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第12章Ⅶ:歪んだ行動と真っ直ぐな心

※やや強引な性的触れ合いがあります。御注意を。

ジーフェスに怒りを向けられ、完全に無視されてしまったシャネリアは自分の部屋に戻り、独りベッドに横たわって涙を堪え唇を噛み締めていた。


“(ジーフェス様から、ジーフェス様から完全に否定されてしまった…)”


ジーフェスから言われた残酷な一言が、彼女を苦しめる。


“(嫌よ!私はもうあの時のような想いはしたくない!大好きな男性(ひと)を目の前で奪われるような、あんな想いはしたくない!)”


悲しみに浸るシャネリアの脳裏に浮かぶのはひとりの男性の姿。逞しい身体つきに陽に焼けた茶の肌、短めの黒髪に黒い瞳のその人物は、だがジーフェスの姿では無かった。


「(カカメス…)」


脳裏に浮かんだ男性はシャネリアに優しく微笑みかける。


『(大好きよカカメス)』


『(ありがとうシャネリア、俺もシャネリアが好きだよ)』


だが脳裏の男性の隣にはいつの間にか小柄で可愛らしい女性の姿があった。


『(シャネリア、俺は彼女と結婚するんだ。祝福してくれるよね)』


『(!?)』


驚きに目を見開くシャネリアの前で、幸せそうに微笑みあう二人。


『(どうして…私の事を好きだって言ってくれたのに!どうして!?)』


『(シャネリアの事は今でも大好きだよ。でもそれは大切な、妹のような存在としてだけさ。

俺が女性として好きなのは彼女だけさ)』


そう告げて彼は愛する女性に微笑みかける。

自分とは対照的に細く小柄で見た目か弱そうな女性に…。


“(どうして!どうして私を選んでくれなかったの!

私だって、私だって…!)”


――初恋の相手に失恋して悲しみ傷付き、でもやがて時間(とき)が癒してくれて忘れようとした矢先に出逢った人物。

初恋の男性に似て逞しい身体つきに浅黒の肌、黒髪に優しげに微笑むその瞳は祖国では滅多に見られない明るい新緑の翠。

それはシャネリアの二度目の恋の相手。


なのに残酷にも彼には既に愛する女性と出逢って結ばれていた。しかもその女性は初恋の男性を奪ったのと同じような女性…。


“(嫌よ!もう大好きな男性を他の女に奪われるのは嫌!

絶対、絶対ジーフェス様をあの女から引き離して私だけのものにしてみせるわ!)”


悲しみから一転、怒りにも、恨みにも似た気持ちがシャネリアの心を覆っていくのだった。



      *



その日の夜、夕食を終えたジーフェスは独り自室で悶々と考えに浸っていた。


“サーシャにはああ言ったが、兄さんに何と言って話を切り出そうか…。

自分独りが罰を受けるなら別に構わない。でもサーシャまで何らかのお咎めがあったら…”


ぐるぐると悩み考えていくが、中々良い案が思い浮かばない。


“…何時までもこんな状態じゃ駄目だ!”


ジーフェスは鬱を振り払うように立ち上がると気分転換に水か酒でも飲もうと台所に向かっていった。

が、そこには既に先客が居た。


「あ…」


「あ…」


台所でグラスに水を汲んでいたシャネリアと目が合ってしまい、ジーフェスはつい罰の悪い表情を浮かべた。


“ま、まいったな…まさか彼女が此処に居るなんて…”


シャネリアのほうも何とも言えない複雑な表情でジーフェスを見ている。


「ジーフェス、ウエイタ、カルカ?」


「あ、俺はその…水を飲もうとしただけで…」


普段シャネリアの傍に居るラファイルもおらず、ジーフェスはシャネリアの言葉を理解出来ず、身ぶり手振りで伝えようとした。


するとシャネリアはそんな彼の様子から何か察したらしく、持っていたグラスをじっと見つめたかと思うとジーフェスに差し出した。


「え?」


「ジーフェス、ウエイタ、ホセフ」


「その…この水を俺にくれるの?」


シャネリアの様子からジーフェスは自分に水を渡そうとしていると解釈してしまった。


「ジーフェス、ウエイタホセフ!」


遂には少し乱暴気味にグラスをジーフェスに押し付けてきたのだった。


「あ、ありがとう…」


ジーフェスはシャネリアから受け取った水を彼女の前で一気に飲み干してしまった。


「マルシ?」


「ああ、美味しかったよ。どうもありがとう」


再び礼を言うと、ジーフェスは敢えて彼女と視線を合わせずグラスを渡すと、その場を去っていった。


「……」


シャネリアはジーフェスが去っていった先を見つめ、そして空のグラスを見てくすりと笑みを浮かべた。


“(まさかこんなに早く機会が巡ってくるなんて…!これでジーフェス様はわたしのものだわ…)”


