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小満

あのあと、私たちは藤代を部室まで連れていき目が覚めるまで介抱した。

幸い藤代はすぐに目覚めたが、部活後のことは何一つ覚えていなかった。


藤代は意外にも元気そうだったので一人で帰らせることにして、私とチャコは、もう一人の負傷者―――結城くんを家まで送っていくことにした。

結城くんは全身に打ち身がひどく、さらに胸から腹まで浅い切り傷があった。

陸上部の部室にあった救急道具で応急手当はしたが、それではとうてい心もとない。

送っていくという私の申し出に結城くんはひどく反対したが、結局腹に傷があっては荷物を持つのがしんどいということで、私が荷物持ちとして家までついてくることをしぶしぶ了承した。



私は自転車を押しながら、斜め前を歩く結城くんの背中を眺めていた。

自転車のかごには結城くんの薄っぺらい学校指定の鞄と、中身がパンパンに詰まったエナメル製のスポーツバックをのっけてある。

ちなみに自分の鞄は背中にしょって、チャコは私の頭の上で寝ている。(これ結構しんどい)


いろいろ聞きたいことはあったが、結城くんは不機嫌そうにだんまりを決め込んでいるし、チャコは疲れたのだろうかいびきをかいて熟睡中だ。

しかたなく、私は無言でとぼとぼと結城くんの後をついて行った。


私の家よりもずっと東の川沿いに、田んぼと畑に囲まれるようにして結城くんの家はあった。

立派な瓦屋根の日本家屋で、私はなぜかその家に見覚えがあった。

門のところに結城道場という看板が掲げられている。

結城くんはその門の前で立ち止まると、私の自転車から荷物を取り上げた。


「あ、だめだよ。家の中まで私が運ぶから」

「やめろ」


厳しい声で結城くんが言った。


「お前なんかに俺の家にずかずか入られてたまるか」


いつもの、私に対してだけ意地悪な結城くんの態度だった。


「いいか、俺はお前のことが嫌いなんだ」

「……」


知ってた。そんなこと、キミの態度を見ていれば嫌でもわかる。でも、面と向かって言われると、やっぱりちょっと傷ついた。


その時、そんな私たちのやり取りを知ってか知らずか、チャコがいきなり飛び起き「お、着いたか!」と言うとぴょんと私の頭から飛び降りて、結城くんの制止も聞かずに門の中にくぐり、さらには勝手に玄関の引き戸を開けて建物内にずかずかと入って行ってしまった。


するとパタパタと誰かがやってくる音がして、若い女性が顔を出した。


「チャコちゃんおかえり!って、あれ、ちかこちゃん!久しぶりねー」

「げ、姉貴!」


あれ、結城くんが珍しく動揺している。あの女性は結城くんのお姉さんなのかな?私のことを知っている風だけど、どこかで会ったことあったっけ?


「ありゃ、覚えてないか。そりゃそうよね、ちかこちゃんがうちの道場かよってたの、確かまだ5歳とか、そのくらいの時だっけか」

「姉貴、もういいから、さっさと中入れ」


しかし、結城くんのお姉さんは止まらない。


「チャコちゃんが今日、ちょうど挨拶に来ててさ。ちかこちゃんが葬者に仮就任したっていうから、近々挨拶に行こうと思ってたんだよね。ちょうどよかった、あがってあがって」


結城くんのお姉さんはつっかけサンダルをはくと、玄関から出てきて私の腕を引っ張った。



「姉貴、やめろよ」

「あんたは黙ってなさい」


お姉さんの一喝で、結城くんはあっさり黙ってしまった。

一瞬でわかる、結城家の力関係。

なんとなく、このお姉さんには私も逆らわないほうがいい気がした。




で、なぜか、今私は、結城家の食卓で、夕飯をごちそうになっている。

結城くんのご両親は出張で出かけてるということで、食卓には私と結城くん、お姉さんとチャコの4人?が席に着いた。



「それにしても、大変だったわねー」


結城くんのお姉さんが作ったという夕飯は、とんでもなく美味しかった。私は夢中で白菜と豚肉の蒸し焼きを口に詰め込んだ。


「就任してから、まだ一週間もたってないんでしょ?それで実体化した屍神を葬送できたんだから、大したものよね」

「結城くんのお姉さんは、チャコのこと…というか、葬者のこと、知っていたんですか?それに、結城くんも…」

「私のことは、みさとでいいよ。結城家はね、代々、古河家につかえる家系なの」

「え」

「仕えるって言っても、主従関係というよりは、同じ目的を果たすために、役割を分担している、協力関係にあるって言ったほうがいいかな。葬者は屍神を葬る役目を負っているわよね。それに、屍神が起こす、怪異にも対処しなきゃいけない。これらは神力に優れた古河家の者でなきゃできない。でも、このお役目はとっても危険じゃない?」

