第12章Ⅸ:ぶっ飛びかっ飛びすれ違いかん違い
――時は僅かに遡る。
ジーフェスの屋敷から数人の男達によって拐かされたシャネリアとサーシャの二人は、街外れにあるひとつの空き家に連れていかれた。
「(ここ、は…)」
空き家に到着した直前に目を覚ましたシャネリアが見たのは、見慣れた自国の民族衣装を纏った数人の男の集団と、その中央にある椅子に座る若い男の姿だった。
「(カルル、やっぱしあんたの仕業だったのね!)」
シャネリアは自分を掴んでいた男の腕を振りほどき、ぎっと偉そうにふんぞり返って椅子に座っている男、カルルを睨み付けた。
「(ああ、愛しい僕の婚約者よ!よくぞ僕のところへ戻ってきてくれた!さあおいで、我が胸の中に!)」
椅子に座る男は嬉々としてそう叫び、両腕を伸ばし広げた。
カルルと呼ばれた若い男は周りの男に比べたら若い、若いのだが…、
だが周りの男と比べ顔は丸々として肉付きが良く、身体も同様にむちむちとたっぷりの肉…もとい脂肪で包まれていて、横幅は周りの男達の何倍以上もある、それはそれは立派な体格をした男であった。
おまけに服装はウルファリン国特有の毛皮混じりの地味な色合いの服装ではなく、上はキラキラのビーズとレース満載のスーツ姿に下は白のぴっちぴちに伸びたタイツにカボチャ仕様のパンツ姿という、正にどこぞの物語の典型的王子様姿であった。
シャネリアは始めこそ男、カルルを怒りに睨み付けていたものの、その顔・体格と服装との余りの差に、遂には目のやり場に困り果て、頭を抱えてしまった。
「(…あんた、真面目に言うけどさ、その格好すっげーうざっ!!キモいっっ!!目が腐る潰れるっっ!!)」
シャネリアの一言に、周りの従者達も無言で激しく頭を縦に振った。
「(は?何でだい?君が好きだって言ってた白馬に乗った王子様ってこんな格好だよね)」
「(一体いつの話してるのあんた!そんな、幼い時の話をいつまでも信じているなんてどんだけ馬鹿なの!私が何時までもそんな夢見る乙女してるわけないでしょう!)」
「(え?でも君の部屋の隠し戸棚にはタイクーン国で流行りのはーれなんとかって本と、あとびぃえる本っていうのがびっしりと詰まっていたけど…)」
カルルの一言にシャネリアの頬がかあっと赤くなる。
「(あ、あ、あんたっ!い、いつの間に人の部屋を覗き見したのよっっ!!第一そういう格好はそれなりに顔と体格が良い男が着て様になるのよっっ!!
あんたみたいな脂肪玉がそんな格好したら滑稽を通り越して寒気すらするわっっ!!)」
またしても周りの従者が激しく頷く。
「…ん…」
そんな中、部屋の端のほうで寝かされていたサーシャが周りの煩さにやっと目を覚ましたところであった。
「ここ、は…」
辺りを見回せば、薄暗い部屋の中、何人かの異民族の男達と中央辺りに椅子に座った、何とも滑稽な格好をした恐ろしく肥った若い男の姿、そして若い男と向き合うように立って騒ぎたてるシャネリアの姿を見つけた。
「シャネリアさん…」
「(お目覚めになりましたか御嬢さん)」
「!?」
突然隣から従者の男のひとりに声を掛けられ、サーシャは飛び上がらんばかりに驚いてしまった。
「きゃ…!?」
「(失礼御嬢さん、お静かに願います)」
思わず叫ぼうとしたサーシャの口を、男が大きな手で軽く塞いだ。
「んー!?」
「(お静かに願います!貴女様には大変な御無礼、誠に申し訳ありませぬ。ですがいま暫く、我が主人の要望を果たすまでの間、いま暫くお待ち頂けますか?)」
男の言葉の意味は全く解らなかったが、必死で御願いするその様子と唇に指を立てて押し当てる仕草から、男が静かにして欲しいのだと悟るのであった。
サーシャは必死でこくこくと首を縦に振ると、男はほっと安心したように彼女から手を離すのであった。
