表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

黄色いズボン

作者: 大原 小雪

二作目ですが、前よりはよくなってると思います。読んでください。

長編を書く前に、短編で物語を書く練習をしてます。

よければ感想ください。評価もお願いします。

それが僕の次に書く糧になります。

いつか絶対みんなに認められる作家になりたいです。


 セミの転がる夏休み、中学三年の蓋川という男が飛び起きた。


 蓋川には、中学三年の男子ならまあ当然のこと、好きな女の子がいた。名前は町田マリという。そして蓋川はついにその町田マリという黒髪ロングの女と二人きりで会う約束をすることに成功したのだ。この夏休みに図書館で一緒に宿題をするのである。そして、それは今日だった。夏休みの図書館はいつも混んでいるから、開館する10時に図書館で待ち合わせるということだった。蓋川にとってこれは初めてのデートなのである。


 冷凍食品のピザを押し込んで、牛乳でそれを流し込む。時計の針はだいたい、10時と30分を指していた。すでに30分の遅刻である。朝食、兼、昼食をすませた蓋川は口のなかを水で何度かゆすぎ、今度は大急ぎで黄色の歯ブラシに歯磨き粉をつけた。どんなに遅れていても、歯を磨かないわけにはいかないだろう。なんといっても町田は学年でも五本の指にはおさまるべっぴんさんなのだ。


 鏡でかっこいい自分を確認する。駄目だ。これではあの子に会えない。女のように白い肌、シュッとした輪郭、栗色の目、シュッとした眉毛、シュッとした鼻、シュッとした…………。

 顔はいいが、寝癖が酷すぎる。鏡のかっこいい自分は普段のチャラけていてくるくるした栗色の髪の先がくるりと二本、鬼のように真上を向いて立っていた。これを直すのに8分は必要なくらいだった。そして、時刻は午前10時43分。歯磨きは五分ほどですませていた。だがしかし、お世辞抜きで県内でも五本の指に入る蓋川は8分ほどかっこいい自分に見とれていたのだ。急がなければ可愛い黒髪ロングの女を怒らせることになるのに。


 蓋川には自信があった。俺はこんなにもイケメンなんだ、女は2時間や3時間程度、待っているだろう。

 蓋川の予想通り、町田は待っていた。しかし、蓋川の顔がかっこいいからというわけでは決してない。ただ単純に、彼女がいい人だったからだ。町田の純心無垢なこころは、世の中学生すべてと比べても、三本の指で足りる。卑猥が脳の八割を占める男子中学生らとは存在そのものが根っこから違っているのだった。それでも、ただ待っているわけではない。何度も何度も蓋川にLINEを送っていた。怒りマークのスタンプが吹き荒れる。

「蓋川の腰抜け・・・。」 さながら嵐である。そんな風に降り注ぐ大雨も、電源の切れた蓋川のスマホには届かなかった。昨日の夜、蓋川好みのミクスチャーロックを粗探ししていたせいだ。それから探し当てたバンドに聞きほれていたら充電がなくなった。やっとの思いで見つけたサウンドも、今聞けば安っぽいものなんだろう。音楽とスマートフォンの相性は最悪なのだ。


 そんな腰抜け寝ぼすけヤロウの蓋川はというと、寝癖を直し終えてくりくりイケメンの蓋川になっていた。そして蓋川は今、便所にいた。昨日の夜から我慢していたものがあったのだ。だが、なかなかそれが出てこない。かといってこのまま待ち合わせに行けばふいにそれがやってきた時、漏らしてしまう可能性があるだろう。県内四位のイケメンにそんな不潔なこと、あってはならないのだ。気張る蓋川。そしてついに。蓋川は何とかそれをひりだした。すっきりした蓋川だがそんな余韻に浸っている暇はない。時刻は午前11時11分。普段なら1が四つ並ぶという必然のぞろ目に何かの啓示を見出し、細いお菓子を開けるだろう。だがそんな暇はない。蓋川は急いで駆け出した。

 ならまだよかったが、腰抜けヤロウの蓋川は、ポキッと音を鳴らしながら菓子を食った。町田は今も待ち続ける。それから玄関の姿見で最終確認だ。そこで、蓋川は重大なすっ飛ばしに気がついた。蓋川はまだパジャマのままだった。黄色のチェックで生地はモフモフしている。片方の胸には同じ色の、黄色いくまさんの刺繍があった。

「こんなくりくりクールなイケメンが、くまさんのパジャマで待ち合わせに遅刻するなんてサービス!誰が!」蓋川は誰に聞かせるでもなく焦っておかしくなっている自分を落ち着かせるため叫んだ。イケメンはイケメンでも蓋川は県内四位なのだ。一位でないならば、イケメンでも全てが許されることはない。こんな格好で外に出ればどうなるかくらい、蓋川にもわかっていた。時刻は午前10時29分33秒。その時間は、さらに蓋川を急がせる。蓋川は目にも留まらぬスピードで服を脱ぎ、野球部で昔からの親友からもらったカエルがプリントされたTシャツを着て図書館へと走り去った。そのとき蓋川に鏡を見ている暇はなかった。


時刻は11時30分00秒。蓋川はズボンを履き忘れた。


 何とか11時半までには家を出ることができ達成感を得た蓋川は、家を出た勢いに任せ、ただ走ることにした。風の音が大きく聞こえて、それ以外はほとんど何も聞こえない。すれ違う人たちの視線がいつもとは違っていたのだが、そのときの蓋川は走ることに夢中でまったく気づいていなかった。このときの蓋川は風のようだった。足はくるくる回っていたし、普段走るときより下半身がスースーしていることに蓋川は気づいていなかっただろう。風になった蓋川は信じられない速さで近くの交番を通り過ぎ、坂を下り、踏切をすり抜けていく。角を曲がった時、自転車とぶつかりそうになったが、蓋川の勢いは止まらない。そしてさらに先を行くと向かいには図書館とその手前には頬を膨らませ怒りのスタンプを連打する町田マリが見えた。それからさらに手前には信号がある。赤信号だった。


 蓋川は徐々に速度を落とし、止まった。すると突然大きな叫び声がどこからでもなく、聞こえてきた。その声は明らかに蓋川に向けてだったが、いつもの黄色いやつではない。何色かと聞かれれば、紫色の、叫び声だった。後ろを振り向けば叫び声を聞いて駆けつけたであろういつも近くの交番にいる警官が二人。

「何かあったんですか!?」と蓋川は真後ろにいる汗だくの警官二人に聞いた。蓋川は町田への心配でいっぱいだった。警官が怒って何か言いかけた時、青に変わった信号のほうから聞き覚えのある声がした。

「おーーーーーい!!!」その声の主はこれから初めてのデートをする相手、町田マリだった。その声は笑っていた。嬉しくなったのとなにかあったのかという不安で蓋川は再び町田に向かって走り出そうとしていた。

「町田さ―――。」その時。うっ、と蓋川の首が締められた。

「お前、いい根性してんなぁ。」後ろで鬼のような形相をした警官が言った。そして駆け寄ってきた町田マリからの次に放たれる言葉で(町田が言わなかった場合でも結果は同じだったと思う)、蓋川は、デートはおろかこれからまだまだ待っている学生生活の全てを家で引きこもり過ごすこととなる。


「ズボン、忘れてますよーーーーー。」 町田はすべてを許したような笑顔でそう言った。

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