「確かに、今日も死にかけました」

「そうよね。だから古河の者が安全にお役目を遂行できるように、武力でもってお守りするのが結城家の役目なの。私たち、神力はからっきしだけど、代々体だけは丈夫だから」

「知らなかった…」

「うちは、剣道道場でもあるのよ。師範はおじいちゃんで、ちかこちゃんも小さいとき通ってたんだけど…覚えてない?」


言われてみると、確か、兄たちにくっついて道場に行ったこともあった気がする。


「確かに、ここには初めて来た気がしません」


みさとさんは、ふふふと笑った。


「そうでしょう?」




「姉貴、もういいだろ。早くこいつ家に帰せよ」


それまでずっとむっつりと黙ってご飯を食べていた結城くんが、口を開いた。


「あら、ずいぶん偉い口を利くようになったわね。昔はちかこちゃんにべったりくっついてまわってたのに」

「え!?結城くんと私、小さいころに知り合いだったんですか!?」

「ええ。大悟もうちの道場で小さいころから剣道やってるからね。ちかこちゃんが通ってた頃は二人で仲良く剣道やってたわよ~」


結城くんが机にバンと手をついて、立ち上がった。


「姉貴、それ以上は」

「あーはいはい。思春期めんどくさいわぁ」



私は結城くんのイラつきが怖かったので、もう少しみさとさんの話を聞いていたがったが、暇を告げることにした。


「確かに私もお言葉に甘えて長居しすぎました。すいません。そろそろ帰りますね!」

「ちかこちゃんごめんね~。こんな奴だけど、仲良くしてやってね」


みさとさんの言葉に、私はあいまいにほほ笑んだ。

多分私が仲良くしようと思っても結城くんがそれを拒むだろう、と思ったからだ。


「おいしいご飯、ありがとうございました。お邪魔しました」


みさとさんは「またいつでも食べに来てね」と笑って見送ってくれた。



夜道をぎこぎこと自転車をこいで家に向かった。

チャコは、いつかのようにかごにすっぽりとはいって、夜風を気持ちよさそうに受けている。


「今日は大変な一日だったな」

「うん。まさか藤代があそこまで大きな闇を抱えているとは思わなかったよ。昨日のことでちょっとは悩みを軽くしてあげられたかなって思ったのに」

「いや多分、今日の屍神には何か人為的な力が働いていたぞ」

「人為的?」

「そうだ。誰かが意図的に、あの子の闇を増幅させたんだ。最後に壊したお守り、あれがその証拠だ」

「誰がそんなこと」

「わからんが、ちんかすみたいな屍神をあそこまで強くさせちまうような力の持ち主だ。並みの人間じゃない」


そういえば、藤代は、あのお守りを誰にもらったか覚えていないって言ってたな。誰なんだろう…。


「藤代に怨みがある人の犯行かな?」

「ちがうだろうな。どう考えてもあれはお前を狙ってのものだ。成長した低級の屍神は、より強くなろうと神力の強いものを狙うからな」


そうだったのか。誰かに命を狙われるほど自分が恨まれていると思うとぞっとした。


「ちょっと怖いかも…」


ぽつりとつぶやくと、チャコは耳をピクリと動かして、私のほうを見た。


「大丈夫だ。俺もいるし、結城家の者もついている。結城家の守護職が同い年でよかったな!学校でも安心じゃないか」


そうだ、結城くんのことだ。


「チャコ、結城家のこと、知ってたなら初めに教えてくれてもよかったのに!」


「いや、俺も今日まで誰がちかこの担当の守護職なのか知らなかったんだよ。

いいか、古河の葬者を守る結城の守護職は、葬者に歳が最も近い結城の者が選ばれるんだ。だから、今日俺は結城家にちかこが仮葬者に就任したって報告と、誰が守護職に就くのかの確認をしに行ったんだ。まさかちかこと同じ学校に守護職も通ってるとは俺も思わなかったぜ」



はぁ、そうなんだ。

確かに今日屍神と戦っていた結城くんは頼もしかった。でも、なぜか私は彼に嫌われているし、守護職がそばにいてよかった!とはどうにも素直に喜べない。


「…あ」


そういえば、今朝の夢。


「思い出した」




あの時、桜吹雪の中でこちらを見た男の人…あれ、結城くんだった。


夢のことをチャコに話すと、「示唆的だな」となんか流された。

えー、もっとドラマチックな反応を期待したんだけどな。


夢の中の結城くんは、知らない女の人にかしずいていたけれど、現実の結城くんは全然まったく甘くない。



―――ああ、私は守護職だとかいう結城くんと、果たして仲良くなれるだろうか。


私は大げさに、ひとつため息をついた。


そんな私を笑うかのように、夜空には見事な三日月がぽっかりと浮かんでいた。


「小満」おわり

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