見すぎじゃなかろうか」


うん、その言葉を君にこそ捧げたい。

キャラ作りが悪いとは言わないけど、そういう時くらい普通に対応してみては如何だろうか。




 バスに戻る僕ら三人。

まだトイレから戻らない人が居るようで、大人しく席に座って待っていると晶さんが隣に座って来た!

あ、あれ? 七草さんは?


「あぁ、あの子なら幸太郎の隣りに座ってるよ。なんか二人共ゲッソリしてたけど……何かあったの?」


「あ、いえ……まあ……なんかあったんですかね?」


すっとぼける事にした。

そのまま全員戻って来て、再び出発するバス。

あと一時間程で着くそうだ。


「ねね、拓也。さっき楽しそうに七草ちゃんと喋ってたみたいだけど……何話してたの?」


え、なんでそんな事聞くんだろう。

もしかしてヤキモチだろうか。

そう思うと途端に体温が上がってくる。晶さんが僕にヤキモチを焼いている。


「え、えっと、クイズの答えを相談したり……」


「あぁ、敏郎さんのクイズは無いわ。洋介さんのは……」


あ、なんか晶さんの背後に黒いオーラが見える。

洋介さんは良く執事の格好をする晶さんを弄って遊んでいた。

最初は晶さんも笑って流していたが、だんだんイライラが募り、ある日悲劇は起きた。

洋介さんをメイド姿にしたあげく、お嬢様、つまりお客様の前に突き出しシャメ撮り放題の刑に処した。


それ以来、洋介さんの中では晶さんが一番怖い女とされているみたいだ。


(でも今だに晶さんを弄るなんて……洋介さん、もしかして晶さんの事が……)


 そのまま引き続き晶さんと他愛のない話をしながら時間を潰す。

そして一時間後、バスは目的地へと到着した。

やはり夏休みだけあって既に駐車場は車で一杯だ。


「今は……九時半か。開園十時半だっけ? 一時間どうしよっか」


「まあ、バスの中で待ってればいいんじゃないですか?」


そう提案する僕。

だがその時、オーナがマイクを取り僕に向かって


『甘いですね、拓也君。ここは既に戦場です。さあ皆さん。着替えと水分を持って。並びますよ……』


マジか。確かに並ばないと中に入れなさそうだ。空いてるの待ってたら日が暮れてしまう。

どうせなら暑い内に入りたい。この炎天下の中、プールで夏をエンジョイしたい。


『ではでは、皆さんテンション上がり過ぎて走らないように。お昼は一度外に出てレストランへ行くので、十三時にまたバスに戻ってきてください』


旅の栞を出して予定を確認する。

十三時にレストラン、その後は遊園地で夜まで遊びつくすのか。

プールは午前中だけのようだ。




 その後、幸太郎さん以外バスを降りて正面入り口に。

幸太郎さんはバスの中で着替えて来るそうだ。

それにしても暑い。でも海が近いせいか、時折冷たい風が吹いている。

蝉の鳴き声、直射日光、海風。

もう本当に夏を攻めている感じがする。


「凄い人じゃのぅ。儂倒れてしまいそうじゃ」


言いながら七草さんがさり気無く僕の手を握ってきた。


う! こ、こんな所を晶さんに見られたら勘違いされてしまう。

僕は晶さんの事が好きなのに、七草さんと付き合ってるみたいに思われてしまう!

だからと言って手を振りほどくのは気が引ける。

 

(うぅ、どうすれば……七草さんが迷子になっても困るし……)


ぎゅ、ぎゅっと手をニギニギしてくる七草さん。

凄く小さくて柔らかい手。

幸太郎さんの手も綺麗だったけど、やはり本物の女性の手は違う。

繋いでいるだけで心が暖かくなってくる。


(でも、僕は晶さん一筋で……)


「おまたせー」


と、その時何処か聞いた事のある声が。

だが「あの人」はこんなに声低く無かった筈だ。

振り向き確認してみると、サンダルに七分丈のズボン、Tシャツにサングラスの男が立っていた。


(だ、誰だこの人……)


「ぁ、幸太郎。そうしてると普通にイケメンだな」


「やだなー。それは言わない約束でしょう、晶ちゃん」


え、え! こ、幸太郎さん?

