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第12章Ⅵ:想いと嫉妬と破滅の力

「(どういう事だ!あれほど屋敷を離れるなと言ってたのに何故勝手に屋敷を出て街を彷徨いていたんだ!しかも賊に襲われ逃げられただと!)」


――ジーフェスの屋敷に戻ったラファイル達は、程無くして戻ってきたフェンリルから厳しい叱咤を受けていた。


「(申し訳ありませんフェンリル様。全てわたくしの失態で御座います)」


「(ったく…大方シャネリアがジーフェスに逢いたいと我が儘言って制止出来ずに向かう途中だったのだろう)」


「(……)」


見事な洞察力に二人は言葉が無い。

当のシャネリアは別室に居てこの場には居ない。


「(あとこれは襲撃された際に傍に落ちていたものです)」


ギアランが懐から先程拾った矢を渡すと、それをみたフェンリルとラファイルが表情を歪めた。


「(この紋様、間違いなくベッテン一族の矢ですな。ご丁寧に麻痺毒つきか…)」


「(ああ、奴ら、本気でシャネリアを捕まえる気満々だ。

しかしいくらベッテン一族とはいえ、あのぼんくら馬鹿についていく奴等も奴等だな)」


「「(はい…)」」


そこまで言って、三人して深い溜め息をついた。


「(あれに目をつけられたシャネリア様が余りにも憐れです…)」


「(そうだな。おまけにあの馬鹿親父がへましやがったお陰であいつにしつこく付きまとわれて、こっちが大迷惑だ!)」


怒りの余りにフェンリルは拳をローテーブルに叩き付けた。


「(フェンリル様…)」


「(何が何でもあの馬鹿からシャネリアを護れ!あと十日、十日もすればあの婚姻契約書が無効になる!それまで絶対にシャネリアをあやつの手に渡すなよ!)」


「「(御意!)」」



      *



――それから数日、

シャネリアは相変わらずジーフェスに逢う度に彼の傍に寄って甘えたり媚びを売ったりしてエレーヌと喧嘩になり、またある時はジーフェスとサーシャが二人きりで一緒に話をする中にあからさまに邪魔をしたり、またある時はシャネリアが強引に仕事場にやって来て自衛団の団員の前でいちゃいちゃしたりする日が続いた。


そんな彼女にジーフェスは忠告するものの改善の兆しが無いのについに辟易してしまい、何かにつけては仕事等に逃げて顔を合わせないようにしたし、サーシャにも必要以上に相手しないようにと忠告し、彼女もそれに従って出来るだけ顔を合わせず穏やかに数日を過ごしたのだが…、


「いい加減にしなさいよ!あんたサーシャ様を差し置いて那様の奥さん面しないでよっ!」


ある日いよいよぶちキレた(いや、毎日ぶちギレてはいるが…)エレーヌがシャネリアの胸ぐらを掴んで怒鳴りこんだ。


「(何よあんたっ!従者の存在でこの私に手出しするなんてっ!ラファイル、この無礼な女を始末しなさいっ!)」


「(し、しかし…)」


「煩いわねっ!どうせあんたの事だからあたしを追い出せだの処罰しろだの言ってるんでしょうけど、そんな事をさせるもんかっ!」


流石に数日も一緒に過ごして同じ事を繰り返していると、お互いに言葉の意味も少しは解ってきて喧嘩も遠慮が無くなってきていた。


「エレーヌさん、乱暴は駄目よ」


騒ぎを聞いてやってきたサーシャが流石に慌てて止めに入った。


「しかしサーシャ様、この女の図々しさはもう我慢出来ません!」


「それでも駄目よ!彼女は、ウルファリン国の大切な御客様よ。何より彼女の滞在はアルザス義兄様の、宰相様の勅命なのよ」


「……〜〜っ!!」


流石に国のトップに匹敵する者の命とあれば何も言えず、エレーヌは何か言いたげではあったがぐっと堪え、だが乱暴気味にシャネリアから手を離すと大股でその場を離れていった。


「大丈夫ですかシャネリアさん」


サーシャが優しく声をかけると、シャネリアは礼を言うどころか彼女を憎々しげに睨み付けてきた。


“幼い顔立ちに貧相な身体つき…。あの女と、全く同じ!”


