第2章Ⅰ:問題な花嫁
第1章では登場人物の容姿を敢えて詳しくは書きませんでした(2章以降の話のネタになるので…)。
2章以降ぼちぼち表現していきます。
ジーフェスは馬車から降りてきた花嫁、…アクリウム国第四王女のサーシャ、であろう女性の姿を見て唖然としていた。
“う、嘘だろう…。”
その事実に驚いている間にアクリウム国の使いである馭者と侍女は花嫁を、サーシャを連れてジーフェス達の前まで来ていた。
…肩までの、軽くウエーブがかった銀色の髪、ふっくらと丸い輪郭の顔には深い碧の、少し大きめのあどけない瞳、小さな鼻に小さな赤い唇、そして、透き通るような白い肌。
美人、というよりは可愛いという表現が似合う彼女は、だがその身体つきはとても華奢で細く、胸も乏しく、お世辞にも女性としての魅力に満ちているとは言えない。
というよりも、どう見ても彼女は…、
だが、そんな周りの視線など全く気にもせず、サーシャはその愛くるしい瞳でジーフェスを見つめにっこり微笑んだ。
「はじめましてジーフェス様。私はアクリウム国第四王女のサーシャと申します。これから貴方様の妻としてお仕えさせて頂きます。どうぞよろしくお願いいたします。」
なんの屈託もなくそう告げると、ぺこりと頭を下げた。
「あ、ああ…、こちらこそ…。」
つられてジーフェスも思わず頭を下げてしまった。
くすくすと、周りの使用人が笑いを堪えているのがありありである。
ジーフェスが恥ずかしながらも顔を上げると、真っ正面にサーシャの顔があって、顔を上げた彼の顔をじーっ、と見つめていた。
「あ、あの。」
余りにまじまじと見つめられて、ジーフェスは照れたような焦ったような、そんな面持ちで彼女を見返した。
「サーシャ様、そんなに人様のお顔を見つめていては失礼ですよ。」
横にいた侍女が小さな声で窘めた。
「あ、すみません。失礼な事をしてしまいました…。あの、その…、ジーフェス様の翠の瞳が余りにも美しくて、つい見とれてしまいました。」
侍女に窘められたサーシャははっとなって、顔を真っ赤にして慌てて頭を下げて謝罪した。
「あ、いや、構わない、よ…。」
“瞳に、見とれていた、ね…。”
自分の瞳の事を言われて、ジーフェスはちょっと複雑な気持ちだった。
「……。」
ジーフェスの周りにいたポーやエレーヌの使用人達も、ちょっと複雑な表情で二人を見ていた。
「とりあえず、立ち話も何ですから中でお茶でも如何ですか。そちらのお二人も是非…。」
「お誘いありがとうございます。ですが私達はサーシャ様を送り届ける事が仕事ですので、これにて失礼いたします。」
ジーフェスの誘いに、馭者と侍女はやんわりと断り、一礼した。
「サーシャ様、私達はここで失礼いたします。貴女様の幸せを、御祈りいたします。」
「ここまで送って頂いてありがとう。そちらも帰りの道中、お気を付けて。
アクリメア様の御加護がありますように。」
サーシャが少し涙目になって、二人に語りかけた。
「サーシャ様にもアクリメア様の御加護がありますように。」
馭者と侍女の二人はジーフェスやサーシャ達に頭を下げると、そのまま乗ってきた馬車に戻り馬車に乗るとそのまま屋敷を後にした。
「……。」
暫く黙ったままの時間が過ぎたが、
「とりあえず中に入ろうか。皆も一緒に来てくれ。ああ、ポーとエレーヌはお茶の準備をしてくれないか。」
というジーフェスの声に、皆も動きだした。
「……。」
だが、サーシャはきょとん、としたままその場に立ったままであった。
「サーシャ殿も中にどうぞ。」
「あ、はい…。」
ジーフェスに促されて、彼女も慌てて彼の後をついていった。
“こんなにあっさりと独り、大切な王女を残すなんて、アクリウム国は一体何を考えているのだろう。”
躊躇いも無く自分の後をついてくるサーシャを見て、アクリウム国の従者達の行動を理解出来ず、ちょっと怪訝そうな表情を浮かべるジーフェスであった。
*
取り敢えず客間へとやってきたジーフェスとサーシャ、
ジーフェスは無言のまま、客間のソファーに腰掛けた。
「……。」
が、サーシャのほうは黙ったまま立ち尽くし、珍しそうに辺りをきょろきょろと見回していた。
「サーシャ殿もどうぞ座って下さい。」
ジーフェスの勧めに、彼女ははっとなって慌てふためいた。
「はい。」
恥ずかしそうに、少しおずおずと近くのソファーに腰掛けた。
ふと、サーシャは改めて目の前にいる自分の夫となるジーフェスを見てみた。
…肩を少し越えた、長く艶のあるストレートな黒髪、浅黒の肌、少し丸めの顔に筋の通った高い鼻、少し大きめで厚めの唇、服で隠れていても解る程の、かなり鍛えられた身体つき、
そして何よりも印象的なのは、新緑の翠よりも更に澄んだ、その翠の瞳…。
「あ、あのー、俺の顔に何かついてるのかな?」