なんか凄い「メンズ」って感じなんだけど。

髪型はお下げにして纏めて、手はポケットに突っ込みガリ股。

とてもさっきまでお嬢様の格好をした人とは思えない。


 幸太郎さんはポケットから「冥途の土産」と書かれた扇子を取り出す。

なんて物騒な扇子なんだ。いや、もしかして「メイド」と「冥途」を掛けてるのか?


 その時、場内アナウンスが。

残り三十分で開演という内容の物だった。


「あと三十分かぁ。晶ちゃん、あの水着着るの?」


幸太郎さんと晶さんの会話が聞こえてくる。

あの水着って、幸太郎さん知ってるのか。晶さんの水着を。っていうか一緒に買いに行ったみたいな口ぶりだ。


「うん、幸太郎もあれ着るんでしょ? あの妙に虎押しのヤツ」


なんだろう、二人の会話を聞いていると寂しくなってくる。

僕は晶さんに一緒に見に行こうなんて誘われなかった。

自然と七草さんの手を握る手に力が入る。


悔しい、幸太郎さんに勝ちたい。

晶さんが僕に振り向いてくれるように、もっと男としても女としても。


「なあ、拓也君。そんなに握られると儂の手の骨が砕けるんじゃが……」


「ぁっ、ごめん……」


思わず強く握ってしまった手を離す。

七草さんは数回プラプラと手を振ると、今度は僕の服を摘まんで来た。


「……意識しすぎじゃ……」


え? なんだろう、七草さんの言った事が良く聞こえなかった。




 ようやく開園の時がやって来た。

ゆっくりと開いて行く正門へ人が群がっていく。

予め渡されたチケットを出し、受付のお姉さんに見せながら中に入った。


「おぉう、儂ここ初めて来たんじゃ」


そうなのか。僕も初めてだけど。

その時、人の波が凄い勢いで僕らを押し流していく。

思わず七草さんの手を繋ぎ直し、背の高いオーナーを見失わないように進む。


「大丈夫? 七草さん」


「お、おぅ、儂は大丈夫でゴザル」


ござる? 語尾が変わってる。



 ここシーナイトランドには、海水プールと遊園地が同じ敷地内にある。

まずはプールだ。


人は多いが、スムーズに施設の中に入る事が出来た。

七草さんと分かれ、更衣室に幸太郎さんと一緒に向かい着替える。


「拓也君、水着どんなの? 俺これなんだけど」


なんか幸太郎さんの口調が全然違う。

いつもなら


『拓也くーん! 水着どんなのにゃ? 私これにゃーっ』


みたいな感じなのに。まるで今は男みたいだ。

いや、いつも男なんだけど。


「え、えっと、僕はこれです」


袋から出したハーフパンツの海パン。

イルカの絵がデカデカとプリントされている。

それに対して、幸太郎さんの水着には虎。


「カッコイイでしょ。晶ちゃんと一緒に買ってきたんだけどね」


「そ、そうなんですか……」


晶さんと一緒に。

羨ましい、悔しい。僕も晶さんと一緒に行きたかった。


 そのまま水着に着替え、女子更衣室の前で晶さん達を待つ僕と幸太郎さん、そして大地さん。

っていうか大地さん居たんだっけ。姉さんとずっと二人の世界に居たから忘れていた。


「おまたせー」


そういいながら出てきたのは晶さんと姉さん。

晶さんは黒のビキニ。なんかセクシーというよりカッコイイ。

姉さんはワンピースのような水着に帽子をかぶり、車椅子に乗っている。


「じゃあ兄ちゃん。先に行ってて。私達七草ちゃん待ってるから」


「お、おぅ。じゃあ、琴音……い、いこうか……」


なんか大地さん、ロボットみたいな動きしてるけど大丈夫かな。

ガコガコと効果音が聞こえてきそうだ。


というか七草さん遅いな。そんなに凝った水着なのか?