「あ…貴方達は一体何者なのですか?」
サーシャがそう尋ねても、男はただ首を捻るだけである。
「(すみませぬ御嬢さん、わたくしには貴女様の言葉は解りかねます。ああ、お疲れでしたらこちらにお座り下さい。何か食事や飲み物とかは必要でしょうか?)」
男は部屋のテーブルへとサーシャを案内し、椅子を引いてエスコートさえしてくれた。
「あ、あの…」
「(アルコールは…いや、貴女様は未だこちらのほうが宜しいか?)」
戸惑いながらも勧められるままに椅子に座ったサーシャに、男は傍にあった柑橘類とおぼしき飲み物をグラスに注ぎ始めた。
「(あっ!お前ばっかし可愛い少女の相手して、狡いぞ!)」
周りにいた何人かの男が二人に気付いてそう叫びながら近寄ってきた。
「あ、あの…」
「(うわー真っ白な肌、こんな可愛い少女がフェルティ国に居るんだー)」
「(おいお前失礼だぞ。この御方は西のアクリウム帝国の御方らしいぞ)」
「(アクリウム帝国、あそこは色白美人が多いって噂だけど…)」
「(どちらかといえば彼女は可愛い系だよね。あー俺あんなデブの護衛するより彼女の見張りのほうが良いなー)」
ひとりの男の言葉に、周りが皆頷く。
いつの間にかサーシャは敵?の従者の男達に取り囲まれている状態になっていた。
“な、何でしょうかこれは?!
皆さん一応賊なんでしょうけど…私に乱暴する訳でもなく扱いもそこそこ紳士的ですし、悪い御方には見えないんですけど…”
男達の会話を理解していないサーシャは、にこやかに接してくる男達に戸惑いを隠せない。
「ケレ!スマシテマクマク!!」
ふとサーシャが怒鳴り声に顔を上げると、そこには相変わらず言い合いを続けるシャネリアと巨漢の男の姿があった。
「あの…あの二人は何故喧嘩をされているのですか?」
サーシャの問い掛けに、だがアーリア言語を理解出来ない男達は首を傾げた。
「あ…」
“そうなのね、この方達は恐らくウルファリン国の方で、私が彼等の言葉を理解出来ないように、彼等も私の話すアーリア言語を理解出来ないのね”
仕方ないようにふうとため息をついて、サーシャは激しく言い合いをする二人に視線を向けた。
「(だーかーら!さっさと私を元の場所に返しなさいよ!)」
シャネリアの怒りの声が辺りに響き渡る。
「(それは出来ないよマイハニー、ほらこれ、僕達の婚姻契約書。君の御父上の署名もあるし、あとは君が署名したら晴れて僕達は夫婦になれる…)」
「(うざいっ!マイハニーだなんてキモいっ!大体あんたのその成り、そのぶくぶく脂肪の塊の達磨のくせして私に結婚を申し込むなんて恥ずかしくないのっ!!)」
すると一瞬、カルルが傷付いた表情を浮かべた。
「(酷いよシャネリア。昔の君は僕の見た目を邪険になんかしなかったのに…)」
「(それはあんたの本性を知らなかったからよ。
あんたがカカメスと違って訓練をさぼったり狡していると知っていたら、そこまで優しくなんかしてないわよ!)」
カカメスという名前が出ると、突然カルルの表情が強張った。
「(兄さんと僕は関係無いだろう!何だい君まで兄さん兄さんって…!どうして皆僕より兄さんばかり誉め称えるんだよ!)」
「(それはカカメスが、あんたの兄さんがあんたよりずば抜けて優れているからよ。武術にも優れてるし頭も良いし、なのに驕り昂る事もないし見た目も格好良いし…)」
「(煩い煩い煩ーーい!!もうカカメス兄さんはハルナ義姉さんと結婚したんだっ!だからシャネリアは僕と結婚するしかないのっ!)」
「(何でカカメスと結婚出来ないからって私があんたと結婚しなきゃならないのよっ!)」
「(カルル様、ここはわたくしめにお任せを…)」
