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color  作者: 倉本新菜
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「櫂進、今日合コン行く?本当はおまえ、誘いたくないんだけど、ひとり行けないっていうから」

 階段教室の中ほどで、出席カードが配られるあいだ、隣に滑り込んできた孝太が言った。

「『本当は誘いたくない』ってどういう意味だよ。じゃあ誘うなよ」

「違う違う。櫂進が来ると女の子がみんなお前狙いになるじゃん。でもやっぱりちょっとイケメンもいないとさ、残念な雰囲気になるんだよ。の、『本当は誘いたくない』」

「ややこし。行かないよ、今日はバイト」

 水色の五センチ四方の紙が回ってきて、二枚取ると、学籍番号と名前を書く。一枚には自分の。もう一枚には慎二の。

「んだよ、行こうぜー。じゃあさ、カテキョ終わったら来いよ。駅前の居酒屋。な」

「行けたら行く」

 行けたら行く、というのは八割方行かないという意味である。いや、それ以上かもしれない。とにかく面倒くさい誘いを切るにはうってつけのフレーズだ。

 合コン。中高一貫男子校からエスカレーターでこの大学に入学して半年が過ぎた。その間に行った合コンは、二回。一回目は中高時代の先輩の誘いで仕方なく。二回目は、孝太の妹の友達数人。どちらも、もう一度二人で会いたいという女の子がいた。もう顔も覚えていない。いや、顔を見ていなかった。でもとげのない話し方や、無難な服装が気に入った。どちらも後日二人だけで会った。でも二回目はなかった。理由は、たぶん僕にある。十八や十九の女の子は、面白くて優しくて、ちょっとかっこいい男が好きなのだ。ちょっとかっこいい、は初対面で判別可能。でも面白くて優しい、は二人で会ってみないとわからない。会ってみて、そこで僕は、『ない』と判断される。面白くもないし、優しくもないからだ。

 女の子が嫌いなわけじゃない。正直に言うと、興味はある。いや、ものすごく、ある。でもずっと女子のいない生活を送ってきて、いきなりはい、この中から彼女候補を選んでください、と言われてもできないのだ。まず判断基準がない。みんなかわいい。汗と脂にまみれた男どもの、魑魅魍魎の世界から抜け出て目にした女の子は、みんなかわいかったのだ。

 いい匂いがする。それだけで倒れそうだった。一緒に歩いていても、うっかり肩などぶつけてしまえば、転んでしまうんじゃないかとヒヤヒヤした。お腹すいたね、と言われると、この小さくて良い匂いのする生き物は、一体何を食べて生きているのだろうと本気で疑問に思った。そんなことに気を取られていると、面白いことなど言える訳がない。会話を楽しむことも、気の利いたお金の出し方もできるわけがない。そうして、僕は『彼氏候補ではない』という烙印を押される。そんなわけで、二回目はなかった。

 そういう経験を二度もすると、まあ今まで大した挫折もなく生きてきたヘタレな僕は、『彼女ほしい』から『できたら欲しい』に心意気が下がるのである。実際、中高時代からつるんでいる孝太と慎二を含む僕ら四人とも、彼女はいない。男子校育ちというのは、世間が思う以上に悩んでいるのだ。

 でもその分、友達との結束は固いと思っている。この四人の友情は永遠だ、と何となく思う。「なあ、敦史んとこ、最近行った?」「先週…かな。行った」

「昨日行ったらさ、面会謝絶だった」 面会謝絶、の札が頭に浮かんだ。まず字面がただ事ではない雰囲気を出している。患者の病状が思わしくない場合はもちろんだけど、今日は誰にも会いたくない気分って時にも使うことのできる札、と敦史が言っていたのを思い出す。