「…………ちょっと待ってて。引っ張ってくるから」


晶さんが女子更衣室に戻り、しばらくすると中から手を引かれて七草さんが出てきた。

白をベースにした花柄の水着を目にした瞬間、僕の目は七草さんの体の一部に釘付になる。



「えっ、さ、七草さん?」


「な、なんじゃ、拓也君……儂の乳ばかり見おってからに!」


いや、男なら当然見るだろう。

っていうか七草さん、着ヤセするタイプだったのか。


「け、結構立派な物をお持ちで……」


「うん、凄いね。見直したゼ」


感想を漏らす僕と幸太郎さん。その瞬間、七草さんは晶さんを盾にしつつこちらを睨んで来る。


「ほらほら、いつまでもここに居たら迷惑だし……プールいくよ」


晶さん引率の元、シャワーを浴びてプールへと向かう。

中は人の海だった。もう結構入ってるな。


「拓也君や。儂はちょっと浮き輪買ってくる。今日忘れてしまったんじゃ」


「あ、僕も行くよ」


七草さん一人で行かせるとなんか心配だ。

何せ顔と身長は小学生並なのに一部だけ大人なのだ。

マニアックな輩に捕まる可能性大、いや、そうでなくてもナンパされるだろう。


 晶さんと幸太郎さんは二人でジュースを買ってくる、と言いながら別れた。

悔しいが仕方ない。七草さんを一人で行かせる訳にはいかないし。

浮き輪売り場にも人が並んでいた。並びながら、ふと浮き輪の値段を見る。


(うわ……高ぇ……)


普通のスーパーで買えば千円くらいだ。

だが輪っかの何の変哲もない浮き輪が三千円以上する。


「ぅ……すまん、拓也君……儂にお金を貸してくれないか」


「ぁ、うん……」


財布を出し、五千円を七草さんへと渡した。


「本当にすまんの。ちゃんと返すから」


「う、うん」


こんな時に「奢りだぜ!」って言えるような男になりたい。

しかし三千円の出費は痛すぎる。


 浮き輪を無事購入し、晶さん達を探す僕と七草さん。


「うえぁー、凄い人じゃのう」


「だねぇ……まあ、待ち合わせ場所は決めてあるから平気……」


って、あれ?

七草さんが居ない!

たった今居たのに!

ど、どうなってるんだ。


その時、晶さんと幸太郎さんが僕を見つけて近寄って来た。


「拓也ー、ってあれ? 七草ちゃんは?」


「いや、たった今の今まで一緒だったんですけど……いつの間にか居なくなっちゃって……」


辺りを見回す。

しかし見当たらない。一体どこに消えたんだ。

その時、幸太郎さんはジュースを一気飲みしつつ


「ちょっとその辺り見てくるよ。晶ちゃんと拓也君は適当に遊んでていいよ」


「いや、ちょっと待て幸太郎、私も探す。拓也、ここで待ってて。七草ちゃん戻ってくるかもしれないし」


「ぁ、はい……」


一人取り残された。

うぅ、寂しい。七草さん一体どこに消えたんだ。

もしかして迷子センターとかに、と思ったが却下する。

今の七草さんは体の一部が大人だ。子供とは思われないだろう、たぶん。


 その辺りをウロウロしつつ、周辺を探してみる。

すると聞き覚えのある口調が耳に届いた。


「じゃから、儂は男のツレが……」


「いいじゃーん、彼氏なんて放っといてさ、僕らとあそぼーよー」


ん? 

な、ナンパ!? しかもかなりベタな。

七草さんが金髪の男三人組にナンパされている。


「儂は今日バイト先の皆と来たんじゃ! 悪いが一緒に遊ぶ事は出来ぬ!」


「儂だってーっ、可愛いーっ、俺ロリババァ系のキャラ好きなんだよねー」


あぁ、どうやら男のツボにハマってしまったらしい。

しかし助けないと。

どうしよう、こういう時どうやって助ければいいんだ。

良くドラマとかでは


『あぁー、すいませんねー、俺の彼女が御迷惑をーっ』


とか言いながら連れ出すのが一般的だ。

でも演技とは言え、七草さんを彼女だなんて言ってしまっていいんだろうか。


(いや、でも助けるためだし……ええい、ままよ!)


