第9話:298の大臣の選択
「…」ボスとの通信は切れ、真っ黒なデスクトップに自分の顔だけが反射して写っている。
画面から目を逸らし、頭を抱えた。
「ちくしょう!」
コーゾーは実験デスクを叩いた。デスクの上に置いていたコーヒーがこぼれ、床に垂れた。
「あいつらはガンなんだよっ!水際作戦じゃだめなんだ、増殖し、移動するんだよ!」
「シンゾーは現場を、あいつらの本当の怖さをわかっちゃいない!あいつらは俺たちが築きあげてきたモノを根本から揺るがす、やばいやつらなんだよっ」
「うみゃあ?」
大きな音に反応して、リビングでお昼寝していたサーバルちゃんが実験室に入ってきてしまった。
「ああ、すまないサーバルちゃん。大きな声を出してしまって。でもお前もわかるだろうコイツらの怖さが」
そう言うとコーゾーはカツカツと歩き出し、検体Aのもとへ向かった。
「おい、起きろ検体A!」コーゾーはケージの中に監禁されている検体Aのケツを蹴っ飛ばし、無理やり起こした。検体Aはネルシャツにジーンズ、バンダナ姿で昼寝をしていた。
「ふぁあ、こんにちまんだ○け」
「相変わらずひどい挨拶だな、検体A。久々だがさっそくテストだ。“本を売るなら?”」
検体Aに対して、健常者テストの質問を投げかけた。
感染が治っているのであれば「ブック○フ」と答えるはずだ。
「まんだ○け」うん、あいかわらず感染したままだ。
「いいかサーバルちゃん見てろ、そこでだ、こいつに俺の抗体を注入する」
コーゾーは注射器をアンプルにさし、抜いて、寝ぼけ眼の検体のケツにさした。
「ひでぶっ!」
検体Aは典型的な感染者の反応を見せた。一連の反応から、彼の感染レベルは「マニア」だ。
オタクの段階はとっくに過ぎている。放置しておけば、2、3日でゾンビ・キュレーターまで進化するだろう。
「俺の抗体がうまく効いていれば、こいつはこの後、健常者に戻るはずだ」
「いいか?もう一度聞くぞ?“本を売るなら?”」
「うぉあぁおお!」
注射の痛みと体の中でのウイルスと抗体とのバトルで検体Aはもだえ苦しんでいる。
「ちゃんと答えるんだ。“本を売るなら?”」
「ブ…」
「ブ?」
「"メロンブックス"ですかね。ここらへんで同人誌もあつか」
「パンッ!」
コーゾーは検体Aを銃で処分した。
「また、だめだったか。いや、いいんだ。むしろこれを確認したかったんだ」
現状の研究環境では、感染者を治癒する方向で戦うのは、手詰まりだ。じゃぁ、どう戦えというのか。
「うみゃあ?」
サーバルちゃんはいつもと変わらない表情で僕を下から見上げた。
もう残された道は一つしかないよな。半年くらい前から薄々、頭によぎっていた。
「サーバルちゃん、お前はついてきてくれるか?」
「うみゃみゃみゃみゃー!」
サーバルは元気いっぱいに前脚を動かした。
そうだ俺にも仲間がいるじゃないか。
「ありがとう」
そう、治せないのなら。
ウイルスと戦う道を選べないのなら。
「殲滅するしかないよな、サーバルちゃん」
元気いっぱいのサーバルちゃんは、死んで横たわっている検体Aにぽこぽこパンチをくりだしていた。