二人の諍いに堪えられなかったのか、カルルの直ぐ隣に居た男、従者達の首領である壮年の男が口を出してきて、ふとサーシャに視線を向けた。
が、そこには首領以外の従者が集まり、サーシャを囲んでめいめい和気藹々な様子で過ごしていた。
「(お、お前達、一体何をしているのだ!!)」
首領の一言に男達はびくっと肩を震わせた。
「(お、お頭!俺達は人質の見張りをしていただけで…)」
ひとりの男の言葉に、周りの皆が頷く。
「(か弱き女の見張りなど一人二人程度で充分だっ!他はカルル様の護衛につかんかっ!!)」
「「(はいっ!!)」」
…と、勇ましく返事をしたのは良いが、誰ひとりその場から動こうとしない。
そればかりか男達は誰がサーシャの見張りになるかとお互いにその場でやんやと言い争いをする始末。
「あの…」
「(やかましいっ!さっさと持ち場に戻れっ!!その娘の傍に居る奴は鉈でぶった切るぞっ!!)」
そんな部下の姿にキレた首領が腰の鉈を握り締め、頭上に高々と振り上げた。
「きゃあっ!」
「「(わ、わかりましたっっ!!)」」
サーシャの周りにいた男達は皆散り散りにちらばり、首領の男やカルルの傍に駆け寄っていった。
「(こんな真似はしたくありませんでしたが…シャネリア様がこれ以上カルル様を拒否されるのならば、あちらの女性がどうなるか、お解りですよな?)」
男がくいと首を捻ると、サーシャの傍に残っていた二人の男がびくっと身体を震わせ、慌てて鉈を手にサーシャの手を掴んだ。
「きゃあっ!」
「(ご免なさい御嬢さん、形だけで手出しはいたしませんからどうか怖がらないで下さい)」
「(俺達はあんたを傷付けるつもりはないから安心しな)」
だが二人はサーシャ小声でそう告げると、すまなそうな視線で目配せし、彼女にだけ解るように軽く頭を下げた。
「……」
“こ、言葉の意味は解らないけど…彼等の態度から私に危害を加える気はなさそうね…”
鈍く光る鉈を見て恐怖に震えながらも、サーシャは大人しく彼等に従った。
「(そ、そうだぞ!僕に逆らうと、あの子が酷い目に遭うんだよ!そうなる前にこの誓約書に署名するんだっ!)」
だが首領とカルルの脅しに、シャネリアははんっと鼻を鳴らして高々と笑いだした。
「(は?!あの生意気小娘なら別にあんた達の好きにして良いわよ。
あんた達で殺るなり輪姦すなり、何ならカルルの嫁さんにでもして良いわよ!
てかそうして貰ったほうが私的にはすっげー都合が良いんだけど!)」
予想に反してシャネリアが嬉々としてそう答えたものだから周りの皆は唖然呆然。
「(あ、あれ?おかしいな…ここはあの娘を庇って署名する筋書きなのだが…)」
「(おい、お前が言ったのと全然違うじゃないか!シャネリア、僕の言うこと聞いてくれないじゃないか!)」
戸惑う二人に対し、周りの従者の男達は瞳を光らせた。
「(おい、あの子、好きにして良いんだってよ!)」
「(馬鹿かお前!形だけだよ形だけ!実際手出ししたらお頭に殺されちまうぞ!)」
「(でも…ちょっとくらいムフフ…な思いしても良いんじゃないか?)」
さっきまで和気藹々だった男達が、今度はサーシャのムフフ…を廻って争いを始めてしまった。
「あの…一体何が…」
状況を全く理解出来ていないサーシャにとって、周りの男達の様子の変化についていけない。
「(ほらほら、折角可愛い女の子を好きに出来るのよ!こんな絶好の機会無いわよ!)」
シャネリアは嬉々として男達を煽っていく。
「(だ、大体シャネリアは本当にカカメス兄さんが好きだったのかよ!)」
だが突然のカルルの声に、シャネリアはぎっと鋭い視線で睨み返した。
「(当たり前じゃない!私はずっと優しくて格好良くて強くて賢くて、皆の憧れの的のカカメスが好きだったのよ!