 あの時は、まだ僕らの誰もが、敦史はすぐに退院すると思っていた。大学に入ったばかりの、浮かれまくっていた頃だ。桜が満開で、でも大学生は夜桜の下で酒を飲んで騒ぐことしか知らず、僕はそれに参加している自分に酔っていた。同じころ、中学からずっと一緒にいた敦史は、自分に降りかかった運命を知らされて愕然としていた。

 孝太はスケジュール帳を広げ、半年だ、とつぶやいた。バイトとか飲み会とか、レポート提出、という文字が几帳面に並ぶあいだの、空白の日付。十月の真ん中で、僕と孝太の視線が止まった。

「大丈夫、だよな」

「先週は元気だった。ゲームのレベル上げとけって言われて、おれ今持ってるから」

「だよな」

 出席カードが集められ、緩やかに授業が始まる。大きな階段教室の大きな窓の外には、台風の去ったあとの高い空が広がっていた。大学で見る風景は、まだ敦史と見たことのないものばかりだ。無駄に広い中庭も、卒業生も結婚式を挙げられるというチャペルも、集合場所にしている学食も、そのどこにもまだ、敦史はあらわれていない。なによりも、敦史とは、まだ一度も合コンに一緒に行っていない。

 授業中、ふと隣の孝太を横目で見ると、携帯電話のメールの画面を開けていた。書きかけのメールは、『敦史、明日行くからな』のまま、送信されずにいた。


 二時間の家庭教師のバイトが終わると、午後七時を過ぎていた。いつもはそのまま家に帰るか大型書店に寄るのだけれど、今日は何となく孝太に誘われた合コンに顔を出してみようかという気になった。カテキョの家からは、方向的にはまた大学に戻る感じになるけれど、定期があるから交通費はかからないし、とか自分に対するへんな言い訳をしていた。でも本当は、孝太が授業中に敦史に宛てて書いていたメールに、返事が来たのかどうか知りたかった。それこそメールでもいいのに、なぜか直接孝太に聞きたいと思ったのだ。

 金曜日の夜の駅前は、待ち合わせの人でごった返していた。地方都市のターミナル駅、といってもここが一番にぎわっている界隈なので社会人も学生も、とにかくここで待ち合わせてからばらけるのがお決まりだった。

 居酒屋に入ると、誰の名前で予約してるのか聞くのを忘れたことに気付き、とりあえず店の奥を目指して進んだ。人の声と、グラスがぶつかる音と、オーダーを入れる店員の声が混じり合って居酒屋独特の空気を醸し出していた。通路が異常に狭くて、肩にかけた鞄が客の背中にバシバシ当たっていた。

「櫂進、ここ、ここ!」

 孝太が手を高くあげた。奥から二番目の、テーブルを二つくっつけた場所で、男女が交互に座って僕に注目していた。

「同じ大学の、渡海櫂進。中学からずっと一緒。あ、こいつ人数合わせだからさ、全っ然面白くないかもだけど、ごめんね!」

 まるきり嘘でもない紹介をされて、一瞬女子が引いたような気がしたが、とりあえずは孝太の隣に座って飲み物を注文した。

「なあ、敦史から返事来た?」

 気になることは先に片付けたい性格で、夏休みの宿題を真っ先に終わらせるのはいつも僕だった。

「来た来た。なんか、ちょっと疲れてたみたいでさ。焦ったよな。びびらせんなよって」

「なんだ。そっか。おれも明日一緒に行くわ」

 そこはもう孝太は聞いていなかったようだ。向かいに座っている女の子とグラスを交換して、だらしない笑いを広げていた。

 注文していたカルピスサワーを受け取ると、自然に孝太と反対側の隣に視線が向いた。ずいぶんと童顔な女の子だった。よく居酒屋に入れたなと思った。中学生でも通りそうな雰囲気だ。

「あの、ワタガイくん…って、どんな漢字ですか?」

 その子はまるで、今まで僕らが話していた続きをするように聞いた。自己紹介をするでもなく、前置きをするでもなく。

「え、どんな感じって聞かれても…。」

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