シャネリアの中に、ある人物が浮かんできて目の前のサーシャと重なっていく。


“何故、何故このような女としての魅力に皆無な女がジーフェス様の寵愛を受けているの?こんな女より私のほうが遥かに女としての魅力はあるのに!どうして!

この女がアクリウム王家の者だから?帝国の勅命でジーフェス様は仕方無く奥方として迎え入れているの?!そうよ、きっとそうだわ!だったら、だったら絶対許せない!”


独りで勝手に妄想するシャネリアに、ふつふつとした怒りが沸いてきた。


「(あんた、帝国アクリウムの王女っていうけど、そんな成りで本当に王女なの?)」


「え?」


シャネリアの暴言に、訳が解らず呆然とするサーシャに、益々怒りを剥き出しにしてきた。


「(ラファイル!直ぐに私の言葉を彼女に訳しなさい!)」


「(は、はい…)…その、あなた、アクリウムくにのおうじょ、ほんとうか?」


たどたどしいアーリア語ながらも、サーシャはラファイルの、シャネリアの言ってる事を理解するのだった。


「わ、私はれっきとしたアクリウム国の王女です!確かにこんな成りですが、間違いなくアクリウム国の王女です!」


それは以前にも尋ねられた事であり、彼女にとっては劣等感そのものの一言。

以前は何とか落ち着いて返答したのだったが、再びの質問に以前理解してもらえなかった怒りと悲しみがサーシャの胸に起こり、彼女にしては珍しく声を荒く反論してしまう。


「(間違いなく自分はアクリウム王家の者と仰有っています)」


「(ふん、そんな代わり映えのしない容姿に貧相な身体つき、話ではアクリウム王家の者は精霊の加護を受けて皆が皆美しい様相と聞いているわ。

でもあんたの様相は話と全く違うじゃない。どういう事よ?あんたのような女、アクリウム王女でなければジーフェス様も相手していないわ!ジーフェス様は帝国の命令で仕方無くあんたを妻にしているだけよ!

ほらラファイル、さっさと訳しなさい!)」


シャネリアの言葉にラファイルはおろおろしながらも、


「でもアクリウム王家、皆美しいのにあなた、全く美しくない。なぜ?」


たどたどしい訳ではあるが、ラファイルが言わんとしている事を理解したサーシャの表情が青ざめた。


「私が、アクリウム王家のように、美しくない…」


「あ、その…ジーフェス様、あなた王女、だからしかたなく、妻にしている…」


サーシャの表情に流石に言い過ぎたと感じたのか、ラファイルが口ごもりながらも主人に逆らえない性で忠実にシャネリアの言葉を訳していく。


ラファイルから無惨に発せられた言葉はサーシャの心を深く傷付けていく。


『サーシャ王女は本当に王家の血を引いているのか?』


『アクリウム王家らしい力も容姿も無いのに王女だと…よもや本物のサーシャ様は亡くなり、身代わりに卑しき身分の血を引いている女を立てたのではないのか!』


ラファイルの、シャネリアの言葉にかつて何度も言われた言葉を重ねて、サーシャは身体を震わせた。


“酷い、私はれっきとしたアクリウムの王女よ!それなのに見た目だけで私を、私を判断するなんて…!それにジーフェス様が帝国の圧力で仕方無く私を妻にしているですって!”


「違う、ジーフェス様はそんな御方じゃない…」


“そうよ!ジーフェス様ははっきりと私を、私自身を好きだと仰有ってくれたのよ!なのに、そんなジーフェス様を侮辱するなんて…!”


『…わたしが力を貸してあげる』


「!?」


悲しみと怒りに己を見喪い、意識を喪いかけたサーシャに突然囁きかける声。

それは以前、アクリウム国に帰省していた時に聞こえてきた声。


“…貴女は、誰?”


『わたしはあなた、もうひとりのわたし。

わたしがあなたを、ジーフェスを侮辱する者全てを滅ぼしてあげるわ。

たがら、わたしを目覚めさせて…』


それは少女のような幼い声色でありながら、何人も抗えない強い言霊を秘めた呪いの言葉。


“でも…!”