不気味な程の笑みを浮かべ、シャネリアはグラスを置くと自分も部屋へと戻るのであった。



      *



部屋に戻ったジーフェスはソファーに座り、再びシャネリアの件について考え込んだ。


“悩んだって仕方ないな、彼女が傍にいてサーシャを傷付けるくらいなら、勅命に逆らって罰を受けたほうがましだ。

よし、明日朝一番に兄さんに直談判してこよう!”


そう結論づけ、休もうとベッドに歩き出したその時、


…どくん!


「!?」


嫌になる位、大きな音をたてて心臓の鼓動が聞こえた、ような気がした。


“何だ、今のは?”


そう思う間も無く、心臓の鼓動は更に早まり、身体が火照ったかのように熱くなりだした。


“何だこれは?まるで強いアルコールを一気に飲んだ感覚…!?”


そう思う間も無く心臓の鼓動は更に早くなり、身体の内側から火照ったように熱くなっていく。

おまけに少しでも身体を動かすと、衣服が肌を擦る感触が異様に敏感になり、特に下半身の男特有の部分が服で擦れる度に過剰に感じてしまい、遂には硬くなって勃ってしまった。


“何だこれは…こんな、まるで女に欲情したような感覚は、強力な媚薬でも飲んだような感じは!?”


そう思う内にも身体は熱くなり、息をするのも苦しい位になっていく。


“くそっ!こんな時にサーシャにでも逢ったらやばいぞ!どうにかしないと…!”


…カチャリ、


「!?」


ジーフェスが媚薬の効果の欲情に悶え苦しむ中、突然部屋の扉が開かれるとひとりの人物が部屋の中に入ってきた。


「…シャネリア、殿…」


彼女、シャネリアは普段の服装とは違い、薄明かりでも解る程濃いめの化粧をし、肌が透けて見えそうな薄手の服一枚の姿で、不敵な笑みを浮かべながらゆっくりとジーフェスのほうに近付いていった。


「ジーフェス…」


“何故彼女があんな格好で此処に…!?まさか、さっき彼女がくれた水、あれに何か入っていたのか!”


「…駄目だ、来るな…!」


そこでジーフェスは初めてシャネリアの策略に嵌められたのだと気付くのであった。



      *



一方、隣の部屋に居たサーシャは心が落ち着かず、ベッドの中で眠れずにいた。


「ジーフェス様」


“ジーフェス様は明日アルザス義兄様に御逢いになって勅命を拒否すると仰有っていたけど…もしそんな事をすれば、一体どうなるのかしら?”


己の我が儘からジーフェスを巻き込み、それ故に罰せられる事になってしまったら、

サーシャはそれが一番の不安であった。


だが、このままシャネリアさんが傍にいてジーフェス様を誘惑するだけでなく、自分にまで害をなそうと手を出そうとしたら…、


“また、あの時のように『彼女』が現れたら…次こそ、私は制御出来ないかも!?”


…目覚めなさい、本当のわたし…。


“そうなれば、私はシャネリアさん達を…!?”


ガチャーン!


「!?」


突然隣の部屋から激しい物音がサーシャの耳に届いた。


「ジーフェス様の部屋からだわ…何かあったのかしら?」


サーシャはベッドから抜け出すと上着を羽織り、慌てて隣の部屋へと向かうのだった。



      *



「…やめろ、来るな…!」


媚薬に身体を蝕まれ、思うように身体が動けず、ジーフェスは腰が砕けた状態であったが何とかシャネリアから逃げ出そうとずるずると後退りしていた。


「ジーフェス…アイユリサス…」


“駄目だ!ここで誘惑に負けて彼女に手を出したら、それこそサーシャに取り返しのつかない事になる!”


