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第12章Ⅲ:戦いの始まり

――陽が地平線に傾き、長い昼の終わりを告げようとする時、いつものようにサーシャの居る屋敷にジーフェスが戻ってきた。


「…ただいま」


只、いつもと違うのは、普段徒歩で庁舎に往き来している彼が、今回は流しの馬車に乗って帰ってきた事であった。


「お帰りなさい坊っちゃま。何故馬車でお帰りなど?」


「お帰りなさいジーフェス様。あら、馬車…」


出迎えにきたポーとサーシャの二人が不思議そうにジーフェスと馬車を見ていると、馬車から続々と降りてくる人物がいた。


それは二人の中年の男とジーフェスと同じ位の年齢の若い男、そしてサーシャと同じ位の年齢の少女だった。


「……」


「……」


黒い髪に照りのある日焼けの茶の肌、そして獣の毛を織り込んだ衣装という、彼らの異質な様相を見たサーシャ達は目を丸くし、暫し言葉が無かった。


「あー、彼等はその、北のほうから来た方々だよ。こちらの彼女が熱中症で倒れたから色々と御世話して…」


そう説明する間にも少女、シャネリアは二人の目の前でジーフェスに抱き着き腕を組んでいくのだった。


「!?」


「ジーフェス、シャネリア、ナナリィ、アイユリサス!」


「ちょ…!」


突然の事にサーシャやポーは凍り付いた表情を浮かべ、その様子にジーフェスは慌ててシャネリアの身体を引き剥がした。


「誰、です。その御方?」


「坊っちゃま。詳しく説明して頂けますか?」


「待ったっ!サーシャにポー、これは誤解だ。彼女が勝手に誤解しているだけなんだ!」


尚も抱き着こうとするシャネリアを必死で抵抗するジーフェス、

と、傍で見ていた若い男、フェンリルがシャネリアの身体を羽交い締めにした。


「(止めろシャネリア!)」


「(離して兄様!妻が夫に寄り添うのは至極当然の事です!)」


「(だから、こいつはお前の夫じゃねえと言ってるだろうがっ!)」


皆の目の前で兄妹喧嘩を始めた二人に周りは呆然。


「何かあったんですかぁ〜?」


「おいおい、何の騒ぎですか?」


余りの騒ぎに、遂にはエレーヌやハック、タフタまでもが集まってきた。


「(御二人とも落ち着いて下さいませ。客人の前でそのような振舞い、我が国の代表としてあるまじき行為で御座います!)」


ギアランの言葉にフェンリルははっと我に帰り、改めて辺りを見回した。

そしてジーフェスを始めサーシャやポーといった、屋敷の面々の呆然とした視線に気付き、罰が悪そうな表情を浮かべた。


「(…悪い、こいつ頼むわ)」


「(御意)」


相変わらず騒ぎ立てるシャネリアを二人の従者に渡し、フェンリルは皆の前で深々と紳士の礼をとった。


「あー、お見苦しい所を見せてしまい申し訳ない。俺はフェンリル、北の辺境からやってきた。

で、あそこで騒いでいるのが妹のシャネリア、そして二人は俺の従者だ…」


フェンリルは従者に抑えられながらも尚も暴れるシャネリアに視線を向け、深々とため息をついた。


「礼儀のなってない妹ですまぬ」


「い、いえ…」


フェンリルの謝罪に反射的にサーシャが応えると、じっと蒼黒の瞳がサーシャを見つめた。


「そなたのその成り、フェルティ国の民とは違いますな…西の地、アクリウムかフィーメン辺りの出身とか?」


「ええ、その通りです。アクリウム国から嫁いできました」