『あなたの目の前の女はあなたからジーフェスを奪おうとしているのよ。あなたに害を及ぼす敵よ』


「…敵…」


『そうよ、敵。あなたを傷付ける敵、あなたの大切な人を奪おうとしている敵…赦せないわよね…』


「敵…赦せない…」


サーシャの瞳が、いつもの穏やかな瞳が、いつの間にか鋭い光を放ち憎しみを込めてシャネリアとラファイルを見つめる。


「(!?)」


「(な、何よその眼!?)」


いつもと違う強い力を持った瞳で睨まれ、二人は恐怖に思わず後ずさった。


「赦さない…私を、ジーフェス様を侮辱する者は、全て滅ぼす…」


顔を上げ、二人を睨むサーシャの表情は普段の様子とは全く異なり、傲慢で冷徹そのものである。


「(ひ…っ!)」


「死ね、己の立場を弁えぬ愚かなる者よ」


異様なまでに禍々しい雰囲気を纏ったサーシャが恐怖に怯える二人に手を差し出したその時、


「ただいま」


突然玄関先から聞こえてきたのは仕事から戻ってきたジーフェスの声。

その声にサーシャはまるで雷に打たれたかのように身体を震わせ、はっと我に帰った。


「……あ」


“私、今何を…!?”


「ただいま。エレーヌも誰も迎えに来ないが、何かあったのか?」


「(ジーフェス様あっ!)」


ジーフェスがサーシャ達の居るダイニングに入ってくるなり、いきなりシャネリアはジーフェスに抱きついてきた。


「わわっ!」


「(お帰りなさいませ!サーシャさんが凄く怖いのです!)」


相変わらず言葉の意味は解らないが、サーシャの名前だけは辛うじて聞き取れた。


「さ、サーシャがどうかしたのかい?」


ジーフェスが抱き着くシャネリアを引き剥がしながらも近くにいたサーシャに視線を向けると、彼女は驚いたような怯えた表情を浮かべている。


「サーシャ、一体何があったんだい?」


「あの…私…」


「ジーフェス様。サーシャ、変わる、怖いに。わたし、シャネリア様、ころす、した」


戸惑い言葉に詰まるサーシャに代わって、ラファイルがたどたどしいアーリア言語で語った。

その内容を拾い上げたジーフェスは驚いたようにサーシャを見返す。


「サーシャ、殺すって一体…」


「(ジーフェス様、サーシャさんは何もしていないのに私とラファイルに殺すとか言って脅してきたのですよ!私怖くて怖くて…)」


シャネリアはここぞとばかりに興奮気味に騒ぎ立て、ジーフェスに抱き着いていく。


「違う…私、違うの!」


ラファイルの指摘に、シャネリアの叫びにジーフェスの視線に堪えきれずに、サーシャは逃げるようにその場を離れていった。


「サーシャ!」


「サーシャ!」


後を追い掛けようとジーフェスが駆け出そうとするが、シャネリアに抱き着かれて思うように動けない。


「ちょっと…離してくれ」


「(ジーフェス様、私怖いです!彼女はアクリウム国の者と言ってるけど、本当は(あやかし)の国の出身では…!?)」


尚も離そうとせず、怯えたように自分にしがみつくシャネリアの様子に、


「いい加減に離してくれと言ってるだろう!」


流石のジーフェスも遂に怒りを爆発させてしまい、尚も自分にしがみつくシャネリアを乱暴に振り払った。


「(ジーフェス様!?)」


「ラファイル殿が言うように、サーシャが君達を殺そうとしたことは事実かもしれない。だが優しいサーシャをそこまで追い詰めたのは君達自身だろう!」


そう叫ぶと床に転んだシャネリアには見向きもせず、ジーフェスはサーシャの部屋へと向かっていった。


独り残されたシャネリアは暫し呆然としていたが、やがて俯き、両拳を握り締め身体を震わせた。


「(…して、どうして…どうして皆私よりも他の女を選ぶのよっ!どうしてっ!)」


そしてそのまま床に伏せて声をあげて泣き出してしまった。


「(シャネリア様…)」


傍にいたラファイルはただただ何も出来ずに号泣するシャネリアを見ているしか出来なかった。



      *



逃げるように自分の部屋に戻ったサーシャはベッドに潜り、シーツを頭から被って身体を縮こませて丸くなっていた。


「私、私…」


“私が、シャネリアさん達を殺そうとした…この手で!”