傍にあるものを掴んで必死に投げ、時折激しい物音をたてて壊れるのも構わずに彼女を拒もうとするジーフェスだが、徐々に距離が縮まってゆくシャネリアの姿を、唇を紅色に染めて豊かな胸の形が露になった身体を見た彼の身体が欲情に疼く。


「来る、な…」


そう言葉では拒否しても、身体は目の前に居る妖艶な姿の女を抱きたくて疼いている。


“ああ!何て良い匂いがするんだ!色気を含んだ雌の獣の匂い…

あの胸の膨らみに顔を埋めたらどれほど気持ち良いか!”


有り得ないほどはしたない感情が涌いてきて、ジーフェスはごくりと生唾を飲み込む。


「ジーフェス…」


やがてシャネリアが壁際まで逃げたジーフェスをとらえると、ゆっくりと彼を跨いで丁度下半身の膨らみに当たるように自ら腰をおとした。


「ああ…!」


下着も着けていない、女の濡れた股がジーフェスの股間を擦り、その刺激に堪らず吐息を洩らす。

そんなジーフェスの様子に満足したようにシャネリアは唇を歪めると、熱い吐息を洩らす彼の唇に自らの唇を重ねた。


「ん……ふ…」


ジーフェスが抵抗出来ずにいると、やがて触れるだけの口づけから深いものへと変わっていき、更に股を動かし擦り付け、いよいよ彼の理性が崩れようとしていた。


“ああ、何て甘い唇…腰の動きも艶かしくて…

あそこに俺のを入れたら、どれほど気持ち良いんだ…!”


くらくらする程の女の色香に、遂に屈しようとしたその時、突然部屋の扉が叩かれ、サーシャの声がした。


「ジーフェス様、何か物音がしたのですけど、何かありましたか?」


その声にジーフェスははっと我に帰り、自分に跨がるシャネリアの身体を突き飛ばした。


「!?」


ガチャーーン!


と同時に部屋の窓ガラスが割れ、そこから数人の男が部屋に乱入してきた。


「きゃああっ!!」


「!?」


シャネリアの悲鳴が辺りに響き渡り、部屋の外に居たサーシャの耳にも届いた。


“え…!?今のはシャネリアさんの声、よね。どうしてシャネリアさんがジーフェス様の部屋に居るの!?”


「ジーフェス様!」


つい気になってしまう余り、遂に無断で扉を開けてしまったサーシャ。

そんな彼女が目にした光景は数人の男達がジーフェスとシャネリアを囲んでいる姿だった。


「ジーフェス様!」


男達に囲まれた彼は殴られたらしく、頭から赤い血を流し、ぐったりとした様子で床に踞っている。

一方のシャネリアは気を失っているのか、身動ぎひとつしない状態でひとりの男の肩に身体を担がれている。


「!?」


サーシャの叫びに男達が一斉に振り返り、彼女の存在に気付いた。


「あなた達、一体!?」


不審な男達の姿を見たサーシャが声をあげる。


“彼等の格好、獣の毛の混じった服に腰には鉈…フェンリル様達と同じ姿!”


そう思っていたサーシャの鳩尾に、ひとりの男の拳がめり込んだ。


「…!?」


途端急に意識が遠退き、サーシャは崩れるようにその場に倒れてしまった。


「(屋敷の主の奥方らしいな)」


男のひとりが気を失ったサーシャを見下ろして呟く。


「(丁度良い、この奥方も人質として連れていくか)」


別の男、彼等の首領であるやや壮年の男がそう言うと、他の男達はぎょっとなった。


「(無関係な者を、しかも女性を巻き込む気ですか!?)」


「(保険だ。ここの主人が我等に手出し出来ぬようにする為のな。安心しろ、無事に目的を達成したらちゃんと返すつもりだ)」


「(しかし…)」


「(迷っている暇は無い、行くぞ!)」


男達はシャネリアと、そしてしぶしぶサーシャの身体を抱えると夜の闇へと消えていった。



      *



――どのくらいの時間が経ったのか、ふとジーフェスは眠りから目覚めた。


「……」


目の前に見えるのは見慣れた天井。

何気無く起き上がろうとした彼の頭に激痛が走る。


「つ…っ!?」


痛む場所に触れると、そこには頑丈に巻かれた包帯。おまけに眠っていた筈なのに頭の中はぼうっとしており、何故か身体じゅうに力が入らないほどの疲労感があった。


“一体、何が…”