なのにあの女が、あの女が横から彼をかっさらっていったのよっ!!)」
「(カカメス兄さんは確かに見掛けは格好良くて賢いけど、シャネリアが言うほど優しくも強くもないよ」
「(は?)」
「(兄さん、小さい頃は僕のおやつをしょっちゅう横取りしてたし、結婚前には仲間とつるんで近所の家の干し肉を盗んだり、おねえさんの裸を覗き見もしてたし、何より結婚してからはずっと義姉さんから尻に敷かれているんだぞ)」
カルルの言葉にシャネリアはかあっと顔を赤くして激昂した。
「(何いってるのよ!あんな強くて格好良くて優しいカカメスが、そんな狡い事や助平な事をする筈が無いじゃないっ!!
それに何!?カカメスがあの女に尻に敷かれてるですって!有り得ない、有り得ないわよっ!!)」
「(本当だよっ!休みの日には家で義姉さんの家事の手伝いばっかりしてるよ)」
カルルの言葉に首領の男や数人の従者が頷く。
「(カルル様の仰有る通りで御座います。カカメス様は屋敷内ではそのように過ごしておられています)」
「(俺も昔カカメスさんに誘われて女人館(=娼婦宿)に行ったことあるけど、あの人一晩に四人の女人を相手する程の絶倫…)」
「(嘘よっ!ウルファリン国一番の豪傑である彼がそんな、盗みするとか女遊びするとか尻に敷かれてるとか…そんなの有り得ないわっっ!!
彼は英雄なの!英雄はあんた達と違ってそんな下品な真似はしないの!不浄もしないの!解る!)」
シャネリアの叫びに首領の男もサーシャに迫っていた従者達も思わず絶句。
“おいおい、それくらい若い男なら普通だろう”
“てか、不浄しないが当然なんてどんだけ…”
“そんなお伽噺話の英雄なんてこの世界に居る筈が無いだろう!”
シャネリアの世界を垣間見た周りの人達はかなりドン引き気味。
「(目を覚ましなよシャネリア。君の理想の男はお伽噺話の本の中にしか居ないんだよ)」
だがその中でもカルルが、その見た目とは裏腹にかなりまともな事を口にしている。
「(その点僕なんか見た目のまんまだし、君にひとつも隠し事もしないから連れ合いになるにはぴったり…)」
「(うるさいっ!連れ合いって…あたしはあんたに乗り移る気はさらさら無いわよっ!!)」
――ふっ、
次の瞬間、突然部屋の灯りが全て消えて辺り一帯が闇に包まれた。
「(な、何だ何だ!)」
「(何が起こった!?)」
「(灯りをつけろ!早く!)」
いきなりの出来事にカルルやシャネリア、男達が混乱し騒ぐ中、サーシャはただ呆然と立ち尽くしていた。
“な、何が起こったの?”
――しゅるり
サーシャの耳に何やら微かに布が擦れる音がしたかと思えば、
「(うわっ!)」
「(むぐっ!)」
闇の中から辺境言語の小さな叫びが聞こえてきた。
「(な、な、何だどうした!何があった!)」
「(何よ!一体何なの!)」
カルルとシャネリアも泣きそうな声を出して逃げ出そうとするが、暗闇故に足踏みするしか出来ない。
その間にも辺境言語の叫びが…男達の叫びが聞こえ、徐々に声が消えていった。
程無く首領の男が所持していた携帯の灯りが辺りを照らすと、そこには先程までぴんぴんしていた従者達が皆床に倒れ動かなくなっているではないか!