サーシャの言葉にフェンリルがほう、と少し驚いたような声をあげた。


「では貴女がその、こちらのジーフェス殿の奥方かな?」


「え?」


フェンリルの、サーシャに向ける何か興味深そうな視線に嫌な予感がして、ジーフェスは咄嗟にサーシャを庇うように直ぐ隣まで来て肩を抱いた。


「そうだ、彼女はサーシャと言って、れっきとした俺の妻だ」


普段と違うジーフェスの様子にサーシャは驚いたように顔を見上げる。


「ああ、そっか。解った解った。ジーフェス殿が嫁さん一筋なのもよーく解ったから、そう牽制しないでくれ」


フェンリルはジーフェスの解りやすい様子に苦笑いを浮かべてひょいと肩を竦めた。


「あの…一体…」


そう言う間もなく、突然二人の前にシャネリアが現れてしっかとジーフェスに抱き着いた。


「!!」


「あ、貴女一体…!?」


サーシャがシャネリアに向かって呟くと、彼女はぎっとサーシャを睨み付けた。


「(何、あんた?あんたのような女が何でジーフェス様の傍に居るのよ?)」


「…?」


辺境言語が理解出来ないサーシャでも、女の勘なのかシャネリアの態度からか、自分が良くは言われていないと察し、表情を微かに歪めた。


「あの…」


「(シャネリア、さっきも説明しただろう!ジーフェス殿には既に奥さんが居るって、この銀の髪の少女がそうなんだよ)」


「(何ですって!?)」


フェンリルがシャネリアをジーフェスから引き剥がしながらそう告げると、シャネリアは益々強くサーシャを睨み付けた。


「(あんたのようなちんくしゃ小娘が彼の奥方なんて笑えるわ!彼には私のほうが相応しいわ!さっさと彼から離れなさい!)」


「な、何…!?」


突然敵意剥き出しで叫ばれ、サーシャは戸惑うようにジーフェスに視線を向けて助けを求めた。


「(止めろシャネリア!何度も言ってるだろうが!あいつがお前に口付けたのはお前の生命を助ける為だったんだ!いい加減諦めろ)」


「(嫌です!たとえ人助けだとしてもジーフェス様はわたしの口付けを奪ったのですよ。責任を取るのは当然の事です)」


「(お前なあ…)」


「(それにわたしはウルファリン国の領主の娘なのですよ!このようなどこぞの小娘よりわたしのほうが彼の妻として相応しいではないですか!)」


シャネリアの言葉にフェンリルと二人の従者の表情が強張った。


「(シャネリア様!)」


「(黙れシャネリア!俺達がウルファリン国の領主の血縁と軽々しく口にするなと言っただろう!俺達の‘目的’を他に知られるとまずいのだからな!)」


「(大丈夫よ、ここの人達はわたしたちの言語を理解してないわ。

それにここに来る前からわたしはずっと言ってたわ。絶対にあの人とは結婚しないとね!)」


「(シャネリア…だからそれは…)」


そこまで言いかけて、フェンリルはジーフェスやサーシャ達の視線に気付き言葉を止めた。


「あー、その…」


「と、とにかく此処では何ですので、中へお入り下さい」


ポーの一言にジーフェス達は頷き、フェンリルも他の三人に通訳し、不穏な空気のまま、皆は屋敷の中へと入っていったのだった。



      *



屋敷にあがったジーフェス達は夕食が未だという事で、ひとまずダイニングへと案内された。


「(わたしはジーフェス様の隣よ)」


さも当然といわんばかりに、シャネリアなサーシャを押し退け強引にジーフェスの隣に座ろうとした。が、


「(いい加減にしろ!他の者の領域でそのような我が儘な振る舞いは赦さぬぞ!