「あっ!旦那様あっ!」


途端聞き慣れた甲高い賑やかな声がしたかと思うと、見慣れたみつあみのふっくら顔がジーフェスの前に現れた。


「エレーヌ…」


「良かったあ、旦那様が目を覚まして!」


すると彼女の声を聞き付けたのかぱたぱたと足音がしてポーが現れた。


「坊っちゃま!お目覚めですか!」


「ポー…一体何が…」


「坊っちゃまは頭を殴られて部屋に倒れておられたのですよ。覚えていらっしゃいませんか?」


「頭を、殴られて…」


そう言われてジーフェスは必死で昨夜の事を思い出していった。


“確かあの時、シャネリア殿から渡された水を飲んで、身体がおかしくなってその場に現れた彼女に欲情して…”


『ジーフェス様』


“サーシャの声がして我に帰り、シャネリア殿を突き飛ばして、その直後突然窓から謎の男達が侵入して、シャネリア殿を強引に連れて行こうとするから抵抗したが、あっさり殴られてやられてしまった!?”


「シャネリア殿は…サーシャは無事か?」


ジーフェスの問い掛けに、エレーヌとポーの表情が曇った。


「二人とも居ないんです…」


「居なく、なった…!?」


「あの女が居なくなったのは嬉しいけど、サーシャ様まで居なくなったのが心配で…」


二人の言葉にジーフェスは愕然とするだけだった。


“そんな…まさか、まさかあの時現れた男達に連れていかれたのか!?

男達の格好、あれはフェンリル殿達とそっくりな格好…シャネリア殿も拐かされたというのならば、まさかフェンリル殿が絡んでいるとか!?”


「フェンリル殿は、何処に居るのだ?」


「え?」


「フェンリル様なら部屋のほうに居られる筈ですが…」


ポーの返事を聞くや否や、ジーフェスは彼のもとに行くべくベッドから降りて立ち上がろうとした。

だが足に全く力が入らず、崩れるようにその場にへたり込んでしまった。


「旦那様っ!無理したら駄目ですよおっ!」


慌ててエレーヌが駆け寄り、肩を支えられて再びベッドへと戻された。


“何だこの、酷い倦怠感は…”


「おっ、目ぇ覚ましたかい?」


ふらつきながらベッドに倒れてしまったジーフェスを、騒ぎを聞き付けたフェンリルが見舞いにやってきた。


「フェンリル殿…一体何が!」


「話は後だ。先ずはこれを飲め。あの馬鹿がお前に飲ませた薬の解毒薬だ」


そう言うが早いか、フェンリルはジーフェスの口に強引に何か丸薬のようなものを押し込んだ。

反射的に吐き出そうとするジーフェスに更に強引に水差しから直接大量の水を飲ませていった。


「ぐはっ!げほげほっ!!」


大量の水と共に丸薬を飲んだジーフェスは激しく咳き込み、目の前の男を睨み付けた。


「悪い悪い。けどこれくらいしないと‘堕天使の誘惑’の効果が消えないのさ。まあ気絶した時に派手に欲を出してたから多少はましだったみたいだかな」


「‘堕天使の誘惑’だと…げほっ!」


それはジーフェスも話にだけは聞いたことのある媚薬で、女性にはほとんど効果が無いが男性が服用すると激しく欲情し、時として心臓が止まり死に至ることもある程の強力な薬で、フェルティ国では使用禁止薬物に指定されている。


「まあ解毒薬を飲んでも丸一日はまともに動けないから、大人しくしてろ」


「大人しく、だと…!」


何ともない様に軽く告げる男に、ジーフェスは怒りがわいてきた。


「サーシャや、貴殿の妹が拐われたのに、そんな飄々とした態度は何だ!二人を拐かした賊は貴殿と同じ姿格好をしていた!明らかに同郷の者の仕業ではないのか…!?」


そこまで一気に叫ぶと、ジーフェスは急に力が抜けてベッドに倒れた。


「そこまで知ってたか…」


先程までの飄々とした様子から一変、真剣な面持ちで倒れたジーフェスを見下ろし、フェンリルは傍にあった椅子に腰掛けた。


「しゃあねぇな、ここまであんたとあんたの奥方が関わった以上、正直に話さない訳にはいかないよな…」


そう言ってフェンリルは淡々と話を始めるのであった。

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