「(お前達っ!)」
男が倒れた己の部下の傍に駆け寄ろうとしたその時、
――しゅるり
再び例の、布地の擦れる音が男の耳に入った。
「!?」
男が振り向く間も無く、突然背後から何かが顔に覆い被せられた。
「貴様!?」
だが一瞬で息が詰まり、気を失って力無くその場に崩れ落ちていった。
「…このような脆弱な輩に我が‘闇陽’がやられるとは…」
地に伏した男の傍には、黒ずくめの格好をしたひとりの背の低い、ひょろりとした男が布切れ一枚を手に立っていた。
「貴方は…」
「(あんた、一体何者?)」
「(な、な、何なんだお前っ!)」
サーシャにシャネリア、そしてカルルの三人が一斉に黒ずくめの男に視線を合わせた。
「(おいっ!誰か、誰か居ないかっ!こいつを捕まえろ!)」
恐怖にがたがたとその巨体を震わせ、そう叫ぶカルル。だが辺りは静まりかえったままである。
「(無駄だ、お前の従者らはこの男を含め全てわたしが独りで始末した)」
黒ずくめの男…見た目から暗殺者か隠者のような不気味な雰囲気の持ち主、は足下に居る、先程倒した男を軽く蹴りながら流暢な辺境言語を語る。
「(始末したって、嘘だろっ!こいつらはベッテン家護衛団でも選りすぐりの精鋭部隊なんだぞ!それをお前ひとりで倒すなんて、嘘だ嘘だ!)」
腰を抜かし、男から逃げようとカルルは狂ったように叫んでいる。
「(あんた、一体何者?私達の言葉をここまで流暢に喋れるなんて…)」
シャネリアの言葉に、だが男はぎろりと彼女をひと睨みするだけで無視し、サーシャのもとへ近付いていった。
「あ、あの…」
「御初に御目にかかりますサーシャ様、わたくしは‘闇陽’の者、名は…ヤースティと申しておきましょう」
男、ヤースティは綺麗なアーリア言語でそう言うとサーシャの前で恭しく跪いた。
「ヤースティ…」
男の名を、神々の世界に於いて、生ける者全ての裁き手である神の名をサーシャが復唱する。
「この度は貴女様に此のような恐ろしい目に遭わせてしまった事を深く御詫び申し上げます。これも我等が‘闇陽’の怠惰な結果…今後は此のような事が無き様、我が組織の指導に努める次第に御座います」
「は、あ…」
闇陽のひとりと聞いて、また自分に対する態度から、サーシャは彼が自分に危害を加えることは無いと確信し少し安心するのだった。
「(あんた、この小娘の護衛なの!)」
シャネリアの声に、ヤースティがぎろりと瞳を、黒に近い深い蒼の瞳を向けた。
「(先程からみておれば貴様、辺境の民の分際で帝国の皇女に何たる態度だ)」
今度は辺境言語で忌々しく呟くと立ち上がりシャネリアに近付いていった。
「(ひ…!?)」
「(貴様のような者は生かしておけばいずれ我が組織の邪魔となるだろう。消えて貰おうか…)」
「(!?)」
恐怖に立ち尽くすシャネリアに、男ヤースティは手にしていた布切れの端を持ってゆっくり彼女に近付いていった。
「(や、止めて…お願い助けて!)」
シャネリアが後退りながら泣き顔で懇願しても、男は無表情で容赦無く近付き布切れを彼女の顔目掛けて降りおろそうとした。
言葉の解らないサーシャでも、周りの様子から今の状況を理解するのであった。
「駄目!シャネリアさんに手出ししたら駄目!」
だが男は容赦無く布切れをシャネリアの顔に覆い被せ窒息させようとしたその時、
「(駄目だっ!)」
いきなりどでかい巨大がシャネリアの眼前に現れた。
「!?」
「(き、き、貴様にし、シャネリアを手出しさせないぞっっ!!)」
あのおデブのカルルが身を呈して必死にシャネリアを庇っているのであった。
「(あんた…)」
「(…そこを退け脂肪玉。わたしの邪魔をするなら貴様も始末するぞ)」
男が低い声で脅しをかけてくるが、それでもカルルは男を睨み付けて逃げようとしない。
「(だ、だ、駄目だっ!貴様にシャネリアを手出しさせないぞっ!!)」
「(あんた…)」
意外にもカルルの男らしい一面に、まるで自分の愛読書の一場面のような展開に、シャネリアはこの場においてちょっと格好良いなと不謹慎な事を思ってたりしていた。
「(し、シャネリアをこ、殺すなら、先ず僕から殺りなよ!!)」
「(ちょっと待った!それって、あんたが死んだら結局私が殺されるじゃないのっ!!)」
「(あ、そっか…)」
ここに来て漫才をやってのける二人はある意味最強。
「(えーと…ぼ、僕の命はどうなっても良いから、シャネリアは助けてくれっ!…て、こんなものかな?)」
「(うん、それならあんたが死んでも私が助かるから良いよ!)」
カルルの言葉にシャネリアは納得したのか、満足げに頷く。
「……」
ヤースティは二人の漫才めいたやり取りに唖然としてるのかその場に固まったままである。
「あの、ヤースティさん、シャネリアさんに手出ししないで下さい」
だが突然のサーシャの声に、やっと男は我に帰ったのか、彼女のほうに振り返った。
「サーシャ様、貴女様は貴女様に害を成した女を赦すというのですか?」
ヤースティの言葉に、サーシャは、
「赦すも何も、シャネリアさんはジーフェス様が好きなだけです。彼女の行動は彼が好きな故のもので、私には何もしていません」
「……」
きっぱりと言い切るサーシャの姿に、ヤースティは黙ったままであったが、突然じろりとシャネリアを庇うカルルに視線を向けた。
「(脂肪玉、貴様その女の何処が良いのだ?)」
「(し、脂肪玉って…僕にはカルルという名前があるよ!