それ以上俺の言う事が聞けないのなら我が一族の神、銀狼の名の下、貴様を処罰するぞ!)」


「(兄様!そんな…)」


兄フェンリルの本気の怒りに、流石のシャネリアもその場はすごすごと引き下がったのであった。

ただしサーシャへの牽制は忘れずに。


「い、一体何なのです?あの方、私に凄い敵意を向けているみたいなのですけど…」


流石のサーシャもシャネリアの態度にこそっとジーフェスに尋ねてきた。


「あー…その、話せば長くなるから後で説明するよ」


ジーフェスはサーシャをその場で宥めたのだが、


「あのぅー、御客様って一体何者なんですかぁ?北のほうから来たっていうけど、何か胡散臭いですよねぇー」


エレーヌが追加のカトラリィを持ってきて並べながら、じろりと客人を睨みながらそう聞いてきた。


「特にあんた、シャネリアとか言ったっけ、サーシャ様の目の前で旦那様といちゃつくなんて、すっごく感じ悪ぅーい!何様っ!」


「!?」


「エレーヌ…」


エレーヌの言葉が解らなくても雰囲気で敵意を感じたのか、シャネリアは自分を睨み付けるエレーヌに怒りの表情を向けた。


「(止めろシャネリア!)」


「坊っちゃま、何が有りましたか詳しく説明して頂けますか?」


普段のポーならこのようなエレーヌの無礼に激しく叱咤するのだが、今回ばかりはエレーヌに同意している。

見ればハックは台所から、タフタは隣の部屋からちらちらとこちらを伺っているではないか。


「それは…」


「それは俺から説明するよ」


突然口を挟んだのは他でもないフェンリルであった。



      *



「…てな訳で、俺の妹はジーフェス殿にしつこく付きまとっているのさ」


事の一部始終を聞いたサーシャ達は唖然としつつも半分納得した、半分は不信な様子であった。


「そういう、事だったのですね…」


特にサーシャはシャネリアの独りよがりが判ってほっと安心した様子でもあり、相変わらず敵意剥き出しの彼女に不安げである。


「んー、気持ちは解るけどぉ、旦那様は既にサーシャ様が居るから、あんたが奥さんになるのは無理よーん」


エレーヌは小馬鹿にした様子でシャネリアにそう呟く。


「(何よあんた!感じ悪いわね。ジーフェス様、こんな失礼な従者直ぐに処罰して下さい!)」


「(落ち着いて下さいませシャネリア様)」


「こっちもシャネリアにジーフェス殿の奥方を直接見せたら諦めるだろうと思ってわざわざここまで来たのだが…」


「全く効果ありませんでしたね」


ポーの厳しい突っ込みに、フェンリルはただただ頭を垂れた。


「本当に申し訳ない」


「「(本当に!申し訳ありません)」」


主人たる者が他人に頭垂れる姿を見て、従者の二人も慌てて頭を下げた。


「まああんた達に非は無いんだけどな…」


料理を運んできたハックが少し同情するかのようにフェンリル達を慰めた。

そしてちらりと横目で隣を、ジーフェスを巡って争うエレーヌとシャネリアの姿を見てため息をついた。


「何処の国でも女には苦労するものだな…取り敢えず魚でも食べて元気だしな」


「すまない…この礼は必ず返す」


ハックのにこやかな笑顔に慰められ、フェンリルは感謝の言葉を述べた。


「(お前達、取り敢えず食事にしよう、シャネリア!お前もいい加減にしろ!)」


フェンリルの一言にシャネリアも喧嘩を止め、お互い一時休戦して夕食を始めるのであった。



      *



――夕食の後、シャネリアは旅の疲れと勧められて飲んだ酒のおかげか直ぐに眠ってしまい、従者二人が安心したように客用の部屋へと運んでいった。


一方フェンリルのほうは湯に入った後、シャネリアの隣の部屋に案内され、部屋着に着替えソファーに腰掛けて寛いでいた。

が、彼の表情は硬く何やら考え事をしている。


「(フェンリル様)」


そんな時、傍にいた従者のひとりが声をかけた。


「(ギアランか。お前、ジーフェスという奴をどう思う?)」


「(このような屋敷に住み、数こそさほどないが従者まで居るとなると、豪族階級に近い者かと…)」


「(それもあるが…お前、未だ気付かぬのか?)」


「(?)」