ナンパされている七草さんの元へ歩み寄る。

そのまま無言で男達の背後から七草さんの手を取り、引っ張った。


「あ? なんだテメェ」


「何してんだコラァ」


思った通りの反応をしてくるナンパ男達。

その反応を見て七草さんが完全に怯えている。浮き輪で顔を隠しながら震えていた。


「すみません、この子は僕の……僕の彼女なんでっ!」


言っちゃったーっ!

うぅ、ごめん、七草さん!

で、でもこれは不可抗力だから!


「あ? うそこけ。バレバレだっつーの。いいから君はプールで遊んでなさいー」


そのまま三人がかりでプールの方へと引っ張られる。


「ちょ、何するんですか!」


「いいからいいから、彼女は俺らがエスコートするから。じゃあなー」


手と足を持ち上げられ、勢いよくプールへと投げ込まれる。

深さは五メートルくらいだろうか。

しかし僕は別に泳げない訳ではない。


(すぐに出て七草さんを連れて……って!)


その時僕は目を疑った。

七草さんが浮き輪を持たずに飛び込んで来たのだ。

そのままジタバタしながら僕に抱き付いてくる。


(さ、七草さん?! ぼ、僕を助けに……って、泳げない癖に……)


水中でジタバタしながら抱き付いてくる七草さんを落ち着かせつつ、なんとか壁際の梯子へと捕まる。

そのまま抱きかかえながら頭を水中から出した。


「ぶっは! し、しぬかと思うた……」


「いや、あの……七草さん泳げないのに飛び込んじゃダメでしょ……」


しゅんとする七草さん。

いや、今のは僕を助けるためだったんだ。


「ご、ごめん、上手く助けれなくて……」


「な、なにを言うとる! 儂は……その……」


その時、何やら先程の男達の悲鳴が聞こえてきた。

なんだ、何が起きてるんだ、と男達の方を見ると


「君達……私の可愛い執事をプールに投げ来むとは……それは挑戦状ですか?」


ブーメランパンツを履いたオーナー。妙に筋肉質で肌の質感がヌメヌメしている。

そしてもう一人


「あらぁ、良く見ると可愛い顔してるじゃない。アタシ達と良い事しなぁい?」


元傭兵の誠さん。言うまでもないが、こちらも圧倒的筋肉質。

しかも体には大小含めて数十カ所の傷跡が。


「ひ、ひぃ! た、助けてください! 命だけは!」


男達は怯えまくっている。

一方はナルシスト全開で隠そうともしないオーナー。

そしてもう一方はオネエ語でゴリ筋肉質の元傭兵。


怖くない人など居ないだろう。

まるで地獄絵図だ。


「た、拓也君……お願いがあるんじゃが……」


七草さんが僕に抱き付きながら呟いてくる。

いや、というか当たってる。体の一部がさっきから。


やばい、これ以上は不味い。


「え、な、何? お願いって……」


「もっかい、潜ってくれ……」


ん? もしかして気持ちよかったんだろうか。

まあ、折角プールに来たんだ。

筋肉質な二人に詰め寄られている男達を尻目に、僕と七草さんは再びプールへと潜った。


 青い空間


もう慣れたのか、七草さんはジタバタしない。

寧ろ笑っている。楽しそうに。


良かった。一時はどうなる事と思ったけど。


その時、僕の首に七草さんの腕が絡みついてくる。

一瞬絞め殺される! と思ってしまうが、ただ抱き付いてきただけだ。


いや、まて、不味い。


近い! ちょ、凄い近い!





 混乱する僕の唇に柔らかい感触が伝わる

それが七草さんの唇だと気づくのに時間が掛かった


(さ、七草さん……?)


水中なのに随分長い間潜っている気がする

まるで時間が止まったように


そっと離される唇


彼女の顔は何処か悲しげだった


そっと抱き寄せ、再び水面へと顔を出す


「はぁ……はぁ……拓也君……」


よく見ると彼女は泣いている


僕の首に抱き付いたまま、彼女は真っすぐに見つめて来る


「お願い……私を見て……」


いつもと違う口調


真っすぐな瞳


まるで僕の全てを見られている様な感覚


その瞳の色に吸い込まれそうになる




「貴方が……好き……」






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