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color  作者: 倉本新菜
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そうそう同姓同名はいないだろうと思うからだ。なんて未練がましいことをずっと考えていた。

 何度も、やり直したいと思った。

 何度も、あの笑顔をもう一度抱きしめたいと思った。

 久しぶりにそういうことを思い出した夜だった。そしてそれは現実となり、やがてかなわぬことを知るまで、そう長くはなかった。


「二一〇番の方ぁ。いらっしゃいませんか。」

時々番号カードを取ったにもかかわらず、途中であきらめて帰ってしまう人がいる。気持ちはわからなくもない。あと十五人もいる、とわかったら明日にしようと思ってしまうかもしれない。でもこの二一〇番を取った人を僕は偶然にも覚えていた。そしてその人が、カウンターから見て一番奥に座っているのを発見した。ちょうど僕の母親くらいの年格好で、最近会っていない母親を一瞬だけ思い出したからだ。

 その女性は、手にしている番号カードにもう一度視線を落とすと、よろよろと頼りない足取りで僕のいるカウンターの前に来た。手にしていたのは、死亡届だった。死亡届は葬儀業者が依頼されて持ってくることが多い。しかしその女性はどう見ても遺族だった。母親かもしれない。

「ご愁傷さまでした。」

 声をかけると、女性は微かに笑ったようにみえた。不備がないか確認し、火葬許可証を発行すると、安心したように帰っていった。その後で、さっきの死亡届をもう一度みると、どうやら亡くなったのは僕と同い年の息子だった。直接死因は脳腫瘍、と書かれていた。

 そういうこともあるかと思えば、出生届や婚姻届、離婚届の受理も市民課の仕事なのだ。毎日毎日、この小さな地方都市では何人かの人が亡くなり、生まれ、結ばれ、別れていく。申請される紙切れ一枚の向こうには、想像も及ばないストーリーがあるのかも知れない、と思う。

 僕にも、そういうストーリーが始まろうとしていた。

 それは昨日の夜だった。スマホを家に忘れてきたことに気付いたのは、あと数時間で業務終了というときだった。昨日は学生時代の友達と新しくできた海鮮居酒屋で約束をしていたので、連絡が出来ないと不便だなとは思っていたが、何とかなるだろうとも思えて、そのまま店に向かった。案の定何とかなり、定例議会は終了した。

 真っ暗な部屋の鍵を開けると、朝置いたままの状態で僕のスマホは儚げに発光していた。同じように、携帯を忘れると気が気でなかった学生時代は、誰からのメールも着信もなかったのに、今ではちゃんと僕に連絡をしてくれる誰かがいるのだ。

いつものように冷蔵庫からビールを出してプルタブを引き、一口飲んでからソファに体を預けた。同時にスマホの画面に指を滑らせて、僕は一瞬心臓を掴まれた思いがした。

 そこにあったのは、この十年間一度も忘れたことのない名前だった。

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