突然フェンリルは声を潜め、辺境言語でも癖のある、地方色の強い言語を話し出した。


「(あのジーフェスという奴に夕刻から隠密が付きまとっている。しかも奥方には端から女の隠密…まあ恐らく護衛だろうがな、がついていた)」


「(隠密、護衛!?)」


「(流石のお前の眼でも気付かなかったのか…)」


「(…面目無い)」


「(まあシャネリアに気をとられていたからな、仕方無い)」


「(調べますか?)」


「(先程ラファイルを行かせた、その内戻るだろう。俺は少し休むが何かあれば遠慮なく起こせ)」


「(御意)」


フェンリルは大あくびをひとつするとベッドに横たわった。


「(ジーフェス…何処かで聞いたような名前だが…何だったのか…)」


その疑問の答えに辿り着く前に、旅等の疲れから直ぐに深い眠りへと落ちていった。



      *



――翌日、


「旦那様っ、旦那様あああっっ!」


未だ夜も明けきれない時分、珍しく早起きしたらしいエレーヌの慌ただしい足音と叫び声が屋敷に響き渡った。


「……ん…」


昨日の騒ぎで散々疲れていたのもあって熟睡していたジーフェスは夢見心地の状態でエレーヌの騒ぎを聞いていた。


「起きて下さい旦那様っっ!大変な事になってるんですっっ!!」


ノックも無しに部屋に飛び込み、未だ眠りの中に居たジーフェスの襟ぐりを掴んでぶんぶん揺さぶるエレーヌ。


「ま、待てっ、く、苦しい…っ!!」


流石にここまでされればジーフェスとて目を覚まし、息苦しさに表情を歪ませた。


「大変です旦那様っ!昨日のお客様の部屋に不審者があっ!」


「不審者!?」


「で、男の方が頭から血を流して縛られているんですっっ!」


エレーヌの叫びにジーフェスも飛び起き、慌てて部屋の隅にあった剣を握り締めた。


「俺は客人の部屋に向かう。エレーヌはサーシャの部屋に行って彼女を守れ!決して部屋から出るなよ!」


「は、はいっっ!」


エレーヌの返事と共にジーフェスは部屋を飛び出し、フェンリル達が泊まっている部屋へと向かった。


そこは微かに扉が開いていて、ジーフェスは抜刀し迷わずに部屋に飛び込んでいった。


「貴様、何者…だ…!?」


部屋の中ではフェンリルと従者の男が黒ずくめの男達によって拘束されていた。

フェンリルとギアランは怒りの表情を浮かべて抵抗しているが、ラファイルは頭から血を流してぐったりとしている。


「(くそっ!放しやがれてめえっ!)」


フェンリルが必死で暴れるが、男二人に拘束されていてあっさりと押さえ込まれてしまう。


だがジーフェスは客人を拘束している人物を見た途端、唖然としてしまった。


「何でだ、何故お前達が此処に居るんだ?」


ジーフェスの声に黒ずくめの男のひとりが反応した。


「お久しぶりですジーフェス様。早朝の無作法、大変失礼致しました」


男、シロフはジーフェスの前で恭しく一礼した。


「何故貴方が此処に…」


「(どういう事だジーフェス!こいつらお前の知り合いなのかっ!どういう事か説明しやがれっ!)」


フェンリルの怒鳴り声にジーフェスの頭は益々混乱してしまう。


“何故‘闇陽’が動いて彼等を拘束するんだ?

彼等は一体何者なんだ?”


「お前に質問したいのはこちらのほうだがな」


ジーフェスが混乱する中、突然別の声が扉の近くで聞こえ、皆がその方向に振り向いた。


“まさか…!?”


“(この声、まさかだろ!?)”


皆の視線の先にはひとりの長身の男…白肌に白銀の髪、そして深い緋色の瞳の男が腕組みをし厳しい表情をして立っていた。


「アルザス兄さん!」


「(アルザス!何でてめぇが此処に居るんだ!)」


ジーフェスとフェンリルが男、アルザスの姿を見るなり同時に叫び、そして驚いたようにお互いの顔を見合った。


「え?何故名前を知って…」


「(お前こそ、こいつの知り合いなのか!?)」


「……」


呆然とするジーフェスとフェンリルの二人に、アルザスはただ無言で冷ややかな視線を向けるのであった。

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