いつの間にかサーシャは、またもやまじまじと見つめていたらしく、ちょっと苦笑いしているジーフェスが尋ねてきた。
「あの、申し訳ありません。」
「いや、いいんだけど。やっぱ、俺のこの瞳が気になるのかい?」
「その、け、決して悪い意味ではないのです。
アクリウム国にとって、碧と翠は聖なる色とされているのです。」
「聖なる色?」
「はい。アクリウム国を創設されたアクリメア様の瞳の色が碧、そしてアクリメア様と共にアクリウム国の繁栄を支えた、アクリメア様の伴侶であるライアス様の瞳が翠であったからと言われているからです。」
「……。」
「アクリウム国の民はアクリメア様の碧の瞳の方は多いのですが、翠の瞳の方は稀で、しかも碧との混合で陰りのある方ばかりなのです。
そんな中、ジーフェス様の瞳は正にライアス様の瞳そのものの翠の瞳で、本当にびっくりしているのです。
もしかして、ジーフェス様には近くにアクリウム国の方の血縁がおられるのですか?」
何の疑いも無く、その純粋な碧い眼差しをジーフェスに向けるサーシャ。
「……。」
それは余りにもあどけなくて、一瞬ジーフェスはどきっとしてしまった。
“演技なのか、それとも、本当に俺の事を知ってないのか…、
まあ、いずれにしても『あのこと』は知ることになるから、今のうちに話しておいても良いか。”
と、その時、丁度ポーとエレーヌがお茶一式を持って二人の前にやってきた。
「ああ丁度良い。エレーヌ、タフタやハックをここに呼んできてくれないか?」
目の前にお茶のカップを置いていた彼女にそう命じた。
「タフタさん達ですかぁ?」
サーシャを前にしても、相変わらずの口調であるエレーヌに、サーシャはちょっと驚いた様子を見せた。
「そうだ。彼女にこの屋敷にいる人達の紹介をしておこうと思ってな。」
「あーなるほど。わかりましたぁ。直ぐに呼んできますねー。」
飄々と答えて、エレーヌはひとりさっさと部屋を出ていった。
「……。」
サーシャを前にしてか、何も言いはしなかったが、ポーは苦々しい表情で去っていくエレーヌを睨み付けた。
「紅茶、なのですね?」
目の前に出されたお茶を見たサーシャが嬉しそうに聞いてきた。
「はい。ここフェルティ国は紅茶を良くたしなんでいますので。サーシャ様は紅茶は飲まれますか?」
「はい。アクリウム国でも良く飲んでいました。」
にっこりとポーに微笑んで、彼女は紅茶を一口飲んだ。
「とても美味しいです。」
ふわりとした湯気が彼女の顔を包み、優しい気分がしてきた。
「それは良かった。その紅茶はね…、」
そう言いかけたジーフェス達の前に、エレーヌがタフタとハックを連れて戻ってきた。
「旦那様、連れてきましたよー。」
のんびりした口調でエレーヌがそう告げる。
「ご苦労様。ああハックにタフタ、こっちまで来てくれ。」
ジーフェスが手招きすると、二人とも近くまで寄っていった。
ジーフェスの周りに屋敷の使用人が揃い、サーシャと主人とを交互に見ている。
「と、先ずはこの屋敷の人達の紹介でもしておこうか。」
「はい…。」
サーシャは改まって背筋を伸ばして目の前にいる人達を見た。
「俺から向かって一番右手にいるのが、この屋敷に昔からいるメイドのポー、彼女はこの屋敷の事を一番良く知っている人物だ。」
「ポーと申します。よろしくお願いいたします。」
紹介されたポーは、老人ながらも細身な背筋をしゃんと伸ばし、ぴったりと皺の無い服を着て、白髪の混じった髪をきっちりと纏め、穏やかな表情の中にも厳しさを感じるような老女だった。
「こちらこそよろしくお願いいたします。」
「で、ポーの隣にいるのが、まだ見習いのメイドのエレーヌ。」
エレーヌは年の頃は20歳にも満たないような、長い黒髪を二つにみつあみにした、くりくりっとした黒の瞳が愛らしい、だけど少しぽっちゃりめの、何とも憎めない少女であった。
「よろしくおねがいしまぁすサーシャ様。ところでサーシャ様って、お年いくつですかぁ?見た目、すっごく若く見えるんですけどぉー。もしかして、10歳とか?!」
「これ!エレーヌ!何で失礼な事をっ!!」
余りの無礼な質問に、流石のポーもついいつものように口出してしまった。
だが、エレーヌの質問はジーフェスが最も知りたい事だったから、失礼とは思いつつも彼は黙って様子を見ていた。
まあ、流石に10歳はあんまりだろうけど。ただ、体型を見る限りはそう言われても仕方ないかも。
「あの、流石に10歳ではありません。先月に15歳になったばっかりです。」
「……。」
あっさりとにこやかに答えたサーシャの様子に、一同は唖然となってしまった。
「じゅうごさい、ですか。」
いやいや、あんまりにも素直に答えたのにもびっくりしたけど、その年齢にも少しびっくり!?
