第7話:298のゾンビ・キュレーター
その後は、地獄のような惨状だけが298に残された。
自分と警備員が文字通り体を張って、シンゾーを守り通したのだが…。
ーオープン後・298観光博物館ー
閃光が走った瞬間、とっさに僕と、近くにいた数人の警備員がシンゾーに覆いかぶさり、肉の壁を作った。爆発の音と光がでかすぎて、目をつむったため、Dr.アラマタがどうなったかは見えなかった。
ただ、体及び顔に張り付いた鉄臭い液体と生温い半固体から、目を開ける前からどうなったかは容易に想像できた。
「…っつつ。大丈夫ですか。ボス・シンゾー」
「はい。私はだいじょうぶです。それよりもあなたちは…」
体を張って汚れちまった僕たちを見て、シンゾーは血相を変えた。
Dr.アラマタの遺言が正しければ、僕たちはもう、汚染されている。
「うぉおおおおお!」警備員の1人が声を上げた。
「どうした!警備員A」
振り向くと、警備員Aは目が血走り、何か大きな力を抑えるように肩を震わせていた。
「た…」
「た?」
「タレ瓶って知ってます?あの弁当とかについてくる醤油差しです。よく見るといろんな種類の魚のタレ瓶があって、私はいまあれをむしょーにっ、集めたいっ!なかでも私が好きなのはコイガタショウユダイ科ツツショウユダイ属の…」
堰を切ったように警備員Aはタレ瓶について語りはじめた。
「ぎいぇぇえ!」
振り返るとセレモニーに来ていた人たちが、あちらこちらで不可解な振る舞いを見せていた。
あるギャグ漫画家は。
「オジギビト。オジギビト。工事現場に描かれているキャラクターのオジギビト」
ある科学者は。
「蝶〜、わたしの好きな蝶〜」
ある声優オタクは。
「ウエサカ、カワイイ」
あるなべやかんは。
「ソフビ、ソフビ」
ある動物飼育員は。
「サーバルの魅力ですか。じゃんぷ力ぅ…」
気づくと会場には、ちょっと猫背で人とあまり目を合わさない、全体的に黒っぽい服を着た、気持ち悪い集団であふれていた。
「コーゾー君、こ、これはどういうことですか!」
「みんな、Dr.アラマタがばらまいた、キュレーターウイルスに感染したんです!今はまだ、“オタク”止まりですが、彼らはそのうち、金にものを言わせて収集能力を高め、もっとタチの悪い“マニア”に進化します!」
「そして最終的には、ひたすら好きなモノの分類と所蔵を繰り返すだけのゾンビ・キュレーターになるでしょう」
「ゾンビ・キュレーター」
「とにかく、ボス・シンゾー、ここにいてはあなたも危ない!今すぐ、屋上に駐めてあるヘリコプターで298から脱出してください」
「あなたは…」
「僕はもう、だめです。Dr.アラマタのウイルスを浴びてしまいました」
コーゾーは両手を広げ軽く笑った。
「皮肉ですね。一番嫌っていたモノに、この記念すべき日になってしまうなんて」
2人の間に数秒、沈黙が流れた。
「わかったら、早く行ってください…、早く!」僕は屋上につながる非常階段を指さした。
ボス・シンゾーは黙ってうなずいた。
「君の犠牲は忘れない」
僕の肩を叩いてボスは去ろうとしたが、僕はその手をよけて、背中でさよならをした。
「さて、どう死んで詫びようかね」
会場のオタク度はさらに上昇し、博物館の天井近くでは、人の熱気で雲が形成されていた。