えっと、シャネリアの良いところね…シャネリアは馬鹿で夢見がちでぶっ飛んでいて頭のネジが一本や二本も足りないけど…)」
「(ちょっと!私の何処が馬鹿でぶっ飛んでるのよっ!それまんまあんたでしょうがっ!)」
酷い言われようにシャネリアは思わずカルルの背中をぐーで殴り付けた。
「(いでっ!だ、だけど身体つきは良いし、行動的で素直で嘘がつけなくて真っ直ぐな心を持っていて…だから、だからずっと僕は、小さい時からシャネリアが好きだったんだよ…そんなシャネリアを傷付けるなんて、絶対駄目だっ!)」
「(あんたそこまで私を…ちょっとそこの黒いの、出来たらカルルに手え出さないで、お願い!)」
シャネリアはカルルの後ろにしっかり隠れつつもヤースティに命乞いし始めた。
「(……)」
暫く黙ったままのヤースティだったが、やがて布切れをしゅるりと動かし、瞬く間にカルルの顔に覆い被せた。
「(うぐ…っ!)」
「(あんたっ!カルルっ!!)」
シャネリアが叫ぶのと同時に巨体がどたりと床に倒れてしまった。
「ヤースティさん!」
「心配ありませぬ。脂肪玉も周りの者も気を失っているだけです。暫くすれば目を覚ますでしょう」
男はそう告げるとぴくりと顔をあげシャネリアを睨み付けた。
「(小娘、貴様も国を統べる者の縁者なら、もう少し人を見る目を持つべきだ。真に己の味方になるべき者は誰かを見極める目を持て)」
「(!?)」
「やっと来たか…ではわたくしはここで」
ぽつりとそう告げると、ヤースティは瞬く間に姿を消してしまった。
呆然とするサーシャと気絶したカルルに縋り付くシャネリアに、今度は複数の黒ずくめの男達…屋敷の見張りをしていた‘闇陽’の者達が駆け付けてきた。
「サーシャ様!御無事でしたか…!」
サーシャ達の無事な姿を見て安堵する一方、賊とおぼしき男達が皆その場に倒れて動かないのを見て愕然とするのであった。
「これは…一体…」
「先程、貴方がたの仲間の…ヤースティさんという御方がこの方達をやっつけて去って行きましたが…」
「ヤースティ?神話の世界の‘神々の審判者’?」
「そんな名前の者は‘闇陽’には居ませんが…」
サーシャの言葉に首を傾げる男達。
「でも、確かに貴方達と同じ格好をして御自身も闇陽の一員と仰有ってましたけど…」
“どういう事?あの御方は‘闇陽’では無いのかしら?”
「とにかく、賊は皆我々が縛りつけて屋敷に運びます。サーシャ様に…シャネリア様、お二人は先に護衛をつけて屋敷まで送りましょう」
男の案内で、サーシャとシャネリア…伸びてしまったカルルにぴったり張り付いていたが、は、闇陽の男に連れていかれて用意していた馬車に乗り込み、ジーフェスの屋敷へと向かうのだった。