サーシャは自分の両手のひらを見て、身体を震わせた。


“あの時と、アクリウム国の夜会の時と全く同じ。

ジーフェス様を侮辱されて怒りに震えていると、突然少女の声がしてきた…”


…目覚めなさい、わたし…。


“気付いたら憎しみで心が一杯になって意識を喪って、でも身体が軽くなって凄い力がみるみるうちに漲ってきて…”


『死ね、己の立場を弁えぬ愚かなる者よ』


“あの時、もしジーフェス様が戻られなかったら、私は、本当にあの二人を殺していた!?”


‘コンコン’


「サーシャ…」


突然ノックの音がして扉の外からジーフェスの声がした。


“ジーフェス様!?”


「サーシャ、中に入っても良いかな?」


「!?」


驚きベッドから起き上がるのと同時に扉が開いてジーフェスが姿を見せた。


「ジーフェス様…駄目!来ないで!」


突然叫ばれ、ジーフェスは驚き一瞬足を止めた。


「サーシャ…」


「怖い…私、自分が変わっていくようで怖い…!」


シーツを被り、ベッドの上で怯えたように身体を丸くするサーシャの姿に、ジーフェスは戸惑いを隠せない。


「サーシャ、自分が変わっていくって、一体何があったんだい?」


“まさか、またあの時のようにサーシャが突然変わってしまったのか!?”


ジーフェスの脳裏に、アクリウム国での夜会の事が浮かんできた。


“あの時のサーシャは普段とは違い堂々としていて、まるで女王のような威厳と風格さえも感じさせた。

そして何よりも彼女と俺を卑下していた者を一瞬にして血祭りにしてしまった…”


『……』


“あの時、サーシャは何と言っていた?

あれは、確か…”


優しく声をかけながらも戸惑い気味に、ジーフェスは少しずつサーシャに近寄っていく。


「私…あの時のように変わってしまった。シャネリアさんが、ジーフェス様を侮辱したから!

でも、でも私、シャネリアさんを傷付けたいとは思ってなかったわ!本当よ!でも、私、自分を制御出来なかった…」


その時の事を思い出し、恐怖に身体を震わせるサーシャの傍まで近寄ったジーフェスは隣に座ってそっとサーシャの身体を抱き寄せた。


「ジーフェス様…」


「ごめんサーシャ、俺が不甲斐ないばかりにサーシャを不安にさせてしまったね」


サーシャの身体にジーフェスの温かさが染み渡っていく。


「ジーフェス様」


「俺はサーシャを信じているよ。サーシャが人殺しなんて出来ないのをね。

それに俺は彼女を、シャネリアさんを妾妻にする気は無いよ」


「でもジーフェス様…」


“シャネリアさんはとても魅力的な身体つきをしていて明るくて行動的で、私とは全く違って眩しくて…”


「確かにその…シャネリアさんは押しが強くて圧倒されるけど、恋愛対象としては見れないよ。俺にはサーシャが一番だ。

今まで勅命だから我慢していたけど、暫く相手しなければ諦めてくれると放っていたけど、サーシャがそんなに苦しんでいるならもう見逃せない。明日にでも兄さんに見合いを断る様直談判するよ」


「でもそれは…」


「たとえ兄さんの勅命でも、譲れないものは譲れないから。

その…もしかしたら勅命に反した事で何かしらの罰を受けるかもしれないけど…」


それから罰が悪そうにサーシャから身体を離した。


「それでも…サーシャは、良いかな?」


ジーフェスの真剣な眼差しに、サーシャも覚悟を決めていた。


「ええ、私はジーフェス様についていきます。私も一緒に罰を受けます。だから…もうシャネリアさんと一緒に居ないで、私だけ傍に居させて下さい」


「サーシャ…」


二人は強く抱きしめあい、どちらかともなく唇を重ねた。


“好き、大好きジーフェス様…離れたくない、誰にも渡したくない!私だけの…大好きな男性(ひと)


好きな男性を身体一杯に感じながら、サーシャは今までの不安な気持ちが一気に消えて無くなっていくのであった。

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