「はい、何か問題でもありましたか?」
何の屈託もなく、不思議そうに言うサーシャ。
「いや、別に問題は無い、けど…。」
確かに、15歳なら一応ここフェルティ国でも結婚は可能だけど、
“15歳、ねぇ。
想像していたより、ちょっと、若いよねぇ。
本当、アクリウム国は何を考えて彼女を自分の所に花嫁に出したのだろうか。”
自分がそんな風に思われているとは露にも思っていないサーシャは、にっこり微笑んでいるだけだった。
「ジーフェス様はおいくつなのですか?」
そして今度は逆に聞き返してきた。
「あ、俺ね。俺は22歳だよ。」
そう答えて、はっと自分が使用人の紹介をしていた事を思い出し、話題を戻した。
「で、こっちが馭者のタフタ。」
タフタと紹介された人物は、ちょっと小柄の、髪に白髪が混じった、ほんわかした感じのおじいさんだった。
「タフタと申します。よろしくお願いします、サーシャ様。」
タフタは人懐っこい笑顔を見せて、サーシャにぺこりとお辞儀をした。
「こちらこそ。」
「で、こっちが料理人のハック。」
ハックは頭の毛が薄くて、見た目縦にも横にも太い巨体で、ちょっとつり上がった目付きが怖い印象を感じる、中年の男だった。
「ハックと申します。サーシャ様は食事で何か苦手なものはおありですかな?今後の参考に尋ねております。」
「そうですね、辛いものが少し苦手なくらいで、あと肉よりは魚料理が好きですね。」
それを聞いたハックは、ちょっと苦笑いして答えた。
「ありゃ、サーシャ様は旦那様とは反対の好みみたいですね。了解いたしました。今後よろしくお願いいたします。」
「こちらこそ。」
そしてジーフェスはふう、と溜め息をついた。
「何か困ったことがあったら、彼らに何でも尋ねると良い。皆親切な人達だから、何の心配も要らないから。」
「ありがとうございます。」
そして、暫く沈黙が続いたが、
「で、サーシャ殿は俺についてどれだけ知っているのかな?」
いきなりの質問に、サーシャはびっくりしてジーフェスを見返した。
にっこりと優しい微笑みを浮かべているが、その翠の瞳は真剣そのものだった。
「ジーフェス、様のこと、ですか?」
「うん。その、色々な噂とか何か俺についての事を、アクリウム国で聞いていないかな?」
一瞬何の事か解らずにきょとん、としていたが、
「姉様から、ジーフェス様は王家の生まれだけど、継承権が低いということで平民として育てられて、今は自衛団の団長を勤めている、と聞きましたが。」
「……。」
ジーフェスは黙ったまま、サーシャの話を聞いていた。
「それだけ?」
「?はい、それだけしか伺ってませんが。」
じっとサーシャの瞳を見つめ、その様子から彼女が偽りを言っていないと感じたジーフェスはふう、と溜め息をついた。
「サーシャ殿、貴女は継承権が低いという理由だけで王家の人間を平民と同様に扱うと思うかい?」
「……。」
言われてみたら、確かにジーフェスの言う通りである。
では、一体何故そんな扱いを受けているのか…?
「旦那様…。」
何故かポーをはじめとした使用人が皆、何か複雑な表情をしている。
サーシャが首を傾げていると、ジーフェスが続けて言った。
「何故俺が平民として扱われているのか?それはね、俺のこの翠の瞳のせいだからだよ。」
「…!?」